口の端を少し曲げただけで、ぴりっとした痛みが走る。
趙雲の手加減なしの打撃を受けてこの程度で収まるとも思えなかったから、多少は手加減してくれていたのかもしれない。
察したのか、趙雲は擦り寄る体を起こし、俺の顔をじっと見詰めた。
「馬超殿」
声に感情が籠っていない。
呼び掛けられた馬超は、ちら、と険悪な目を向けて寄越す。
「しばらくここをお頼みする。私が手当ての準備をしてくるまで、の様子を見て居ていただきたい」
先程まではぞんざいなタメ口を聞いていただけに、今更取り繕っても嫌みなだけだ。
趙雲も分かっているのだろうに、然して気にした様子もなく、扉だった板切れを避けて階下へ降りて行ってしまった。
後に残された俺と馬超は、気まずい雰囲気のまま俯き合う。
上目遣いに馬超を盗み見ると、趙雲に殴られた跡なのか、綺麗な顔の線が赤く染まって少しばかり腫れている。
もう少ししたらもっと腫れるな、と思うと、何とも苦々しい気持ちになった。
その苦々しさが、逆に俺を開き直らせた。
「勿体ぶってもしょうがないから、言うけど」
聞きたくなかったら、さっさと立ち去れと警告をする。
しかし、馬超が立ち去ることはなかった。
顔を上げ、俺と目を合わせて黙り込んでいる。
「俺、たぶん、お前のこと好きだから」
馬超は、びっくりしたように口をぽかんと開いた。
きちんと『好きだ』というのは、ひょっとしたら初めてかも知れない。馬超が驚くのも無理はなかったが、その顔があまりに可笑しくて俺は笑みを零す。
すぐに馬超の口がへの字に歪み、俺の笑みを受けて馬超がどう感じたのかあからさまになった。
それもまた、可笑しい。
愛おしくて、それ故に可笑しかった。
「だから、俺、どうにもならなくなる前に、お前達と別れたかったんだよ」
馬超の告白は、いいきっかけだった。
俺が居ないと駄目な内は、傍に居てやってもいいと思っていた。
その内飽きるかも、いや飽きるだろう、そうしたら離れればいいと自分を戒めていたのだ。
馬超や趙雲がいつまでも俺に拘泥しているとはとても思えなかった。
今は、長年探し求めていた相手とやらに巡り合った興奮に浸っていても、人は飽きるものだ。
まして、出会いや展開が劇的なら劇的な程、そのテンションを維持していくことは困難であり、維持し難いという事実はすぐに飽きるということに直結する。
その前に別れるだろう、別れられるだろうと踏んでいた。
長い時期ではないと思ったからこそ、俺は敢えて雛の巣役を引き受けたつもりになっていた。
別れ際には情が移って、少々悲嘆する羽目になるかもしれないなどと自分を茶化したこともある。
それが現実になっても、やがて時が解決するだろうと思っていた。
「お前が、趙雲と寝たって言った時、俺、ほっとして……凄く、泣きたくなった」
馬超と趙雲、俺の中では最高の組み合わせと言ってもいい二人だった。
互いに互いを支え合えるだけの相性の良さ、性質みたいのがあると感じていたし、何より二人は俺にとっても一番大切な二人だったからだ。
この二人がくっつくならいい、と思うと同時に、それならもう俺はいらない、とも思った。
気にさせたらいけないと思うから、何でもない振りを続けなければいけなかった。
いいのかと問われても、何を訊ねられているのかも分からない振りを続けた。
会社に勤め続けていたのも、結局は俺が辞めることで二人に気にされるのが嫌だったのだ。
そういう、うじうじしているところを知られるのが嫌だった。
何より、俺が惨めだ。
馬超は俺の独白を、呆然と突っ立ったまま聞いていた。
理解できていないのはその表情からして明白だ。
趙雲はたったの一言ですべてを察したというのに、本当にこの二人は正反対だ。
「……要するに」
「よ、要するに?」
いつか俺が二人に飽きられて捨てられた時、修復不能なダメージ食らわないように自ら牽制していたということだ。
