甘寧に会いに行こう。
そう決めて、しかしではどうしようという段階になっては困惑した。
甘寧のアドレスや電話番号を登録させていた携帯は水に沈めて駄目にしてしまった。新しい携帯に切り替えはしていたが、データの修復は叶わなかったのだ。
短縮ダイアルを使用していた悲しさで、指も甘寧の番号を覚えてはいない。
どうしようかと考え、やはり家に行くしかないと決意した。
以前自分が閉じこもっていた時、甘寧が毎日通ってきてくれていた。ならば、自分に出来ないことはない。今は会社で働いているだろうから、夕方から甘寧の家の前で待つことにした。
どのみち、今の職場にの居場所はない。
自業自得だったが、暗闇に包み込まれるような心許なさと孤独を感じた。
会社から出てしばらくのところで、小さなクラクション音がを呼び止めた。
張遼だった。
心臓が大きく一つ脈打ち、鋭い痛みを伝えてきた。
「どちらへ」
運転席のウィンドウを開け、歩道のに向け軽く身を乗り出してくる。
張遼には胸の内をすべて伝えた。
迷っていること、決められないでいること、そしてそれでも捨てられるのが怖いと思う卑怯さ、捨てて恨まれたくないと思う狡猾さもすべて話した。
張遼は無言のままの言葉を聞いていた。
ただ、最後に張遼はの目をじっと見詰め、を妻にと望んだ気持ちに偽りはなく、また今も変わっていないとのみ告げた。
『卑怯狡猾も私が貴女を愛おしいと思う理由に他ならない』
何があろうと心は揺るがないと、現に今も揺るがなかったと張遼ははっきりとした口調で言い切った。
親が子供を躾けるような、理解させようとする真摯な言葉だった。
張遼の言葉に嘘はないと、は改めて感じた。この強さに惹かれてしまったのかもしれない。
出した婚姻届けを撤回するつもりがないとも言われた。
は落胆と共にほっと安堵している自分も感じて、激しく落ち込んだ。
こんなに卑怯な自分を、何故張遼のような男が望んでくれるのかわからない。
の疑問に、張遼はわずかに微笑んでみせた。
『貴女がそうだから、私は貴女を想わずにはおられないのだ』
謎掛けのような言葉には戸惑った。
張遼はそれ以上言い募ろうとはせず、もう休んだ方がいいと言い残して去っていった。
それが昨夜のことである。
「……家へ、一度帰ります」
一ヶ月以上放置していたから、だいぶ汚れてしまっているだろう。入居条件にも反しているし、下手すると契約が危うい。
送ろうという張遼の申し出を断って、は歩き出した。
が、背後から突然張遼が呼びかけてきて、は足を止め振り返る。
「何があろうと、貴女は我が妻。それだけは、ご承知いただきたい」
甘寧に会いに行こうとしているのを見透かされたようで、思わず身が固くなる。
張遼はそれきりウィンドウを閉めてしまい、車は遠く走り去っていった。
夕刻にはだいぶ早かったが、家の掃除も一通り済ませてしまったは、甘寧の家を訪れていた。
まだ帰っているはずがないと思っていたのだが、アパートの前に甘寧のバイクが止めてあるのを見つけた。通勤にも使っているバイクだったので、これがあるということは家に居るのかも知れない。
思いがけずすぐにも会えそうだとわかり、はうろたえた。
だが、会ってもらえるかもわからない。出掛けているかもしれないし、と考え、自分は甘寧に会いたいと思っているのか、それとも会いたくないと思っているのかわからなくなった。
もつれる足を引き摺るようにしてアパートの階段を上る。
かん、という安っぽい金属の音が心許なさを倍増させた。
甘寧の部屋のドアの前に立つと、外に設置された電気のメーターがくるくると回っている。
居るのだ。
心臓が落ち着かなく跳ね上がり、は生唾を飲んだ。
震える指を伸ばし、小さな呼び出しブザーを押す。
配線が剥き出しになった安っぽい作りではあったが、の期待に反して忠実に己の役目を遂行した。
大きな音に身がすくむ。
程なくして中から足音が聞こえてきて、ドアがきしんだ音を立てた。
扉の隙間から、不機嫌そうな甘寧の顔が現れた。
行方不明だったの顔を見ても、何ら動じもしない。
の方がうろたえるばかりで、かけるべき言葉を見出せなかった。
「何しに来たんだよ」
声は表情と同じく不機嫌そうではあったが、迸るような怒りもなく、悲しみもなく、を戸惑わせた。
