何度も失神させられて、そのたびに引き摺り起こされて、最後に目を開けた時には窓からオレンジ色の西日が差し込んでいた。
 殺されるかと思った。
 突き殺す、なんていうのは下卑た冗談だと思っていたが、本当に突き殺されるかと思った。
 喉が貼り付いてしまったかのように声が出ない。
 身動ぎしようと力を篭めただけで、実際動いてもいない下半身から激しい痛みを感じ、鈍くくすんだ音と共に後孔から何かが吹き出した。
 精液だろう。
 容赦なく突き込まれ、イクたびに当たり前のように中に出され、俺の腹の中には『馬超』の数回分、いや、下手すると十数回分の精液が注ぎ込まれているはずだ。
 猿か。
 吐き捨てたくとも声は出ない。
 涙でがびがびになった睫が、やたらと絡み合って目も重い。
 股間から胸の下までべたべたしているのは、自分の放ったもののせいだろう。
 最低の気分だった。生きたまま屍に仕立てられたような感じだった。
 このまま死んでしまったら、いいかもしれない。
 考えるのも億劫になってきて、俺は動くのを止めることにした。
 おとなしくしていると、自分の心臓の音が聞こえてくる。
 規則正しい鼓動は、とても死人の物には思えない。
 俺は自分の心臓に、お前はただ少し犯られ過ぎて弱っているに過ぎない、と通達されたようで、何だかとても鬱な気分になった。
 足音がした。
 聴覚も生きている。
 体が引き摺り起こされて、筋が軋んでぎしぎし言っている。短時間の間に錆び付いてしまったかのようだ。
 それはともかく、座らされることでまた精液が溢れ出した。腹の中が精液で一杯になっているのだろうか。
 唇に、冷たい感触があって、また口移しで水を飲ませられていた。
 何度も唇が押し当てられ、口の端から零れていった水も、肌から摂取されるような気がした。
 腹の中は精液でだぼだぼ言っているのに、それ以外は干からびているのが可笑しかった。
 唇の端がわずかに持ち上がった。
 ほっと暖かな吐息が俺の頬に触れた。
「……生きてる、な……?」
 確認されるように呟く声は、馬超のものだった。
 けれど、馬超がここにいるわけがないから、これは『馬超』の声なのだろう。
 強い力で巻き締められる。
 俺も男のはずなのだが、こいつの馬鹿力には到底敵いそうもない。
 薄く目を開けると、やはり『馬超』が居た。
 泣いていた。
 死んだかと思ったのだろうか。
 それぐらいなら、最初から手加減すればいいものを。
 せめて、俺が『死ぬ』と泣いて訴えた時に、解放してくれればいいのだ。本当に、死ぬかと思ったのだから。
 女じゃあるまいし、そんなよがり声演じるほどの余裕はない。
 どう贔屓目に見ても強姦だったのだから、余裕なんかあるはずもないか。
 腕は未だに縛り上げられていて、痺れて感覚がない。

 縋るような声と共に、また口付けられた。
 水かと思ったら、舌が滑り込んできた。
 まだ渇きが癒えなくて、俺は無意識に『馬超』の舌を吸い上げた。
 支えがなくなり、横に倒される。
 『馬超』が覆いかぶさってくる。
 無理だ。
 もう、本当に死んでしまう。
 だが、声もろくに出せない俺に、『馬超』は容赦なかった。
 萎えていても充血しているそれに指を絡め、快楽を引き出そうとする。
「………………」
 やはり声は出なかった。掠れた吐息は『馬超』を煽るばかりで、俺の意志はとことん無視された。
 生暖かい、湿った感触が肉塊に触れる。
 舌で、癒すように丹念に舐められている。
 獣と変わらない仕草は、俺の閉ざした視界には映らないはずだったが、何故か網膜が勝手に再現してくれた。
 目を閉じ、長い睫を震わせ、舌を長く伸ばして、力なく項垂れた柔らかい肉塊を舐め上げている。
 噛み千切ろうと思えば容易く噛み千切れそうなほど柔らかく、一向に力を取り戻さない肉塊に執拗に舌を這わす様は、何処か肉食動物に重なって見えた。
「風呂」
 突然声が出た。
「入りたい……」
 思ってもいなかったことが、ぽろりと口から零れた。
 『馬超』はびっくりしたのか、舌での愛撫を突然止めた。
 数瞬の間があって、小走りに駆けていく足音と、すぐ後に水が勢い良く注ぎ込まれていく音が響いてきた。
 喉が渇いた。