意識してしたこともあるし、無意識にしていたこともある。
野垂れ死には望むところであっても、鬱々と自分に浸り込む自殺行為は趣味ではない。微妙な線だとは思うのだが、そうなのだから仕方ないのだ。
正直なところ、貞操観念は本当にない。
女の子は妊娠したり何だりあって大変だと思うが、俺が妊娠する筈ないし、そも病気で惨めたらしく死ぬならばむしろ本望と言ってさえ良く、だからセックスして射精してされてで済む問題であれば、俺はほいほいとベルトを緩める。
それは今までも、これからも変わらないと思う。
だが、それを馬超や趙雲がやったら、俺は本気でキレると思うし、それが元で別れる事態になっても全然おかしくないと思っている。
言い訳するつもりはないが、俺がするのは事態の収拾の為であって、馬超や趙雲がそんな真似をするのは事態の発展の為でしかない。
分かりやすく言えば、俺の貞操はケツの穴とは連動していない、まったく独立しているが故に手段の一つとして用いることもザラだけれども、馬超や趙雲の場合、連動していないとは到底言い難いということだ。
特に馬超の場合、体を許すイコール貞操を捧げる、心を捧げるということに直結していると言わざるを得ないから、馬超が他の人間とセックスしたら、それは『俺以外の相手に気持ちを寄せる』行為と変わらない。浮気ではなく、本命の数を増やすことに他ならない。
例え、酔った上での一夜の過ちだとしても、馬超は以降その相手を気に掛け続け、その行く末を案じるに違いなかった。
そんな時、俺は彼氏に浮気された女の子のようにキーキー泣き叫ぶのも御免だし、理解者面して内心般若の面を被るというのもまた御免なのだ。
そんな事態になるくらいなら、傷が浅い内に別れてしまった方がいい。
慈母の如く度量を見せて『仕方ないな』と笑っていられる程俺は大きな人間ではないのだから、これは二択以外になりようがなかった。
「……つまり」
馬超は呆然としながらも、必死に俺の言っていることを噛み砕こうとしていた。
「つまり、は、その、俺に嫌われたくないから……嫌われる前に、自分から嫌わせようとしていた、ということ……なのか?」
当たりとは言い難いが、外れという訳でもない。
俺が肩をすくめると、馬超は俺目掛けて矢庭にタックルを敢行してきた。
鈍い痛みに悲鳴も出ない。
「……、馬鹿だ、お前は馬鹿だ、俺は、そんなことをしても俺は、お前から離れないし、離れるつもりはない!」
うん、そうだろうなと納得している自分が居る。
我ながらいやらしい根性をしているものだ。
そういう、馬超の一途さ、趙雲のひたむきさに、俺が優越感を覚えていたことは否めない。
俺がどれだけ、何をしようがあいつらが俺を見捨てるものか、というような、実は根拠の欠片もない自信があった。
それが根底から覆された時、俺は想定していた以上に驚愕し、打ちのめされて凹んでいた。
情けない。
お陰で、意地に掛けても言うまいと決意していたことを、余さず告白する羽目になった。気分的にはすっきりしてもいるのだが、立場が弱くなったことを勿体なくも感じている。
複雑だ。
「」
馬超が俺の頭を抱き抱えて、唇に出来た傷に舌を這わせてくる。
生暖かいねっとりとした感触に、震えが走った。
悪寒ではないのは、足の間で首をもたげた肉が証明している。
ぴちゃぴちゃと音を立てて舐められて、俺もお返しとばかりに馬超の傷へ舌を伸ばす。
二人の舌が絡み合うように擦れて、吐く息も妙に熱く上がって行く。
馬超の手が俺の股間に伸びて、俺は小さく仰け反る。
自分ではない誰かの手、のみならずその誰かの手が馬超の手だと分かっている。俺の肉から全身に伝わる快楽は、比べようもなく濃密かつ熱くとろけるような甘美なものへと変化していく。
俺も手を伸ばして馬超のものを握ると、馬超のものも、もうかちかちに固くなっていた。
