荒い息を吐き出し続けている。
 頭の中に暑く煮えたぎったゼリーが充填されて、呼吸を妨げている感じだ。
 ゼリーの持つ熱が汗を噴き出させ、風呂上りのような状態に陥っている。
 風呂上りではないことは、後孔に押し込まれた肉が起こす摩擦感からも歴然としている。
 感覚が鋭くなり過ぎて逆に鈍くなったのか、熱くてひり付いているとしか思えなくなっていた。
 体が揺すぶられるたび、汗が珠になって飛び散る。
 喉はひぃひぃと掠れた音を発していた。どう考えても色気のある声とは思えない。
 けれど、俺の中に仕込まれた趙雲の肉は、衰えるどころかますます意気盛んに俺を責め立てる。

 最中とも思えない静かな声が俺を呼ぶ。
 気怠く振り返ると、緩々と揺すられて着いた肘が落ちそうになった。
「気持ちいいですか」
 今更何を言いだすやら。
「……気持ち、いい、よ」
 そんなことを尋ねてくる理由が分からず、とりあえず素直に答えてみた。
「同性に、男にこんなことされて、気持ちいいですか」
 だから、今更何なんだ。
 そうしたいと願ったのはお前の方だろう。
 詰ってやっても良かったが、趙雲相手だから我慢した。訳もなくこんなことを言う奴ではないと思うからだ。
「気持ち、いいけど、も、キツ……俺、先に出して、いいか……?」
 後孔から直通する快楽が、俺の肉をぱんぱんに張り詰めさせてしまっている。破裂してしまいそうな感覚に、射精をしたい欲求が膨らむ。
「駄目です」
 趙雲は俺の頼みをあっさり棄却し、それまで緩くしていた腰の動きを急にきつく動かし始めた。
 薄い尻肉を通してがつがつと骨が当たる。
 痣になる、と冷静に心配する俺を他所に、熱く浮かされた体は情けなくひぃひぃ泣き喚いていた。
「あ、あっ、イく、も、イくっ!」
 触れられてもいない亀頭がそっくり返り、次の瞬間シーツの上に白い粘液をぶちまけた。
 俺の中では趙雲のものが弾け、びくびくと震えながら精液を放っている。
 セックスの快楽が子供を産む為だけのものだとしたら、俺達が得るこの快楽は何なのだろう。
 趙雲のものが引き抜かれ、俺は腰砕けに砕けて濡れたシーツの上に転がった。
「……冷て」
「あぁ、今変えますから」
 終わったばかりだというのに元気に立ち働こうとする趙雲を、俺は押し止めた。
 枕元に運び込んだティッシュを数枚引き抜くと、濡れている辺りを大雑把に拭き取る。
「マットに染みてないか」
「いいですよ、別に。私しか使いませんし」
 趙雲の家で、趙雲のベッドの上に俺達は居た。
 探偵が尾けているかもしれないという時にラブホに行く気もしないし、かと言って俺の家では馬超がいつ帰ってくるか分からない。
 趙雲とのことは話してあったが承認されている訳ではなかったから、ホテルが駄目だとなると趙雲の家に行くしかない。
 しなければいいだけの話だが、趙雲はどうしてもすると無言で圧力掛けてきたし、実際ドアを閉めるなり舌を絡めるディープキスが始まった。
 濡れたところにタオルを引いて一時しのぎにする。
 裸のままで横になった。
「……お前、俺に何が言いたいの」
 趙雲は答えない。
 だが、顔には言いたいことがあるとはっきり書いてあった。案外素直な男なのだ。
「お前がどう思おうが、俺は男だし。切るつもり、ないよ」
「何を言っているんですか」
 嫌悪感も露に眉を顰める趙雲に、こいつが言いたいのはよくありがちな『どうしてお前は女じゃないんだ』という言葉ではなかったことがわかる。性転換を求めているのでもないらしい。
 うーん?
