男という奴は、一度寝た女はすべからく己の物だと思い込むものらしい。
 過ちの一夜(はそう言っている)を過ごした後、急変した甘寧の態度を見て、は改めてこの言葉の信憑性を確信したものだ。
 今までは、単にバイトとその担当の人事部主任という関係に過ぎなかったのに、夜が明けた途端に彼氏彼女の関係(その言い方もどうだとは思うのだが)に変わっていた。
 が変えたわけではなく、甘寧が、それに釣られるようにして周りの人間達が、は甘寧の、甘寧はの『物』として見るようになった。
 冗談ではないと思う。
 酔って、意識を失って油断しまくっていたところを流されただけだ。
 は了承も納得もした覚えがない。そも、結婚前の女に平気で中出しできる神経がしれない。
 責任を取るなんて、なんて曖昧で不確実な言葉だろう。
 女はその言葉に甘ったるい新婚生活の匂いを嗅ぎ取り、男は言うだけの容易さから、いつかその言葉に押し潰されて逆ギレするのだ。
 一度寝た女は云々が本当なのだから、この定説もずれはしても外れはしないだろう。
 は、冷やかしや羨望、嫉妬の視線に耐えかね、一人書庫整理に勤しみながら溜息を吐いた。
 どれだけ深い溜息だったのか、積もった埃がぶわっと舞い上がり、は思い切りむせた。
 堰きこみながら辺りに舞い散る埃を払うが、軽量のそれは舞い上がるばかりで一向に収まってはくれない。たまらず狭い書庫の間から抜け出すと、何時の間に入ってきたのか、張遼がそこに立っていた。驚いた顔をしている。
 張遼とは元同僚だ。厳密に言えば今も同僚なのだが、TEAMが違ってしまえば如何に同じ会社の社員といえど、せいぜいが系列会社の社員同士という認識程度で同僚意識は薄れてしまう。
 机を並べて仕事をしていたにも関わらず、は一瞬張遼の名前を思い出せなかった。
 胸ポケットに差した社員証を盗み見て、やっと記憶を取り戻したぐらいだ。
「……久し振り。今は、係長、だったっけ?」
 吊り上がった眉が一瞬で形の良いいつものそれに戻り、静かな声音が課長補佐、と返してくる。
「へぇ、ずいぶんと出世したねぇ」
 屈託なく話したつもりだったが、張遼の目が少し険しくなった気がする。元々あまり表情が豊かな人とは言い難いが、嫌味を言われたと受け取ってしまったのだろうか。他意はなかっただけに、申し訳なくなった。
「……あ、えっと、何かお探し? 手伝おうか」
 敬語で話そうかとも思ったのだが、慣れ慣れしいタメ語からいきなり敬語に変えたのでは尚更嫌味だろう。
 張遼もそれを感じ取ったのか、ではお願いしようかと書庫の奥に進む。
 密かに珍しいと思いつつ、は張遼の後を追った。張遼は何処か影があって、優秀ではあるのだがぱっと人目を引く程の華やかさには欠けると思う。彼の一番の売りはその仕事の有能さであり、実直な人柄であるから仕方ないかもしれない。『いいひと』というわけでもないのだが、その寡黙さに存在感が倣っているように思える。
 最も、何となくではあったが本人はそれを望んでいるような節がある。人事部という華やかとは言い難い部署で、他の管轄の仕事をサポートしつつ己の職務も着実にこなすという激務を平然としてこなしている辺り、もう少し評価されてしかるべしなのではないかと思っていたのだが、張遼から不満らしい不満を聞いたことはなかった。
 が、不満を言う対象として見なされていなかっただけなのかもしれない。
 まぁいいか、とは張遼から渡されたメモに目を通した。結構な量がある。
 一人で全部探す気だったのかと、脂汗をかきつつ張遼を伺うと、偶然視線が重なった。
 冷たい目だ。
 この視線の厳しさもまた、張遼から華やかさを奪っている原因かもしれない。
 は愛想笑いを浮かべつつ、資料探しに没頭することにした。

