食べないかと思ったのだが、馬超は不貞腐れながらも階下に下りてきて、いつも座るソファの定位置に座った。 趙雲がその反対側に、俺は給仕もあったので向かい側に腰掛けた。キッチンのテーブルでは椅子が足りなかったのだ。
 季節外れの鍋を囲みながら、黙々と食事をする。馬超が嫌がるからテレビもつけていない。鍋の中で出汁と具がぐつぐつ煮える音だけがしていた。
 沈黙が肌に痛い。
 俺は食欲をなくし、箸を置いた。馬超と趙雲が同時にこちらを向く。この二人は、全然目を合わせようとしない。意識し過ぎているのかもしれない。
 冷蔵庫の中からビールを取り出し、開ける。家ではあまり呑まないのだが、オーナーからお裾分けでもらったのを冷やすだけ冷やしておいたのだ。冬にもらったものだが、別に腐るものでもないだろうし、酒がないとやってられない空気だった。
「呑む?」
 二人には目を向けずに栓を抜く。返事がないのを了承と取って、俺は勝手に三つのコップにビールを注いだ。
 ガラスのテーブルにコップを置くと、がちゃん、と乱暴な音がした。
 俺は乾杯もせずに一気に飲み干し、手酌で新たに注ぎ直した。
「部屋、後で用意するけど、今日は俺のベッドで二人で寝て。俺は、ソファで寝るから」
 趙雲が、いやそれはとか何とか言い募ったが、俺はコップを空けて聞かない振りをした。
「話し合うこととか、あるんだろ?」
 馬超は、いかにも嫌そうにそっぽを向いた。趙雲はそんな馬超を見て苦笑している。
 俺は新しい瓶を冷蔵庫から取ってくると、栓を抜き、また手酌でビールを注いだ。
「……がそんなに呑むとは知らなかった」
「ビールなんかじゃ酔わねぇよ」
 酔うわけがない。もっと強い酒を用意しておけば良かった。前後不覚になって、潰れてしまいたいと思った。
 馬超の目が、心配そうに俺を見つめている。馬超に心配されるようじゃ、俺もやばいよなぁと自嘲した。
「……何がおかしい?」
 馬超が突然怒り出した。本当にあちこちに導火線がある男だ。何がきっかけで腹をたてるか分からない。
 返事はせず、もう食べないならとガスの火を止める。
 馬超は、そのまま二階に上がっていった。
殿は」
 突然趙雲が口を開いた。
「……馬超が好きなのですか」
 何を言っているのか。
 俺は趙雲を睨んだ。お前だって、好きなんだろうに。
 馬超に心を奪われない人間なんかいない。苛烈で、脆くて、綺麗だ。滅茶苦茶にして、大切にしたくなる不思議な男だった。
 好きになって当たり前だ。けど、俺にもなけなしの誇りはあったから、馬超と釣り合いが取れないのは分かっているから、好きになるだけで我慢できる。
「あんたもだろ」
 趙雲は何とも言えない顔をした。ついで、俯いてしまった。気まずくなったのかと思ったら、肩を震わせて……笑っていた。
 俺は理由もなく恥ずかしくなり、頬が熱くなるのを感じた。
「……なんだよ」
 ずっと笑っているので、いい加減にしろと怒ると、趙雲はやっと顔を上げた。目尻に涙が浮かんでいる。そんなに可笑しかったというのか。
 俺がむっとしていると、趙雲は呼吸を整えて、俺の隣に回りこんできた。
 ビールを一口含み、微妙な顔をして、一気に煽った。お代わりを強請られ、注いでやる。
「申し訳ない、ただ……」
 あまりに可笑しかったもので。
 そう言うと趙雲は、またビールを一口呑んだ。炭酸が引っ掛かるのか、ゆっくりと呑む。横から見ていると、喉仏が動くのが何だか卑猥だった。
「私が、馬超を好きだと思っていた? だから、あんなに険しい目で私を見ていたのですか」
 その言い方では、まるで趙雲は馬超のことを好いていないように思える。
「嫌いですよ」
 当たり前の、例えば今日は天気がいいですね、と言うような自然さで、さらりと言った。
