孫権が用意してくれた室は前の室よりずっと狭かったが、にとっては居心地の良いスペースに思えた。
 案内してくれた周泰に礼を述べると、周泰は微かに首を振って応じて見せる。
 こうしていると、先日の遣り取りが嘘のような気がしてくる。
 見上げた先にある日に焼けた顔、その乾いた唇に胸が高鳴った。
「……さ、最近お見かけしなかったようですがっ」
 誤魔化すように取ってつけたような話を振ると、周泰の眉がやや曇った。
 たった二三日の話だから、の言葉は的外れもいいところだ。それだけ色々あったということでもあり、また、それだけ周泰の姿を頻繁に見ていたということでもあるかもしれない。
 は自分の言葉がおかしいとも気付けず、愛想笑いを浮かべて周泰を見上げる。
「……謹慎……していた……」
 思い掛けない言葉に、の目が丸く見開かれる。
 戦の最中でもない、何を仕出かしたのだと考えるが、当てはまりそうな罪状は一つしかなかった。
 が項垂れ、視線を落とす。そのの頬に、周泰の指が触れ、そっと撫で上げた。
 言葉よりも雄弁な告白に、の顔が朱に染まる。
「何をなさっているのですか」
 居合わせた星彩が、溜まらず割って入る。
 周泰は逆らわずに指を離し、一礼して去っていった。
「あの」
 星彩の脇を通り過ぎ、周泰の後を追うに、星彩の目が顰められる。
「あの、……大丈夫……なんですか……」
 どう言っていいかわからず、口篭りながら問い掛けるに、周泰の目の光が和んだ。
 いちいち心臓が跳ね上がる自分に、は顔が熱くなる。
「……お前が……心配しなくても……いい……」
 こく、とが頷いたのを見て、周泰はそのまま背を向け去っていった。
 真冬だと言うのに汗が出る。
 頬に手を押し当て、冷ましながら室に戻ると、星彩が不機嫌そうな面持ちで立っていた。
「…春花の気持ちが、わかりました」
 珍しく唇を尖らせる星彩に、は首を傾げる。
 否定できる要素もないので、仕方なく苦笑いすると、星彩の目がきりりと引き上がった。
「お姉さまは、隙が大き過ぎますっ!」
 扉を閉め、お茶の仕度を始めると、不貞腐れながらも星彩が傍に寄り添う。最早、癖になっているのだろう。 いつも通りに茶葉がこれぐらい、お湯がこう、と口ずさむ。
 二人分の茶を淹れ、卓に運ぶと、星彩が目の前に座る。
 この美しい少女(というには少し年齢が上だったが)も、後数日でいなくなるのだ。それだからこそ、あの不埒な行いを怒れずに居られるのかもしれない。
 つか、不埒な連中が多過ぎるんだ、ここは。
 むず痒い感触に、耳の際をぼりぼりと掻く。星彩が目で伺ってくるので、自棄になって疑問を口にした。
「星彩って、私のこと好きなの?」
「はい」
 間髪入れない返答に、の体から力が抜け崩れ落ちそうになる。訊きたいのは、そういう返事ではない。
「……いや、そうじゃなくて……えぇと、何て言ったらいいかな、そう……うーんと、触りたく、なるっていうか」
「なります」
 駄目だ。
 打てば響くようなどうにもならない返事に、は眩暈を感じた。
 本当に訊きたいのは、したいとかしたくないとかではない。
「だから。あの……」
 抱きたいか、と訊くのは躊躇われた。抱きたい、と返ってくるに違いない。
 どうしてか、という問いも意味がないように思えた。好きだからと返ってくるに違いないからだ。
「挿れたいの、挿れられたいの?」
 阿呆な質問だなぁ、と思いつつ、しかし星彩にはいっそ率直に問うた方がいいかもしれないと思い直した。
 ここにきて初めて星彩の返答が淀んだ。意味を捉えかねているようだ。
「……でも、お姉さま、あの……私は男ではないので……」
 何を意味するかはわかっていたようだ。『男ではないので』ということは、挿れたいということだろうか。
 更に問い詰める。
「男じゃなくったって、代わりになるものはあるわけじゃない。それこそ張形とか」
 途端、星彩の目が訝しげに細まる。
 何となく引っかかりを感じて、は突いていた頬杖を外した。
「……あのさ、星彩。ないと出来ないってわけじゃないでしょ?」
 わかるよね、と問い掛けると、星彩の目がうろうろと揺れた。
 え。
 の引っかかりはますます大きくなる。眉間に皺を寄せ、身を低くして前に乗り出すと、星彩は怯んだように背を逸らした。
「……立てれば、指もアレも同じだよ。わかるよ、ね……?」
 星彩の顔が困惑で泣きそうに歪む。
 確信した。
 わかってねぇっ!

