かこん、と軽い音を立てて落ちたものを、甘寧が拾ってくれた。
 それはいい。
 けれど、落ちた拍子に袋を閉じていたマジックテープが外れ、中身が飛び出しているのがどうにも救いがなかった。
 ぎゃああ。
 内心では野太い悲鳴が上がったが、口は池の鯉のようにぱくぱくと動くだけだった。
 甘寧は、不思議そうに拾い物を見つめていたが、の顔を見ると察したようににやりと笑って返した。
 手早く袋に仕舞い込み、の手に押し付ける。
「俺、今日ちょうど金欠なんだよなぁ……何、おごってもらおっかな」
 この野郎。
 の口元がぴくりと引き攣るが、どうにも分が悪い。
「……分かったわよ……」
 壊れた鞄の留め金を手で押さえながら、は溜息を吐いた。

 焼肉屋でカルビを焼きながら、は溜息を吐いた。
「飯食ってる時に、辛気臭いなサン」
 甘寧がビールジョッキを片手に肉を口に放り込む。
「うるさいな、誰のせいだと思ってるのよ」
「少なくとも、俺のせいだけじゃないぜ? 廊下は走るなってな、ガキの時分に習っただろ?」
 急いで帰ろうと思って慌てていた為、甘寧と思い切りぶつかってしまったのだ。
 鞄の留め金は元々緩かった。大き目のバッグがそれしかなかったから仕方なくそれを使ったのだが、こうも見事に壊れてくれるとは予想だにしなかった。
 のバッグは口を開けたままで、ハンドタオルで中身を隠してはあったが、いつ何の拍子で中身が見えやしないかと考えると落ち着かなかった。
「にしてもよ、サン彼氏いなかったっけか」
「……別れた」
 げ、と甘寧はわざとらしくうめくが、さして気にした様子もない。他人事だから当たり前かもしれないが、最近の若い子は、と考えると自分が年寄り臭く感じた。
「何で。性格が合わなかったとか?」
 突き詰めればそうなるだろうが、根本的にはそうではない。
 は、脇に追いやっていたビールグラスを手に取ると、一気に飲み干した。
「うぉ、やるねぇ、サン」
 ビールのお代わりをジョッキ大で注文すると、甘寧が横から二つな、と付け足した。
「……でも、そっか、じゃあ要るか、そういう奴も。淋しいもんな」
「馬鹿だなぁ、別にそんなんじゃないって」
 へ、と甘寧が顔を上げる。
 ちょうどビールが運ばれ、二人は何故か乾杯をした。
 ジョッキががちゃんと音を立て、甘寧ももぐびぐびとビールを飲み干す。
 は、網の上で焦げる寸前の肉をぽいぽいと甘寧のたれの皿に載せてやり、また新しく肉を焼き始めた。
 甘寧は唇を脂で光らせながら、美味そうに肉を頬張ると、ビールで勢い良く流し込む。
「で?」
 ジョッキが下に下ろされ、甘寧がを覗き込む。
「でっ、て?」
「だから、それ。欲求不満じゃないなら、何に使うんだよ」
 は口を噤む。
 肉が焼ける音が響いた。
「……体質改善とでも申しますか?」
 焼けた肉を再び甘寧の皿に盛りながら、は目線を明後日の方向に向ける。暗に、言いたくないのだと告げているつもりなのだが、甘寧はまったく気付かない。
「体質改善て?」
 突っ込まれて、は眉間に皺を寄せた。
「なぁ、体質改善て?」
 しつこい甘寧に、はビールをあおって無視をこいた。
 と、甘寧が対面から隣に回りこんでくる。畳の半個室なので、移動も素早い。
「……うるさいな、バイト君は。自分で考えるなり察するなりしなさいよ」
 苦い物を噛み砕くように、は口をへの字に曲げた。
「分からないこと何でも訊いてくれって言ったの、サンだろーよ」
 はーい、わかりませーんと茶化してくるのを、はじと目で睨む。
「体質改善だよ、だから」
「それじゃわかんねーよ」
 ああ、もう、とは溜息を吐いた。
「潮吹きって奴になる道具なの!」
 自棄になって白状すると、甘寧は目を丸くしてを見つめた。

