今にして思えば、この時の俺はバカみたいに取り乱していたと思う。
 普段は感じない脳の中に溜まってるだろう血液が、ずざっと落ちたみたいな感覚に陥った。
 そうなると呼吸すら上手くできなくなるし、体がガタガタ震えるのを止められなくなってしまった。
 俺の異常は傍らの趙雲にもすぐ伝わったのだろう、驚いたように目を見開いた趙雲の顔を、俺はほんの少しだけ覚えている。
 揺すぶられて、手にした名刺が落ちて、俺は夢見の悪かった女の子みたいに可愛らしく趙雲にしがみ付いた。
 体の震えは止まらないし、やけに寒くて俺は趙雲の肩口に無茶苦茶に縋りついた。

 俺が何を欲しがっているか、趙雲はすぐに察した。
 単に煽られただけなのかもしれないが、趙雲は俺ごとベッドに倒れこみ、後はもうただひたすら貪るだけだった。

 俺は男でも女でも普通に欲情できる口らしい。
 馬超や趙雲とこういう仲になった今でも、可愛い女の子にどきっとすることもあるし、綺麗なひとに目を奪われることもある。
 お前はどうでもいいんだ、と言われたことがある。
 初めて寝た男からだったと思う。
 興味本位で試してみないかと言われ、世話になったからという、ただそれだけの理由で俺はケツを差し出した。誘い言葉は物凄く適当だったのだが、その人がずっと俺を好きだったことを知っていたからかもしれない。
 最初の一回はよくわからないまま終わった。変な話、体中嘗め回されて、イかされるだけイかされて、挿入されないまま終わったから気持ちいいだけだった。
 たぶん、あの人は挿入の痛みが俺との関係を終わらせてしまうことを恐れていたのだと思う。何度も何度も『気持ちいいかどうか』を尋ねられた。それこそ、鬱陶しくなるぐらいだった。
 二回目の誘いの時も、俺は特に何も感じないまま頷いた。
 あの人が無表情を取り繕いながら、ほっとしたように目を潤ませていたのを俺は知っていて黙っていた。
 やる前に薬を飲んだ。
 痛くなくなる、と言われ、俺は何も考えず勧められるままにその薬を飲んだ。
 ひょっとしたらやばい薬だったのかもしれない。
 一錠こっきりの薬が効き始める頃、俺の体は変に熱を帯びて、目の前は霞んでよく見えなくなるし喉は滅茶苦茶渇くしで、その時の記憶も半分飛んでいるような有様だった。
 はっきり覚えているのは、イく寸前の淫乱女みたいに『ヤって!』と喚き散らしている自分の声と、何でか泣きながら俺にしがみついてくるあの人の顔ぐらいだ。
 何回かそういうことを繰り返して、ある日、その人から『お前はどうでもいいんだ』と言われた。
 俺はどうでもいいからその人に抱かれ、普通に日常を送っていられるのだそうだ。
 正直、どういう意味なのかちんぷんかんぷんだった。
 あの人は俺を誘い出しては俺のケツに突っ込んで悦んでいたわけだし、俺は突っ込まれることにもそれなり慣れて気持ち良くなっていた。
 お互いに上手くいっていると思ったし、それ以上何をどうしろと言うのかまったくわからなかった。
 縛られたり殴られたりすることが時々あって、俺はあの人と会うのを避けるようになった。あの人は社会的にそれなりの立場があったから、俺が逃げても追いかけてくることもままならないようだった。
 俺がぼーっとしていた時、遠くにあの人と取り巻きの集団が歩いていた時があった。
 気がついてなかったのだが、俺は立ち入り禁止の芝生の中に寝転んでいて、あの人は取り巻きから離れて俺に注意しに来た。
 通り一遍の説教の後、二の腕を掴まれ軽々と引き起こされる。
 よろけた俺の耳元に、あの人が泣きそうな声で『後で、いつもの場所で』と懇願するのが聞こえた。
 俺はけれど、そのまま授業をサボって仲良しの女の子とゲーセンに遊びに行って、『いつもの場所』には行かなかった。
 あの人とはそれきりだ。
 今頃、どうしているだろう。

 体の中からずるりと抜け落ちる感触に、俺は身震いした。
 熱かった体が急にまた寒く感じられて、離れていこうとする趙雲にしがみ付いた。
「どうしたんです」
 少し呆れたような趙雲の声に、俺は嫌々をするように首を振った。
 項垂れたものに覆いかぶさっている濡れたゴムを引き剥がし、口の中に含む。
 生臭い匂いに一瞬吐き気を覚えたが、我慢して飲み込むとだいぶ楽になった。そのまま口淫を続けた。
 趙雲は俺のしたいようにさせることにしたらしく、黙って俺の髪を手櫛で梳いていた。
、挿れたいならもう離さないと」
 硬くなって筋張ったものから一度口を離した。
 何となくこのまま、ともう一度口に含むと、頭上から笑みを含んだ吐息が落ちてきた。
「……出しますよ」
 後頭部に趙雲の手が掛かる。柔らかく押さえつけられて、逃れられないようにされる。
 しばらく愛撫を続けていると、口の中にどろどろしたものが迸った。

