何時まで続くのだろう、と呟く。
何時までも、永遠にだ、と返る。
組み敷かれ、喘いで、頭の中が真っ白に染まっていく。
このまま死んでしまいたいと、何度も希った。
「何、考えてる?」
甘寧はを見下ろして問い掛ける。
まだ始まったばかりの愛撫は、の体を熱くしてはいたが、その意識を奪うほどに昂ぶらせてはいないはずだ。
にも関わらず、はぼんやりと中空を見詰めていた。
「……何年になるかな?」
の結婚式の当日、甘寧との仲が再開した。
一年置いたにも関わらず、甘寧は当たり前のようにを蹂躙したし、もまた甘寧の蹂躙を受け入れていた。付き合っていた頃の無邪気な悪ふざけはなかったが、二人でするセックスだけはいつまでも変わりなかった。
「……5、6年じゃねぇのか」
知らねぇ、と続けて、甘寧はの胸乳に顔を埋めた。
「興覇、経理部の女の子と最近付き合ってるって?」
甘寧の目が鋭く吊り上がる。
「それが、どうしたって」
焼餅か、とせせら笑うのを笑って見上げる。
の笑みは、逆に甘寧から笑みを奪った。
「……何だよ」
「別れよっか」
渇いた音がして、の頬に痛みが走る。
「ふざけんなよ」
喉輪を締め上げられ、の喉がきしりと鳴った。
目を細め、甘寧を見上げる。異様なほど静かに、は甘寧の殺意を受け止めた。
甘寧の手から力が抜ける。
「殺さないの?」
淡々としては問うた。
甘寧はおもむろにの秘部に指を伸ばし、かき回した。ぐちゅぐちゅと濡れた音が響く。がのけぞり嬌声を上げるのを、甘寧は小馬鹿にしたように見下ろした。
「殺されかけて、こんな濡れちまうような女、誰が」
甘寧はの秘部に向き直ると、舌で直接愛撫を加える。
の口元に甘寧の肉が押し付けられ、は舌を伸ばして受け入れた。
生臭い、けれどどうしようもなく惹きつけられる雄の匂いだった。
甘寧だったら、どんな女も体を許してくれるのではないだろうか。若い、魅力的な女が引きも切らないに違いない。
捨ててくれればいいのに、とはぼんやりと考えていた。
が幼い頃、両親は離婚した。
母親に連れられたは、すぐに新しい父親に引き合わせられ、何のことかわからぬままには新しい父親を受け入れた。
その父親に、性的な悪戯を受けた。
それが、の異常性情の原因だという。
催眠療法で得た事実に、だがは通常とは違う反応を見せた。
前もって得ていた知識が、を憤りという激情に向かうのを引き止めたのかもしれない。
誤った催眠療法は、偽の記憶を植えつける。
は、張遼に閉じ込められていた頃、少し精神に異常を来たしたことがある。
その時知った。人は、簡単に壊れてしまうものだ。人の記憶は、虚ろで揺らぎやすい。水の中で溶いた絵の具のように、煙のように揺らめき散っていく。
当の父親が既に居ないこともあり、の動揺は少なかった。
理由を知っても(あるいは作っても)、空しいものだな、と思った程度だった。
その足で甘寧を呼び出し、人気のない深夜の街角で交わった。
甘寧は何も言わずにの求めに応じた。
破滅が恐ろしくないのだろうか。
甘寧も出世して、今は部下を抱えて営業に走り回っている立場だ。人妻と野外でセックスしているのがばれたら、少なくとも何がしかの悪影響はあるだろう。
それでも、甘寧は自分を抱くだろうか。
抱かずに、何を考えてるんだ、と悪態を吐き、これきりになるかもしれない。
暗い喜びに促されて試した結果は、完全に期待を裏切るものだった。
甘寧は、当然のようにを抱いた。
ゴムも使わず、恨みがましく見上げたに急に呼び出すから悪いんだといって笑いかけた。
これは、この関係は、おかしい。
はようやく気付いた。
「何、考えてんだ」
甘寧の声が焦れている。
の目が薄く開き、焦点の合わない目を甘寧に向けた。
「別れよ」
ぎり、と甘寧の歯が鳴る。噛み締めた白い犬歯が、捲り上がった唇からよく見えた。
「……何で、だよ、あの女とは一回きりだ、それっきりだ!」
続けたらいい。
一回限りなんて言わず、この先ずっと続けてやればいい。彼女では満足できないと言うなら、違うひとを見つけて、それでも駄目ならまた違うひとを。
「じゃあ、お前ぇがいい。別れろよ。俺と籍入れろ」
「……それじゃ、意味ないでしょ」
