付き合い始めたのがクリスマスだから、入籍もクリスマスにしたい。
 何となくそう決めていたのだが、これには問題があった。
 イベントとしてみるならクリスマスなのだが、日付としてみると25日、つまり繁忙日に当たる五十日になってしまうのだ。
 連休明けとあって、まさか休みを取る訳にもいかない。
 いつも頼りにして相談に乗ってもらっている夏侯惇部長だったが、この連休を心底呪っているから相談する訳にもいかない。
 他に上司で頼れそうな人に心当たりがなく、ということは許可をもらう勇気もない自分ではどうにもならないということだ。
 駄目か。
 溜息が漏れたが、仕方がない。
 こんなこともあろうかと、許褚には言っていなかった。
 馬鹿正直な男だから、の願いとあれば躍起になって叶えようとするに違いない。
 それでもし駄目だったりしたら、海の底まで落ち込んでしまうだろう。
 つまらない願いだし、そこまでこだわろうとは思っていない。
 第一、許褚が付き合い始めた日なんか覚えているかも定かでない。心配りの人だが、細かいことには興味なく、万事こだわらない人だった。
 だから、許褚が変に気にする必要はないのだ。
 許褚の家に遊びに行くようになったら、許褚はコーヒーミルを購入して、が遊びに行くたびコーヒーを挽いて淹れてくれる。
 挽き立てのコーヒーは何にもまして美味しいものだが、手で挽くのがいいと聞いたからと言って手動のミルを買ったらしい。
 確かに美味しいけれど、電動のものと違いが分かる程の舌は肥えていない。
 ただ面倒なだけではないかと思ったのだが、許褚がにこにこ笑っているのを見たら何も言えなくなった。
 許褚はコーヒーを飲まない。
 だから、コーヒーミルは純粋にの為だけに買ってくれたものなのだ。
 が遊びに行くと、許褚はコーヒーミルを取り出して豆を丁寧に量り、の為だけにコーヒーを淹れてくれる。
 代わりには許褚の為にほうじ茶を淹れて、二人で一緒にお茶の時間にするのだ。
 これからはいつでもそういう時間が取れる。
 優しい許褚は、いつでもの為にコーヒーミルで豆を挽いてくれるだろう。
 ただの日付というつまらないこだわりで、優しい許褚を悩ませたり困らせたりしてはいけない。
ー」
 呼ばれて振り返ると、当の許褚がどすどすと足を踏み鳴らしてやってくるところだった。
「何ですか、許褚センパイ」
 会社では先輩だ。が通例の呼び方を変えることはなかった。
 気にしなければいいのにと言われたこともあるが、仕事と私事の区別は付けて置きたかった。
「司馬懿が、これ書いておけってよー」
 差し出された書類は、休暇願いだった。
 の目が点になる。
「……え、何ですか、コレ」
「うーん、25日、おいら達休めって言われただよー」
 は?
 が困惑げに眉を寄せると、許褚は頭を掻いた。
「……、忙しいから式はやらねぇって言ってただろ? 司馬懿が、そんなら入籍はいつだって聞くもんだから、おいらはいつでもいいって答えたんだけどよ……」
「司馬懿部長、怒ったでしょう」
 すんげぇ怒っただぁ、と許褚は身を震わせた。
 大きな図体でぶるぶる震える様が可笑しくて、はくつくつと笑う。
 許褚はまた頭を掻いて、照れ臭そうに笑った。
「……そんでな、はっきりしろって言われちまったもんだから、おいら、25日がいいって言っちまったんだよ」
「でも」
 その日は、年末を控えた最後の五十日になる筈だ。連休明けで忙しいに決まっている。
「あの司馬懿部長が、よく許してくれましたね」
「……おいら、その日以外思い付かなかったもんだから」
 だって、とおいらが付き合い始めた日だもんな。
 許褚の言葉に、の心臓が跳ね上がる。
 覚えてたんだ。
 不思議な感動が胸に染み渡る。
「どうした。どっか、痛いだか?」
 首を振って否定し、微笑を浮かべる。
「うぅん、ただ、惚れ直したなぁって思っただけですよ」
 許褚の顔が真っ赤に染まり、は忍び笑いを漏らす。
 この人にとって二人のことは、特別なことではなく当たり前のことなんだ。
 そっちの方が美味しいからと、面倒な手動タイプのコーヒーミルを選ぶのが特別なことでないように、私を大事にするのも、知らない間に私の願いを叶えてしまうのも当たり前のこと。
「じゃあ、せめて目一杯働いておきましょうか。休み明け、多少はみんなの負担が減るように」
 許褚はこっくり頷いて、コーヒーとほうじ茶を淹れてくるといって走っていった。

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