「……あの……」
何をどう言ったらいいのだろう。
口篭るに、甘寧の不機嫌は加速していくかのようだった。
「何だよ、早く言えよ」
それとも、と甘寧の口元が下卑た笑みに歪んだ。
「俺に犯されたくて思わず来ちまった、とか?」
侮蔑に、の顔が怒りに歪む。怒る権利などないと思い、唇を噛んで堪えるが、やはり込み上げる悔しさは抑えようもない。
甘寧の手がの手を掴む。
はっとした。
隠れて見えていなかった甘寧の手に、白い包帯が巻かれていた。
血の気が引いて足元が覚束なくなる。
の体は、風に落ち葉が吹き飛ばされるように容易く甘寧の腕の中に落ちた。
唇が塞がれ、熱く滑る舌が口内を滅茶苦茶に掻き回してくる。泡立つ唾液がぞっとするような感触を与えてきた。
こんなことをしに来たのではないと言う気持ちと、当然だと肯定する気持ちが綯い交ぜになってを責める。
「か、んね……!」
ドアから細く切り取られた廊下が見える。
足元にうずくまり、素早くの下着を引き摺り下ろした甘寧は、躊躇いもなくの秘部に舌を這わせた。
立ったまま責め苦に耐えることを強要され、声を上げることもできない。
その気はないはずなのに、甘寧の舌がもたらすのではない湿り気を感じた。
甘寧の肩に担ぎ上げられ、小汚いベッドに運ばれる。
ドアはまだ開いたままだ。
1Kの狭いアパートの間取りでは、薄い壁を通して外の音が良く聞こえてくる。
小学生のふざけて笑いあう声、車のエンジン音がの耳に届く。
「やめて……甘寧、お願い……」
甘寧は、ただ笑みを浮べての膣の中に指を突き入れた。
ぐちゅぐちゅと濡れた音が響き、の腿をも汚していく。
濡れた指を目の前に見せ付けられ、は羞恥して顔を背けた。
「別れに来たんだろ?」
甘寧の言葉に、は息を飲む。
「そうなんだろ? いいぜ、別れてやっても」
の目が驚愕に見開かれる。
甘寧は一瞬寂しげな笑みを浮かべ、振り払うように口の端を歪ませた。
「その代わり、俺を満足させてみな。俺が打ち止めになるくらい、滅茶苦茶喘いで腰振ってみせろよ。そしたら、おとなしく別れてやるからよ」
別れようと思ってきたのではない。
だが、甘寧が別れを切り出してくるのであれば、にそれを拒否することはできない。とっくに棄てられてもおかしくないことをしてきた。甘寧がどれだけ傷ついたかを考えれば、に拒絶などできるわけもない。
それでも、別れたくないという惜別の思いが胸をいっぱいにした。
「まだ濡れるか。マジで、小便垂らしてるみてぇにぐちょぐちょになるよな、お前の……」
甘寧はのブラウスのボタンを引き千切った。ブラを上にずらすと、歪みたわんだ乳房がふるりと揺れた。
何か思いついたように甘寧はから一旦離れ、赤いビニール紐を手に戻ってきた。
の胸の辺りに紐を回すと、きつく縛り上げる。腕は後ろに回されて、手首までぐるぐる巻きにされてしまった。
適当に縛られて、細い紐が食い込んでくる。
「甘寧……」
「興覇って言えよ。今日は失神しても、許さねぇからな」
を自分の顔の上に座らせるようにすると、甘寧はの秘部に舌を這わせた。
細く小さな嬌声が上がる。声は甘寧の舌の動きとぴったりとそぐっていた。
体が震え、細かく痙攣している。
悦がの理性を曇らせ、次第に声は高くなっていった。
の目に甘寧の下腹部が映る。厚い布地を押し上げる昂ぶりが在るのがわかった。首を伸ばし、ジーンズの上から昂ぶりを食む。歯をたてると、更に強い愛撫を強請って首を振っているのが知れる。
「欲しいのか」
呼びかけられ振り返ると、いつの間にか甘寧は愛撫を止め、の様子をじっと伺っていた。
「…………」
口を開きかけ、また閉じて、は逡巡していた。
こくり、と小さく頷くと、甘寧の前に座り込んで足を広げる。
しとどに濡れた秘部は、尻までも濡らしているような有様だった。薄紅の濡れた肉がひくついて、
誘っているかのようだ。
甘寧は、枕の下に置いてあった器具を取り出した。
それはかつてが甘寧の目の前で落としてしまった、あのバイブだった。
ゴムを被せると、の秘部に沈める。
押し込まれる感覚に震えるに、甘寧は己の昂ぶりを取り出し押し付けた。
は、口を開きおとなしく甘寧のものを咥える。
バイブにスイッチが入り、刺激に堪えられずに昂ぶりを吐き出しただったが、また自分から口に含み強く吸い上げる。
