腹の中に滾るものがある。
 大きく足を開かされ、鋭く穿たれる膣はもう熱しか伝えていない。
 けれど、その熱こそが快楽に思えて、は張遼の背に爪を立てて更なる熱を強請った。
 もっともっと、と叫ぶを張遼がどう見ているのかわからない。
 呆れてしまうなら、それでも構わない。
 むしろその方が張遼の為になるような気がした。
 体のことを厭わないなら、は底なしに貪欲になれた。
 会社のこと、同僚のこと、自分の面子、プライド、それらをすべてかなぐり捨てれば、に残されるのは陵辱に打ち震える獣の素質だけだった。
 自分はこういうことが好きなのだ、と素直に認めてしまえば、後はひたすら快楽を求めるだけで良かった。
 甘寧を選んだのは、より若く体力があるから、それだけの気がしていた。
「はぅっ!」
 抉られる角度が突然変わった。
 悲鳴のような声は、悲鳴ではなく単に衝撃に耐えるだけの為のものだ。
 それが証拠に腹の奥底からじんと痺れるような悦を感じる。
「……事の最中に、考え事など」
 責めるような口調にまで、悦を感じる。身の内に潜む他者の熱を、ぐいぐいと引き絞る膣壁を意識した。
 硬く、太い肉だ。
 の中をかき乱し、淫らな潤いを呼ぶ肉だ。
 動かせないようにしっかりと咥え込んでいるつもりなのに、張遼は容易くそれらを引き剥がし、を追い詰める。
「疲れ、ないんですか」
 締め切った寝室は、から時間の感覚どころか昼夜の区別さえも奪っていた。
 何度か失神して、けれど目を覚ませば当たり前のように張遼が圧し掛かってくる。
 汗を吸い込んだシーツはじっとりと濡れていて、部屋の空気を濃密なものに変えていた。
「何故」
 張遼の返事は単純明快だった。
「貴女を貪っているというのに」
 の膝を抱え上げると、動きやすい位置に運ぶ。
「貴女は、『食事』の時に疲れる口か」
 この『行為』は『食事』である、と張遼は言い切った。
 食べられている、と思うと、の腰が引き連れるように動いた。
 苦痛の為ではなく、快楽の為だった。張遼の言葉に煽られ、新たな潤いが張遼の肉を包んだ。
 セックスの時、男のものを美味しいと表現する女がいるらしい。
 くだらないAVの典型的セリフだと思っていたが、こうして張遼に貪られ、また張遼を貪っていると、その言葉があながち嘘ではないように思えてきた。
 性欲と食欲は良く似ているのかもしれない。
 この行為も、そう言えば『食事』と似ているような気がする。
 唾液の代わりに愛液を垂れ流し、男の肉を柔らかな内側に引き込み、咀嚼するように蠕動する膣壁。
 カマキリの雌は、行為の後に雄のカマキリを食べてしまうと言う。卵を産み子を生す為の栄養にするのだというが、それでは何かが不合理な気がした。あくまであれは性交の枠内なのだと感じている。
 性交と食事には、あまり差はないのかもしれない。少なくとも、にとっては。
「また」
 揺さぶりながら、張遼はを思考の海から引き摺り上げる。
「何を、考えておられるのか」
 の唇が、アルカイックな曲線に引き結ばれる。
 艶美な表情に、張遼は目を奪われた。
 恐ろしく醜いもののはずなのに目を逸らせない、化け物に対する恐怖に似ていた。
「……くっ……」
 歯を噛み締め、戦慄く唇から小さな声が漏れた。
 の中にどくどくと注ぎこまれる熱いものに、の膣はびくびくと脈打ち震え、同時に心地よい快楽が湧き上がる。
「美味しい」
 の唇が再度艶笑を浮かべ、張遼の腰に白い足が絡みついた。
「美味しいですか?」
 張遼の目に深い欲の色を見出し、はうっとりと目を閉じた。

