触れ合う熱の心地よさに、うっとりする。
 他人の温度が気持ちよいことは知っていたが、夏侯淵の熱は取り分けの神経を蕩けさせた。
 体の相性がいいと言うことなのか、それともが夏侯淵に惚れ込んでいるからなのか、その辺りのことは判然としない。
 はっきり答えを出す程には、の経験は多くなかった。
「……するか?」
 唇が離れ、一呼吸置いてからの囁きに、はやはり一呼吸置いてから頷いた。
 今更『何を』と訊ねる程に、鈍くも小賢しくもない。
 夏侯淵の太い指が、器用にのパジャマのボタンを外していく。
 片手で、よくもまあひょいひょいと外せるものだと感心するが、夏侯淵は元々、見た目に反して酷く器用なのである。
 本当に器用だと実感したのがこのボタン外しだった訳で、だから事実を再確認したに過ぎない、と言ってもいい。
「まーた、何か余計なこと考えてっだろ」
 茶化しながら笑いながら、夏侯淵はのパジャマを割り広げた。
 ブラは着けていない。は、寝る時外す派だ。
「……上げ底だよなぁ」
 揶揄されて、はうっすらと目を開ける。
 夏侯淵がにやにや笑っているのが見えた。
「また、そんなこと言って」
 口を尖らせると、夏侯淵は笑いながら、啄むように口付けてくる。
 の胸はいわゆる鳩胸で、服の上から見るとかなりの巨乳に思われる。いいか悪いかはさておき、親父世代に可愛がられる理由の一つだ。
 とは言え、実際はそこそこというところだろう。大きくはないが、卑下されるまでには小さくもない。
 夏侯淵が両手を広げ、二つの膨らみを鷲掴みにする。
 鋭い痛みのような快楽が、電流のように神経を迸った。
 柔らかな肉が、夏侯淵の手で揉みしだかれる。
 強過ぎず弱過ぎない絶妙の力加減が、の体温を急激に上げていった。
 息が弾む。
 寄せられた夏侯淵の顔が、ざらついた髭の感触を押し付けてくる。
「俺は、このくらいが好きだけどな」
「……なら、良かった、です……けど」
 お決まりのやり取りを、お約束として交わす。
 夏侯淵は、飽くことなくの胸をいじり続けている。好きだという言葉を、自ら証明しようとしているかのようだ。
 明かりは消えておらず、夏侯淵の姿がよく見える。
 こんな風に互いの裸身をさらけ出して『する』ことも、別に初めてという訳ではない。
 欲情の衝動を別にすれば、会う度にそういう行為に進展するのも当然の成り行きの如くで、不思議と明るい暗いを気にしたことがなかった。
 その点も、夏侯淵との付き合いの中で疑問なことの一つだ。
 他の男との時は、も相手も場の明るさを必ず気にした。明るいのは嫌で、暗いのが当たり前だったのだ。
 どうであれ、見えるということは、重大な要素だったのである。
 それが、何故か夏侯淵相手にはまったく感じない。ふとした拍子に、ああ明るかった、暗かったと気付く程度である。
 夏侯淵はどう考えているのか知らないが、にしてみればこれはとても不可思議なことだった。
 そんな風に、夏侯淵は他の男達とあまりにも違い過ぎていて、時々は怖くなる。
 好きだという気持ちに嘘はないが、他とは違うと気付けば気付く程、失った時の喪失感を妄想して恐怖した。
 だから、こんな行為の最中でも、どこか醒めているのかもしれない。
「また、お前」
 先端を軽く捻られて、は小さく悲鳴を上げた。
 間近に夏侯淵の顔がある。
 受け入れて、唇を寄せる。
 すぐに舌の侵入があり、の口の中は夏侯淵の舌に蹂躙された。
 ことごとくを犯される感覚に、は身を震わせる。
 知らぬ間に下腹が前に動いていて、夏侯淵にすり寄っていた。
 唇が離れると、はその場にうずくまる。
 力が抜けて崩れ落ちた訳ではない。
 もたもたと夏侯淵のズボン下に手を伸ばすと、不器用に引きずり下ろす。
 脱がせるのに少々手間取ったが、それはあながちのせいばかりではない。
