家に帰ると、馬超はソファにだらしなく座り込んでいた。
「……遅かったな」
 出迎えるでなく、上目遣いに睨めつけてくる。
「うん、セックスしてたから」
 馬超の目が丸く見開かれる。俺はそれを無視して、買って来た物をキッチンの椅子に乗せた。
 食材の入った袋はそのまま冷蔵庫まで持っていって、要冷蔵のものを取り出しては突っ込んだ。
 玄関で靴を揃えていて遅れた趙雲が後から入ってきたのに、馬超が掴みかかる。
「趙雲、貴様!」
 掴みかかられた趙雲は、面倒そうに馬超を見下ろした。あれだけ近付いていれば、趙雲から香る仄かなボディシャンプーの匂いにも気がついたろう。
 怒りに顔を真っ赤にして、わなわなと震えている。
「馬超」
 俺を睨めつける目も、いつもの拗ねたような目ではなく、本気で憤った殺気の篭った目だった。
「趙雲と、キスして」
 それが、ほろっと抜け落ちた。
「……なに?」
「だから、趙雲とキス。いつも面倒見てやってんだから、いいだろ。それぐらい」
 馬超が、からかわれていると思ったのか趙雲を締め上げていた手を外し、俺に殴りかかろうとする。けど、趙雲が素早く馬超を取り押さえてしまった。
「離せ、趙雲!」
 趙雲の眉が、本当に嫌そうに顰められた。そのまま俺を見つめてくる。
 俺は、二人を見たままただ笑っていた。
「……おっ……」
 馬超が何か叫ぼうとして、趙雲に口を塞がれた。合わせた唇の間から何か悲鳴じみた声が漏れていたけど、くぐもってしまって何を言っているのかまったく分からなかった。
 舌を絡める、長いキスだった。
 唇が離れると、馬超は腰が抜けたようにその場に崩れ落ちて、げふげふとむせていた。唇の端からつぅっと唾液が糸を引いて落ち、俺にはそれが何だかとても甘く、美味しそうに見えた。
「……何を笑っている……!」
 俺はしゃがみ込んで馬超の髪を撫で、頬に指を滑らし、目尻の涙をぬぐってやった。
 嬉しいんだよ、と言うと、馬超は眉を吊り上げた。
「趙雲と、仲直りしな」
「……だ、誰が!」
 まだ甘えてくるのか、仕方ないなあ。
 何を嬉しそうに、と喚く馬超をはいはいとあやしながら腕の中に閉じ込め力いっぱい抱きしめる。
「好きだよ、馬超」
 馬超の力なら、俺を振り払うのなんて容易いだろう。でもそうしないのは、馬超が俺に抱き締められていたいと願っているからだ。
「馬超の全部が好きだから、馬超のことが好きな趙雲も好きだし。だから、馬超も趙雲好きになりな」
 趙雲が馬超の肩越しに俺の目を覗き込んできて、軽く唇を触れ合わせた。
「私は嫌いだ、こんなわがままな男」
「なっ」
 唇を離すとそんなことを言う。
 ……ったく、仕方ないなぁ。
 馬超が怒りに頬を染め、趙雲を振り返ると、趙雲の優しげな笑みともろにぶつかる。そのまま唇を触れ合わせて、『少し休みます』と言うなり趙雲は二階に上がっていった。
 馬超は、唇を手で押さえて真っ赤になっていた。処女みたいな反応だな、と俺はにこにこと緩む顔を隠さず馬超を見つめていた。
「趙雲は、キス、上手いだろう」
 馬超が怒って俺に掴みかかってくる。ひっくり返ったのを馬乗りされて、俺は馬超を見上げる形になった。
は、平気なのか……!」
「平気って何が? 俺は嬉しいよ? 俺の好きな二人が、仲良くしてくれるのは」
 そうじゃない、そうじゃなくてと馬超は焦れた。
「セックスしようか、馬超」
 言葉では説明できないだろう、だから体を重ねた方が分かりやすい。
「さっき、俺は趙雲に馬超を教えてやったよ。俺が馬超をどんなに好きか、どんなに愛しくて、どんなに綺麗だと思っているか、セックスしたら伝わるから。今度は、お前に趙雲を教えてやるよ。趙雲がどんなにお前のことを気にしてるか、そしたら分かるだろ」
 馬超は呆然として腰を降ろした。
「ちょ、趙雲が俺のことを気にするわけがない」
 どうして?
 俺のキスを顔で受け止めながら、馬超はらしくなく口篭った。
「……嫌いだと言っていた」
 そんなことは全然たいしたことじゃない。そんなことも分からないくらい、子供な馬超が本当に可愛い。
「馬超は?」
 馬乗りされたまま馬超のシャツのボタンを外す。割れたシャツの前から、馬超の鍛え上げられた綺麗な体が覗く。指で辿り、胸の朱を指先で撫でると、固くしこった。
「馬超は、趙雲が嫌いなのか?」
 返事をしない。
 もう、見え見えだ。
 布越しに昂ぶりが形を現しつつある。俺はそこに指を這わせると、ベルトを外してファスナーを下ろしてやった。下着ごと飛び出してくる熱いものを指で撫で回しながら、俺は体を起こして馬超の目を覗き込んだ。
「言いな、馬超。じゃないと、ずっとこのままにする」
 馬超の目元が歪み、俺を睨めつけた。