 シャワーを浴び、張遼のシャツを纏ってはトイレに入った。
 腰から下が異様に重く、だるかった。
 何度したかわからなくなるくらいしたのだから、こうなって当然だろう。
 男の方が重労働のはずなのに、の貪欲な要求に答え続けた張遼の方がむしろ心配だ。
 だが、張遼はが眠っている間にシャワーを済まし、がシャワーを浴びに寝室を出る時にはてきぱきとシーツを変えていた。
 世の女が張遼を放っておくのが信じられない。
 夜の生活をこれほど充実させられる、家事全般に通じていてもちろん仕事もできる。
 理想の夫ではないだろうか。
「夫、か」
 独り言を呟き、ペーパーを手に取る。
 そっと股間に押し当てると、それだけでぴりっとした痛みが走った。
 一度ペーパーを見てみると、微かに茶色く染まっている。奥の方で出血しているのかもしれない。
 ゴムもつけずにこんな激しいセックスをして、もし張遼が病気持ちだったら一発で感染している。
「如何なされた」
 が顔を上げると、張遼が立っていた。
 戸を全開にしていたのだから、何も驚くことはない。
 隠すことに意義を見出せなくなってしまっていた。風呂に入る時も戸など閉めない。
 は、便座の上にしゃがむように足を上げた。
「出血しちゃったみたいです」
 下着は着けていない。黒々とした繁みが、張遼に晒されている。
 張遼はトイレの中に体を滑り込ませ、の足の間に膝をついた。
「……ふ、あ……」
 生温い、濡れた滑らかな感触に吐息が漏れる。
 ひちゃひちゃという水音に、の爪先がぴんと伸びた。
 邪魔に思ったのか、張遼の手がの足を抱え上げ、肩に背負い上げる。
 より深く押し付けられる舌の感触に、は唇に指を押し当て耐える。
「……ん、ん……あっ、……」
 呆気なく果てた。

 張遼の作った食事を、張遼が食べさせる。
 ペットから子供に昇格したみたいだな、とは考えた。
 大した感慨はない。
 張遼にしてみれば、が食事を摂ろうとせず、ただひたすらセックスに興じようとするから仕方なくそうしているのかもしれない。
 常に張遼を感じていないと、おかしくなってしまいそうだった。
 シャワーを浴びている時でさえ、行為を反芻して自らを犯した。
 声を潜めることもなかったので、張遼には筒抜けだっただろう。
 軽蔑しただろうかと振り返るが、いつも通りの冷淡な顔があるだけで、の期待に沿うものではなかった。
 何か、と張遼が問うてきたので、は正直に抱いている疑問をぶつけた。
「……愛おしいとは思うが」
 自分を貪欲に求め、貪り、行為に没頭する様は、張遼にとっては喜び以外の何物でもないと言う。
 何も隠さず、愛欲に溺れる様は可愛らしいと思う。強請られれば何処までも要求に答えたくなるのは張遼自身の欲求であって、を軽蔑したり嫌悪したりというのはまったくない。
「……普通は、でも、嫌になると思います」
「では、私は普通ではないのだろう」
 言い切った張遼に、うずくものを感じる。
 またか。
 まだか。
 いつになったら満たされるのだろう、とは薄暗い笑みを浮かべる。
「して下さい。ここで、今すぐ」
 ローテーブルの上には、張遼の作った料理の皿が並んでいる。
 張遼は躊躇なく箸を置き、の足の間をまさぐった。
 指が潤いを感じると、すぐに張遼の昂ぶりがを貫いた。
「は、あぁっ……ずぶって、ずぶって言って……」
 肉の中に肉が埋まる音に、は背を反らして身悶える。張遼はが料理の皿をひっくり返さないよう、胸の膨らみを掴んで後ろに引き倒す。
 揺さぶるまでもなく、の内壁は張遼のものに纏わりついて震えている。
 柔肉を握り円を描くように揉みしだけば、の手が張遼の手を押さえるように重ねられた。
 小さく途切れ途切れな嬌声は、鼓膜を通して張遼の昂ぶりに熱を与えた。

 が何かに脅えるように張遼にしがみ付くのを、張遼はただ愛おしく喜びを持って迎えている。が気にするようなことなど何もない。の熱を感じるたびに、滾るのは張遼の方だった。
 抱いてくれと強請られるたびに愚息は馬鹿正直に反応を返し、犯してくれとせびられるたびに即座に射精したい欲求に駆られた。
 自分とはこの世に存在する半身同士なのだと信じられた。
 狂おしい熱を受け止めてくれるのはだけで、だからこそ落ちるように恋焦がれたのだと確信していた。
「離しませんぞ」
 息も絶え絶えなは、それでも張遼の言葉を確認しようと首を捻じ曲げて振り返る。
「もう、離さぬ。私の物だ。すべて、私のものだ」
 突き挿れれば、悲鳴が上がる。
 嫌がっているのではない。
 内側の肉は熱く爛れ、張遼に絡み付いてくる。
 一つに戻ろうとしているようだ。
 我々は離れ過ぎていた。
 一つに戻ることこそが自然だ。
 の身の内は蕩けていくばかりだった。溢れた愛液が、張遼のスラックスを濡らしていく。
 濡れた感触は、更に肌を密着させて熱を伝導した。
「……くだ、さいっ……」
 強請られる。
 幾らでも応えよう、と張遼は微笑んだ。