 が彼氏と別れたのは、要するに性の不一致からだった。
 あまり経験がないのでよく分からなかったが、は不感症の嫌いがあるのではないかと言われた。
 反応が薄いというか、鈍いというかで、相手も挿れた時の感触がイマイチで、あまりいいと思えないのだと言う。
 結局、別れた。
 何がどう良くないのかは分からなかったが、確かに自身、あまり気持ちいいと思ったことがなかったので、不感症と言われればそうかもしれないと思った。
 あまりいいことでもないので、ネットで治療法とか対処法がないかと探していたら、これが見つかったのだ。
「……つか、バイブで治るモンなのか、不感症って。どっちかってーと、それ、男に問題あるんじゃねぇの」
「いや、まだやってないからわかんないけどさ。治るならいいじゃん。それに……こういうの、お互い様なんじゃないの。よく分かんないけど」
 そんなもんかね、と甘寧はビールをあおった。大ジョッキが、もう空になった。
 お代わりを勝手に言いつけるのを、まぁいいか、と流し、も自分のビールに口をつけた。
「でもよぉ、会社に持ってこねぇだろ、普通」
「今、うちに妹来てんだもん。あの子、私の荷物とか服とか勝手に漁るから、隠して置けないんだもん」
 本当に間が悪い。
 妹が遊びに来ている昨日これが届き、ずいぶん中身を詮索されて困ったのだ。見られるわけにもいかないからと会社に持ってきたら、何と甘寧に見つかる破目になった。
 あーあ、とは溜息を吐いた。
「じゃ、家帰っても使えねぇだろ」
「今日明日は友達の家に泊まりに行くって言ってたから、大丈夫」
 甘寧は、焼き網の上の肉をの皿にひょいと載せた。
 自分の方にも取り分けながら、新しい肉を焼く。
「じゃ、使うのか」
「まぁ、気が向いたらね」
 ふぅん、と甘寧が相槌を打ち、沈黙する。も気まずい雰囲気に、黙々とビールをあおった。

 目が覚めると、自分の家ではないベッドで寝ていた。
 枕元に乱雑に雑誌が束ねられ、床には丸めた洗濯物や空き瓶がごろごろしていた。
 いかにも男の一人暮らし、といった佇まいだった。
「あ、気がついた」
 テレビを見ていた甘寧が振り返る。
「ここは?」
「俺んち」
 まぁそうだろうな、とは低い天井を見上げた。
「……ごめん、潰れた? 吐いた?」
 口の中が気持ち悪い。
「まぁ、外でだから気にしなくていいって。水、飲むか?」
「飲む」
 甘寧は立ち上がり、すぐに見える台所に向かう。
 蛇口を捻る音と、がちゃがちゃというガラスの音が響いた。
 服を見遣るが、ところどころわずかに濡れているのは、たぶん甘寧が汚れたところを拭き取ってくれたのだろう。バイトと正社というだけの関係なのに、悪いことをしてしまった。
「ホラ」
 甘寧の手からコップを受け取り、一気に飲み干す。口の端から水が零れ、喉に伝った。
 ようやく一心地ついて、深々と息を吐き出す。
 口の端を拭うと、甘寧がコップを取り上げ、テーブルに置いた。
 ベッドの端に甘寧が腰掛け、肩に手がかかった。
 視界が揺れる。
 倒されても、しばらく甘寧が何をしようとしているか分からなかった。
 甘寧は固く目を閉じ、の胸に顔を埋めてじっとしている。
 高めの体温が不思議と心地よく、はうっとりして目を閉じた。
 甘寧は、バイトの中でも際立って目立つ男だった。女子社員の何人かが目をつけているのも知っている。その甘寧が今こうして自分にしがみ付いていても、特に何も感じなかった。
 やっぱ、不感症なのかなぁ。
 が居るのにAVでも見ていたのか、どこからかひっきりなしに嬌声が聞こえてくる。女扱いされてないなぁと思いつつ、抱きつかれてはいるんだから、母親扱いはされてんのかな、などと馬鹿なことを考えた。
 男優の声は甘寧に似ていると思った。上擦った声がなかなか美声で、好みだった。
 衝撃が突然を襲った。
「やっあっ!?」
 目を開けると、甘寧が覆い被さっているのが見えた。
 顰めた眉と固く閉じた目が、全身で悦楽を感受しているのをよく示しているようだった。
 甘寧の目が、薄く開いてを映した。
「……サン、全然、不感症じゃねぇよ……滅茶苦茶、濡れてんじゃん」
 ホラ、と甘寧が腰を揺すると、何時の間にか貫かれていたの腰から、くちゃ、と濡れた柔らかい音が漏れた。
 一瞬でパニックに陥ったは、意志とは逆に甘寧のものを強く締め上げた。
 崩れ落ち掛ける甘寧が、歯を噛み締めて耐える。
「……締め過ぎ、だって……も、もたなくなるから……」
「や、だ、駄目、抜いて、抜いてってば!」
 何故甘寧に組み敷かれているのか、何故甘寧のものを受け入れているのか理解できない。
 酔って寝惚けていたとは言え、甘寧の為すがままになっていた自分が情けなかった。
 呑気にAVだと思っていたのは、自分の喘ぎ声だったのだ。
「駄目って、今更。もう、ホラ、全部入ってっし」
 甘寧に揺さぶられて、思わず声が漏れる。体の奥が泡だって、ぞくぞくと痺れるようだった。
 初めて味わう感覚には怯えた。彼氏とした時にはなかった感覚だった。
 体が強張り、どうしようもなく熱くなる。
「やっ、やだ、変だから、私、変だから!」
 頼むからやめてくれと請うと、甘寧はにんまりと嬉しそうに笑った。
「サイコー。……もっと、変にしてやる」
 甘寧が身を起こし、の足を掴み上げる。
 大きくスライドする腰が、の中を深く抉って擦り上げる。
「やあっ、やっ、やだぁっ、あっ……!」
 ぐちゅぐちゅとくぐもった音が響き、は逃れようと身を捻るが、甘寧に足を掴まれているので叶わない。逆に体を捻られ、横から強く挿入されてしまう。
「……マジで、サイコー……サン、別れて正解だって。これからは、俺がサン開発してやるから……」
 甘寧が動きを止めて何かに手を伸ばす。
 けれど、は押し込められた圧力がもたらす凶悪な快楽に、神経が焼き切れそうな恐怖を感じて意識すら向けられない。
 そのに、新たな刺激が加えられた。
「ひ、ぃあぁぁぁっっっ!」
 ぷっくりと膨らんだ肉の芽に、が購入したバイブが押し当てられる。細かに振動するそれに、は身も世もなく啼き喚いた。
「……まずいって、サン。うち、ボロアパートなんだぜ」
 聞かれちまう、と嬉しげに笑う甘寧に、はびくびくと体を震わせた。
「……あ、はぁ、も……もぅ……らめぇ……」
 舌も回らなくなり、体を強張らせたの中は、甘寧を急速に追い詰めた。
「あ、俺も、もうやべえかも……!」
 追い詰められる欲望の赴くままにかき回し、腰を突きたてる。
「っは、あぁ、やっ……」
「……あ?」
 と繋がったところから不意に何かが飛び散り、甘寧の寝床を濡らした。
 甘寧の笑みが深くなり、喉を鳴らして絶頂の悦を味わう。
「……っくぅ……」
 競り上がるものがあって、堪えきれずに思い切り放った。溜まっていたかのように何度も出した。
 の腹がぴくぴくと震え、甘寧の迸りを受け止める。
「……も、ホントにサイコー……すげぇ、気持ちいいぜ、サン……」
 荒く息を継ぎながらも名残惜しく腰を揺らす甘寧に、は半ば放心したまま小さく声を漏らすのみだった。

