ようやく仕上がったデータの最終チェックをしているところだった。
 消音設定の電話機が、内線にコールが入っていることをランプの点滅で忙しく教える。
 軽く違和感を覚えつつ、しかしあの男からではあるまいと軽く呼吸を整え受話器を取った。
『遅くに申し訳ありません』
 落ち着いた雰囲気の声は、やはり相手があの男ではないことを雄弁に物語っている。
 酷く落胆している自分に苦笑しつつ、誰何して用向きを尋ねた。

 フロアの電源のほとんどは落とされていたが、隅の方にある営業部には未だ灯りがついていた。
 広いフロアだったから、一部だけ電源が残されていると、まるでスポットライトが当たっているように見える。
 そのせいか、デスクからの姿を認めて恭しく立ち上がった姿に、どこか演技しているようなわざとらしさを感じてしまった。
「どうも、ご足労お掛けいたしまして」
 にこやかに労いの言葉を掛けられるが、それとても胡散臭い。
 諸葛亮と比肩してもはばからないのではないだろうか。
 差し出した書類を両手で受け取る慇懃ささえ嫌味たらしく見える。
 馬岱にしたらいい迷惑かもしれないが、からするとそうとしか見えなかったのだ。

 早速書類に目を通し始めた馬岱に、は背を向けフロアを立ち去ろうとした。
「お帰りになってしまうんですか」
「なってしまうんですかって」
 フロアの壁に掛けられた時計は、既に十一時を回っている。
 多忙なビジネスマンとて、もう帰っても許される時間だと思う。
「これに目を通すまで、お待ちいただけませんか。食事、奢りますから」
「年下に奢ってもらう程、不自由しちゃいないわよ」
「そうですか、では割り勘と言うことで」
 再び書類に目を落とした馬岱に、上手く話をまとめられてしまった感が強い。
「……悪いけど、今日は早く帰って寝たいのよ。今週は本気で忙しかったし」
 師走に入り、何処の企業も慌しい。
 年末年始の休暇など、一人暮らしで実家に帰省予定もないにとっては無意味もはなはだしいのだが、が受け持つ業務に携わる人々はとても同じようには考えられまい。
 管理する立場から、師走の激務は早くから押し寄せていた。
 休暇は残務以外は寝て過ごすことにしている。インフルエンザも怖いし、早々休める状況も神経も持ち合わせがなかった。
「食事はきちんと取らないと、却って体に悪いですよ」
 分厚い書類を丁寧にまとめ、デスクの隣に置かれたキャビネットに仕舞い込む。
「CD−ROMは後日でしょうか」
「ああ、うん……って、もう良い訳?」
 それなり手間取った書類だけに、こうもあっさり終わらされると作った甲斐がない。
 馬岱は、そんなを見てくすりと笑った。
「私が確認したかった箇所はすべて確認させていただきました。後は、張飛部長の認可待ちですね」
 それにしても早い。
 不服げなに、馬岱は軽く肩をすくめ、やはり奢ろうかと申し出た。
「紙媒体でないと、張飛部長がうるさいんですよ。実際プリントアウトしないと気が付かないミスもありましてね」
 言い訳だ。
 確かに、統括室のプリンターの方が蜀のプリンターより性質も早さも格段に上だろう。TEAMの支出にはうるさい統括室だが、自分達の経費に関してははっきり言ってザルに近しい。
 一部良識ある者達は気を配って経費削減に努めているが、中には自分の働きにご褒美などとしゃあしゃあと言いのけて備品を持ち帰る馬鹿野郎も居る。
 どうせ、諸葛亮辺りの差し金だろう。
 自分のところで印刷するとインク代がかさむから、どうせならプリントアウトさせて持ってこさせろ、とか何とか。
 CDに焼くこと自体がおかしいのだ。社内はネットで繋がっているのだから、データだって転送すればいいだけの話だ。何で焼く必要がある。
 蜀の面子は、大体パソコンの扱いが下手過ぎる。
 使ったことがないなら、使って覚えればいいのだ。メンテ費用がやたらに掛かるので詳細を聞いてみれば、でも直せてしまうような初期的なミスがぞろぞろ出てきた。一度見てやったら癖になって、最近ではパソコンが動かなくなったと呼び出されることも多い。
 そういえば、最近は書類作成まで普通に頼まれるが、それとて本来統括室のが作るべきものではなく、蜀の面子が作るべきものだ。チェック体制が逆になっている。
「苛々してませんか」
「してる」
 が即答すると、馬岱は悲しげな顔をして、やはり奢らせて下さいと申し出た。
 その顔と仕草がどうしても胡散臭く見えて、は思わず顔を顰めた。

