家の前に立っていた趙雲と馬超の睨みあいはしばらく続いた。
 俺としては、迎えに来、来られた二人が何でまたそんな風に睨みあわなくてはならないのか不思議でたまらなかった。
 とにかく、この場での俺は完全に部外者なのだ。それだけは間違いようもない。
 馬超の手が、俺の肘の下を強く握りこんでいる。これがなければ、俺もそこら辺をぶらぶらと散歩してくるくらいの気配りが出来そうなものなのだが、馬超は俺の腕を掴んでいることにも気がついていないのか、離す気配はまったくなかった。
 趙雲は、馬超とは面立ちも違うがやはり綺麗な男だった。馬超のイメージが鋭い刃なら、趙雲は清冽な水だと思う。
 俺が馬超と趙雲を見比べていると、趙雲はふっと肩の力を抜いた。
「……とりあえず、話だけでも聞いてもらえないか」
 馬超は答えない。この二人に何があるのか知らないが、俺は内心穏やかではいられなかった。馬超のことは諦める。確かにそう決めていたが、それは見返りを求めないと言う意味であって、この綺麗な男の何もかもを知りたいというエゴは、未だ俺の中に巣食っていた。
 けれど、彼は文字通り俺とは違う次元の人間だ。
 忘れてはいけない、忘れたばかりに手痛い目に遭ったばかりではないか。だから、俺は馬超の背中を押してやることにした。
「なら、家に上がって……狭いけど、茶くらい淹れるから」
 突然口を挟んだ俺に、馬超も趙雲も、今思い出したと言わん勢いで俺を凝視する。
 いいんだ、分かっていることだから。少しくらい胸が痛いのもご愛嬌だ。
「いつまでもここでこうしてると、また騒ぎになるだろ」
 険しい目で俺を見る馬超を牽制すると、俺は馬超の腕を振り払った。
 呆気ないほど容易く振り解かれた馬超の手は、力なく地に向けて垂れた。
 俺は敢えて馬超の目を見ないようにし、趙雲のいる方、玄関に早足で向かう。趙雲の手前にあるステップを上がり、鍵を開ける。ドアを開け、趙雲を振り返ると、趙雲は俺に微かに笑いかけてから、馬超に呼びかけ、返事がないと見るや直接引っ張りに行ったらしい、馬超の方へ足早に歩いていった。
 らしい、と言ったのは、俺が玄関のドアに隠れるようにして、敢えて馬超を見ないようにしていたからだ。下種の勘繰りかもしれないが、俺には馬超と趙雲の間に、何かただならぬ空気を察していた。妄想が本当になるのを、馬鹿だと思いながら嫌悪して避けようとしていた。
 やがて、趙雲に追い立てられるようにして馬超がやって来た。
 それだけを確認して、俺は先に中へ入った。馬超を避けたのではない。電気をつけなくてはいけないから。
 そう自分に言い訳していた。

 冷蔵庫の中から冷たいウーロン茶を出して、グラスに注ぎ込む。
 一つを壁にもたれて立つ趙雲に渡し、もう一つをソファで不貞腐れたように座り込む馬超の前に置いた。
 ちらと馬超に目を向けるが、馬超は完全に明後日の方を見ていて、その表情までは伺えなかった。
「じゃあ俺、二階にでも行ってるから」
 趙雲に声を掛けた俺の脇をすり抜け、馬超が二階に上っていってしまった。止める間もない。
 苦笑する趙雲に、俺は何故だか我がことのような恥ずかしさを覚えた。
「先に、貴方と話をさせていただいた方がよさそうですね」
 立って話すのも何だし、俺は趙雲にソファを勧め、自分も反対の側……馬超が座っていた辺りに腰掛けた。
 趙雲は俺に礼を言って腰掛けると、体が沈む感触に戸惑いながら簡潔に説明してくれた。
 曰く、馬超が趙雲の前で突然消えた。その辺りにはかなり前から神隠しのような伝説があり、手分けして探せど見つからず、古い文献や伝承から当たりをつけた孔明が、神隠しが起こるのは新月の晩が多いということ、満月の夜に戻ってきた男の話があることを調べてきた。趙雲は責任を感じ、自ら志願して『神隠し』に挑んだ。気がついたらこの世界に居り、人目を避けてここまで来たということだった。
 偶然とは言え、よくここに辿り着けたものだ。馬超と趙雲の間には、何か引き合うものがあるのかもしれない。
「……馬超が帰れるなんてこと、俺、考えてもみなかったから……」
 馬超が責められるのではないかと焦って、俺が馬超を引き留めていたのだと趙雲に言うと、趙雲はまた苦笑を浮かべた。
「貴方がどう言おうと、馬超の気質であれば帰ろうと思えば帰ったはずです。お気になさらずに」
 どのみち、次の新月か満月に『帰れるかどうか』を試してみなくてはいけない。趙雲はそんなことを言い出した。聞いているだけでも分の悪い賭けだと分かる。そうまでして此処に来たのは、やはり、馬超と趙雲の間に特別な何かがあるからではないのか。