 やっと半分かというところで、張遼が山のような資料を抱えて台車に積み込む。
「……何、この時期に査定でもやろうって言うの」
 張遼は黙ったままを見返す。どんな些細なことでも、基本違うTEAM間での情報の遣り取りは禁止されている。これは暗黙の掟に近いものだが、破った人間は左遷だの降格だのと言う実に現実味溢れる噂がついて回っている。
 自身も人事部に居るから、はてこの人事はいったいどういうことかと、首を傾げることが何度かあったのを覚えている。噂が噂でない状況証拠が目の前にある以上、張遼の沈黙に気を悪くするものでもない。
 あー、ごめんとおざなりに謝って、気まずい空気から逃れるように書庫の間に潜り込む。
 何故か張遼が着いてきた。
 は、張遼は自分が担当して探していた分を終えてしまったのだろうと思い、疑いもなく振り返った。
 視線の先に張遼の腕と胴が風景を横倒しのL字に四角く切り取り、書庫の作る影を強調して明るいフローリングのフロアの部分が蜃気楼のように遠く感じられた。
 こみ上げる違和感に思わず後退されば、その動きを利用するかのように張遼の腕がの体を攫い、書架用に置かれていた幅広の脚立に押し込める。動かしやすいようにキャスターのついたそれは、の体を乗せたまま書架のどん詰まりに持って行かれた。
「……は?」
 壁に激突して止まった衝撃に、は思わず眉を顰めた。しかし、それより何より張遼の突飛な行動の意図がまったく見えず、結果痛みより疑問が勝って、は目を丸くして張遼を見つめた。
「甘寧とか言う、どこの馬の骨ともつかぬ男と付き合っておられるとか」
 馬鹿丁寧な口調は張遼に限ったことではないが、張遼のそれからは尋問されているような圧迫感を感じる。
 張遼がを尋問するいわれはなく、また問い掛けもまったく馬鹿馬鹿しいものだったので、は依然としてきょとんとしたまま張遼を見上げていた。
「……何それ、何で? 魏にまでそんな与太話がいっちゃってるの?」
 うわぁ、とは大袈裟に嘆いて見せた。
 噂の出自は大方甘寧に違いない。食堂や帰り道などで、所構わずぺらぺらしゃべり倒したのだろう。
「勘弁して、そういうのは全っ然ありませんから」
 張遼の目が、未だ疑い深くを見つめる。ここで逸らしてはいかんと、も気を張って張遼を見つめ返した。
「……なるほど」
 目を逸らしたのは張遼が先だった。
 は、こっそり安堵の溜息を漏らした。人の目を覗き込むなんて、普段はそうそうすることではない。
 それに、張遼はを逃がすまいとでも思っているのか、脚立の枠に手をかけて、の体に覆い被さるようにしている。
 体格のいい張遼に間近に見下ろされると、それだけで心の何処かが萎縮していくような気になる。
「では」
 安堵した分、再度の襲撃は強烈だった。
 間近に迫る目は涼やかで、涼やかというよりは冷たくて、そして何の色もなかった。
「あの男と、寝たと言うのは」
 答えられなかった。
 無理をしてでも答えなければ、罵倒でもいい、何故答えなくてはならないのか問い詰めるのでも良かったのだ。
 けれど、声が出せなかった。
 喉が震えて、声帯は引き攣ったように痙攣をしていて、張遼の目を見返すのが精一杯だった。
「…………なるほど」
 ずいぶん長い間を空けて、しかし最初の問いに対する答えへの返事とまったく同じように呟いた張遼は、との間にあったわずかな隙間を躊躇いもなく埋めた。

