別に回数をこなしたというわけじゃない、たった一回のセックスだったが、曹丕とするといつも腰が痛くなる。
しつこい。
後、手加減しない。
むしろいたぶってる風なところがあって、俺が痛がると喜んでる。薄目で伺って分かったのだが、物凄い上機嫌な笑み(傍から見るとそう思えないかもしれないが)を浮かべて俺を見下ろしていた。
サドなんだなぁ、と改めて感じた。
趙雲も割と、というか、まんまサドだ。
事務仕事に勤しんでいる俺を、労わろうという気はないのか。
内心不服を並べながら、いつもの打ち込み作業を続ける。
データを見ながらの作業の途中、数字がおかしいところがあるのに気が付いた。
明らかに計算式がおかしくなったまま打ち出されたらしいデータを手に、俺は諸葛亮課長に指示を仰ごうと席を立った。
と、少し離れた席に居た馬超が、ぱっと顔を逸らすのが見えた。
久し振りに見た気がするすべらかな顔の線は、俺を振り返ることもなくそのままフロアを出て行ってしまった。
こうもあからさまな無視に、俺が面白いはずもない。
苦い感情を抱えたまま、それでも仕事を続けるべく諸葛亮課長のデスクに向かった。
午後になり、ランチを外で取ってきた俺は、蜂の巣を突付いたように大騒ぎしているフロアの惨状を目の当たりにすることになった。
何が起こったのかと辺りを見回すが、皆、新入りの俺に構っている暇はない、というようにかしましく騒いでいる。電話のコールがひっきりなしに鳴り響き、ただでさえ少ない女子社員が悲鳴を上げて応対していた。
こそこそと自分のデスクに向かおうとした俺は、横合いから肘を取られて引っ張られた。
誰だと思ったら趙雲だった。
喧騒はなはだしいフロアを抜け、階層違いにある倉庫に引っ張られていく。
「どうかしたのか」
引き攣った顔の趙雲に、異様な圧力を感じる。
俺の質問に答えることなく、趙雲は深々と溜息を吐いた。
「……馬超、クビになるかもしれません」
「は?」
唐突な切り出しに呆ける俺を他所に、趙雲は苛々として髪をかきむしりながらまた溜息を吐いた。
「ここのところ私が忙しかったのは、も知っているでしょう? あれは、馬超のポカの穴埋めで忙しかったんですよ。次から次へと、それはもう色々としでかしてくれるものだから」
そう言えば、馬超の世話は趙雲が見ているのだった。
しかし、馬超は一応一人で仕事をするようになっていて、趙雲はそれこそ補佐的な指導役といったところで落ち着いているはずだ。
「だから、今回尻拭いに借り出されてたんです」
威張るだけあって、馬超の仕事を覚えるスピードは並大抵ではなかったらしい。元々、父の会社に好き勝手に出入りしていた経緯もあるから、土台のようなものは出来上がっていたのかもしれない。
顧客を任せられるとすぐさま自分でも新規顧客獲得を始め、強引に採用を決めた劉備専務も鼻が高かったようだ。
それが、崩れた。
砂山が波にさらわれる速度であっという間にぼろぼろになった馬超を、張飛部長などは初め『それ見たことか』と哂っていたが、ミスが度重なることでその笑いも徐々に引っ込み始めた。
TEAMなのだから、一人のミスが皆に影響するのは当たり前のことだ。まして、営業ともなるとミスの一つ一つが致命傷になりかねない。
しゃっきりしろと怒鳴られても、馬超は顔を強張らせるばかりで返事もしない。小憎たらしい態度を通していても、せめてミスをしなくなればまだ話は別だが、取り返すどころか増えるばかりの失態に、大なり小なり皆が憤っている。馬超のミスがあまりに多く、TEAM全体の人間関係をギクシャクさせ始めているというのだ。