 俺が寝室に上がると、趙雲は自室のようにベッドに横たわり、寛いでいた。
「貴方がたは、本当に声が大きい」
 じゃあ、ドアくらい閉めておけよと俺は苦笑した。
 趙雲が寝そべっている横に上がり、趙雲の髪を撫でた。趙雲は逆らわず、俺のしたいようにさせていた。
「趙雲は、馬超が好き、だよな」
 嫌いだと言っているでしょう、とにべもない。
 そっか、と黙りこくっていると、趙雲が身を起こした。
「貴方と、同じくらい嫌いですよ」
 そう言って、笑った。
「口付けを」
 趙雲の強請るままに、俺は趙雲にキスした。
 唇が離れ、趙雲は艶っぽく溜息を吐いた。
「貴方は、優し過ぎる」
「そんなことないよ。俺は、ずるいよ」
 笑って、またキスして、趙雲は俺の手を愛しそうに抱いた。
「……このまま、一緒にいて下さい……」
 きっと馬超もそう思っているから。そう続けた趙雲の顔は、何処か透明で、綺麗だった。
 俺は返事をする代わりに趙雲を抱き締めた。

 新月の晩迄はあっという間だった。
 家の中を綺麗に片すと、俺は車を出し、使いもしない大きなカメラを積んだ。
 馬超と趙雲の格好を誤魔化すのに、素人の撮影会という態を取ったのだ。
 公園に着くと、念の為カメラを出して三脚に取り付けておく。馬超は少し不安そうにしていて、趙雲は無表情を装っていた。
、何だその荷物は」
 でかい鞄を目敏く目に留め、馬超が覗き込んでくる。
「貴金属とか、着替えとか。やっぱり、軍資金は何処に行っても必要だからな」
 そんなもの持って行かなくても、今度は俺が食わせてやろう、と馬超は得意げに胸を張った。趙雲が笑っている。馬超は、趙雲を咎めて殴る真似をした。趙雲も、それを受ける真似をする。二人で
笑っていた。
 仲良くなった。
 わだかまりがなくなって、それこそ恋人のように自然に二人でいる。
 俺は、そんな二人を見て嬉しくなった。本当に、良かった。
「ほら馬超、遊んでるなら俺の荷物持ってくれよ。俺はか弱いから、こんな荷物重くて持てない」
 さっきまで持っていたろう、と馬超は唸ったが、渋々手に持つ。もう一つあったのは、趙雲が持ってくれた。
「何が入ってるんだ、やたら重いぞ」
 馬超が唸り、趙雲が苦笑する。と。
「あ」
 二人同時に声を上げる。何か感じるものがあるのか。
「いけそう?」
 趙雲が頷き、馬超は不安そうに背後の木を振り返った。

 時間が来たのだな、と分かる。馬超が呼ぶのを制し、俺は慌ててカメラの方に駆けた。
「こんなもんが置いてあったら、変だろ」
 馬超が早く、と急かし、趙雲が突然顔色を変えた。
!!」
 手を伸ばすのに、俺は笑って首を振った。
 ショックを受けたように青褪める趙雲に、馬超もようやく悟ってこちらに駆け寄ろうとした。
「駄目だ」
 俺は、静かに、けれどはっきり馬超を拒絶した。
 馬超の足がぴたりと止まり、俺を呆然と見つめた。
 いい子だな、馬超。
 俺は、お前達と一緒に行くなんて、一度も言わなかったろう?
 約束もしなかったろう?
 お前達が俺が一緒に行くものだと信じ込んでいたのは知っていたんだ。
 だけど、黙っていた。
 言ったら、お前達が俺を無理やり連れて行こうとするのは分かっていたから。
 好きだよ。
 だから。
 俺を捨てていってくれ。
 この感情のままお前達と共に行けば、俺は単なる足手まといにしかなれない。それは純然たる事実なのだ。嫌だろう、そんな事実を突きつけられるのは。自分で認識している分、滅茶苦茶辛いじゃないか。そして、俺は必ずお前達の足を引っ張るよ。分かるんだ。俺が傷つき倒れれば、お前達は俺を助けようと後ろを振り返るんだろう? 分かってるんだ。
 だから、駄目なんだ。
 俺は一緒に行けないよ。
 笑っている俺に、馬超は何か罵声を浴びせているようだ。
 けれど、声は真っ先に何かに吸い取られてしまっているのか、俺には何も聞こえない。
 前に、俺の方に進もうとしているのは分かるんだけど、引っ張られているのか何なのか、ちっとも近付けてない。
 何か、叫んでる。手を出せ、と言っているようだ。
 俺は軽く手を掲げ、さよならするように振った。
 馬超の目から水が零れた。
 泣き虫だな。でも、趙雲がいるから大丈夫だよな。
 趙雲を見ると、趙雲も泣いていた。
 馬鹿だな。
「好きだよ」
 馬超の顔が、はっとしたように強張った。
 馬超の唇が、俺の名の形に動いた。
 それが最後だった。

 二人が消えた後、俺はカメラと三脚を片して車に積んだ。持たせた荷物は、馬超と趙雲に買い与えたもの全部と、俺が持っていた貯金全部で買った金だ。多少は役に立つと思う。
 明日から、いや今夜から俺はまた一人になって、お姫様に買われて慰めを与えるいつもの日々に戻るのだ。
 もう、ここにも来ない。家の中にも、彼等の痕跡は何一つない。ここに来る前に、あらかじめ全て綺麗になくしてしまったのだから。
 でも俺は、彼等のことがずっと好きだと思う。
 ずっとずっとだ。
 これだけは、本当。


  

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