 声のない攻防を繰り返している。
 結果は、の惨敗だった。
 流行にそぐわない長めのスカートは引き摺り下ろされ、キャスターの下敷きになっている。
 白いブラウスはボタンが飛んでしまって、大きく開いた襟元から、薄いベージュのキャミソールとブラがちらちらと見え隠れしていた。
 それでも、は伸ばされる張遼の腕を必死に弾いていた。
 腕力で叶うわけがない。張遼の腕は拒んでも、むしろそれが当たり前のように再度伸びてきてはの肌を嬲る。
 半泣きで、必死になって張遼の手から逃れようともがくを、いったい張遼がどう思っているのか分からなかった。
 ブラウスを剥ぎ取ろうとしていた手が急に落ち、の足、その表面を覆っていたストッキングに伸びる。もうずたぼろになっていて、意味をなさなくなったそれを、張遼は力づくで引っ張り上げ、の目の前で盛大に裂いた。
 片足が、足首から腿まで完全に露出した。
 その色違いの自分の足を見た瞬間、の中から抵抗の意志が根こそぎ消え去った。
 抜け出そうともがいていた脚立に、とすんと力なく腰を下ろした。
 張遼は、もう片側のストッキングも切り裂いてしまうと、の足の間に顔を寄せた。
「……っ、やっ……」
 そんなところを舐められるのは初めてで、は見知らぬ感覚にただひたすら恐怖した。
 甘寧の時はたまたま濡れていたが、自分は不感症なのだ、こんな強姦めいたことをされて濡れるわけがない。
 だから、張遼もすぐ正気に戻るかするはずだと思った。
 だが、張遼の舌が奥に差し込まれてすぐ、濡れた音がぴちゃりと鳴り響いた。
 舌先で舐め取るようにえぐられて、の顔は羞恥と屈辱に染まる。
 心の中では嫌だ嫌だと悲鳴を上げているはずなのに、鳥肌が立つほどの快楽が張遼からもたらされる。
「……や、ぁ……ぁ……ぅ……」
 小さな声が上がるのが、情けなくて死にたくなってくる。
 拳を握って口元に押し当て、声を殺していると張遼が立ち上がった。ベルトを外し、すとんとスラックスを落とす。
 次いで現れた昂ぶりは、既に首を持ち上げていた。
 間抜けな姿のはずが、却って生々しく感じられて、はこれから起こることを否応なしに覚らされた。
 張遼の腕がのショーツにかかる。
 脱がされる、と思った瞬間、抵抗する気力のなかったはずのの手は、ショーツの端をがっしりと握りこんでいた。
 張遼の顔に、初めて微かな笑みが浮かんだ。
「……このままが、よろしいか」
 何を言わんとしたのか分からず、が張遼に怯えた目を向ける。
 張遼はのショーツのクロッチを指でずらし、濡れた秘部を晒した。
「あっ!」
 ようやく張遼の意図を察したが、指を伸ばして隠そうとする。だが、挿入直前の張遼の昂ぶりに触れることとなり、びくんと震えて手を引っ込めた。
 張遼の微笑みは深くなる。
「貴女が挿れて下さっても、私は構わぬが」
 は首を大きく振る。
「……ならば」
 言うなり、張遼の昂ぶりはの内へと沈む。
 絶大な圧迫に、の喉から細く甲高い悲鳴が迸った。
 押し留めようとしているのか、それとも藁にもすがる思いでいるのか、は張遼の腕にしがみ付いてきた。
 空いた手での髪を撫で、自分の胸元に抱きこめる。
 深く貫かれて、は背を弓形に反らす。涙が散った。
 張遼の律動に合わせ、キャスターがきゅるきゅると忙しない音を立て、の中に微妙な振動を刻む。
 互いに責められ、果てはすぐにやって来た。
「……奴は」
 張遼が突然口を開いた。
「奴は、中に?」
 短い言葉だったが、何故か瞬時に覚った。
 首を横に振り、否定の意を表すが、張遼はどう受け止めたのか、薄く笑って突然動きを荒々しいものに変じさせた。
「あっ、あっ、あっ、い、や、だめぇぇぇっ!!」
 突っぱねようとした腕は張遼のワイシャツの上をすべり、まるで張遼に縋っているかのような形を
とった。
 すかさず張遼の腕がの背を抱き締め、大きく抉るように腰を突き出した。
 の中に、何か熱いものが注ぎ込まれるのが知覚される。
「……うっ、ぅぐ、……うぅっ……」
 ショックから嗚咽を漏らすを張遼は優しく抱き締め、その身をくるりと反した。
 虚を突かれたが、股間から滲み出す生暖かい粘液の感触に鳥肌を立てる。
 そこに熱く昂ぶったものが押し当てられ、再びを侵食した。
「い……いやぁっ、もう嫌!」
 立ったまま後ろから突き上げられ、は悲鳴をあげた。
 張遼はの泣き声にも動じず、腰の動きに強弱を混ぜ込み、を翻弄する。
 突然動きが止まり、張遼はの腰に自分の物を密着させながら囁き掛ける。
「……帰っておいでなされ」
 ちろりと舌で耳を嬲りながら、わずかに腰を揺らされる。焦らすような動きに、の体がふるふると震えた。
「魏に、帰っておいでなされ。魏に、私の元に……」
 が首を振ろうと肩に力を篭めると、途端に大きく揺すぶられ、脚立にしがみ付いて堪える。腰を突き出す形になり、捻った腰の線が猥らに蠢いた。
「私が欲しいとみえる……嬉しく思いますぞ」
 否定する間もなく、張遼が力を篭めての腰を打ち据える。
 あまりの激しさに、はにじる様に脚立を登る。それを張遼が追いかけ、打ち込み、揺さぶる。
 力が抜けて足を踏み外すと、勢いよく貫かれてしまい悲鳴が上がった。
「うくっ……」
 同時に、張遼がの中で果てる。
 熱い迸りに穢されるような気がして、は声もなく泣きじゃくった。

 しばらくを抱き締めていた張遼だったが、名残惜しげに身を離した。
 はずるずると脚立から滑り落ち、床にへたり込んで泣き続ける。
 張遼が、何か声をかけようとしたその時だった。
 突然ドアノブががちゃがちゃと耳障りな音を立てた。
 内から鍵が掛けられており、それを分かっていながら執拗にドアを開けようとしている。
 まさか、との顔が青褪めた。
「……?」
 図々しくもを呼び捨てにしているのは、君主の孫堅と常務の孫策以外では甘寧ぐらいのものだ。
「おーい、、いねぇのか?」
 おっかしーな、等と独り言を言っているのが聞こえた。
 そして、またしつこくドアノブが回される。
 立ち上がろうとするの肩を、張遼の腕が押さえ込んだ。
「良いのですかな」
 はっと我に返った。ボタンの飛んだブラウス、精液でべたべたになった腿、何より、濡れて汚れてしまったショーツ。
 甘寧の前になど、出られるわけがない。
 ぐらりと眩暈がを襲い、倒れ掛かるの体を張遼は抱き留めた。
「帰っておいでなされ。私の元に。……大切にいたします」
 貴女は、元より我等魏の物だ。
 言い切られて、甘寧の声を遠くに聞きながら、は熱い涙を一筋零した。


  

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