横になってはみたものの、とても眠れそうにない。
 心臓は早鐘を鳴らすようにがんがんと鳴り響いているし、涙で睫ががびがびになっているのも気になる。
 何より、股間にねばつきを感じるのが気色悪くて落ち着けない。
 星彩に触れられたのだと思うと、涙と潤いが同時に湧き上がる。
 自分はヘンタイなんじゃないかと思うと情けないやら腹が立つやらで、は思い切って縄を解いてしまった。
 改めて寝台の上で胡坐をかき、腕組みして考える。
 一体全体、なんだって星彩はあんなことをしでかしたのだろう。
 思い出すと、背筋に寒気が走った。
 幾ら綺麗でも、星彩は女だ。その気はないにしてみれば、男に襲われるのとさして変わらない。いや、それ以上の衝撃だった。
 ふと、錦帆賊の男達に間違って乱暴されそうになったことを思い返す。
 ずさっと血の気が引いた。
 二人組の男に為す術もなく陵辱されかかった記憶は、未だに色褪せることもなくの中に巣食っている。
 その内の一人はの為に命を投げ出してくれたにも関わらず、あの記憶は恐怖としての中に頑として残っている。
 では、星彩はどうかというとそこまでではない。
 腹は立つが、怖いとは思わない。
 気持ち悪いとは思うが、血の気が引くような感覚はない。
 裏切られた気持ちなのかもしれない。
 そう考えて、すとんと納まりがついた。
 星彩は自分の味方で、女だからあの手の悪さはしてこないに違いないと勝手に感じていたのかもしれない。
 しかし、それがの勝手な思い込みであることを他ならぬ自身がわかっていた。
―――私にも、すきんしっぷをして下さい。
 胸の内で星彩の声が蘇る。
 星彩は何時でもに愛情を求めてきた。それがごく一般的な友情の類とはズレていることを、はわかっていたはずだった。
 じゃあ……。
 悪いのは自分か。
 そう考えて、慌てて否定する。そんなわけがあるか、と眉間に皺を寄せた。
 望んで口付けたわけではない。触れることを許したわけでもない。
 けれど、体が熱くなった事実は事実なのだ。
 そして、趙雲や馬超、孫策に至るまで皆が皆、最初にに触れたのは無理矢理だったことをも思い出してしまった。
 今、彼らとどういう付き合いになっているかは改めて述べる必要もない。
 爛れた関係、と自身が蔑んでいる。3Pまで済ませているわけだから、4Pになるのも間近な気がした。
 ぼて、と体が横倒しになる。
 何を今更、これ以上どう爛れようがあろうかと思った。
 寒い……。
 冷静になって考えろ、と吠える心の声が聞こえるが、同時に己ごときが何を言うやら、と呆れかえる声も聞こえる。
 結局、何に腹を立てているのかすらわからなくなった。
 しかたない、体でも動かしてちょっと落ち着こうと、ほっぽらかしになっていた行李の山を広げ始める。
 春花がいればとっくに片付いているだろう荷物だが、は面倒臭がってそのままにしてしまっていた。呉の家人に触れさせるのも何となく気が進まなくて、そのままになっていたのだ。
 衣類を衣装箱に移したり、春花が勝手に入れたらしい化粧道具や香油の類を仕舞い直していると、油紙で厳重に包まれた包みが目に入った。
 何だろう、とごそごそ広げると、なにやらぼこぼことくびれのある金属の棒のようなものが出てきた。
 手に取ると、意外に重い。しかし、護身用の武器と言うわけではなさそうだ。何せ短い。の手首から肘より少し短いくらいの長さだろうか。
 よく磨かれた表面は、くびれ故にの顔を映すことはないが、滲んだようなぼんやりとした影を映している。
 繁々と見詰めて、はっと思い当たった。
 げふん。
 がっくりと力が抜け、思わず四つん這いで体を支える。
 確証はないが、恐らく張形だ。
 手紙も何もついていないのでわからないが、『コレ使って我慢して下さい』と真顔で訴える春花の顔がリアルに浮かんできた。
 頭痛ぇな。
 いったい何だと思われているのだろうか。
 淫乱、好き者、見境なし、どれも否定するには材料が足りない。
 複数の相手がいるのも事実なら同時進行なのも事実、押されれば拒否しきれず流されるのが常とあっては、そう見られても止むを得まい。
「……ぅあー」
 呻きつつ、張形を戻そうとして、手を止める。
 おもむろに立ち上がると、扉の外に向かった。

 扉をそっと押し開けると、そこに星彩がしゃがんでいた。
 膝に額をつけ、顔を上げようともしない。
「星彩」
 呼びかけても反応はない。
「……星彩」
 幾らか厳しい声音で叱り付けるように呼ぶと、星彩の顔がのろのろと上がった。
「室の中に入って」
「でも」
 驚き、目を見張る星彩を、はきっと睨んだ。
「入りなさい」
 命令するように言いつけると、後は目もくれず室の奥に戻る。