 じゃあ何だ、と俺は首を傾げた。
「……は、初めての時、どうでしたか」
「初めてって。男? 女?」
 趙雲はむっとしながら、不機嫌そうに『男』と答えた。
「挿れる方? 挿れられた方?」
「いつも思ってたんですが、
 貴方はどうしてそう節操がないんです、と趙雲に叱られる。
 怒りたい気持ちも分からないでもない。
 同性愛でも、どちらかというと受けだのタチだのがあって、俺みたいに両方どっちもという奴は多くはない。
 俺の場合は特に、相手がどうしたいかに拠るところが大きい。
 趙雲や曹丕みたいに、元々のところはノンケなんだろうなぁという奴は大抵俺を掘る方に回るし、俺が掘る時は大抵抱いてくれと向こうから頼んでくる場合が多い。
 女の子達の中にもタチの性質を持つ子が居て、お金払うから犯らせてくれと頼まれたことは実は一度ならずある。
 その子達の言に拠れば、俺は非常に犯したくなる顔付きをしているらしく、だからどちらかと言えば受けなのかもしれない。
 でも、俺としては本当にどちらでも良かったのだ。どちらでも感じるし、どちらでもイける。
 こだわりがない俺に、趙雲の顔はますます苦くなった。
「……馬超とは、そうではないんでしょう?」
「あー」
 思えば、馬超とは受けも責めもその場の気分で決まる。俺が掘りたい時は馬超が足を開くし、馬超が掘りたい時は俺がケツを上げる。
「でも、そんなでもないと思うけど。大体、馬超まだ後ろだけじゃイけないし」
「そういうことを言ってるんじゃありません」
 じゃあ、何だ。
「……私、を」
 珍しく言い難そうに口篭る趙雲に、俺は何気なさを装って気付かぬ振りをした。
 俺が、趙雲を抱きたいと思う時はないのか。
 たぶん、そんなことを訊きたがっているのだろう。
 生憎とそういう気持ちになったことはない。
 趙雲がどうこう言うんじゃなくて、単に考え付かなかっただけだ。
 初めての時から、趙雲は俺を押し倒すのが普通だと思っていたようだし、俺もそれに逆らうことはなかった。挿れてほしいと思うことはあっても、挿れたいと思う余裕がなかったのだ。
 それは前戯のムードから決定事項として定められていたことだったし、趙雲からしてくれと言い出したこと自体ない。
 馬超を抱いたのは、勢いに近かった。
 喧嘩腰の対立が続き、泣きを見せてやろうと言うようなささくれ立った感情から馬超を誘い、犯そうとした。
 基本の動機がそんなもんだからその時も結局本番には至らなかったし、今もって一度限の射精で終わりになるから、男を知らなかった馬超でも何とか許容できるのだろう。
 何で今、趙雲が俺に強請ってくるのかよく分からなかった。
は」
 趙雲が重い口を開く。
「私は、抱きたくない、と?」
 あー。
 言っちゃった感が強い。
 修羅場の幕開けになりかねない言葉だった。
「……俺を抱くだけじゃ、足りない?」
「それは」
 趙雲が惑っているのが分かる。
 関係自体があやふやで、不条理だった。それこそ馬超との仲の方が、趙雲とのそれよりもよっぽど確かで安定している。
 もっと何かをちゃんと、と趙雲が願っても仕方がないことだった。
 比較対照が目の前に居て、そいつは毎日のほほんと過ごしていたら、趙雲はただ無闇に焦るしかできないに違いない。
 数値で測れないものだけに、趙雲は確実に荒んでいくに違いなかった。
「馬超と、寝たりしないの」
「しません」
 腹立たしげに即答する趙雲に、俺は小さく笑った。
「前は、寝てたんだろ。どっちがどっちだった?」
「……言いたくありません」
 本格的に不貞腐れたと思しき趙雲に、俺は妙な可愛さを見出してしまう。
「何が可笑しいんですか」
