披露宴と言う名の会食は順調に進んだ。
 二度目のお色直しが入ったが、今度は曹丕も一緒に出て行ったので俺が気を回す必要はない。張遼とは元から会話が弾むとも思っていないので、黙々と食べる以外やることがなかった。
 新郎新婦席の横の方でピアノが弾き続けられているのだが、誰も聞いている様子がない。
 仕事とは言え何だか気の毒になってきた。
 俺は音楽の類は詳しくないが、優しい感じの穏やかな曲が壁際に設えられたスピーカーを通して聞こえてくる。もう少し狭くて静かなら、生音を楽しむことも出来たかもしれないのが残念だ。

 低くて渋い、悪く言えばどすの聞いた声に飛び上がる。
 振り返ると、曹操が立っていた。
「楽しんでいるか」
 そう見えるだろうか。
 困惑しつつも頷くと、曹操はにやりと笑った。
 分かっていて尋ねたのだとしたら、人が悪過ぎるだろう。
「張遼は、無口な男故な。こう見えて、武道の話になるとなかなか通だ。興味があれば、話を聞くがいい」
 曹操の言葉に、隣に座っていた張遼が顔を赤らめた。
 珍獣を見る思いで張遼を見遣ると、曹操はさっさと扉の向こうへ消えた。トイレに立って、ついでに声掛けてきたようだ。俺の席と扉は反対方向にあるから、わざわざということになる。
 司馬懿が俺を探るような目で見ていた。
 見詰め返すと、さっと逸らす。
 何なのだろう。
 気が付くと、周りの人間も俺をちらちら見ている。
「曹操様に直接お声掛けられるのは、目に留まった証拠のようなものですから」
 死角から掛けられたハスキーな声は、やはり張郃だった。
「目に留まる?」
 俺は単なる曹丕の知人、もとい友人で、今のは家族としての単なる挨拶なのではないかと思う。目に留まるというと、もっと別の他の意味にしか取れない。
 しかし張郃は大きく頷き、何でだか妙に嬉しそうな顔をした。
、TEAM魏にお出でなさい。今の倍は、給料出してもらえますよ」
 どういう根拠で言っているのか分からない。
 そも、張郃が給料を出している訳でもあるまいに、何でそんなことが言い切れるのか。
「だって、曹操様のお声が掛かったじゃないですか」
 意味が分からない。
 張郃は、何か思い出したように駆け足で立ち去った。扉の向こうに消えたから、トイレでも我慢していたのだろう。張郃も、主役そっちのけで囲まれていた一人だった。でなければ、万事気遣いを忘れない張郃が、曹丕を一人で放っておけるとも思えない。
「張郃殿が仰られたのは、本当のことだ」
「は?」
 張遼が突然口を開いたので、俺は持ち上げたワイングラスを戻した。
「曹操様は才無き者には見向きもされぬ。例え、実のお子であろうとな。わざわざお声を掛けて寄越したからには、そなたのことがお気に召したのであろうよ」
「……俺、別に特技とかありませんけど」
 自動車免許くらいはあるが、それもペーパーに近い。運転の仕方を忘れないようにと、時々レンタカー借りたりしているぐらいなのだ。
「特技などは関係ない。そなたに何か見出したのであろう」
 見出したと言われても、心当たりがない。
 褒められている部類の話なのだろうが、要領が掴めず喜んでいいのかも分からなかった。
 曹丕達が戻ってきたとアナウンスが入り、照明が落ちて話はそれきりになった。