自分から解放してやりたい。の願いは、それだけだ。自分には張遼がいる。張遼だけで十分だ。
「うるせぇ、黙って啼いてろ」
甘寧は乱雑にの足を肩に引き上げ、昂ぶりを突きこんだ。
がくがくと揺すぶられ、は悲鳴じみた嬌声を途切れ途切れに上げる。
「あっ、……ね、興……覇……別、れよ……っ……!」
黙ろうとしないに、甘寧はシーツの端を引き剥がし、の口に詰め込む。
口を塞いだにも関わらず、今度はいつもならば固く閉じて快楽を感受している目が、甘寧をひたと捕らえて離れない。
「……っ、何なんだよ!」
甘寧はから昂ぶりを引き抜き、尻餅を着いた。
息を荒く弾ませ、子供が駄々を捏ねるようにの足首を掴んで揺すぶった。
「何なんだよ、何でんなこと言う! 俺じゃ、満足できなくなったってのかよ!」
「だって、5年だよ!」
もキレたように喚き返した。
「5年だよ、5年も経つんだよ! その間私、ずっと文遠裏切って、興覇縛り付けて、もう、もうヤダ、嫌なのっ!」
体を丸めて泣き伏すを、甘寧は苦い顔つきで見下ろした。
「……お前と別れたら、俺、楽になれんのかよ。どこにんな保障があんだよ。お前、俺がどうしたいかホントにわかってんのかよ。なぁ、わかってんのかよ」
甘寧はを引き摺り起こすと、改めて組み敷いた。
眦から落ちる涙を吸い取り、獣がするように舌で丹念に拭う。
それが済むと、の秘部に己の肉を押し当て、奥へと押し込んだ。
ごり、とした感触にの眉間に皺が寄る。反り返ったカリ首の段差が膣壁を激しく擦り上げてくる。
水が溢れ返るような錯覚を覚える。
その錯覚に溺れる。
わけがわからなくなっていく。
酸素が足りなくなって、意識が朦朧としていく。
駄目、と言って縋った先に、甘寧が居た。
しがみついてきた体を、甘寧はしっかりと抱き留めた。
指先が皮膚に食い込むほど、強く、きつく抱き留めた。
「いつまで、続くの……?」
達した後の気だるい空気の中、不意にが口を開いた。
「俺が、飽きるまで」
笑って返した甘寧の笑みが苦しそうに見えた。
苦しいなら、どうして続けようとするのだろう。
甘寧が手を伸ばし、の顔を両手で包み込んだ。
「……ちゃんと、俺見ろよ、なぁ。ちゃんと俺を見ろ。そしたら、俺がホントはどうしたいのかなんて、すぐわかるじゃねぇか。なぁ……」
どう、したいんだろう。
言われて、は甘寧の目を覗き込んだ。
少し涙目になって潤んだ眼に、が映っている。
熱の篭った目だ。
直向で、真っ直ぐな目だ。
勘違いしそうになる。
自分こそが求められていると、勘違いしそうになる。
「何で……私……?」
甘寧が口付けてくる。
目を瞑る寸前、甘寧の歓喜に満ちた顔が映った。
何で、私なの。
不倫の関係だ。何の生産性もない、世間からは後ろ指差されるしかない関係だ。
「いいの?」
足を広げられている。されるとわかって、しかしは抵抗できなかった。
「いいの? 本当に、興覇はこれでいいの?」
「ヤだったら、やってねぇよ馬鹿」
甘寧はの足の間に割り入ると、そのままの体を巻き閉めるように抱きしめてきた。
「お前ぇは?」
不意に甘寧が問い掛けてくる。
目を開けると、悪戯っぽい甘寧の笑みがあった。
「お前ぇは、どうしたい」
は、甘寧の目を見詰めた。
「どうしたいんだよ……言えよ」
自然に指が伸びた。
言えずにいた言葉、言わずにいた言葉が、もう留められなくなった。
「……ずっと……いつまでも、興覇を縛り付けてたい」
涙が零れた。許されていい言葉ではないと思う。けれど、留められなかった。罪悪感に、胸が痛んだ。
キスされて、突然引き起こされる。
騎上位を取らされて、貫かれて揺さぶられる。声が漏れた。
「ずっと、てな、いつまで、だよ?」
腰を跳ね上げて切れ切れに囁く甘寧に、留めるものもなくなったもまた、腰を揺らめかせて応じる。
「……あ、ずっと、……ずっと、永遠……!」
「じゃ、死ぬまでだな」
が首を振って否定する。髪が揺れて、散った。
「……ん、死ん、でも、ずっと……あっあ、ね、ずっと……!」
欲深い言葉に、甘寧は思わず笑った。
「あぁ、んじゃあ死んでも、ずっと、な」
このまま、死んでしまいたい。
終
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