「餡蜜と杏仁豆腐、が選べ」
「は、伯符…本当に、挑戦するんですか?」
「おう!何、心配すんな!二人で半分ずつ行きゃ良いんだからよ!」
「はっ、半分ですかぁ!?や、止めましょう?無理ですよ!」
「だーいじょーぶだぜ!散々歩き回って腹減ったろ?余裕余裕!!」
「余裕な訳ありませんっ!」
「ところでよ、は餡蜜と杏仁豆腐、どっちが好きだ?」
「え?そうですね、好きなのは餡蜜…ですね」
「良し、決まりな!おいオヤジ!!餡蜜で挑戦するぜ!!」
「はいよ!!」
「!!は、伯符ー!!!」



――どんっ

「はい、お待ち。今から時間内に食べ切れなかったら、割増で払って貰うからなー」
「へっ、余裕だぜ、余裕!!」
「………」

散々歩き回り、遊び回った二人が入った店の中で、孫策が一枚の張り紙を見つける。
杏仁豆腐か餡蜜、二十人前を制限時間内に完食出来れば御代は要らない
目を爛と輝かせ、張り紙の読めないに、内容を伝える。
咽喉が乾いただけのは、とんでもない事に巻き込まれようとしている事に気付き、必死に頭を横に振った。
しかし、うっかり餡蜜のほうが好きだと漏らしてしまったが為に、勝手に注文され、今に至る。
目の前にある、巨大な皿を眺めた。
大きな金魚鉢のような器にみっしりと詰まる、餡蜜。
最早餡蜜に見えない其れに、は匙を突っ込んだ。
孫策などは既に、嬉々として口に放り込んでいる。

「これを…二十分なんて…そんな…」
「何ぶつぶつ言ってんだよ。早く喰わねぇと時間ないぜ?」

孫策の説明から察するに、制限時間は二十分ほどらしい。
詳しい時間は理解できなかったが、如何やら其の位らしかった。
二十分で、餡蜜二十人前。
一分で一人前を食べる事すら無理であろうに、とは一口含む。
味は、意外と美味しかった。
そして、ふと、顔を上げ、孫策の顔を見てみる。

「…ふふっ」
「?」

其処には、とても一生懸命に、とても美味しそうに餡蜜を頬張る、良い歳をした男が居た。
其れなりの歳に達しているだろうに、行動や浮かべる表情は、子供其のもの。
実際は一体幾つなのだろう、と笑みを漏らしたを不思議そうに眺める孫策を見ながら、思う。

「私も、頑張ってみますね」
「!おう、喰え喰え!!」

口に含んだ分をごきゅ、と飲み込むと、孫策は嬉しそうに笑った。
は応える代わりに匙を金魚鉢大の器に突っ込み、餡蜜を口に入れる。
孫策に比べれば酷くゆっくりとした調子ではあったが、其れでも普段のよりは格段に早い速度で、一生懸命食べ始めた。

「…無理すんなよ?」
「………はいっ」

こくん、と飲み込むと、視線を金魚鉢に定めたまま、こくりと頷いた。


それから五分ほどが経っただろうか、残る時間は十五分、残る量は三分の二。
…三分の二?

「…え?」
「?如何した?」
「い、いえ…」

残量を確認したが、驚きに顔を上げる。
猛烈な勢いで食して行く孫策を見ていると、自分が食べる必要はないのでは、とも思えてきた。
ので、はこの状況を楽しみつつ、適度な速度で食べる事にした。



「頑張れーっ兄ちゃん!!」
「ほらほら、あとちょっとじゃないか!」
「伯符、頑張ってください!!」

流石にあの調子で食べ続けるのは無理だったらしく、孫策の匙の勢いは若干弱くなっていた。
しかし、残り五分ほど、と言うところで残りは二、三人前。
達成できそうな雰囲気に先ず店の中に居た客が二人の卓を囲み出し、其の後は窓際と言う場所もあってか、店の外からも窓越しに孫策への応援が飛び交い始めた。

