クリスマスツリーの傍らで一息吐く。
 今年は平日だからと、TEAMの有志で合同パーティーを開くことになった。
 他のTEAMならば、社内でパーティーなどとんでもないと目を剥くところだろうが、TEAM呉の君主たる孫堅はそんな小さなことに目くじらをたてない人だった。
 デスクの一部を片付けて空きスペースを作るなど、『ちょっとした』パーティーにしては大仰な設営に、一応明日も仕事なんだけどなぁと思わないでもない。
 けれど、も所詮TEAM呉の一員、何であれば朝一で片付ければいいかと流してしまった。
 勢いとノリが命とも言うべきTEAMだ。
 事、犯罪に及ばなければ何でもありの風潮が沁み渡っている。
 眉を顰める輩がいないではないが、見も知らぬ彼らの為にTEAMの『命』を削ってやる理由はどこにもない。
 勢いあってこその呉であり、行き過ぎた猪突猛進は心強い君主が諌めてくれると信じている。
 アルコールが入ったことと、異様な熱気に盛り上がる室内は息苦しい程に暑い。楽しいパーティーの最中につまらないことを考えてしまうのも、偏にそのせいだったのだろう。
 人込みを掻き分けるようにして移動して、ツリーの横まで逃げて来た。
 の背よりも高いツリーには、何処から掻き集めて来たのだと思うくらいびっしりと飾りが施されている。
 もっとも、職業柄布や飾りには事欠かない。
 幾つか手作りと思しきオーナメントもあったから、大方手先の器用な凌統辺りが作り足したのかもしれなかった。
 ぼーっとツリーに見入っていると、横合いから突然攫われる。
 文字通り急転する視界に、一瞬気持ち悪くなり掛けた。
 何事、と周りを見渡すと、甘寧や孫策、孫策に手を引かれている孫権などがを見上げている。
 を抱え上げているのは、直属の上司たる太史慈だった。
「駄目です」
 孫策に向けてぴしゃりと言い放つ。
 対して、孫策はにやにやと笑っているのみだ。
「しかし、太史慈よ。は自らの意思でそこに立ったのであって、俺達の誰も立たせた訳ではないぞ」
 いつの間にか孫堅までもが皆に混じって、笑いながらを見上げている。
 その笑みに何か含むものを感じて、は落ち着かなくなった。
「それは、俺も承知しています。ですが、いかぬものはいかぬのです」
 太史慈はそう宣言して、を抱え上げたままフロアを出てしまう。
 周りで見物していた者達から、一斉に甲高い声や口笛が投げ掛けられた。
 何なのだ。
 が唖然としている間に、太史慈はあまり使われていない階段の踊り場までを連れ出していた。
 明かり取りに備え付けられたはめ殺しのデザイン窓から、街灯りのイルミネーションが眩く輝いているのが見える。
 青みがかった色彩は、太史慈の顔にも映えていた。
 普段は、TEAMの売りである赤をバランスよく配置したフロアに居る太史慈が、夜の色彩に照らされて妙に艶っぽく見える。
 アルコールのせいで潤んだ眼に、イルミネーションが良く映っているからかもしれない。
「もっと用心しなければ」
 突然不機嫌に吐き出す太史慈に、は自分が責められているのだとすぐには自覚できなかった。
「え、用心、て」
「不用心だと言っている。あんな場所に立つなど」
 さっぱり話が見えないに、太史慈は苛立ちを隠せないようだ。
「……ツリーだ。ヤドリギがあっただろう」
 言われても、正直思い当たるものではない。
 それこそ多種多様なオーナメントに彩られたツリーには、定番の星や松ぼっくり、靴下や天使型のおもちゃにメタリックボール、スノーフレーク、綿の雪とモールで飾り付けられた上、とどめとばかりにLEDライトがぐるぐる巻きに巻きつけられていたのだ。
 あんな状態でヤドリギがあっただろうと言われても、目に入っていたかも定かでなかった。
 戸惑うの様に、太史慈もようやく冷静に返ったか小さく詫びて来た。
「……ヤドリギがあるのを隠すよう、飾り付けたと言う話だったからな……確かに、すぐに気が付けというのも酷だった。すまん」
 詫びられると、今度は却って申し訳なくなる。
 第一、ツリーの下に立っていたから何だというのだろう。
