玄関先で押し倒された格好で、俺は趙雲(?)の嵐のような口付けを受けていた。
 決して比喩ではなく、本当に、それこそもみくちゃにされる勢いでキスされていた。
 勢いで唇からずれても気にしないし、荒々しく舌が侵入してきたかと思えば吐息が吹き込まれてきたり、歯が当たったりした。
 口の周りが唾液でべっとりと濡れるまで口付けは続き、趙雲が身を離す頃には俺の呼吸は完全に上がっていた。
 見下ろしてくる趙雲の顔が、霞んで見える。
 趙雲は、何故かスーツ姿だった。長めの髪を一つにまとめて結んでいるのは以前と変わらなかったが、馴染んだスーツに変に違和感を感じる。
 趙雲は無言のまま俺を小脇に抱きかかえ、俺が来た道、つまり階段を登り始めた。
 ずり落ちそうになるのが面倒なのか、趙雲は遠慮もなしに俺の尻肉に指を食い込ませ、持ち上げるようにしてきた。
「……ちょ……趙雲? ホントに趙雲なのか?」
 狭い階段を、体を密着させて歩く。薄地のパジャマは趙雲の体温をリアルに伝える。汗の匂いが微かに鼻をつき、懐かしさを醸しだす。
 けれど、何故趙雲がここにいるのか理解できない。
 戻ってきたとでも言うのか。
 焦りに似た感情に突き動かされて、何度も問いかけるのだが趙雲は答えない。
 寝室に入ると、趙雲は俺をベッドの上に突き転がした。
 起き上がり、趙雲を振り返ると、スーツを脱ぎ捨てているところだった。
 ネクタイに指を掛け、ぐいっと引っ張る。
 手馴れた仕草だ。ネクタイはすぐに解けて床に落ちた。
 ワイシャツを脱ぎ捨て、その下のシャツを脱ぎ捨てる。趙雲の、鍛え上げられた上半身が現れた。紺の靴下を脱ぎ捨て、ベルトを外すと、スラックスを降ろす。下着を突っ張らかせている猛りが露になった。
 全裸になると、趙雲はベッドの上に身軽くよじ登り、俺の上に覆い被さった。
 趙雲が趙雲なら、この行為は趙雲にとってごく当たり前のことだ。
 けれど、それはあくまで趙雲ならばの話で、俺は未だにこの趙雲を趙雲と認識しきれずにいた。
 いや、本当はわかっている。
 この男は趙雲だ。
 目が、俺を俺だと認識している。馬超の時とは違う。
 趙雲の指が手早く俺のパジャマのボタンを外していく。
 子供のように趙雲の指を凝視する俺に、初めて趙雲が笑みを零した。
 俺のパジャマの上を剥ぎ取りながら、俺の耳元にそっと囁いてくる。
「……後で、全部説明して差し上げよう」
 頬を滑る柔らかな吐息に、背筋がぞくぞくする。
 趙雲の指がパジャマの下に掛かり、ゆっくりと剥ぎにかかった。
「だから、今は思う存分、貴方を味わわせていただきたい」
 イイ子で良く啼いて下されば、私も早く満足するかもしれません。
 そんなことを言いながら、俺の肉芯を煽るように撫で摩る。
 本当に、趙雲だろうか。
 趙雲は、こんなことを言う奴だったろうか。
 体は素直に反応していたが、俺は何とも言えない苦い物を口の中に感じ、唇を無意識に曲げた。
 趙雲の指が、するりと後孔に回る。
「!」
 ひくっと体が揺れる。
 ぐっと押し込まれる感触に、体中の筋肉が強張る。
 けれど、指はそのまま奥へとずず、と音を立てて忍び込んできた。
「……存外、柔らかい。昨夜は、馬超とずいぶん楽しまれたようだ」
 俺は驚き、趙雲の顔を見上げた。
 馬超の名を呼ぶ時、微かに侮蔑の意志を感じたのだ。
 いや、そも、趙雲は何故馬超のことを知っているのだ。……それは、どちらの馬超のことなのか。
 趙雲の指が中を探る。痛みを伴う動きに、俺は小さく悲鳴を上げるが、趙雲はまったくお構いなしだ。
「始末は、済まされたようですね」
 趙雲の言葉に、初めて何を探っていたのか知らしめられて、俺は愕然とした。
「……なぁ、ホントにお前、趙雲なのか……」
 心臓がばくばくしている。
 恐怖がじわじわと体内を侵食した。