 夜遅くにそこそこ美味いものを、となると呑み屋ぐらいしか開いていない。
 それも駆け込みに近く、飛び込んだバーと居酒屋の合いの子みたいな店の片隅に落ち着く。
 車ではないし、とアルコールを注文されても、だから怒りはしなかった。場所が場所だし、どうせ週末だし、目の前で呑まれたら呑みたくなるのが筋だ。ビールだのワインだので酔う程弱くもない。
 付き出しが出る前にビールが運ばれてきたのは、ご愛嬌だろう。
 妙に喉が渇いた気がして、一気に煽った。酒類のラストオーダーにはまだ時間があったが、すぐに手を上げてお代わりを要求する。
「ビール、お好きなんですか」
「好きって程でもないけど。基本は日本酒だから、私。でも、空気が渇いてる時のビールって異様に美味しくない?」
 の何気ない言葉に、馬岱はにっこり破顔した。
 邪気のない笑みに、おや、と上目遣いに馬岱を見遣る。
「私も、そう思います」
 女の方でそう言い切ってくれる人はあんまり居ないから、と嬉しそうにビールを煽る馬岱に、は何のことやら分からんと首を傾げた。
「私が一緒に食事をするひとと言いますとね。大体が、お酒は呑めないとか、カクテル一杯だけならとか、そんなひとが多いもので」
 酒が呑みたくて呑める店に誘っても、着いた瞬間そんなことを言われてしまう。
「一人で呑んでいいからと言われましてもね。酔いもしない人を前にして呑むのは、なかなかに苦痛ではないですか」
「つったって、蜀の女の子って、結構呑むひと多いでしょうに」
 蜀を担当している都合で、個人的な呑み会に参加することも多い。その場で見る限り、蜀の女性陣は酒豪が揃っているように見えた。
「同じTEAMのひとと呑むのは、あまり好きでないものですから」
「ふーん……?」
 ちょうど料理が運ばれてきて、その話はそこで打ち切りになった。