 が率直に訊ねると、太史慈はやや呆れた顔をした。
「知らんのか」
「何をです」
 知らないから聞いているのだ。
 しかし、太史慈はやや怯んだように顔を背けると、一人で悩み始めてしまった。
 そんな太史慈を一人で置いても行けないから、は太史慈を見上げるより他にすることがない。
 が素で分かっていないのが理解できたのか、太史慈は諦観めいた溜息を深々と吐き出した。
「……うむ、その……な……」
 言い難そうに口籠る太史慈の言葉を要約すると、『ツリーに吊るされたヤドリギの下にいる女性には、キスをしてもいいことになっている』ということだった。
 頭の中が白くなる。
「……ハァ!? バッカじゃないんですか!? 古っ!! 超ーぅ古っ!!」
「な、お前……」
 いきなり『バッカ』呼ばわりされた太史慈は、言い返そうとして口籠る。
 元より口論が得意な男ではない。
 それでも、必死に言い訳を募った。
「そうは言っても、お前も見ただろう、孫策殿達が集まっていたのを! 俺が止めねば、何をされていたか……」
「いくら酔ってたって、さすがにンな真似させませんよ……太史慈係長、からかわれたんじゃないですか?」
 思えば、倒しては危ないと分かっていたとしてもお調子者揃いのTEAM呉の面子がツリーの周りに近寄らないというのもおかしな話だ。
 ぽっかりと人が居ない場所はツリーの周りだけで、そう言えばは陸遜に『顔が赤いから少し人の居ないところで休憩したら』とツリーの辺りに誘導されたような気がする。
 それまでは、何でこんなにと思うぐらい人に囲まれていた。それも、考えてみれば何だか怪しい。
 だいたい、甘寧辺りはツリーに登るくらいの芸当はしてくれる。そう、確信に足るものがある。
 居場所が分からぬ程に静かにしていられるタマではない男が、今日に限って大人しくしていること自体、何をかいわんや、だ。
 の指摘に、太史慈も思うところがあったようだ。
 急に黙りこくったが、うろたえたように視線を左右に揺らしている。
 何せ、有志とは言えTEAMのほとんどが参加するパーティーのただ中でを抱え上げるなどという真似をしてくれたのだ。
 何を言われても言い訳できない。
 明日から、きっと盛大にからかわれまくるだろう。
「もう、あっさり引っ掛かって。部下思いも結構ですけど、もう少しご自分の立場も考えて下さい」
「否」
 太史慈からきっぱりと否定の声が上がった。
 何、と首を傾げると、太史慈の顔がみるみる赤くなる。
「……否、部下、だからでは、なく……俺は、その……」
 背中を丸める太史慈の背後に、何かちょろりと動くものがある。
 のこめかみにびきりと青筋が浮いた。
「俺は…「そこぉーっ!!」」
 太史慈の声に被せるように、の怒声が響く。
 投げつけられたパンプスが階段上の壁にぶち当たって跳ね返り、同時に複数の足音がばたばたと遠くに逃げ去って行った。
「まったく、もう」
 太史慈の横を擦り抜け、は自分のパンプスの回収に赴く。
 持てる限りの気合を振り絞っての告白が勇ましい喝に打ち消されてしまったことに、太史慈は茫然として成す術がない。
 パンプスを履き直したは、太史慈を見下ろす立ち位置に戻ってくる。
 手を添えるのと唇が触れるのは、ほぼ同時だった。
「ヤドリギの下じゃないから、永遠とはいかないかもしれませんけどね」
 はは、と笑うの顔は、薄闇の中でもそれと分かるくらいに赤くなっていた。
 フロアに戻ろうと階段を上るを、太史慈が追い越して行く。
 追い抜かしざま、の手は太史慈に捉えられていた。
「へ」
 ぐいぐいと引っ張られる。
 何だ何だと焦るに、太史慈は振り返りもせずぼそりと呟いた。
「……ヤドリギの下ですれば、いいのだろう」
 の顔が引き攣る。
「太史慈係長、酔ってんでしょうっ!!」
「酔って居らん!!」
 ぎゃあぎゃあ言い争う二人の様を、TEAM呉の皆が微笑ましく観察していたことを、この時のは未だ知らなかった。

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