 背後から、おずおずとした足音と静かに扉を閉める音が聞こえてきた。
 は牀の前まで進むと、くるりと振り返る。
「脱ぎなさい」
「え」
 唐突な命令に、星彩は激しく動揺している。
「聞こえなかったの、脱ぎなさい」
 はそのまま牀の縁に腰掛け、星彩を見詰める。
 戸惑っていた星彩も、諦めたようにゆっくりと服を脱ぎ始めた。
 隠されていた肌が露になるにつけ、の心臓はばくばくと忙しない音を立てた。
 初めて見るわけではない。以前、湯泉に湯治に行った時、やはり星彩の全裸を見ている。
 あの時はただ美しいと思った。
 今も、やはり美しいと思う。
 星彩が全裸になると、は立ち上がり星彩の胸乳に手を添えた。形に添って撫で回せば、朱の突起が手の平を押し返してくる。
 星彩の頬が赤く染まる。
 伏せた睫と肌が細かに震え、今にも膝が崩れ落ちそうだ。
 途方もない羞恥と初めて知る欲情が、星彩を襲っているに違いない。
 は、深く溜息を吐いた。
 びくりとして星彩が我に返る。
「駄目だ」
「……お姉さま?」
 がっくりと牀の縁に腰を降ろし、深い溜息を吐く。
 おろおろとしている星彩を上目遣いに見上げ、苦笑いをした。
「私、今、楽しいわ」
「は?」
 の言わんとすることがわからず、星彩はただうろたえた。
 しかし、は星彩に声をかけることもなく、頭をがりがりと掻いた。
 本当にイヤだったら、あんなことをした星彩の体を美しいと思うはずがなく、また、星彩に触れるのも御免被ると思うはずだ。
 他の人間はどうか知らないが、なりの基準ではそう判断せざるを得なかった。
 そして、星彩が乱れていく様を見ては『楽しい』と思ってしまった。『愉しい』と当てた方がよりらしいかもしれない。
 冷たく整った相貌がの手で乱されていくのを見て、ほの暗い愉悦を感じてしまった。男の征服欲と言うのは、こんな感覚かもしれない。
 歪曲に小難しく考えてみたが、要するに『星彩とこういうことをするのはイヤじゃない』という結論に達してしまったのだ。
 女の体が好きだというのでは決してない。
 ただ、星彩の整った肢体を、冷淡な美貌を、優麗な心を汚すのがたまらなく愉しい。
 やべぇ、自分最低。
 星彩の体をおもちゃのように弄んでいるのと変わらない。しかし、そうしたいという感情があるのを今更否定もできない。
 責められた義理か。
 は星彩を見上げ、未だに隠すことなく晒されている裸体を見遣った。
 本気でよだれが出そうになり、は思わず赤面した。
「……いいや、服着て」
「お姉さま、でも」
「いいから。風邪引くから」
 渋々服を着始めた星彩から目を背け、は握ったままだった張形に気がついた。
 ……使うしかないかなぁ。
 星彩の裸を見て昂ぶってしまっていた。そういえば、久しぶりなのだ。
 こんなもん入るだろうか、と見詰めていると、星彩がの前に膝を着いた。
「……てっきり、それをお使いになるのかと思いました」
「それ」
 それです、と手の内にあるものを指され、は目を剥いた。
「これ、何だかわかってんの!?」
 驚くに、星彩は逆に驚いた。
「張形ではないのですか?」
「……イヤ、そうですってかそうだと思うけど」
 何だかショックだった。何で星彩がこんな物を知っているのかと愕然とする。
 だが、星彩は困ったようにを見返した。
「私くらいの年になれば、母や周りの女達からそれとなく教わります。お姉さまは違うのですか?」
 知識はあっても実物にお目にかかる機会がどれほどあるかの話だろう。道具使ってうにゃうにゃという話がないわけではないだろうが、男が相手である限り自前のものが一本あるのだから、それを使えばいいだけの話だ。
 まして、は趙雲と出会うまでは処女だったわけで、描いたことはあっても使ったことはない。
「使わないんですか?」
「使うんですか!?」
 どうも星彩との間にずれを感じる。
 星彩も、教えてもらっただけですが、と前置きはしつつも、その内容を教えてくれた。
 初めての牀入りには義母やその代理が見張りに立ち、上手く入らない時は体位の指図をしてくれるとか、夫婦でも春画を見て研究するのだとか、としてはあまり知りたくない事実だった。
「うっはー……」
 呆然とするに、星彩は首を傾げている。
「お姉さま、使い方がわからないのでしたら、私が教えて差し上げましょうか?」
 自然に張形を手に取り撫で回す星彩に、は奇天烈な悲鳴を上げた。
 扉の向こうから足音が駆けつけ、孫権の焦った声がどうしたと問い掛けてくる。
「何でもねぇよ!」
 怒鳴ってから、慌てて
「何でもねぇですっ!」
 言い直してみたが、扉の向こうの沈黙が肌に染みるように痛かった。

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