 俺はびっくりした。趙雲のあの優しい目は、では何だったと言うのだろう。
「……こんな所まで来させて、礼の一つも言うわけでなくいきなり睨めつけられて。好きになるわけがないでしょう」
 殿が、軍師殿が頼まなければ、誰が。
 暗い感情の篭った声に、俺は密かに怯んでいた。清廉潔白の優しげな男に、こんな面があるとは思ってもみなかった。
「……でも」
 尚も言い縋ろうとする俺を、趙雲はふと見遣った。鋭い目をしている。人を縫い止める眼差しだ。俺もご多分に漏れず、動けなくなった。
「如何して、あんな男に、殿が……貴方が肩入れするのか、私には分からない。勝手で、自己中心で、視界の狭い……あんな男に何故」
 憎憎しげに、吐き捨てるように話す趙雲は、ビールを一気に煽るとまた溜息を吐き、項垂れた。
「貴方は勘違いしておられるようだ。私があの男に対して、少しでもいい感情を持っていると考えているのなら、そんな考えは今すぐ捨てていただきたい。私は、ただ……」
 そこで趙雲は言葉を切った。コップをテーブルに置く。こつん、と小さな音がした。
 趙雲の前髪が頬に触れ、気がついたら趙雲の口が俺のものと重なっていた。
 背中に絨毯の感触があって、趙雲の背後に天井が見えた。
 趙雲の口付けは巧みで、優しかった。歯列を舌でなぞられて、思わず緩く開いた隙間からすかさず舌が差し入れられる。呑んだばかりのビールの苦味が、舌を通じて伝わった。
 何をされているのか、脳が痺れてしまって判断がつかない。
 趙雲が俺から離れていっても、俺は床に寝転んだまま、俺を見下ろす趙雲の苦笑を見上げていた。
 ふっと趙雲が横を向く。釣られて俺もそちらに目を向けると、階段を駆け上がる音が響いた。
 馬超に。
 見られた、と思うと血の気が引いた。慌てて身を起こそうともがくが、焦っているせいかなかなか身動ぎできない。趙雲が助け起こしてくれた。
「今夜は、私がここで」
 言葉に隠された意図を察して、俺は頬を熱くした。
 頷いて、抜け落ちそうな腰を引っ張り上げ、階段を登る。
 ようやく寝室に辿り着き、ドアを閉めた。
 部屋の中は真っ暗だった。雨戸まで閉まっていて、何も見えない。
「ばちょ……」
 手探りに手を伸ばすと、何かに引っ掛かれた。熱い痛みが走り、思わず手を引っ込めた。
 馬超は無言だ。けど、たぶん俺を睨みつけている。
 俺には見えないけれど、馬超には俺が見えているのだ。俺は立ち竦んだ。
「……俺に、触るな」
 獣が唸るような声だった。恐らくベッドの上にいるのだろうと見当をつけて、俺はそちらに向き直った。
 俺は何と言っていいのか分からず、項垂れて沈黙を守った。
 馬超も何も言わない。
 静かだった。
「あの女も抱いたくせに」
 突然馬超が口を開いた。
「趙雲とも、あんな風に……」
 声が掠れている。
「俺、とは、駄目なくせに、他の奴ならいいのか……は……!」
 俺は。
 馬超の激昂した声をぼんやりと耳に留め、抑えがたい違和感に眉を顰めた。
 これでは、まるで、馬超が……。
「俺……は……、馬超が、嫌がること……は……したく、ない、から……」
 舌がもつれて、まるきり棒読みみたいだった。
 風が沸き起こり、俺の胸倉を掴むと、その場に引き摺り倒した。
 どん、と物凄い音がした。趙雲が駆けつけてこなければいいんだけど、と俺はやっぱりぼんやりとして考えていた。
 口が塞がれた。
 趙雲とは違う、やっぱり下手糞な、直情的なキスだ。
 でも、愛しい。
 呼吸が上がるまで絡ませられた舌は、痺れて言葉を発することができなかった。馬超の手が下に回り、俺の体は飛び跳ねるように痙攣した。
 固く勃ち上がったものに、馬超は驚いたように一瞬手を離したが、すぐに下着の中に手を滑り込ませて直に握り締めた。