 星彩に取って、性欲は動物的な本能とか後ろめたい衝動ではなく、そうあるもの、処理あるいは始末する行為であるようだ。
 根気強く聞き取って、ようやくわかった。
 にとっては、先日の星彩を裸に剥いた件やトイレでの遣り取りはすべて陵辱に属するふしだらな行為であったのだが、星彩はただ、そうすべきものをそう始末していたとしか考えていなかった。
「……どきどきとか、しなかったの?」
 疲れ切ったを申し訳なさそうに見ながら、星彩は身を縮めていた。
「あの……どきどきというか、上手くできるかと緊張していましたので……」
 緊張のせいだと思っていたらしい。
 そんな馬鹿な話があるか。
「気持ち良くなかった? ほら、私が胸触った時とか」
 星彩は一生懸命考えているようだ。
「よく……わからなくて……とにかく緊張して、倒れそうになるのを、しっかりしなくてはとばかり……」
 ああ、そう。
 半ば投槍になりつつ、は星彩をまじまじと見詰めた。
 綺麗な娘だ。
 綺麗な肢体をしている。
 男だったら、たまらない衝動を押さえるような娘だ。
 不感症なのかなぁ、そうだったら何て勿体ない……。
 の視線をどう受け取ったのか、星彩は恥らって俯いてしまった。
「……張形、使うんだと思ったって言ってたじゃない。使ったらどうなるか、わかって言ってたんじゃないの?」
 え、と星彩の目が丸くなる。
「星彩、男の人と、そのー……まだしたことないんだよね?」
 こくりと頷く。
「それでこんなの使ったらどうなるか、わかる? 処女失うよ?」
「え、何故ですか」
 ぐはぁ。
 は呻き、卓に突っ伏した。
 教え方に相当歪みが生じている。実際とこれだけかけ離れた知識では、そりゃお牀入りに母親が付き添うのも納得だ。挿るはずがない。
「指もアレも張形も同じなんだって! ちょっ……もう……!」
 相手が変われば其れ即ち『初めて』であり互いに『処女』『童貞』と屁理屈こねる場合もあるが、基本的に『処女』は『処女』であり『非処女』は『非処女』だ。理屈でなく、それが事実だ。
 どう言ったら正せるだろうか、とは眉間に皺を寄せ考え始めた。
 別に正す必要は欠片もないが、何となく義務感に燃えてしまったのだ。
 言ってわからないなら、とはちらと星彩を見上げた。
 方法は一つしかなさそうだった。
「星彩、ちょっと」
 の手招きに、星彩はおとなしく従った。