「あとちょっとです!」
「…も喰えよ!!」
「無理です!」

苦しそうな孫策を応援するは、既に匙を置いてしまっている。
結局最初の十分で三人前ほどを食したところで限界を感じたらしく、後は孫策の応援に集中していた。
きっぱりと、笑顔で戦線離脱を宣言され、孫策は苦い顔を更に苦くするが、其れでもの応援に後押しされるように匙を口に運んで行く。

「は・く・ふ!は・く・ふ!」
『は・く・ふ!は・く・ふ!』
「…其の応援止めろよ!!」

が手拍子を付けて孫策の名を呼ぶと、周りに居た見知らぬ人間までもが真似をし、孫策の名を呼ぶ。
多勢の人間に囲まれ、見守られ、応援され、孫策は食べ辛さを感じて止めるよう叫ぶが、しかしも周りも、楽しそうに笑い、聞き入れる様子はなかった。
と二人で静かに楽しく食べようと考えていた孫策にしてみれば、余りにも予想外の展開。
此処まで場が盛り上がってしまえば、食べ切らない訳にも行かないだろう。
何より、目の前のの瞳は、孫策が食べ切ると信じ切っているようだったから。
の期待を裏切る訳には行かない、其の一心で最早只の甘いものの集まりとしか感じなくなった餡蜜を頬張っていると、何時しか残りは二口になっていた。
二口のうち一口を、口に入れる。

「あと一口ですっ!伯符!!」
「…最後だぜっ!!」

――ぱくん

其の一口を飲み込み切らぬ内に、最後の一口を口にする。
顔を上げれば、胸元で手を組んで瞳を輝かせているが居た。
達成出来た事に、余程感動しているらしい。

「餡蜜!討ち取ったぜ!!俺達の勝ちだぜ、オヤジ!!!」
「きゃー、伯符っ!!」
『伯符ー!!!』
「止めろ!!」

「はいはいどいてどいて」

――かたん

『…え?』

野次馬の群を押し退け現れた店主の手にあった盆が、二人の座る卓に置かれる。
極々自然に運ばれて来た其れに、二人のみならず、周りの人間からも疑問の声が上がった。

「今のは十九人前。食べ切った挑戦者にのみ、最後の一人前に挑戦してもらう」
「ちょっ、おい、何なんだよ其れは!!!」
「ははは、吃驚しただろう?」
「吃驚しただろう、じゃ、ねぇー!!!」
「早く食べないと。残り時間は少ないぞ?」
「くっ…!!」

ことん、と盆に次いで卓の上に砂時計が置かれた。
中の砂は殆どが下に落ち切っており、詳しい残り時間は判断できなかったが、其れでも後数分もない事は判る。
糠喜びをさせられた孫策が怒りを通り越してげんなりとしながら、一度置いた匙を乱暴に掴む。
一人前ですら結構な量がある。
二十人前…否、十九人前が入っていた金魚鉢が大きいのも、成程、頷けた。

「兄ちゃん、負けんなー!!」
「女に良いとこ見せてやんな!」

好き勝手にがやがや騒ぐ観客共に、孫策は、煩ぇ!と叫びたいのを我慢して飲み込んで行く。
この、一人前だけ分ける遣り方は、地味に見えて中々精神的にきつい攻撃だった。
反則だろ、と愚痴りたくなるのを抑え、孫策は餡蜜を口の中に詰めて行く。
飲み込む事すら億劫になりながら匙を進めて行くと、気付けば砂時計の砂は残り十数秒程度。
五口…行けるだろうか。