 趙雲は腹立ち紛れに再度俺に圧し掛かってきた。
「……慣れないと、痛いばっかで気持ちよくねぇよ」
 趙雲が気持ちよくて、俺も気持ちいいんだから、今のままでいいではないかと思う。
「な。だから、ホラ」
 指を伸ばして趙雲のものを握りこむと、そのまま扱く。
 手の中でみるみる固くなるものが、先端から粘液を吐き出して更に扱き易くなった。
「お前のコレ、俺の中に突っ込んで」
 顔を顰めている趙雲の耳元に唇を寄せ、そっと囁く。
 誘い掛けられ、うかうか乗るのも腹が立つのか、趙雲はじろりと俺を睨め付けた。
「まったく」
 言いながら俺の手を弾き、俺の膝を掲げる。
「節操がない」
「ないよ」
 げらげら笑い出した俺の肉に、趙雲が爪を立てた。

 付けっ放しだったDVDに、俺は電気の無駄遣いだと何気なく指摘した。
 趙雲は呆れて、声を採集されていたらどうするのかと軽く答えた。
「部屋の中に居て、聞かれるもんか?」
「今の機械は優秀ですからね」
 念の為だと言われれば逆らう気もなくなる。
 今日の午後はほとんど、弁護士に言い付けられた書類作成と状況整理で潰れてしまった。
 わざわざ弁護士の事務所に赴いて、缶詰状態になってしまったのだ。
 訴えるかどうかはさておき、とにかくいつでも訴えられる状態にしておきましょうということで細かな質問攻めにも遭った。
 俺のプライベートに立ち入るような質問もあり、何でそこまでと辟易させられたものだ。
 K.A.Nの顧問弁護士だというその先生は、諸葛亮課長とも馴染み深く、家族とも交流がある程の仲だそうだ。
「……課長、ホントに訴えさせるつもりかね。相手も誰か、分からんのに」
「被告不在で裁判にすることは、一応ない訳じゃないらしいですけど。の場合はどうなんでしょう」
 確実な不利益を被った訳ではないから立証しにくかろうと言うと、趙雲は苦笑を漏らした。
「職場でこれだけ噂流されて揉め事になって、それで不利益を被っていないと言うのは貴方ぐらいのものですよ、
 呑気だと笑われる。
 俺としては、事実は事実だし(美波さんの件は別だとして)仕方ないのではないかと思う。
 趙雲曰く、プライバシーの暴露は立派な人権侵害だということだった。
 そんなもんか。
 俺が感心したように呟くと、趙雲は屈託なく笑い出した。昼に機嫌を損ねてからようやく見せた笑顔だっただけに、俺も何となく嬉しくなった。
「……、腹が空きました。何か作って下さい」
「出前取れよ」
 ケツ掘られてくたくたになっている俺に、晩飯作れとはいい度胸だ。
 だが趙雲は、馬超は毎日のように食べているのにとぶつぶつ不満を並べ続ける。
「……わーったよ」
「冷蔵庫とか引き出し、適当に漁っていいですからね」
 投げ遣りな俺の返事に被せるように、用意しておいたかのような言葉を投げ掛けてくる。
 畜生、レトルトのカレーかカップラーメンにしてやるからな、とキッチンに足を踏み入れた俺は、自分の考えが甘かったことをまざまざと思い知らされた。
 レトルトの類は一切なく、せいぜいがルーぐらいで、後はすべて調理を待ちわびるナマモノばかりだった。カップラーメンどころか即席麺がない。乾麺はあったが、桐箱に仕舞われた素麺やガラスのパスタジャーに収納されたスパゲティからお手軽というイメージは見受けられなかった。
 この野郎。
 意味もなく悪態を吐きながら、俺は他人の家のキッチンを引っ繰り返して回る。
 味付けはその家に合わせる主義の俺も、さすがに今日はその譲り合いの精神を生ゴミとして打ち捨てた。

  

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