 達したまま、二人は余韻の熱に浸っていた。
 何処からか、微かに唸るような音がする。
 が張遼を振り返り、張遼は黙って首を振る。
 見渡すと、テーブルの脇に張遼の上着が落ちている。
 が手を伸ばすと、張遼のものが中を擦り上げた。小さく呻いて、それでも張遼の上着を手に取ると、音の元を探す。
 胸ポケットに仕舞われていた二つ折りの携帯が、音の正体だった。
 の手の中でおとなしくなった携帯は、すぐまた同じように唸り声を立てた。
 携帯のサブディスプレイには、『君主』と表示されていた。張遼の君主ということは、曹操専務だろう。
 振り返り、張遼に差し出すと、張遼は一瞬渋い顔をしてから携帯を受け取った。
 開いた途端、判別もつかない罵詈雑言と思しき怒鳴り声が響き渡った。
 張遼も眉を顰めている。耳を押さえている辺り、鼓膜が痺れて痛みを訴えているのかもしれない。
『聞いておるのか、文遠!』
「…………はい、聞いております」
 ようやく人並み(それでもに聞こえるくらい大きかったのだが)に落ち着いた曹操の声量に、張遼は受話器を耳に当て答える。
『貴様、この数日何をしていた。返答次第によってはただでは済まぬぞ!』
「女を抱いておりました」
 さらり、と何でもないように答える。
 中に埋め込まれたまま、縮み上がるどころか質量を増す張遼のものには声もなくのけぞった。
 沈黙していた曹操が、突然げらげらと笑い出した。
 張遼はただ黙っている。
『そうか、それは、さぞ良い女なのだろうな?』
「はい」
 張遼はの腰に手を当て、唐突に抉った。
「あんっ!」
 甲高い嬌声が漏れ、一瞬間が空いてからまた曹操の笑い声が響く。
 落ち着いたのか、曹操の声は聞こえなくなり、張遼が受け答えする静かな声のみが部屋の中に響く。
「…………では、明日」
 ピ、と短い電子音が鳴り、張遼は携帯を置いた。
「明日から、出社しなければならなくなった」
 ゆらゆらと腰を蠢かすに、張遼は不安げな眼差しを向けた。
「……一人で、居られるだろうか、貴女は」
 はしばらく黙っていた。
「……縛っていって下さい」
 自信がないと言っているのと同義だった。
 けれど、その言葉は張遼の元に留まりたいと願っている、という意味でもあった。
「縛られれば、貴女はここに留まられるのか」
「あなたが、私を逃さなければ」
「ならば、逃れられぬようにしてしまおう」
 私の妻に。
 張遼はにそう強請った。
 寡黙な張遼がの要求に応えることはあっても、に要求するのは珍しかった。しかも、求める内容は控えめかつ大胆なものだった。
 理想の夫。
 偶然考えていた言葉と対になる言葉が、仕向けたわけでもなく張遼の口からもたらされたことに、は奇妙な符合を感じた。
「私が、妻?」
 張遼は、の体を捻って向きを変えさせた。
 面と向かい合わせてから、こくりと頷く。
「あなたが、私の夫になる?」
 頷く。
「……結婚するということ、ですか……?」
 当たり前の話なのに、は確認せずにはおられなかった。
 結婚。張遼と。
 それならば確かに、これ以上はなく束縛される。対面的にも、法的にも、そして精神的にも。
「嫌とは言わせぬ」
 張遼の腰がスライドし、の中を熱く擦り上げる。がくがくと揺さぶられて、それでも漏れるのは快楽に溺れた嬌声だった。
「後悔も、させぬ……
 びくん、と体が跳ね上がった。心臓を鷲掴みにされたような衝撃があった。
 体の中にある錠が吹っ飛んだような、そんな衝撃だった。
「名前」
 が驚愕して張遼を見上げるのを、張遼も軽い驚きを以って見返した。
「名前、今、私の名前、呼びましたね」
「あぁ」
 張遼は、の様子に戸惑いながらも認める。確かに、名を呼んだ。
「初めて、呼ばれた気がします」
「そうだったろうか」
「そう思います」
 は何事か考え込むように、唇に指を這わせた。
 朱色の唇が微かに震え、きゅっと引き結ばれた。
 張遼は、何事かと黙って見詰める。
「……文遠」
 が囁く声に、自分を呼ぶ声に張遼は背筋に怒涛のように駆け上がる悦を感じた。
 悦はの中に埋め込まれた肉にも伝わり、の中を激しく擦り上げた。
 が身悶える。
 唇が、張遼の字を象る。

 足を掴み、激しく腰を突きこむ。
 ただそれだけの行為を、張遼は何かに取り憑かれたかのように繰り返した。
 突き込めば突き込んだだけ、が己を呼んだ。
 その声を聞くためだけに、張遼はを貫き、抉った。
……!」
 名というものにこれほど意味があることを、張遼は生まれて初めて悟った。
 狂気に近い喜びを知り、放出する熱は、これまでとは例えようもなく甘美だった。


  

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