今日のミスが極め付けで、営業は元より内勤にも火の粉が降りかかってしまった。
「……俺のせい?」
俺が上目遣いに趙雲を伺うと、趙雲は三度目になる深い溜息を吐いて寄越した。
自覚がないと言いたいのだろうか。
「奴が一人で辞めてくれるなら、私は別に構いません。ですが、貴方のことがある」
「俺?」
問い返す俺を盛大に睨め付けて、趙雲はがっくりと肩を落とした。しばらくして上げた顔は、鈍い相手をそれでも理解させなければならない労苦で、げっそりとしていた。
「貴方は奴の紹介でここに入社したことになっているのですよ。奴がこんな形で辞めてしまえば、少なからず貴方にも影響が及びます。それに、奴はことあるごとに貴方を見ているものだから、フロアのほとんどの人間が、奴と貴方の間で何かトラブルがあったと見抜いてますよ」
馬超が、俺を見ていた。
初耳だ。
俺がびっくりしたのが伝わったのか、趙雲は呆れたように手のひらで顔を被った。本当に頭痛を起こしているのかもしれない。
「……それは、貴方はパソコンに向きっぱなしだから、気付かなくても仕方ないかもしれませんが」
少し哀れになってきた、とぼそりと呟かれてしまった。
そんなことを言っても、モニタに集中しているわけだから気が付かなくて当然だ。俺は武道の達人じゃないし、背中に目が付いているわけでもない。
「俺、どうしたらいい?」
考えても思い浮かばなくて、趙雲に尋ねる。
できることがあるならやろう、と暗に申し出た俺に、しかし趙雲は素っ気なかった。
「ご自分で考えることでしょう。私が指図していいことではない」
ぷい、と、話は終わったといわんばかりに背を向けた趙雲に、俺は少し当惑し、追いかけることも出来ずその場に立ち尽くした。
電源が落とされ、真っ暗になったフロアに俺は残っていた。
仕事を終え、帰る振りをしつつこっそりと食堂で時間を潰すと、人気がないのを見計らってフロアに戻ったのだ。
事態収拾に加われもしないのに、一人前の顔をして残っているのは躊躇われた。趙雲の言だと、馬超のミスの責任は俺にあるようなものだ。せめても八つ当たりの矛先にでもなれば良かったのかもしれないが、それもついさっき思いついたことで、フロアを出る時は余計な神経を使わせないようにと考えていた。
無意識に逃げたのかもしれないと思うと、憂鬱だった。
やっぱり、俺にはこんな堅い職業は向いていないんじゃないかと思えた。皆が帰った後で、こんな風にぼんやりしているのがいい証拠だ。
メモ帳を引っ張り出すと、ペン立てからボールペンを適当に引っ張り出す。
辞表、と書いて、後の文言を考えた。
何と書けばいいのだろう、と考えていると、背後から小さな物音が聞こえてきた。
昼間は人のざわめき、電話のコール音、パソコンのモーターが唸る音でかき消されていたのだろうその小さな音は、フロアに戻った馬超が立てた音だった。
呆けた顔が突然赤くなる。
腹立たしげに顔を背けると、自分のデスクに乱暴に鞄を叩き付けた。
後から、劉備専務と関羽常務が現れた。二人とも疲れた顔をしている。たぶん、苦情元へ陳謝しに行くのに付き添ってきたのだろうが、この二人が揃って出向いた辺り、事の重大さをうかがわせていた。
劉備専務が馬超に何か話しかけようとして、立ち上がった俺の存在に気が付いた。
不思議そうに俺を見ていたが、関羽常務に耳打ちされ、苦く笑みを浮かべつつも二人でフロアを出て行った。
俺は、無言のまま馬超の傍らに足を運ぶ。
馬超は椅子に座って俯いたまま、俺を振り返ろうともしない。
こんな感じだったのか、と俺は馬超を見つめた。