 寝室に導かれ、服を脱ぐように命じられた星彩はおとなしくそれに従う。
 が脱ぎだしたのを見て、少し驚いたような顔をした。
 自棄気味に乱雑に服を脱ぎ捨てたは、星彩を手招いて寝台に上がる。室の狭さの割に大きな寝台は、二人が寝そべっても尚余る、十二分な余裕があった。
 自由に動き回れるスペースが、にはそういうことを致す為のスペースに思えて仕方がない。それぐらい無意味に大きい寝台だった。
 星彩を寝そべらせ、その上に被さるようにすると、胸の膨らみが擦れて互いの熱を伝え合う。
 心臓の音が響いてきた。
「緊張してる?」
 早い鼓動に、星彩がこくりと頷いた。
「……あのね、星彩。こうしているだけで、これはもう性交の一部なの」
 の言葉を口の中で繰り返し、星彩はきょとんとした。
「挿れたからどうこう、挿れないからどうこうじゃなくて、こうしているのがもう性交なの。好きな人とすることなの」
 いちいち考え込んでいる風な星彩に、は溜息を吐く。星彩の顔が、傷ついたように戦慄いた。
「違うの、馬鹿にしたんじゃなくってね。しないと、やっぱ駄目かなぁと思って」
 挿れようとは思わないが、もう寸前ぐらいまでやってみせないとわからないかもしれない。
「……好きな人と、することと仰いましたね」
 星彩の問い掛けに頷くと、星彩の目が揺れる。
「孫策殿や趙雲殿とは……なさったのですか?」
 躊躇しつつもが頷くと、星彩の目が悔しそうに歪んだ。
「では、私にもして下さい」
「星彩」
 そういうものじゃない、と続けたが、星彩は頑として引かなかった。見下ろすの目を、強い光を宿して見詰め返す。
 しょうがない子だ。
 は星彩と唇を重ねた。
 阿呆だなぁ、という気持ちが過ぎった。が、蹴り飛ばした。今更考えても仕方ない、今止めれば、星彩は突っ走るだけ突っ走るだろう。
 舌を滑り込ませると、星彩の肩が大袈裟に跳ねた。
 一回口を離すと、星彩が驚愕してを見上げる。
「い、今のは何ですか」
「舌」
 簡潔に答えるに、星彩の困惑は深い。
「これは、教えてもらわなかった?」
 の問いに、星彩はこくこくと何度も頷く。
「そっか」
 言うなり、星彩の唇を派手に蹂躙する。星彩は小さく悲鳴を上げたが、構わず蹂躙を続けた。
 唇を甘く噛んだり舌を絡めたりしている内に、星彩の体から力が抜け、くったりと牀に横たわった。全身が熱くなって朱に染まり、わずかに痙攣をしている。
 不感症ではないようだ、と冷静に星彩を観察していると、固く閉ざされていた星彩の目が開いた。
「……お姉さま」
 呼吸は未だに荒い。
 形も大きさも申し分ない乳房に触れると、星彩の体がびくりと跳ねた。
 自分の反応に自分で驚いている星彩に、は暗い愉悦を感じる。
「わかった?」
 問うと、星彩は反射的に首を横に振る。何を問われたかもわからなかっただろうに、とは意地の悪い気持ちになった。思ったより嫌悪感がなかったのも、この際良くなかったろう。
 するり、と星彩の秘部に手を伸ばすと、星彩の目が強張る。
「駄目、駄目ですお姉さま、汚い!」
「……星彩だって、昼間私にしたでしょう」
 秘裂には触れず、恥丘の茂みを柔々と撫で上げると、星彩の腿が恥ずかしげに擦り上げられる。
「だっ……て、お姉さまは……別に……お姉さまのお小水なら、私……平気です……」
 小水。
 聞き捨てならない言葉に、は口を開けた。
 構わず星彩の股間に指を忍ばせると、足の細さが災いしてかの指は抵抗少なく秘裂に落ちる。
 背筋を弓形に反らす星彩に、は容赦なく指をひらめかした。
「……これ、小水って教えられたの?」
 くちゅくちゅと粘っこい音を立てている。どう考えても愛液だ。
「ちっ……違う、のですか……っ……!」
 必死に耐えている星彩を他所に、は呆然としつつも、しかし指を止めることもない。
 しばらく擦り上げていた指を外すと、星彩の体からがくりと力が抜けた。赤く染まる星彩の面前に指を突き出し、広げると、透明な液が糸を引いた。
「おしっこ、こんなんじゃないでしょう。わかるよね?」
 かぁっと更に朱の色を濃くする星彩に、は自分も興奮していることを覚った。
 禁断の扉は、意外に難なく開いてしまった。
 阿呆だなぁ。
 何度目になるともしれない自分への嘲りを零し、は一旦星彩から離れ、持ち込んだ手荷物の中から張形を取り出した。
 星彩の目に怯えが走る。
 ようやく普通の処女の反応になった、となどは逆に安堵する思いだ。
「ど、どうなさるのですかお姉さま」
「ん? 大丈夫、挿れはしないから。でも、そのままじゃ星彩も納まんないでしょ?」
 秘裂に添うように張形を置くと、ゆっくりと擦りつける。
 星彩の体が跳ね上がった。
 ちょっと反応が良過ぎるような気がした。初めての経験がもたらす興奮が、星彩を狂わせているのかもしれない。何にせよ、目に毒な光景に違いない。
「あっ、やっ、お姉さま、お姉さま……!」
 喘ぎ悶える声が、覆い被さるの耳に切なく吹き込まれる。
 うーん、これはちょっと溜まらんな……。
 ズレた苦悩をしつつ、少し強く擦り付けてやると星彩の体が一際大きく跳ね上がった。強張った体が、ぴくぴくと痙攣している。
 イッたのかな、と張形を外してやると、星彩が薄く目を開きほっと息を吐いた。
「……こんな風に、なるのですね……」
 ぐったりとした星彩に上掛けを被せてやると、を見上げて薄く微笑む。
「寝てな。私、お茶飲んでくるから」
 星彩は力なく頷き、睡魔に襲われたようにすぐに寝息を立て始めた。

 肩から上着を掛けただけの状態で、はのたくたと卓に戻った。
 冷め切った茶を飲み干すと、何となく一心地ついた。作り付けの棚に茶碗を片付け、一つ欠伸をすると、灯してあった明かりを吹き消す。
 とんでもないことをしたという気持ちが、今になって湧き上がる。けれど、自己嫌悪に落ち込むことはなかった。考えるのも面倒な程、疲れていたのかもしれない。
 もう寝よう、と踵を返すと、背中にわずかに風を感じる。
 振り返った瞬間、口を厚ぼったい手の平が覆い、体を卓に押し付けられた。
 悲鳴を上げかけたの耳元に、熱く弾んだ息と共にかすれた声が吹き込まれる。

 孫策だった。
 何をして、と考えかけた瞬間、貫かれる強烈な衝撃がを襲った。
 拒絶する暇も与えず腰を押し付けてくる孫策に、はただ翻弄された。

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