「伯符…!!」

辛そうに顔を歪めるは、既に達成出来るかどうかよりも、孫策を心配していた。
孫策はそんなを見て無理矢理笑うと、二口纏めて掻っ込む。

「十…九…八…」

砂時計の残量を見ながら、誰かが秒読みを始める。
其れに急かされるように、孫策はもう一口飲み込んだ。
余り噛んでいないが、気にしている時間は、文字通りなかった。

「…七……六…五…」

如何やら砂時計を読み切れて居なかったらしく、七と六の間が不自然に長くなりながら、秒読みは続けられる。
自棄になるように多目の一匙を口元に運ぶと、残るは一口。

「四…三…二…」

最早飲み込む事すら本能が拒否をする。
其れでも無理矢理咽喉の奥へと押し遣ると、孫策は急ぎ匙を動かし最後の一口を作った。
しかし、飲み込んだ時点で残り二秒。

――無理

孫策の匙が、中空で動きを止めた。

――がたんっ

「伯符っ」
「…へ?」

――ぱくん

砂時計の砂が、なくなった。

「やったな譲ちゃん!!!」
「兄ちゃんも良く頑張ったぜ!」
「見たか、店主ー!!」

一瞬何が起きたか判らなかった孫策だったが、如何やら、挑戦は成功らしい。
最後の一口は、突然立ち上がったが孫策の腕を掴み、止まったままの匙を自身の口元に押し遣ったようで。
時間ぎりぎりで、食べ切った事になったらしい。

「ふふ、お疲れ様でした、伯符!」
「お、おう」
「いやいや、凄いねぇ。食べ切ったのは、君達が初めてだよ。さて、御代は要らない、と言うのは勿論の
事、土産に持ち帰り用の餡蜜はどうだい?」
「要らねぇよ!!」

これまた大きな袋を手渡そうとする店主に、孫策はとても嫌そうな顔で首を振った。
其の様子に、周りから笑いが起きる。
と孫策は、多勢の人間に声を掛けられたりしながら店を出た。
ちら、と孫策がを見遣るも、其の顔は酷く楽しそうで、恥ずかしそうにしているかと思っていた孫策は、意外な様子に少し驚いていたようだった。



「陽が落ちるまで、未だ少し時間があるな。、何処か行きたいところ、あるか?」
「行きたい…のは」

暫く歩き、漸く静かになって来たところで、孫策は天を仰いでに訊ねた。
傾き始めても其の輝きを殆ど失っていない太陽に目を細め、避けるようにに視線を遣ると、先程まで明るく話していたが、地面に顔を俯けている。
てっきり明るい笑顔で反応が返ってくると思っていた孫策は驚いていたが、しかし、があの時口を
噤み、伝えなかった望みを言おうとしているのかも知れない…と覚り、孫策は黙っての顔を眺めた。

「…あの、……どこでも、良い…ですか…?」
「ああ」
「歩いて、行けなくて…それに、場所も詳しく覚えてる訳じゃなくて、」
「なら、探せば良い。行きたいんだろ?じゃ、行こうぜ。俺も、行きてぇ」

漸く口を開いたが、地面を睨みつけたまま、何処か申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
迷惑を掛けるかも知れない、と思ったのだろう、しかし、外に出て、そして今日一日動き回る内に、の中の何かが変わったのかも知れない。
たった一つの望みも満足に口に出せなかった少女が今、漸く望みを口にしようとしている。
其の勇気を、誰が無下に出来ようか。
何より、初めて逢った日に、の笑顔を見たい、護りたいと願って此処数日、通い詰めたのだ。
何があっても叶えたい、の笑顔を見る為に…そう、自分の為にも。

「何処に行きたいんだ?」
「………」

如何説明すれば良いのか考え倦ねているようで、は口を開いたり閉じたりして、遠くを見詰めている。
大分歩いて来たようだ、広い街の、如何やら外側まで来ているらしい。
段々と民家が目立って来ているこの付近から、真直ぐに前を見据えると、遥か遠くには草原が広がっているのが見えた。
の視線の先も、同じ風景を見ているよう。

「私が此方の世界に来て、初めて見た景色を…もう一度、見たいんです」

草原の遥か先を見据えながら、が呟いた。



突然放り出されたが辛うじて記憶しているのは、何処までも広がる草原、深い深い闇夜、薄く広がる雲に隠されながらも零れ落ちてきた月の光、そして、少し遠くに見えた巨木。
手掛かりは、其れしかなかった。
馬超の馬に乗せられてからは、只々茫としていただけだったので良く覚えていないが、其れでも、街が…後に成都と言う名と知る街が…、巨木から真直ぐ馬を進めた所にあったような、気はした。
しかし其れも、ぼんやりとしか覚えていない為に決定打に欠ける。
幾ら範囲がある程度限定されるとは言え、其れだけの手掛かりでは砂漠で落とした針を探すようなものだった。
しかし。