 来賓から祝いのスピーチが続くが、相変わらず会場の人間は聞いているのかいないのか良く分からない。
 それでも、それぞれに取り巻きか関係者が居るらしく、拍手はそこここから盛大に送られていた。
 もうすぐ終わりかな、とぼんやりしていると(時計はタキシードに似合わないと取り上げられてしまった)、司会が『最後に』とアナウンスを入れた。
 やっぱりな、と思っていると、スピーカーから俺の名前が流れた。
 は、と呆けて思わずスピーカーを振り返る。
 隣の張遼も不思議そうに俺を見る。
 スピーカーから、新郎友人の、と繰り返し俺の名前が呼び出された。
 聞いてない。
 普通、スピーチを頼む場合は前もって依頼するのが筋だろう。その場で初めて聞く話でいい訳がない。
 汗がどっと吹き出すが、逃れる術などなかった。
 俺の様子から張遼も事情を察したらしく、気懸かりそうに俺を見る。
 だが、張遼とて何が出来る訳でもない。呼び出し掛けられて居留守が出来る状況でもない。
 曹丕と甄姫、どちらの陰謀だか知らないが、ここまでやるか。
 俺は深呼吸して席を立った。
 壇上脇のスピーチ席に向かう手前に、ピアノが置かれている。
 今は手を休めている奏者の女性に近付いて、軽く頭を下げる。
「お借りしても?」
 俺の唐突な申し出に、しかし女性は敏く理解し、了承してくれた。
 一度マイクの前に立ち、深呼吸してから会場を見回す。
 どうせ誰も聞いていないのを再度確認し、視線を曹丕と甄姫に向けた。
 誰も聞いて居ないのだから、二人にだけ届けば問題あるまい。
 曹丕と甄姫は俺を見ていた。
「結婚、おめでとう。スピーチは得意じゃないんで、申し訳ないけど歌を歌わせてもらうことで代わりにしたいと思います。友人が作ったオリジナルなんで、馴染みはないと思うけど、聞いて下さい」
 何だかおかしな気分だ。
 甄姫にはともかく、曹丕に敬語を使ったことなんかまずなかったのに。
 二人に向けて、しかもマイクを通してとなると、やはり勝手が違う。
 ピアノに向かうと、指鳴らしに音を出してみる。
 久し振りだから上手く弾けるか自信はなかったが、やるしかなかろう。そんな難しい曲でもない。
 ピアノ奏者の女性が、親切にもマイクを手で持ってくれた。邪魔にならず、意識もしないで済むような位置取りは、さすがはプロと言うべきか。
「……花嫁の父親の歌です」
 ピアノのキーが軽い音を立てる。
『結婚おめでとう
 今日の君はとても綺麗だ
 君の隣の男と
 今日君は結婚する』
『パパの若い頃の写真
 もっと君に見せておけば良かった
 そうしたらもっと
 いい男を選んだろうに
 そう
 パパみたいな
 本当に君を愛している男を』
『でも君が選んだのだから
 その男を選んだのだから
 どうか一つだけ
 約束して欲しい』
『世界で一番幸せになりなさい
 誰と比べなくてもいい
 君の中で君が一番幸せだと
 君の中で奴が一番幸せだと
 胸を張って生きていきなさい
 それだけは守って欲しい』
『もし悲しいことがあれば聞いてあげよう
 もし苦しいことがあれば受け止めてあげよう
 君にはパパが居て
 奴には敵が居る
 いつでも君を攫って行ってしまうと
 心底覚悟させておくといい』
『結婚おめでとう
 今日の君はとても綺麗だ
 パパと約束して欲しい
 幸せな結婚をする
 今日が始まりの日
 約束の始まり
 二人で誓って欲しい
 幸せになりますと』
 ピアノのキーが最後のフレーズを繰り返す。
 マイクを持ってくれた女性に頭を下げると、女性はマイクのスイッチを切って拍手をしてくれた。
 ざわめきは消えては居らず、勿論歌っている間も途切れては居なかった。
 けれど、ピアノから顔を出した俺の目に、甄姫がハンカチで目を押さえているというとびきりハプニングな場面が飛び込んできて、仰天してしまった。
 曹丕が俺を睨んでいて、何で睨まれるのかもよく分からない。
 突然、会場のざわめきを裂くように高い拍手の音が鳴り響いた。
 波が波を呼ぶように拍手は徐々に大きくなり、まるでミツバチの巣に頭から突っ込んだかのような騒々しさとなって会場を揺るがす。
 俺は逆にうろたえて、挨拶もそこそこに席に戻った。
 その俺の目に、にやにやと笑いながら拍手をしている曹操の姿が映った。
 間違いなく、この男が『震源』だったのだろう。
 そのまま席に戻るのも嫌で、俺は曹操を遠巻きにするように避けてトイレへと向かった。