 そこまで考えて、自嘲する。
 いいじゃないか。互いに相応しい相手だ。俺なんかよりは、ずっといい。
「お許しいただければ、それまでこちらに居させていただけないかと」
 趙雲の申し出は、別に何でもないことだった。俺は気楽な独り暮らしだったし、部屋は元々余っている。お姫様たちからもらったプレゼントやら洋服やらをぶちこんだ部屋を片せば、一部屋くらいは楽に空けられる。
 そこまで考えて、俺は馬超の為には部屋を用意してなかったことに気がついた。
 ベッドはやたらとでかいサイズのものを入れていたので馬超と二人で寝ていても差し支えなかったし、服もお互い気にせず、目の前で堂々と着替えていた。それが当たり前だと思っていた。
 あまりにも大雑把で考えなしの扱いだったな、と今更自責の念を覚える。馬超は確か何処かの国の跡継ぎだったはずで、だったらもう少しそれなりの扱いをするべきだったのかもしれない。
 今日のところはさっさと食事を済ませて、眠ってしまった方がよさそうだ。色々突然過ぎて、そして色々有り過ぎたのだから。
 趙雲にトイレの使い方と風呂場の使い方を説明して(結構驚いていたようだったが)、冷蔵庫の中を確認する。三人分くらいは何とかなりそうだと確認して、趙雲に風呂に入るよう勧める。
「その格好だと、こっちじゃ目立ち過ぎるから……俺ので良ければ着替え貸すから、先に汗流しておきなよ」
 趙雲は、笑みを浮かべて俺に礼を言った。けれど、その笑みが何処か苦笑じみた、何か心から
笑っているとは思えない含みのあるものに感じられて、少し居心地が悪かった。

 趙雲が風呂場に入った後、俺は彼に貸す為の服を取りに二階に上がった。
 寝室の戸を開ける。寝室にあるウォークインクローゼットに、普段着の全部を置いてあるのだ。
 部屋の角に置かれたキングサイズのベッドで、毛布がこんもりと盛り上がっているのが目に入った。馬超だ。
 不貞寝してしまったのか、俺が入ってきたのは分かるはずなのに、身動ぎ一つしない。
「……馬超、メシ、どうする」
 食べないだろうな、と分かっていて声を掛けた。未練がましいと思うのだが、馬超の声が聞きた
かったのだ。
 予想通りと言おうか、馬超は身動ぎもせず返事もしない。頭から毛布を被ってしまっているので、顔も見えなかった。毛布の下の、たぶんここが頭だろうと思われるところに耳を寄せたが、寝息も聞こえない。狸寝入りでもしているのだろう。
 本格的に拗ねたらしい馬超の扱いに困って、俺はとりあえず趙雲の着替えを探すことにした。サイズを間違って買った、返品するのも面倒で何処かに仕舞いこんだままのTシャツがあるのを思い出し、それを探そうと思った。
 馬超の服なら俺のものより多少は融通が利くだろう。でも、馬超の服を趙雲に着せるのは面白くなかった。男のやっかみだ。本当につまらない、チンケな嫉妬だ。
 男同士で何やってんだかな、と情けなくなった。
 突然視界がたわんだ。
 背中から投げ出されて、衝撃に思わず目を瞑る。痛みはほとんどない。だが、膝の上に乗り上げてくる固い膝頭のごりっとした感触に、思わず眉を顰めた。
 馬超が俺を組み敷いて、見下ろしている。
 怒ったような顔は、逆に馬超の胸の内を覆い隠してしまって、何を考えているのか全然読み取れない。
 キスされて、でも俺は馬超が何を考えているのか掴めなくて、目を瞑るのも忘れてじっと馬超の睫を見ていた。
 馬超の手が俺の襟首の辺りを掴み、一気に左右に引く。ボタンは呆気ないほど簡単に千切れ、何処かに吹っ飛んでしまった。甲高い音にぎょっとして、俺は俺を組み敷く馬超を押し遣ろうともがいた。馬超は体重を上手く使って俺の抵抗をやり過ごし、喉元に舌を這わせた。
「ば、馬超」
 快感がないわけじゃなかったが、何より驚いてしまってそれどころではない。
「馬超、ちょっと……待てって、おい……」
 趙雲は風呂に入っているが、寝室の戸は開け放したままだ。廊下に出たすぐが階段に繋がっていて、物音は筒抜けになる。
 分かっていないのか、馬超は俺の穿いているパンツのウェストに手を掛けると、無理やり下に引き摺り下ろす。ぶちっと鈍い音がしてボタンが落ち、ジッパーが変な音を立てた。馬超の馬鹿力に耐えかねて、壊れてしまったらしい。
 動じもせず、馬超は黙々と俺を脱がしにかかる。俺の方がよっぽど慌てていた。