「成都から真直ぐ…で、一面草原の中で巨木が見えるところ?…其れって俺が通って来た道かも知ん
ねぇ」

街の外れで馬を借りながら、孫策が数日前の記憶を掘り返す。
成都から真直ぐと言うと語弊が生じそうだが、強ち間違いでもない。
だが、あの道は人が殆ど通らない筈だ。
似たような道が一本隣にあって、其方のほうが若干地面の状態が良い為か、其方に人通りが集中している。
誰も居ない場所を通るよりは、人通りの多い道を通ったほうが賊に襲われ難いのではないか、そう言う考えから、人通りの多い道は更に人通りが多くなり、巨木のある道からは、益々人が減って行った。
孫策が其方の道を通ったのは、居るかどうか分からない賊に怯える必要がなかったから。
人通りが少ないのだから、賊も其方の道には出ないように思えたが、しかしやはり、急ぐ人々が人通りの少ない道を通っては襲われる、と言う事が多く起きているらしい。
其れを考えると、馬超が早い内にを発見して連れ帰ってくれた事が、とても有難く思えた。

「取り敢えず馬走らせるけどよ、も何か思い出したら、言ってくれよな?」
「はい」

城近くに置いてきた愛馬の元まで戻る時間が惜しかった為、孫策は街の外れで一頭馬を借りた。
一番早い馬を頼むとを乗せ、己も跨ると勢い良く駆け出す。

「怖いか」
「いえ、大丈夫です」

確りとした声で返され、孫策は更に速度を上げた。
の瞳は真直ぐに前に向けられている。
必死に、記憶を手繰り寄せながら照合させているのだろう。
孫策は確りの腰に手を回すと、更に馬足を速めさせた。
日暮れまで未だ時間はあるとは言え、余裕があるに越した事はない。
移動で時間を取られたくはなかった。



見えた。
城が豆粒のようになり、街など既に見えなくなった頃、只管に草原広がる中、ぽつん、と、しかし何処か威風堂々と天に向かって伸び続ける、巨木が。
此処か、と孫策が訊ねずとも、が言葉を発さずとも、孫策はこの場所なのだな、と分かった。
がぐっ、と前のめりになったのが、何よりの証拠だ。

「伯符」

が小さく呟いたのを聞き止め、孫策が馬を止めた。
巨木まで、数十歩の場所。
飛び降りようとするを制して孫策が先ずは降り、そしてを降ろすと、は巨木に近付いたり、又、遠ざかったりしていた。
恐らく、自分の立っていた場所を探しているのだろう。
一歩違う事すら許されない、と言った風だった。

!?」

一歩進んでは退がる、を繰返していたが足を止めたと思ったら、突然其の場に倒れた。
少し離れたところから様子を見守っていた孫策が、血相を変えて飛んで行く。

「ここ、です。目を開くと、月と雲が一面の黒の中に浮かんで居たのを覚えています」

胸の上で手を組んで、穏やかな、酷く穏やかな笑顔でが言う。
孫策に言っているのだろうか、しかし、どちらかと言えば自分自身に向けて確認するように呟いているようにも感じた。

「星が、見た事もないくらいきれいで。もっと近くで見たい、と思って立ち上がったんです」

言うと、が再現するかのようにゆっくりと立ち上がった。
天を仰ぐの横顔を、孫策は黙って眺めている。

「立ち上がっても夜空は近くならなくて。残念だな、って思っていると、ふと気付いたんです。ここ、どこだろう、って」
「…順番、違うだろ?」
「ふふ、そうですよね。それで、周りを見渡してみたんですが、あの大きな木しかないじゃないですか。どうしよう…と思いながらまた夜空を眺めていると、馬の走ってくる音が聞こえてきたんです」
「其れが、馬超…か」
「はい」