 言葉を発することができないはずの口から、次から次へと嬌声が漏れて、俺は刺激の強さに堪えかねて涙を流した。
 途端、馬超の手から力が抜けた。俺は身を起こして馬超のいる辺りに手を伸ばす。ぶつかったものを遮二無二抱え込むと、身も世もなくやめないでくれと泣き叫んだ。
 馬超の手に再び力が篭る。今度は焦らすような、翻弄する動きに変わっていた。
 声が漏れる。抑えられない。
「あっ……う、うぅっ……ん、んぅ……っ!」
 尻が浮き上がり、強い刺激を求めて馬超の手に自ら擦り付ける。
 馬超にどう見られているかと考えると、背徳的な悦楽が増して、無意識に俺を嬲る馬超の手に、自分の手を重ねていた。
「……馬超……!」
 限界を感じて、思わず馬超を呼んだ。背中に熱を感じると同時に引き寄せられ、馬超の胸に後ろから抱きかかえられたのだと分かった。
 背後から回り込んでくる手が、俺のものを強く扱く。首筋にねっとりとした感触を感じ、いきなり強く吸われた。
「あっ……」
 勢い良く射精する俺のものは、馬超の手の中で切なげに身を捩っている。
 膝裏を抱え上げられ、逃げることも許されなかった。
 絞り上げるように指で扱かれて、どろりとした精液がフローリングの床に零れていった。
 俺はぐったりと馬超にもたれ、熱い息を荒く吐き出した。馬超の手は、まだ俺のものを苛んで、ねちゃねちゃと汚い音を立てていた。
「……さっきは、勃ちもしなかった癖に」
 詰るような言葉に、もう言葉を返す気力もない。無言で背後を振り返る。
 顎を取られて、唇を吸われた。触れるだけのものが徐々に熱を帯びていく。俺は馬超を倒して覆い被さり、その甘い唇を何度も吸った。
「馬超がしたくないなら、俺は、馬超にはできないよ」
 やっと闇に目が慣れて、少しなら馬超の顔が見える。
 怒ったように眉を吊り上げる馬超は、俺の首に手を回し、引き摺り下ろして唇を重ねた。
「誰が、何時したくないと言った」
 睨まれて、俺は馬超が義理で体を差し出したのではないかと思ったことを、正直に話した。
 馬超は呆然と俺を見ていたが、急に顔を赤くすると、馬鹿、と俺を詰った。
「そ、そんな……そんな、義理で体を……その、開くほど、俺は、安くはない!」
 うろたえて、どもりながら馬超はそれだけ言うと、誤魔化すようにキスをした。
 唇を離し、俺がじっと馬超を見ていると、馬超は何か口の中でごにょごにょと口篭り、急に俺を引っくり返した。俺の耳元に顔を近付けてくる。
「……が、足など舐めているから……」
 あんなことをされるのは初めてで、驚いたのだという。どうしていいか分からなくて、だから、俺が気に病むようなことは何もない、と馬超は俺を睨んだ。でも、顔が赤いのが触れた頬の熱から知れて、俺は全然怖くなかった。
 怖かったのは、ただ、馬超に見捨てられることだけだった。
「……俺、男だけど、馬超が好きなんだ」
 馬超がきょとんとして俺を見る。今更何だ、と言っているようだった。
 昔の人間に、そういうこと言っても意味ないのか、と俺は可笑しくなってきた。
 俺のものも馬超のものも、どうしようもなく滾っている。互いに腰を押し付け、擦り合わせるだけで
イッてしまいそうな感覚に溺れる。
 息が上がった。
 言葉をかけたわけじゃなかったが、俺達はベッドに上がった。
 服を脱ぎ捨てて、もつれ合うようにして抱き合う。
 相手の体温が、ただ嬉しくて愛しかった。
「馬超」
 ふと思い出して、俺は馬超に声をかけた。
「抱くのと、抱かれるのと、どっちがいい?」
 馬超は眉を顰めて、俺を睨んだ。
 そうして、二人で笑い転げた。


  

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