 中出ししたことに怒り狂うに、甘寧は悪びれもせずにおざなりに拝む真似をした。
「マジ悪ぃ、責任取るから、ホント」
「バイトなんかに責任とって欲しかぁないわよ、馬鹿っ!」
 ひでぇ、と口を尖らす甘寧を放置し、は自分の下着や服を探し始めた。何処に放り出したのか、スカートもブラウスもてんでばらばらに飛び散っていて、肝心要のショーツがどうしても見つからない。
 甘寧の使っているタオルケットを胸にあてたままうろうろとショーツを探すを、甘寧は全裸のまま隠すこともなく、気だるく座り込んで見守っている。
 でも、と突然甘寧は切り出した。
「不感症じゃ、なかったな」
 な、と意地悪く笑う甘寧に、はぐっと唇を噛み締めた。
「う、うるさいな、酔ってたから、ちょっと感覚おかしかっただけだもん!」
 甘寧が身を起こす。その手にこっそりと隠し持っているものに、は気付けずにいた。
「へえ」
 顔を近付けるのを、背を逸らして避けるに、甘寧は突然飛び掛った。
 馬乗りになってを押さえつけ、片足を抱えて閉じられないようにしてしまう。
「じゃ、試そうぜ」
 隠し持っていたバイブを取り出すと、突然の中に突っ込む。
 わずかな痛みに眉を顰めるを他所に、スイッチを入れるとの腰が跳ねた。
「これでも、気持ちよくねぇか?」
 見せまいと顔を隠す腕を、甘寧は引き剥がして頭上に縫い止める。
「これで駄目なら、次は俺のデカイのを挿れてやるから」
「嫌っ!」
 ゴムもないくせに、そんなことを言う甘寧には悲鳴を上げた。
 甘寧は、にやりと笑う。
「コレ、じゃ嫌か。じゃあ、やっぱり俺のだな」
 バイトの癖にとが詰ると、甘寧は涼しい顔をしつつもバイブを抜き取り、己の物を押し当てた。
「確かに俺はバイトだけど、これは、バイトじゃねぇから。マジ、本気の仕事するから」
 時間外の報酬は、あんたでいいと囁かれた。


  

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