 ふ、と鼻で軽く笑われる。
 その、まるでそこらの汚物でも見るかのような冷たい目に、俺は思わず逃げ出そうとした。
 呆気なく捕らえられ、引き摺られて趙雲の下に引き戻される。背中から押さえつける手は、容赦なくぐいぐいと肺を押し潰してくる。
 けふ、と咳き込むような音を立てて空気が漏れた。
 突然腰が持ち上げられ、俺はシーツに頬を擦りつけた。
 尻の間にぬるりとした感触があり、まさかと振り返れば趙雲が笑いながら俺を見下ろしている。
「……大丈夫、でしょう?」
 巨大な質量が体を裂いて入り込む。悲鳴が漏れた。
 馬超を受け入れた余韻で、確かに幾らかは緩くなっている。だが、慣らしもせず潤滑剤もなしで趙雲のものを受け入れるのは、あまりに無謀というしかなかった。
 ぎしぎしと鳴る腰骨が、鈍い痛みを訴えてくる。
 悲鳴も出せず、俺は神に救いを求めるかのように頭を下げ、両手を組んで固く握り締めた。
 繋がったところから、どくどくと脈打つ音が体の中いっぱいに響く。
 犯されている。
 何よりも実感した。
 抱かれているのではない、犯されている。
 恐怖と屈辱が心を掻き乱し、正常な判断能力を奪っていく。
 ずるずると動いていたものが止まり、深い溜息が背中を撫でた。
「……、すべて、貴方の中に納まった」
 生真面目に報告され、熱く上擦った趙雲の声に、凍ったように固まってしまった俺の中が一部、がらがらと崩れ落ちた。
 俺にとっては良いことではなかった。
「あっ……うっ……」
 崩れ、自由になったのは、快楽に打ち震える獣の部分だった。
 埋め込まれただけの趙雲のものを締め上げ、貪る。
 趙雲が呻き声を上げてよろめく。
 女の膣など比べようもない締め上げに、趙雲は痛みを感じているのだろうか。それとも、俺と同じように焼けるような飢餓感に苛まれているのだろうか。
 要求は、素直に口を突いて出た。
「もっと……」
 膝がずるずると滑る。
 抜かせようとしているのではなく、そうすることで中を擦って悦を感じているのだ。
 馬超との半ば暴力的なセックスは、俺の体をやたらと卑猥でだらしないものに変化させてしまっていた。
 俺が気付いていなかっただけで、本当はずっとそうだったのかも知れない。
 ともかく、今俺はこの趙雲だか趙雲じゃないんだかわからない男に犯されて、よがり狂っている。
「早く……!」
 恥も外聞もない、どうしようもなく切羽詰まって、泣き崩れながらも相手に慈悲を請うしか出来な
かった。
 喉の奥が熱く爛れているのがわかる。
 のろのろと手が伸び、自らのものを掴んで擦ろうとするのを、趙雲の手が弾き落とした。
「……私が、欲しい?」
 趙雲の問い掛けに、だが今度は素直に頷くことが出来なかった。
 体は、どうしようもなく飢えている。だが俺自身は、この屈辱に未だに抵抗を覚え、何とかして耐えられないかと無駄な努力を繰り返している。
 無駄だ、わかっているのに、俺は最後の理性を捨てきれずにいた。
 何故だか自分でもよくわからない。
 趙雲の手が俺の昂ぶりを包み込み、突き抜けるような衝撃に背骨がたわむ。
「あ、あぁーっ、うあぁーっ!」
 昼日中だというのに声が留められない。趙雲が軽く腰を揺するだけで体がどろどろに溶け出してしまうようで、放出の欲求で気が狂いそうだった。
 あるいは、趙雲ではないかもしれない、その事実がもたらす背徳感が俺をどうしようもなく駆り立て、最後の理性を留めることで自虐の悦をもたらそうとしているのかもしれない。
 滅茶苦茶に突きこんで、ボロボロに壊してくれたらどんなに楽だろう。
 体の内側で肉がうねり、趙雲のものを促すのがわかる。
 切なくて、俺のものを包む趙雲の手に自分の手を重ね、強く抑えた。して欲しいのか、やめさせたいのかもわからない。
 普段でもこんなにおかしくなることは殆どない。