 夏侯淵の下のものは、既に隆々と首をもたげていた。それに引っ掛かっていたせいで、なかなか下ろせなかったのだ。
 下着は着けていなかった。
 何だかんだ言って、夏侯淵は最初から『その気』でいたものらしい。
 上目遣いにちらりと見遣ると、夏侯淵が照れた風を装う。
 が気付いたことを、が察するより早く覚っていたようだ。
 どう足掻いても手のひらの上で転がされるなと、の口端に自嘲が浮かぶ。
 夏侯淵のものに唇を寄せると、石鹸の匂いに混ざって生々しい肉の臭いが鼻を突いた。
 構わず飲み込むと、口の中で大きく震える。
「……上手くなったもんだなぁ」
 無邪気な感嘆の声に背中を押されるように、は舌を蠢かす。
 荒い息が歪んだ唇の隙間から漏れて、酷く聞き苦しい音が立った。
 恥ずかしくなる。
 と、夏侯淵の手がの頭を撫でた。
 優しい柔らかい撫で様に、犬が主人に褒められている光景が浮かぶ。
 夏侯淵の意図がどうであれ、の愛撫に報いての行為には違いなかろう。
 そぞろになる意識を無理矢理集中させて、は行為に没頭した。
 根から先端へ、先端から根へと舌を這わせていく。
 時折吸い付いたり、軽く歯を立てると、肉の幹が激しく脈打つ。
 それが楽しく、嬉しく、夢中になって繰り返す。
 舌先で鈴口を突き、ねじ込むように動かしてみたり、唇を尖らせて吸い上げる。
 それに飽きると、口の中に入るだけ思い切り飲み込んだ。
 吸い突くように頬をすぼめ、じゅるじゅると音を立てながら舌と咥内でしごく。
 夏侯淵が珍しく声を上げた。
 気を良くして、根元にある双玉の間を割って指を這わせ、その後を舌で追っていくようにすると、夏侯淵のストップが掛かる。
「……一人で楽しむなよ」
 夏侯淵はを軽々引き起こすと、再びの唇を犯す。
 先程とは比べものにならない荒々しい口付けに、の意識が飛び掛けた。
 足の間に、冷たいものが触れる。
「おー……」
 夏侯淵の指だった。
 悦に追い立てられた秘部は、既に愛液で溢れて内股まで濡らしている。
「凄いな」
 神妙な顔で呟いているが、にしてみたら凄いのは夏侯淵であり、夏侯淵の手管である。
 胸への愛撫とキスだけで、ここまでを乱せるのだからとんでもない。その方面には疎い方だと自認していただったから、尚更そう痛感していた。
「もう、いいよな」
「……大丈夫ですけど……」
 大丈夫だろうか、とも思う。
 体の問題ではない。
 大抵の場合、ここで携帯が鳴るのが定石なのだ。
 幾ら何でも『初夜』を中断されるのは、さすがに勘弁してもらいたいところである。
「大丈夫だろ」
 夏侯淵はを横抱きに抱え上げると、ベッドに向かう。
 新婚だというのに、セミダブルのベッドが二つ、ホテルのツインルームの如く並んでいるのがこの二人らしい。
 手前のベッドにを降ろすと、夏侯淵はその上に跨った。
「大丈夫、ですかね……?」
 が目を開けると、いつの間にかパジャマを脱ぎ捨てた夏侯淵の姿が映る。
「大丈夫だ」
 夏侯淵がの足を肩に乗せ、それでも、初めて自分も裸だということに気が付いた。
 熱く凝った肉の切っ先が、の秘裂に押し付けられたのを感じ、わずかに緊張して体に力が入る。
 間近の夏侯淵の顔が、にやりと歪んだ。
「携帯、惇兄の鞄の中に忘れてきちまったからな」
 が吹き出す。
 同時に、夏侯淵の肉がの内側にめり込んできた。
 ぐ、と喉が嫌な音を立てる。
 体の奥から、めりめりときしむ音が響いた。
「……痛むか?」
 は小さく首を振る。
 ピリピリとした痛みが走った。
「痛、いっていうより、は……く、苦しいって、感じ……か、なっ……?」
 苦しくて息を吐くのだが、とても深くは吐き出せない。
 浅く早い呼吸を繰り返し、けれど楽になる気気配も感じられないで、は眉根を寄せた。
「……ここで、止めとくか?」
「駄目っ!」
 困ったように夏侯淵が労りの言葉を掛けるも、は痛みも忘れて夏侯淵の腰を足で挟み込む。