 目が覚めたが、辺りは妙に薄暗い。
 汗が全身を濡らして気持ち悪かった。
 自分が何処に居るか分からない。
 少なくとも、自分の部屋ではなかった。
「気が付かれましたか」
 見上げると、薄暗く狭い視界の中に馬岱が映った。
「無理に動かない方がいいですよ」
 起き上がろうとしたのを、馬岱に押し止められる。肩に暖かな感触が触れ、自分の肩が剥き出しだということを初めて知った。
 毛布は掛けられていたが、肌から伝わる触感はがキャミとショーツだけの下着姿であることを示している。
「具合が悪そうでしたので……」
 言い訳だ。
「何、したの」
 回らない舌を制し、侮られないよう一音一音をはっきり発音する。
 噛み付かんばかりのに、馬岱は困ったように笑った。
「ちょっと、薬が効き過ぎたようですね」
 また言い訳をするだろうと踏んでいた馬岱は、意外にもあっさり白状した。
「まったく抵抗できないひとをどうこうする趣味はないもので、どうしたものかと。服を脱がせたのは、言っておきますが本当に具合が悪そうだったからですよ」
 どうだか。
 は、重い体を持て余した。
 だるいのに、眠くない。馬岱が傍に居るからかもしれない。
 場所も良くないだろう。何処だかは分からないが、多分ラブホの一室だ。
 状況を確認する内、はあることに気が付いた。
 もぞ、と身動ぎするが、起き上がれない。
 焦りばかりが先行し、そうなると気分的にますます追い詰められていった。
 トイレに行きたくなったのだ。
 ビールを多く飲んだせいか、膀胱が張っているのが分かる。早くトイレに行かなければ、このまま粗相をしてしまいかねない。
「……お手洗いですか」
 目敏く気が付いた馬岱は、躊躇いもなくをベッドから抱え上げた。
「ちょっ……と……」
 身を捻るも、力が入らないではどうにもならない。そのままトイレに連れて行かれてしまった。
 便座の蓋を開けると、馬岱はをその上に下ろした。ショーツに手を掛けられ、取り押さえようとしたは勢いで馬岱の方へ倒れこんでしまう。
「駄目ですよ、しっかり腰掛けてないと」
 押し戻され、反動でショーツを下ろされてしまった。
「で、出てって」
 いつまでも居座る馬岱に、は眉を吊り上げる。
「だって、拭けないでしょう?」
「な」
 いいから、と馬岱はの下腹を柔らかくさすった。
 促すように軽く押されると、狭い個室に水音が響き渡る。
 かっと顔を焼くに、馬岱は事もなげに笑った。
「ウチで扱っている商品には介護用品も含んでますからね。私なぞも、それなりに知識も経験もあります。どうぞお気になさらずに」
 介護と言われ、は馬岱を睨め付ける。だいたい、馬岱が薬など盛らなければ、こんな必要はなかった筈だ。
 だと言うのに、馬岱は実ににこやかに笑みを作り続ける。
「たくさん、出ましたね」
 備え付けのトイレットペーパーを手に巻き取りながら、馬岱は本当に老人を介護するかのようにを扱う。
 腹立たしいが、今は従うより他なく、は悔し涙を浮かべながら顔を背けた。
 の足を広げさせ、間に手を差し伸べた馬岱の顔が、不意に頓狂な表情に変わる。
「……これで、濡れますか。しかも、こんなに」
 丹念に滑りを拭われ、体が震える。
「うるさいな」
 それしか言えない。
 ペーパーの起こす摩擦で、相当濡れていることが分かる。しかも、後から後から濡れるので始末に負えない。
 馬岱が手を止め、レバーを捻る。の尻に、水が沸き起こす冷気が当たった。
 ショーツが足首に絡んだまま、ベッドに戻された。
 を横たえ、馬岱はの目を覗き込む。
 何事か考えていたようだったが、身を起こすと唐突にファスナーを下ろした。
「一方的に見られたのでは、割に合わないでしょう?」
 止める間もない。の眼前に馬岱の肉が曝け出される。
「……勃ってんだけど」
「勃ってますね」
 勃起した秘部を晒して平然としている馬岱に、は眩暈がした。
「抵抗できない女は、抱かない主義じゃなかったのかよ」
「抵抗するなら、の話ですよ」
 言いながらベルトを外し、スラックスを脱ぐ。
 椅子の背もたれに脱ぎ捨てたものを掛けながら、馬岱は裸になった。
 細身に見えた体は意外に引き締まっており、着痩せする性質なのだとに知らしめる。
「ちゃんと、着けますから。ね」
 宥めるようにの胸を柔々とさする馬岱に、は淡い悦を持て余しつつ小さな溜息を吐いた。
「着けなくていい」
「は?」
「ピル、飲んでるから着けなくていい」
 しばらくして、馬岱はようやくの言葉の意味を理解したようだった。意外、と顔に書いてあるように見える。
「着けない方が、気持ち良いんでしょ」
「それは……そうなのかもしれませんが」
 無駄口はもういい、とは目を閉じた。
「言っとくけど、久し振りだから。あんまり楽しませて上げられないかもよ」
 口を閉ざしてしまったらしい馬岱に、もまた口を閉ざした。
 蓮っ葉な態度に萎えたかもしれない。それならそれで構ったことではなかった。
 と、濡れた肉に押し当てられる熱の感触を感じる。
「私も」
 ぽつり、と呟く馬岱の声が、やけに近く聞こえた。
「楽しませて上げられないかも、知れません」
 言うなり突き込まれ、は背を大きく反らした。
 股間からぐちゃぐちゃと濡れた音が響き渡る。膝裏を抱え上げられ、いいように広げられているのも分かる。ダッチワイフと変わらないぞんざいな扱いだった。
 けれど、突き込まれる度、擦られる度にの意識は白濁し、あっという間に訳が分からなくなって羞恥は消え去ってしまった。
 もっと、と喚いている自分の声が遠くに聞こえていた。
 あん、だのイイ、だの、まるで出来損ないのAVみたいだ。
 口を閉ざそうとすると腹に力が込もり、熱く火照った体が崩れ落ちてくる。
 それでも腰が動いているのに、は場違いな感心をした。
 凄い、さすが鍛えてるだけあるな。運動が趣味って言ってたっけ。道場も、それで見学に来たんだもんね。
 ぶるぶると震える体が、互いの限界が近いことを告げる。
 執拗にを抉っていた肉が、最奥を突いて止まった。
「……イ、くっ……!」
 掠れた声がの耳を貫く。
「うん、来て……!」
 伯符。
 その瞬間、腹の中にねっとりとした液体がぶちまけられる。
「あっ、ああ、で、出てる、出て、るっ……!」
 中出しされたという事実がを最後の悦楽へと突き落とした。