振り返らない俺を、馬超はこんな風に見ていたのか。
「馬超」
声を掛けるが、予想通り馬超は反応しない。
全身で拒絶しているように見えた。
馬超のネクタイの結び目を掴み、引き摺り上げる。
「な」
意表を突いたのだろう、馬超の目は大きく見開かれ、純然とした驚愕の表情を浮かべていた。
構うことなく唇を合わせ、貪り、呼吸を乱す。
専務達はまだそれほど遠くに行っていないだろうから、ひょっとしたらこの物音を聞いて駆けつけてくるかもしれない。
別にそれでもいい。
俺は馬超をデスクの上に引き摺り上げると、素早くベルトを外し、その股間を露出させた。
自分でも感心するくらいの早業で、しかし間を置かず、俺は半勃ちのそれを深く咥える。
「……っ!」
声のない悲鳴を上げ、馬超は鋭く仰け反った。片手で竿を支え、咥え易くすると、もう片方の手で双玉を揉みしだく。
あっという間に限界まで追い詰め、逃れられないようにしてしまうと、俺は竿の根元をきつく握って放出を遮った。口から出すと、今度は見せ付けるように舌を往復させる。
先端まで辿り着いた舌を尖らせ、鈴口を強く突く。馬超の腰が浮き、放出を強請って揺らめいた。
苦しいのだろう、眉根を寄せて激しく息を吐いている。
紅潮した頬に汗が伝い落ち、淫虐を強調させた。
噛み締めた唇に指を這わせると、案外簡単に解けた。そのまま突き込み、舌を弄ぶと、馬超の熱い息が指に絡み付いてくるようだ。
濡れた指を馬超の奥まった秘奥に押し当てる。
少しずつ挿入すると、馬超の体がびくりと跳ねた。
涙目の馬超を宥めるようにキスを繰り返し、ゆっくりと指を馴染ませる。
頃合を見て指を揺すってやると、明らかに苦痛とは異なる声が漏れた。
まだ慣れてはいないだろうから、根気良く挿入を繰り返した。放出は戒められたままだったが、馬超の目は情欲に潤んで切なげだった。
指を引き抜くと、ちゅぽ、と濡れた音が立つ。馬超は顔を背け、自ら足を開いた。
スラックスと下着を落とし、靴下だけが残った姿は間抜けといえば間抜けだが、妙に淫猥に見えるのもまた確かだった。
俺は馬超の戒めを解き、代わりに膝を抱えた。
「う」
俺の先端が馬超の秘奥に押し当てられると、濡れた感触に驚いたのか馬超が声を漏らした。
すぐに侵食を始めると、馬超の背中が弧を描きしなる。
「う、あ、ぁ、……っ!」
達することを忘れた昂ぶりが、俺のものに押し出されるように弾けた。
白く濁った粘液が、馬超のシャツとネクタイを汚していく。
馬超のものがひくつくたびに、馬超の中もきゅ、きゅと締め付けてくる。
締めてくる、と無意識に言葉にすると、馬超の頬が赤く染まり、更にきつく締め上げた。
「いっ、つ……痛、痛い、馬超」
締められ過ぎて痛みを訴えると、馬超の顔が困惑して揺れる。意識して締め付けているわけではないから、緩めようもないのだろう。
ふと、腹を叩く何かに気付いて視線を向ければ、達した直後で項垂れていた馬超の肉が、挿入の痛みをものともせずに勃ち上がっていた。
後ろで感じ始めたのか、と思った瞬間、俺のものが馬超の中で大きく震えた。
胸を反らし、押し殺した声を上げる馬超に口付けを落とす。
「俺が抱くのは、馬超だけだよ」
馬超は固く閉じていた目を薄く開き、俺の方をちらっと見たが、すぐさま再び閉じてしまった。
聞こえたのかどうかは確かでなく、確かめようもなかった。
未練がましく馬超を見下ろしていたが、馬超は眉根を寄せたまま唇を噛んでしまって答えようとする気配もない。
「……いくよ」
声をかけると、馬超は小さく頷いた。
続