 つまらない来賓の祝辞が終わったせいか、トイレには誰も居なかった。
 この後、新郎や新郎の父からの挨拶がある筈だから、そこを外すようなへまはしないということだろう。
 一人なのが逆に落ち着いた。
 安っぽさを避ける為かタイルを使っていない化粧室は、ぱっと見で広いウォークインクローゼットのように見える。
 少しばかり休憩してから戻ろうと、奥の個室の扉に手を掛けた。
 背中から強い力で突き飛ばされ、意表を突かれたこともあって綺麗に飛んでしまった。
 スペースにかなり余裕のある個室だったから良かったものの、下手すると顔面から便器なりに突っ込んで頭を打っていたかもしれない。
 蓋をされた便器に手を着くと、みしりと嫌な音が鳴った。
 幾ら高級品でも、大の男が全体重掛けていい代物でもなかろう。壊したかと思わず手を引っ込めると、その手を取られてしまった。
 俺を突き飛ばし、あまつさえ後ろ手に拘束したのは張郃だった。
 振り向いてその顔を確認し、俺は愕然とした。
 何の意図があっての行動なのか、まったく理解できなかった。
 ガチャン、と金属のような音が鳴り響き、俺は反射的に手を戻そうとした。
 戻らなかった。
 何度引いても、ガチャガチャと軋んだ音が鳴るばかりで、俺は指先に触れた感触から手錠か何かを掛けられたと知った。
 血の気が引く。
 張郃の意図は読めなくとも、ろくなことにならないということだけは理解できた。
「すみませんね、
 気の毒そうに、それこそ他人事のように張郃は頭を下げた。
「私の、悪い病気なのです。どうか許して下さい」
 しかし、続けて発せられた声は微笑を含んでいて、俺を訳の分からぬ恐怖に駆り立てた。
 張郃の指が俺のウェストに回る。
 ボタンを外し、ファスナーが静かに下ろされた。
 黒のビキニ越しに指が這いずり回り、俺を煽ろうと蠢いた。
 ぞっとする。
 張郃に親近感を持ち始めていたのは確かだ。
 けれど、あくまで親近感であって、こんなことを許すつもりはまったくない。
 俺は確かに元ホストで、男でも女でも感じることが出来るろくでなしではあるが、相手が誰でも良いという訳ではない。
 抗うが、張郃の指は慣れていて、俺の細かな反応を逐一捉えて見逃さない。
 嫌がっていても反応を返す愚息が恨めしくなる。
 完全に屹立してしまった頃、張郃は俺の体を引っ繰り返し、蓋を開けた便座に座らせた。
 革靴を脱がせ、スラックスを取り去ると、何のつもりかまた革靴を履かせる。
 理解できなくて、為す術もなく張郃を見上げた。
 張郃は俺が穿いていたスラックスを丁寧に畳むと、荷物が置けるよう設えられた台に乗せた。
 俺の前に回りこむと、嬉しそうに笑いながら何度も大きく頷いてみせる。
「……あぁ、やはり貴方は想像通り、卑猥さと淫らさで人の目を奪う方ですね」
 足の内側を蹴られる。勢いで、張郃に向けて足を広げたような格好になった。
「ね、。見て下さい。貴方の可愛いものが、ビキニから頭をもたげていますよ」
 怒張したものが布地を持ち上げ、その小さな面積には収まりきれず亀頭をはみ出させている。
 何とも情けない姿だが、張郃は舌舐めずりして俺の足の間にしゃがみ込んだ。
「可愛らしいですね、こんなに震えて……もう、こんなに涎を垂らして」
 張郃の指がビキニを引き摺り下ろし、俺のものを撫でさする。
 言われる通り、俺のものは既に先走りの露を零していた。馬超や趙雲と知り合ってからと言うもの、俺の愚息も大概聞き分けない。自己嫌悪した。
 張郃は、大きく口を開けると前触れもなく俺のものを咥え込んだ。
 ねっとりとした感触が、神経に強い電流を迸らせる。
 飴を舐めしゃぶるようなちゅぱちゅぱという音が股間から響いてくる。耳にも、皮膚にも、震えるようにして届いた。
 気持ちいいのは、気持ちいい。
 張郃は相当の手管の持ち主なのだろう。
 だが、神経を焼くまでには至らない。ヘルスで発散するような虚しさが付いて回った。
 俺を犯したら、張郃は気が済むのだろうか。
 後ろ手に手錠、スラックスを脱がされてしまったこの状況では逃げようにも逃げられない。
 どうせ同じことなら、暴れて怪我するのが損だ。
 半ば諦め、体から力を抜いた途端、後孔に鈍い衝撃を感じ飛び上がる。
「……気を逸らして、いけない人ですね、
 マナーに反する。
 張郃はそう言いながら俺の後孔を内から弄る。
 俺がマナー違反なら、張郃は法律違反だろう。男同士とは言え、これは強姦ではないか。
 前と後ろを同時に責められ、俺は衝撃に腰を浮かせて耐えようともがく。
 しかし、後孔がもたらした振動に呆気なく陥落し、耐え切れず吐精してしまった。
 俺の放ったものを、張郃の喉が音を立てて飲み下していく。
 吐き気がした。

 

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