 一瞬気を失っただったが、ふと気が付くと馬岱が荒い息を継いでいた。
 がその様をじっと見ていると、苦笑いしてキスを落とした。
「……他の男の名を呼んで果てるなんて、マナー違反ですよ」
「あ、ごめん」
 飲み込んだつもりだったが、口から漏れ出てしまったらしい。
 おざなりな謝罪に、馬岱はやはり笑うのみだった。
 そのまま身を起こすと、未だの中に納められたままの肉を揺さ振る。
「あっ……」
 くい、くいっと引っ掻き回され、の体がゆらゆらと揺れる。
「詫びるくらいなら、もう一度相手をして下さい。次はちゃんと私の名前を呼んで果ててくれたら、許してあげます」
「何それ。別に、いいけどさ……」
 薬の痺れは未だ残っている。そんな女を二度も抱こうという、馬岱の気が知れない。
「凄く熱くて、トロトロになってて気持ちいいですよ……コレ、薬のせいなんですか」
「知らないって、そんなこ、と……!」
 揺動を開始した馬岱に、の声は次第に奪われていく。
「……じゃあ、もう一度、試してみないと、ですね……っ……」
 馬鹿なことをと詰ってやりたかったが、それを見越したように馬岱の指が肉芽を擦り、迸る快楽に口が聞けなくなってしまった。

「次は、いつにします?」
 当たり前のように尋ねてくる馬岱に、は呆れて白い目を向ける。
「付き合ってる訳でもないってのに、早々会いたくもないわよ」
「試すって言ったでしょう」
「あんたが勝手にね」
 ベッドの上で向かい合わせに寝そべっているから、二人の顔の距離は極近い。
「付き合っても、私は別に構いませんよ。でも、さんは嫌なんでしょう?」
 嫌ではない。考えられないだけだ。
 馬岱にそう言うと、不貞腐れたように口を尖らせた。
「何です、対象にもなってないってことですか? 傷付くなぁ」
 そう言っていても、たいして傷付いているようには見えない。
「……じゃあ、友達ならいいでしょう? たまに鬱憤晴らしが出来る友達。それなら、いいでしょう?」
「友達って、それじゃまるで、セフレじゃないさ」
「セフレってセックスフレンドってことでしょう。友達じゃないですか」
 屁理屈をこねる馬岱に、は呆れて背を向ける。
 腹は立たなかった。
 久し振りの運動をしたせいか、すっきりした感じで、ただひたすら眠い。
さん、寝るんですか」
「寝る。眠い」
「シャワーは」
「明日」
「何か着ないと、風邪引きますよ」
「いい」
 眠くて、意識の大半は既に落ちていた。もう起き上がるのもしんどい。
 裸の背中に、暖かな感触が触れる。
 雪山で遭難したみたいだと思った。
「おやすみ」
 どちらからともなく呟くと、二人は眠りに落ちていった。

  

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