 下着に馬超の手がかかり、俺は無駄な抵抗を見せて必死に抑える。馬超が何をしようとしているのか、一目瞭然にも関わらず、俺の脳味噌は理解できずにパニくっていた。
 階下には趙雲が居る。今は聞こえなくても、風呂場から出たら絶対に物音なり声なりを聞きつけてくる。それはまずい、駄目だと焦って馬超を押し退けようとするのだが、やはり鍛え方が違う、馬超は俺の動きを簡単に封じ込んでしまう。
「……っ、ばちょ……馬超、駄目だ、趙雲が……」
 小声で訴えると、馬超の目がぎろりと俺を睨みつけた。
 それでも優しくしていたらしい、馬超の動きが更に荒々しくなって、俺の下着は簡単に引き摺り下ろされた。怯えて縮こまってしまっている俺の愚息を馬超の熱い指が捕らえ、揉みしだく。俺は、未だ何とかしようともがいて、後ろに後退ろうとした。馬超の指が突然俺の後孔に突き込まれて、俺は短い悲鳴を上げた。
 昆虫採集の標本みたいな気分になった。動こうにも動けずにいる。慣らしもせずに突っ込まれた指の質量が、本来の倍にも感じられて、俺は馬超の指を意識せずに締め上げていた。痛い。
 荒く息を継ぐ俺をどう見たのか、馬超は今度は俺の愚息を口に含んだ。生温い熱の中で、ぬるりと蠢く舌が纏わりついてくる。
「…………馬超…………馬超…………」
 もう、馬超を呼ぶことしか出来なくなって、気持ちいいのか気持ち悪いのかも分からなくなっていく。
 形だけ見れば馬超に強姦されていることになる。でも俺は、馬超にだったら殺されてもいいと馬鹿みたいに思いつめていたから、むしろ情けをかけられているような気さえした。
 馬超が俺なんかに触れているのが、申し訳ないような嬉しいような物凄く複雑な気分で、俺のものも俺の気持ちを反映してかなかなか固くなってはくれなかった。
 馬超は、俺のものがなかなか勃たないのに苛立ってか、口を離した。もう諦めたかと思ったら全然そんなことはなくて、舌を伸ばして滅茶苦茶に嘗め回してくる。
 馬超が何をしたいのか分からず、俺は困惑した。
 嫌なはずではなかったのか。俺と肌を合わせるのは、単に義理を返す為の方便に過ぎなかったはずだ。それが俺には耐えられなかった。肌を合わせるのを仕事にしていたから、心を伴わないセックスは、俺にとっては面倒なだけだから、いや、そうじゃない。馬超とおざなりに肌を合わせるのが嫌だったのだ。
 俺は馬超のことが好きで、馬超が俺のことを好いてくれているなら何度でも、何日でも馬超と犯り続けると思う。けど、馬超が俺を好きじゃないなら、本当に心が通じていないんだったら、俺はただ馬超に側仕えして、彼のやりたいことをやりたいようにさせてやる大甘な保護者でいたかった。彼が綺麗なままでいられるように、守ってやることができればそれで良かった。その方が良かったのだ。そうしたら、せめて馬超が俺を頼って甘えてくれていると自己満足できたのだから。
 今、こうして馬超が俺を煽ろうと躍起になっているのを見ると、どうしていいか分からなくなる。
 馬超は、俺のことが好きなんだろうか。それとも、単に趙雲にあてつけたいだけなのだろうか。
 趙雲。
 頭を過ぎった名前に、俺は背中の芯に冷たい鉄棒を突っ込まれたような気がした。
 やや勃ち上がりかけていた愚息は再び項垂れて、馬超は一瞬呆然とし、次に炎が湧き上がるような怒りを篭めて俺を見上げた。
 俺はもうどうしようもなく情けなくて、馬超の視線を避けた。
 馬超は唇を噛んで細かに体を震わせていたが、後孔から指を引き抜くと俺の体にしがみつくように抱きついてきた。
 傷ついている。
「……ごめん、馬超……」
 謝っていいのか分からなかったが、言葉が勝手に唇から漏れた。
 ふと視線を感じた先に、趙雲が立っていた。ぎくりと肩が跳ねて、俺にしがみついていた馬超をも揺らした。
 馬超は、面倒くさげに後ろを振り返り、趙雲と見詰め合った。
「何か、用か」
 馬超の声にはどうしようもない憤りが篭められている。俺はおたついて、趙雲と馬超を交互に見
遣った。
 趙雲は、相変わらず微笑を浮かべている。困った人だ、と、まるで愛しい駄々っ子を見守るような慈愛に満ちた目で馬超を見ている。
 趙雲が馬超を好きなのは間違いない。じゃあ俺は、やっぱり当て馬なのかもしれない。
 胸が痛くなって、耐え切れずに馬超を押し退けた。馬超は驚いたように俺を見上げたが、唇を噛むとまた視線を逸らした。
「……ごめん、着替え……持ってってなくて。今、用意するから」
 趙雲は、まず貴方が着替えなくてはいけないと思う、と言って、苦笑した。


  

拾い武将シリーズINDEXへ→