 これは、『馬超』を抱きたくてたまらなかった、あの時の感覚に似てる気がする。
 感覚が体を凌駕して、快感を感じる神経が剥き出しになったような感じだ。
 指の間から、ぬるぬるとした汁が溢れて伝っていく。それすら気持ちよくて呻いた。
「……っ……はひ……ひ………………んあ、ぁ……ちょ、うん……」
 趙雲の手が俺の手を乱雑に払い除け、俺の腰を支えるように掴んだ。
「私が、最初に会いたかった」
 趙雲の声は、小さ過ぎて俺には届かない。けれど、何か言ったというのだけはわかって、俺は重たい体を無理に起こそうともがいた。
「今度こそ……そう思って、いたのに!」
「うぁっ!」
 貫かれ、抉られ、けれど待ち焦がれた衝撃に俺は涎を垂らして歓待した。
 薄い尻肉にがつがつと音を立てて趙雲の腰骨が当たる。
 そのたびに趙雲の固く逞しい昂ぶりが俺を狂喜させた。
 後背位のまま趙雲は俺の中に突きこみ、達する寸前で抜き取ると俺の背中に放った。崩れ落ち掛ける俺を引っくり返して、『まだ』と言ってむしゃぶりついてくる趙雲に、俺は自ら足を開いてみせた。
…………」
 うなされるように俺の名を呼ぶ趙雲を見ている内に、俺はこれが本当に悪い夢のような気がしてきた。
 実はまだ俺は二度寝の最中で、懐かしい趙雲を穢して浅ましい欲求を果たそうとしているのではないか。
 足の間から見る趙雲は、そこらのエロ親父みたいにはぁはぁ荒い息を吐いていて、それでもやはり綺麗で、俺は何だか泣けてきた。
「趙雲、中、出していいから……」
 こくりと頷き、腰の動きを早めた趙雲は、俺と共に昇り詰める。
「……くっ……」
 びくんと震えた体が動きを止め、次の瞬間、俺の中は熱い粘液の迸りで満ちた。
 腰から下の感覚が痺れて、ふと俺は、まだ一度も達していないことに気がついた。
 趙雲もそのこと気がついたのか、俺のものに指を絡めてくる。
 その手を押さえ、中がいい、と強請ると、趙雲は素直に後孔に指を抜き差ししてくる。濡れた音がして、卑猥だった。
 趙雲の指に併せて、自分のものを擦っていると、趙雲にじっと見詰められていることに気がついた。
の、イク時の顔を、見たい」
 久し振りだから、と微笑む趙雲に、あぁ、やっぱり趙雲だったのか、と俺は酷く安心した。だからだろうか。
「いいよ」
 自分でも驚くほどあっさりと、趙雲の猥褻な願いを許してしまう。
 俺は目を瞑り、股間のものに意識を集中した。
「……はぁ、あ……う……ん、い……」
 趙雲の指が突然激しく俺の中を掻き回し、強く刺激する。俺は、俺の嬌声に煽られて射精した。
「は、うぁ……!……」
 指の間から、ごぷ、と濁った音を立てて白い液体が噴水のように溢れた。
 押し上げるように搾り出すと、二度三度残滓が噴出し、固く膨れ上がっていたものは腹の上でぐんにゃりと横たわった。
「ずいぶん、出た」
 趙雲が笑う。
 俺はひたすらだるくて、襲い掛かってくる眠気を耐えて趙雲を見上げた。
「……で?」
「……で、とは?」
 すっ呆ける趙雲に、俺は軽く蹴りをくれてやった。
「説明するとか、何とか、言ってたろうがよ」
 あぁ、それですか、と趙雲はベッドを降りながら俺を振り返る。
「今日は時間がありませんので、また今度ということで」
 風呂を借りますと言って、精液に塗れた全裸のままで出て行ってしまった趙雲の背中を、俺は
ぼーっと見送った。
「……すげ……気持ちよかった……」
 ぽつりと声に出して呟くと、不意に馬超の顔が蘇った。
 怒るだろうか。
 怒るだろうな。
 朝方変えたばかりのシーツは、男二人分の精液で生臭い匂いを放っている。
 せめてこれを取り替えてからと思いつつ、俺は堪えきれずに意識を手放した。


  

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