 立ち上がることすらままならない俺は、『馬超』に後ろから抱かれるようにして風呂に浸かっていた。
 男二人で入るには広さが足りないが、温めの湯の感触が心地よくて、俺は半分眠っているような気になった。
 強姦した、された、しかも男同士の直後の光景としては、いささか不自然かもしれない。
 俺が湯船に掴まって、湯船の横に落ちていたシャワーヘッドを取ろうと腕を伸ばすと、背後の馬超がひょいと腕を伸ばして拾い上げた。
 馬超の腕は、そのまま栓に伸びてお湯を出す。
 別にシャワーが使いたかったわけではない。
 俺は、シャワーヘッドに口を寄せて、カルキ臭い湯を口の中に注ぎこんだ。
 舌を伸ばし、ちょうど犬や猫が水を啜るようにぴちゃぴちゃと舐めていると、腰の下にあった『馬超』のものが固く勃ち上がり、俺の股間に当たった。
 馬超の指が後孔に触れ、ぴりっとした痛みを感じて俺はシャワーヘッドを取り落とした。湯船の中に沈んだシャワーヘッドは、湯とは違う熱を帯びて俺の腿を滑り落ちた。
 水圧が俺と『馬超』のものを薙ぎ、その柔らかな感覚に二人で反応してしまった。
 『馬超』の吐息が少し早くなり、俺の中に指が忍び込む。
 後孔から精液が零れ出し、湯に溶けていく。
「……汚いだろ……」
 眉間に皺を寄せ、堪える。『馬超』の指は無遠慮に奥へ侵入し、掻き出すように蠢く。
「……しかし、出してしまわないと……」
 上がった息混じりに『馬超』が呟く。
 何が出してしまわないと、だ。お前が中に注ぎ込んだんじゃねぇか。湯が入ったらどうすんだ。
 罵ってやるのも面倒で、『馬超』のやりたいようにさせた。
「本当は……」
 耳元に、熱っぽく囁かれる。
「……もっと、したかった……」
 やっぱり、猿だ。

 『馬超』は、甲斐甲斐しく俺の濡れた体を拭き、贈られたまま封も切っていなかったバスローブを何処からか引っ張り出してくると、俺に着せて居間のソファに運び込んだ。
 お人形みたいな扱われ方をしている。生身の男一人をひょいひょい運ぶのを見ていると、何だか自分がとてつもなく無力に感じられて凹んだ。
 ソファに俺を寝かしつけると、『馬超』は俺の頭の横で顎をつけてじっと見つめてきた。
「……体は、辛くないか」
 辛いよ。
 何をどうしたら、辛くないと思えるってんだ。
 ふざけてるのかとも思ったが、『馬超』の目は極真面目だった。
「……止まらなかった……」
 拗ねたような、心から反省しているような、複雑な顔をしていた。
 首をわずかに横に向ける。それだけでも、結構辛い。
 けれど、俺はそうして、『馬超』の目を見た。
「お前は俺の馬超じゃないよ」
 『馬超』の目が、哀切に歪む。
 構わず、俺は言葉を続けた。
「だってさ、お前と俺、一緒に居たわけじゃないだろ。お前、Jのことだって覚えてなかったじゃないか。俺の勤め先のことだって、俺がホストやってることだって、何にも覚えてなかったじゃないか」
 すべて本当のことだ。『馬超』の中の馬超の記憶は、物凄く曖昧なのだ。
「だが」
 言い返そうとする『馬超』の言葉を、俺は無言で押し留めた。
 『馬超』の唇が微かに戦慄いて、悔しげに噛み締められた。
「お前、何で無理に馬超になろうとすんの」
 不意を突かれたというように、『馬超』は呆気にとられた顔をした。
「いいじゃん。お前、元々『馬超』なんだから。無理に俺の馬超になろうとしなくったって、いいだろ?」
 『馬超』は。
 軽く混乱しているように見えた。
 まだ言葉が足りないかと、俺は頭の中で言葉を手繰り寄せて組み立てた。
「だから。お前と俺は、昨日だか一昨日だかに初めて会って、それでいいじゃん。酔っ払って、みっともなくゲロ吐いて、挙句厚かましく人ん家に上がり込んできて、風呂使って飯まで食って。俺は、お前が俺の好きな奴にそっくりでびっくりしてて、お前は俺がずっと探してたとか言う奴にそっくりだったってことで」
 最初から、こう考えれば良かったんだ。
 もっと単純に、シンプルに考えれば、こんな痛い目見なくて済んだのかもしれない。畜生。
 『馬超』は、いや馬超はまだ何か言いたげに口を開きかけた。
「腹減った。何か買ってくるか、作るかしろ」
「……何故、俺が」
 唐突に命令する俺に、馬超はむっとして反抗する。
「動けないんだよ。誰のせいだ」
 純粋に痛みだけでなく、身動ぎするたびに何かが漏れ出してきそうな気がする。何かというか、精液か湯なのだろうが。
 まだ反抗したげに立ち尽くす馬超に、早くしろよと急かすと、ぶつぶつ言いながら背を向けた。
「ちょっと待った、先に電話取って」
 休んでいいとは言われたが、休む連絡はしとかないとまずいだろう。
 ソファの背もたれ越しに手を出すと、怒ったように乱雑に携帯を渡された。
 どかどかという足音は、俺に懐かしさをこみ上げさせた。
 黒い携帯は、俺のものではなかった。馬超のものだろう。
 二つ折りの携帯を開いて、映し出された待ち受け画面は、白い馬のアップだった。
 腹を抱えて笑う俺に、勢い良く閉められた可哀想なドアの悲鳴が聞こえてきた。


  

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