乳房の尖端が固くしこっているのを指で弾くと、は面白いように反応した。
必死になって甘寧のものを咥えるは、甘寧を押し倒して股間に顔を埋める。上気した頬に潤んだ目が甘寧を誘い、朱の唇に赤黒いものが飲まれていく様は卑猥に過ぎた。
甘寧が達し、放ってもまだは甘寧のものを離そうとはしない。飢えた子猫がミルクを舐めるように、飛び散った精を嘗め回している。
貪欲な性の持ち主なのだ。
改めて知らしめられて、甘寧は苦く笑った。
の中から蠢く器具を取り出し、代わりに己のものを押し当てる。
「下さいって言いな。中に下さいって。ぶちまけて下さい、お願いしますってな」
の目が、甘寧を見上げる。押し込めた先端を、熱く滑る汁気が濡らしていった。
「…………下さい……中に、ぶちまけて…………」
小さいがはっきりとした声に、甘寧は眉を顰めた。
それとわかるほど濡れる先端を、勢い良く沈める。
「ああぁっ!」
の声には、最早恥もてらいもない。甘寧は手近にあるタオルをの口の中に突っ込んだ。
びしゃびしゃと音をたててぶつかる腰と、くぐもって半ばかき消された嬌声が甘寧を煽る立てる。
「こんなセックスでこんなになるのかよ……」
額から汗が玉となって落ちる。
甘寧の呟きは、の耳には届いていない。激しく突きこまれて、深い快楽に翻弄されている。
「畜生、あいつの言う通りなのかよ…………お前……」
甘寧の顎が上がる。に埋め込まれたまま弾けた亀頭は、の膣を激しく擦り上げながら射精を繰り返した。
の体がびくびくと跳ね、達した甘寧のものにしつこくまとわりついていた。無理矢理に近い感覚で再度勃ちあがるものを、甘寧は抉りこむように挿入させた。
「ぅぐ、ふぁぁぁっ!」
悲鳴と涙が甘寧を打つ。ただ腰を振っているだけの単調な動きも、の締め上げに微細な変化を生ずる。
「畜生、畜生、……!」
苦悩し、もがき足掻く甘寧は、の体を遮二無二抱きこんで二度目の果てを見た。
体の中は熱く火照っていたが、冷たい風は皮膚の表面からどんどん熱を奪い去っていく。
事が終り、甘寧にすげなく『帰れ』と追い出され、は帰路を辿っていた。
終電には間に合うだろうが、体から汗の匂いと甘寧の体臭が立ちこめ、膣に注ぎ込まれた精液が少しずつこぼれだしてくるのを感じていた。
満員電車のラッシュとは言え、今は他人と触れ合いたくなかった。
しばらく歩いて、適当なところでタクシーを使おうと歩いていると、小さなクラクション音がを呼び止めた。
張遼だった。
「どちらへ」
昼間とまったく同じ言葉に、の唇が苦笑を浮べる。
「……家に、帰ろうと思って」
張遼は車を降りてくると、の肩に薄手のコートをかけた。
「では、帰るとしよう」
の肩を抱き、助手席に誘う張遼に、は苦笑を滲ませながら問い掛ける。
「どこへ?」
男の、甘寧の匂いに気付いているはずだ。何故知らぬ振りをするのか。
それとも、どうでもいいことなのだろうか。
「貴女の望むところへ」
張遼の答えに、は視線を虚ろに彷徨わせた。
どこに行きたいと望んでいるのだろう。
甘寧には見放された。
後は、張遼とどうするか決めるだけで良くなった。
それはの目に見えない鎖を解き放つのと同義であり、かつ不安にさせる身軽さだった。
「今」
の口から意図しない言葉が飛び出した。
「私を抱けますか」
張遼とは視線も合わせず、は問い掛けた。
だが張遼は戸惑いもなく即答した。
「抱いて良いのなら、今すぐここででも」
ここで。
は辺りを見回す。
住宅街を走る少し大きめの道路の左右には、幾つものマンションが立ち並んでいる。人気は少ないものの、皆無と言うわけではない。タクシーも通るし、帰宅の遅かったサラリーマンやOL、犬の散歩をさせている中年女性が時折通りかかるのが目に入った。
くす、と小さく笑うの目から、涙が零れた。
張遼は無言でを抱き寄せた。
「あなたの家に、行ってもいいですか」
「貴女が望むなら、喜んで」
は今来た道の方を振り返った。
暗い道は闇に閉ざされ、もう帰る道などないのだと示しているかのようだった。
当然、そこに甘寧の姿はなかった。
終わった、とは感じた。
振り払うように前を向くと、張遼の車に乗り込む。
バタン、と扉を閉めた瞬間、甘寧との縁もまた断ち切れたような気がした。
続