 趙雲のものを全部飲んだご褒美なのかしらないが、俺はその後趙雲の膝の上に乗せられ、ずいぶん長い間手淫を施された。
 イきそうになるたびに押さえつけられ、悲鳴を上げると趙雲が人の耳元で嬉しそうに笑う。
 挿れるか出させるかどっちかにしてくれと必死に頼んでも、趙雲は俺の願いを頑として受け付けなかった。
 まぁ、そういうプレイだったのだろう。
 焦らしに焦らされ、ようやく射精が許されると、腰が抜けるほど気持ちよくて泣いた。出したものを舐めさせられたのも、まあそういうプレイだったんだろう。
 俺がぐったりして横たわると、趙雲はさっさとシャワーを浴びに下に降りていった。
 栓を捻る音とほぼ同時に湯が噴き出す音が聞こえて、俺は時計を見上げた。
 もう三時を回っていた。
 会社勤めの趙雲に悪いことをしてしまった。
 ベッドの下に落ちている紙切れ……名刺に手を伸ばす。書いてある文字は変わらない。
 父親を死に追いやった会社に、何で馬超は勤めようと思ったのか。また、勤められるのか。
 俺の理解を超えていた。
 もっと単純明快な男だと思っていた。
 なのに、何でこんな訳のわからないことになっているんだろう。
 他人事のはずなのに、俺は懸命に考えた。
 考えても考えても、馬超の気持ちがわからなかった。
 ついでに、何で自分があんなにパニックしたのか、趙雲にせがんでまで犯してもらわければならなかったのかわからなくなった。
 いっか。
 別に趙雲とするのは初めてじゃないし、ただ少し、理解したつもりのものが突然理解できてなかったことにびっくりしてしまっただけなのかもしれない。朝から煽られた体が、たまたまそれに反応してセックスしたくなってしまった……そういうことにしておこう。
 趙雲が上がって来て、まだそんな格好でと呆れた。
「どうせ後でシャワー浴びるし」
 俺は趙雲に向かって足を開いた。
「男のM字開脚見たって、別に面白くも何ともないだろ?」
「面白くしたいなら、面白くして差し上げましょうか」
 両足首を掴まれ、いきなり持ち上げられる。
 趙雲はそのまま顔を俯け、口淫を始めた。
「ちょ、馬鹿、趙雲! お前、会社……!」
「早退します」
 俺の親切をあっさり退けると、趙雲は俺に良く見えるように角度を調整して、口に含まず舌で舐め上げる様を見せ付けてきた。
 濡れた舌がぴちゃぴちゃ音を立てている。見たくないような気がして目を閉じれば、趙雲は叱り付けるように足を揺さぶった。
「……つか、駄目、俺こーゆーの……マジで、勘弁して……」
 自分が恥ずかしいというより、趙雲の熱心さが恥ずかしい。
 シャワー浴びて汗を流して来たと言うのに、そんなことはおくびにも出さず行為を再開させている。
 趙雲の長い睫と通った鼻筋、男にしては紅く見える唇からねっとりとした舌がはみ出て、奇天烈な色の肉を執拗に嘗め回している。
 硬くなったものが弧を描くと、趙雲はやっと俺を下ろしてくれた。
 腰に巻いたタオルを解き、口元を拭うと俺を尻目に着替え始める。
 煽られてぴくぴく震える肉を情けなく見下ろしていると、趙雲は不意に振り返ってとんでもないことを言い出す。
「何してるんですか、早く自慰して下さい」
「……じい」
「だから、オナ」
 うわあ、と思わず叫んでしまった。
「お前、その顔でオナニーとか言うな、心臓に悪いっ!」
 呆れたように俺を見下ろす趙雲に、俺は恥ずかしくなって意味もなく口元を抑えた。
「……している間は、余計なことは考えないで済むでしょう?」
 ネクタイを締めながら、趙雲はベッドの方に、つまり俺の方に向かって歩いてくる。
「貴方は、私といる時は私のことだけ考えていればいい」
 勃ち上がったものを手の平に包まれ、勢いよく擦られると、背筋に鳥肌が立った。先端からぬるぬるとした液が溢れ出す。
「……っ……ちょ、うん、汚れ……っ……」
「そう、その調子で」
 溢れた液が趙雲の指に絡みつき、指の感触をより鮮やかに伝えてくる。息が上がって、皮膚に汗が浮いた。
「……ちょ、うん、趙……」
 涼しげな眼が、俺を映した。
「……鍵……やっぱ、お前から……ばちょ、に……」
 返してくれ、と続けようとした俺のものに、趙雲が思い切り爪を立てた。
 痛みに悲鳴を上がるが、直後にじんと痺れてよだれが垂れた。脳味噌の中にアドレナリンがばんばん噴出して、あんまり気持ちよくてイきそうになった。
「わからない人だな、貴方は」
 低い趙雲の声に、だが俺は自分の快楽を優先させたくて、止まってしまった趙雲の手に自分の手を伸ばした。
「駄目ですよ」
 また爪を立てられ、悲鳴を堪える。本当にイきそうなのだが、趙雲の指がしっかり締め付けていて叶わない。
「趙雲、頼む、から……」
「駄目です、しばらくよがっているといい」
「だってお前、会社……」
 また爪を立てられる。滲み出る透明な雫が後孔にも伝ってきて、それがまたぞわぞわしてキツイ。
 霞む視界の端に、嬉しそうな趙雲の顔が映り、俺は趙雲は絶対サディストに違いないと確信した。
 結局、『アイシテル』などと戯言をほざかされるまで、俺はイかせてもらえなかった。


  

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