馬超がこの道を通ったのは、人が少ない道を通って帰ろうと思ったからか、はたまた、…何かに引き寄せられるようにこの道を選んだのか。

「やっぱり、空が広いですね」
「ああ」
「雲のない、一面の星空と月が見たかったんです」

あの時は雲があったけど、それでも信じられないくらいきれいだったから、とが笑った。
夜空に輝く星よりも、欠ける事無く満ち満ちた月よりも、孫策は其の笑顔のほうが余程綺麗で大切だ、と思えた。
夜空が見たい、この場所で星と月のみの晴れ渡った夜空が見たい。
其れが、本当のの望み、願いなのだろう。

――叶えられる

自分ならば、叶えられる、叶えてやれる。
目の前でこんなにも美しく笑う少女の、口に出せなかった望み。
見せてやりたい、そして、叶った時に浮かべるであろう笑顔を、見たい。

「見せる」
「…伯符?」
「俺が、見せる。空に雲が浮かんでたら、晴れた空が見られるまで、何度でも連れて来る」
「伯符…」
、明日の晩…また、此処に来ねぇか」
「え?」

孫策の言葉に、は純粋に喜んだが、しかし、明晩などと言う余りにも急で、具体的な約束に首を傾げ
た。

「明日の夜…日が変わる頃、またあの部屋の上に行く。馬に乗って此処に来て、空を見て。そして其の
侭、俺と一緒に、呉に行ってくれないか」

孫策の真剣な瞳が、痛いくらいにを見詰める。
も見詰め返しているが、しかし其れは、見詰め返すと言うより、遇々視線が合っていただけのようにも思えた。
言葉の意味を解せなかったも、頭の中で反芻する内に、段々と理解していったらしい。
其れと共に、の顔が驚愕に変わっていった。
呉、其れは、孫尚香がやって来た国、そして、孫策の来た国。
孫策と共に呉へ行くと言う事は、今住んでいる蜀から、成都から、馬超の屋敷から…出て行くと言う事。

「こっちに…蜀に居たのは数日だけどよ、建業出てからもう一月近く経っちまってるんだ。急いで帰ったとしても、二月は空けちまう事になるからな。此れ以上は居られねぇ…だから、俺と一緒に、帰ってくれないか」

の反応がない。
しかし、其れでも、孫策は伝えたい事を伝えなければ、と想いを口にしていった。

「たった数日…思えば三日しかとは逢ってないんだけどよ、本当に…本当に楽しかったぜ。俺はもっとといろんなとこ行きてぇし、連れ回してぇ」

三日。
口に出してみて、孫策自身驚いた。
たった三日、其れなのに、もうずっと前から共に笑い合って来たように思える。
一昨日よりも昨日、昨日よりも今日。
共に過ごす日が長くなればなる程、より沢山を識る事が出来た。
もう一日、二日、三日。
此れからも共に過ごせれば、更に沢山の事を識る事が出来るのだと思うと、連れて行きたい想いは一層募った。

「俺達の国は暖かいから、色んな花が咲いてる。が退屈にする事もないだろうし、俺が退屈にさせ
ねぇ。もっと、もっとと一緒に居てぇんだ。だから…頼む」

もっと広い庭で、外で、光を浴びて、風を受けて。
外で花を殖える姿を見たい、太陽の下で土を弄る姿を見たい。

「…済まねぇ。折角空、見に来たのによ。困らせて、頭一杯にさせて、其れどころじゃなくならせちまった」
「…いえ、そんな」

漸く耳にしたの声に、孫策はそっと安堵した。
一所懸命紡いだ想いは、には届いている筈だ。

「明日の夜、迎えに行く。其れまでに…決めて置いてくれ」
「……はい」

が小さく頷くのを確認して、孫策は馬を呼んだ。
街に戻り、馬を返し、孫策の愛馬の元へ戻り、城門を抜けて馬超の屋敷の裏まで行く間、二人は一言も口を利かなかった。
只、を支える孫策の腕が、優しかった。


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