 無茶な動きに、激痛が走った。
「あぁ、ほら見ろお前……」
 夏侯淵の指が、の眦に溜まった涙を掬う。
「……こんなとこで止めんの、ヤです。ちゃんと、最後までして下さい……だって」
――私、本当に部長のお嫁さんになったんだから。
 一人言めいたの囁きを、夏侯淵がどう受け止めたか分からない。
 ただ、夏侯淵は淡く苦笑すると、の額に軽くキスをした。
「そんじゃ、最後までいくぞ。痛かったら、ちゃんと言えよ」
 痛くても言うつもりはなかったが、はこっくり頷いた。
 侵攻が再開される。
「あ、あ……!」
 内側の柔らかい粘膜が、荒いヤスリで削り取られていくようだ。
 無理に大きく広げた股関節が、みしみしと音を立てて軋んでいる。
 男と女は結ばれるように出来ていると聞くが、この痛みと苦しみは、ならば何の為なのだろう。
 快楽とは程遠い痛覚が、早く過ぎ去ってくれることばかり考えている。
 夏侯淵が、すぐ傍に居るどころか繋がっていることさえ忘れてしまいそうだった。
 痛みを堪える為に目を閉じてしまって、もう開けられない。
 耳の中でわんわんと何かの残響が響いている。
 どん、と、小さいながら鈍い衝撃が腹に響く。
 同時に夏侯淵の動きが止まった。
 突然湧いた静けさに薄く目を開ける。
「よぉ」
 汗に濡れた夏侯淵が、どこか切なげに笑っていた。
「無事の『貫通』、おめっとさん」
「……何、訳の分からないこと言ってるんですか」
 冷たい言葉で突っ込むが、息が上がって途切れ途切れになってしまう。
 の眦に溜まった涙を、夏侯淵が吸い取る。
「動いても、大丈夫そうか? さすがの俺も、このまんまってのはキツいぜ」
 逡巡しつつも、頷く。
 これで終わりでないことぐらいは、にも分かっていた。
「でも、出来るだけでいいですから、ゆっくりにしてもらっていいですか」
 夏侯淵を受け入れたところに、絶えずぴりぴりした痛みがある。
 破瓜の痛みは、擦り傷のそれに良く似ていた。
 傷の表面を擦られれば痛いに違いないし、夏侯淵が動くのは同義のことという想定がある。
 動きたいというならやぶさかではないが、出来ればなるべく最小限にと願ってしまう。
 夏侯淵が呆れたような目でを見下ろす。
「……お前、変なこと遠慮すんなぁ。言うなら、優しくして、くらいにしとけよ」
「す、すみません……」
 謝ることじゃないと、すぐさま夏侯淵から突っ込まれる。
 そして、鮮やかに笑われた。
「でもまぁ、そういうとこも、けっこー好きだぜ」
 の目が見開かれ、顔が真っ赤に染まる。
 顔だけではない、全身が見る見る内に赤くなるのが、覆い被さるようにの上に乗っていた夏侯淵には良く見えた。
 釣られて赤くなる夏侯淵との間に、奇妙な間が生まれる。
「……っと、じゃあ、動くからな」
「あ、はい……」
 気のせいか、痛みが薄れたような気がした。
 は、夏侯淵の首に手を回し、静かに目を閉じた。

 寝室に、紫煙が揺蕩う。
 吸っているのは、夏侯淵だった。
「お前も吸うか」
 視線を感じた夏侯淵に勧められるが、は首を振った。
 寝煙草は好まなかったし、何しろ体が酷く重い。向きを変えるだけでも一苦労な有様で、到底煙草どころではなかった。
 夏侯淵も深くは追求せず、再び煙草の煙を深く吸い込む。
 その横顔を見ていたが、指で夏侯淵を突く。
「ん? やっぱ、吸いたくなったか?」
 は首を振り、軽く唇を突き出した。
 察した夏侯淵は、笑いながらの体を引き寄せ、口付けを落とす。
――これ、副流煙になるのかな。
 夏侯淵の煙草の匂いは、愛用の銘柄とは異なる苦みを含んでいた。
 けれど、その味はとてつもなく甘く愛おしい。これでは当分禁煙は出来なさそうだと、は内心愚痴を零す。
 幸せだった。

戻る← ・ →進む

Created P.A INDEXへ→