夏侯淵の手にしたモノを見て、の顔が青ざめる。
「……むっ……無理です、部長っ!」
 しかし、夏侯淵は無慈悲に首を横に振ると、淡々と説得の言葉を紡いだ。
「無理じゃねぇ、ちゃんと入る」
「そういう問題じゃありませんっ!」
 無理だ、とは涙目で拒絶する。
 絶対に無理だ、こんなの、絶対に無理と泣き喚いた。
「世の中にはな」
 夏侯淵は溜息を吐きつつじりじりと前進する。
「絶対、なんてこたぁねぇんだ」
「いやぁっ!」
 掴んだと思った手の中に、に繋がるものは何もなかった。
 三十六計逃げるに如かずの例え通り、脱兎の如く逃げ出したを夏侯淵の怒声が追い掛ける。
「後悔しても、知らねぇからなっ!」
 それだけはない、断じてない。
 は、自身の言葉をすぐに後悔することになる。

 とぼとぼと肩を落として戻ってきた人影に、夏侯淵は胡乱な目を惜しみなく注ぐ。
 刺さるような視線に、は涙目で答えた。
「……だーから言ったろ、後悔しても知らねーって」
 こく、と素直に頷くに、夏侯淵はさすがに哀れを催してきた。
 営業成績の悪い者には、曹操が気まぐれで罰を与えるのがTEAM魏の風物詩となっている。
 ありきたりなところでは大通りで社歌熱唱、あるいはファッションショーでプロに交じってのモデル役を務めるなど、聞いて居る限りでも血の気が引くような内容が多い。
 この度に与えられた罰は、『ミニスカサンタ』で一日過ごすというものだ。
 他に比べれば割合軽めの罰ではあるが、普段からパンツスーツが定番のにとっては、最も辛い罰と言っても過言ではない。
 絶対無理、そもそもウェストが入らないと絶叫するに、曹操が用意したんだからその点抜かりがあろう筈がないと言い切る夏侯淵が衣装を片手に迫ったというのが、事の真相である。
 はえぐえぐと泣きじゃくりながら、『避難先』で起こった『悲劇』を愚痴り始めた。
「……最初、夏侯惇部長の所に行ったんですよ……そしたら、曹操様から伝言のメモ預かってるって渡されて、中見たら……」
 ミニスカサンタでは物足りないとてか、とだけ書いてあった。
 これは、夏侯惇に何とか曹操を諌めてもらおうというの目論見が筒抜けになっている、逆に夏侯惇の所に居る前提で包囲網が敷かれ、逃げるに逃げられなくなるに違いないと、は慌ててその場を辞したそうだ。
 しかし、さすがと言おうか何と言おうか、曹操の手はTEAM魏のフロア全土に及んでいた。
 許褚の元に赴けば預かり物があると『如何にも』な箱を手渡されそうになり、司馬懿の元に年末調整の書類をもらう名目で逃げ込めば、その場で曹操に内線を掛けられそうになった。張遼の所では『それ系』のカタログを提示された上でどれがいいか選択するように促されたし、張郃のところに至ってはクリスマスの新作とかいう全身タイツならぬ『全身網タイツ』を試着しないかと誘われた。
 は、これ以上逃げ回ればただただダメージを被るのみ、と察して戻って来たのだった。
「もう、降参します。諦めてミニスカ履きます。履くは一時の恥、履かぬは一生を棒に振るですよね、分かってます、分かることにします、もう諦めます!」
 半ば自棄になって吠えるに、夏侯淵は憐みを込めた眼差しを惜しむことなく注ぐ。
 溜息を吐きながら立ち上がると、背後に置かれた倉庫兼のクローゼットの戸を開けた。
「……そりゃなぁ、俺だって、多少はお前に同情するよ。うちの殿が、そりゃあおっかない御人だって端から分かってりゃ、お前だって逃げたりしなかったんだろうしなぁ」
 夏侯淵は、ハンガーに吊るされた衣装を片手に振り返る。
 の目が丸く見開かれた。
「……あれ、え?」
 形状はほぼ同じだが、先程見たミニスカサンタの衣装と明らかに違う点がある。
 丈が、異様に短くなっていた。
 ミニスカサンタの衣装は、が出歩いている間にマイクロミニスカサンタに進化を遂げていたのである。
「ちょ、あれ、これ……え、え、え!?」
 動揺のあまりまともに喋ることが出来なくなったに、夏侯淵は盛大な溜息を吐いた。
「だから言っただろ、『後悔しても知らねぇぞ』ってな」
 夏侯淵は、決して嘘大袈裟紛らわしいことは言ってなかった訳だ。
 某機関に表彰されるがいい。
 無自覚に半笑いするの口元が、ひくひくと引き攣っていた。
 逃げたい。
 でも、また逃げたらこの服、今度は何に進化しちゃうんだろう。
 反射で逃げ出そうとしてしまう自分を制し、は必死になって踏み止まるのだった。

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