手で覆うようにして擦ると、馬超の掠れた声が俺の耳に注ぎ込まれる。
「」
切なげな声だけで、俺は達してしまいそうになった。
「、したい……するんでもされるんでもいいから、としたい……」
うん、と言い掛けて、う、まで声に出掛けた俺は、そこに趙雲の姿を見出して息を飲む。
馬超もようやく気が付いたようで、俺の顔に釣られて振り向いた途端、ぎょっとして固まっている。
趙雲は無言で俺と馬超の隣に腰を下ろすと、いきなり俺のものを引っ張り出してその場に晒した。
止める間もない。
馬超が驚いて手を放したのをいいことに、今度は趙雲が俺のものを扱きに掛かる。
「ちょ……趙雲、ちょ……」
我に返って諌めようとするのだが、趙雲は手慣れた手付きで俺の弱いところを的確に弄り回し、確実に俺を追い立てる。
馬超が見ている前で、と目を向ければ、馬超は目を見開きながらも、趙雲の手に翻弄される俺を見詰めている。
あまりのことに呆然としているのだとは思うのだが、それだけでないのは食い入るような視線で分かった。
片手であっさり拘束されている俺の様、涙目になりながらも上気を抑えられない頬、何より他人の手に擦られて透明な露を撒き散らしている俺の肉の淫らさに、馬超は興奮しているのだ。
「趙雲!」
「どうぞ」
止めさせようと声を荒げる俺をすかして、趙雲の手の動きは一層激しく淫らがましくなる。
「青筋が浮いている。辛いでしょう、。私も馬超殿も、貴方が達くところなど幾度も見ていますから、気にせず楽になられるといい」
趙雲の言い草に、馬超は少しむっとして目を剥く。
だが、俺が趙雲の手の動きに漏らした声で、再び俺の痴態に意識を戻してしまった。
「馬超、ちょっ……み、見るなって……!」
限界など疾っくに超えてしまっている。
趙雲の手管は凄まじく、容赦ない。このままでは馬超の前で達ってしまうと、俺は歯を噛み締めて堪えていた。
もうこれ以上は、それだけは、と必死に抗う俺を他所に、趙雲は俺の耳殻に舌を這わせ始めた。
ただでさえ耐え難い状態に最悪の煽りを加えられ、俺はがくがくと膝を揺らす。
耐えなければ、堪えなければと眉間に皺を寄せていると、鈴口を柔らかくぬるりと擦られ、強烈な刺激が走る。
感触以上に強烈だったのは、それが趙雲のせいでなく、うろたえながらもおずおず手を差し出した馬超の仕業だということだった。
「バッ……あ、くっ……うっ……!」
涙目で腰を浮かせていた俺は、遂に陥落して二人の目の前で吐精してしまった。
ブチ切れて、帰れ、と喚き立てる俺に、馬超はうろたえ趙雲は冷静さを貫き続けた。
「熱が引いたばかりで、ろくに立てもしないくせに。それでは手当ても出来ますまい。会社をどうしても欠勤したいと仰るのでしたら、帰って差し上げてもよろしいがどうします」
いちいち遠回しに嫌みを言ってくる。
休みたい訳ではないから、苦渋を飲んで趙雲に手当てを任せることにした。
馬超は、自分で濡れタオルを頬に当て、冷やしている。
内勤の俺なんかより、営業の馬超の顔が腫れている方がよっぽど問題だと思えた。
それとなく趙雲を非難すると、趙雲は臆することもなくしれっと言い返してくる。
「嘘吐きには、相応の報いです」
俺が首を傾げると、馬超は首をすくめた。
趙雲はそんな馬超を横目で睨み付けながら、俺の手当てを素早く済ませると、もう少し眠っているように促して横たわらせる。
いざ横になってみると、俺の体は思ったよりずっと疲労していて、ベッドにずぶずぶと溶け込んでいくようだった。
「下に居ますから、何かあったら呼んで下さい。どんなことでも遠慮は無用です。いいですね、」
言って聞かせるような言葉はずいぶんと上から目線だったのだが、俺はその言葉に安心して目を閉じた。
何か色々引っ掛かっているような気もしたが、それは起きてからでいい。
とにかく疲れて、眠かった。
辺りがふっと暗くなり、俺の意識はそこで途切れた。