目的地も定まらないまま押し出されていた二人も、警邏の兵の足音を聞きつけてようやく我に返った。
 顔も上げずにぐいぐいと腕押しを続けるの手を取ると、の体は容易くつんのめって二人にもたれかかった。
 その身から何か甘い匂いが香ったような気がする。
 改めて見下ろせば、襟元も着崩れている。余程慌てていたのだろう。
「……こちらへ」
 ここからなら、孫権の執務室が近かった。こんな夜更けに蜀の文官を連れまわしているのは、酷く対面が悪い。何処かへ早々に落ち着いた方が良いと思われた。
 周瑜もそれと察して同調し、を連れて孫権の執務室に向かうこととなった。

 執務室には何故か灯りが灯っていた。主もいない室には護衛兵の姿もなく、侵入者を咎めだてる者はなかったろう。
 すわ何者かと周瑜が肩に力を入れるのとは反対に、孫権は気安く室に入って行った。
「周泰」
 常のことなのか、そこには寡黙な武人が立っていた。孫権の姿を見ると、恭しく拱手の礼をとる。
「どうしたのだ、このような時刻に」
 周泰は、孫権の後から室に入ってきた周瑜とをちらりと見た。
 表情にあまり変わりはない。この世界の高官達は、割と表情を押し殺す傾向があるようだ。そうするのが好ましいとされているのかもしれない。
「……室に……おいでにならなかったようでしたので……こちらで待てば……と……」
「そうか。それは……すまなかったな」
 あれ。
 孫権の声が、微妙に強張っていたような気がする。
 は孫権の後姿を見詰めたが、それでわかるほど付き合いが長いわけでも深いわけでもない。
 深。
 瞬間、今の自分の状態を思い出し、はさっと顔を青褪めさせた。
 とにかく、何の用だか知らないがとっとと済ませるに限る。
「うぁのっ、ご、御用の向きは……!」
 女性特有の美徳たる慎ましさをまったく感じさせない呼びかけに、周瑜は眩暈を覚え眉間を押さえた。
 孫権に顔を向け、先にと促す。
 困惑したような孫権の顔に、周瑜はふと違和感を感じた。
「……その……周泰が、お前に良からぬことをしたと、私に申し立ててきたのだ。罰を与えて欲しい、と」
 は弾かれたように周泰を見詰める。
 逸らされるかと思った目は、意表を突いて真っ直ぐ見返してきた。結局、先に目を逸らしたのはの方だった。
「……でも、あの……」
 口付けだけだ。だけ、と言っては身も蓋もないが、それでも強姦などと言う物騒な話とは程遠い。
 隙が大き過ぎるのがいけない。
 自覚もしていたし、春花や星彩からも声高に非難されている。周泰が罰を受けるのは、筋違いな気がした。
 それでも、仕掛けてきたのは周泰なのだ。情動や熱血とは無縁の存在に思える、理知と言うより忠義一筋の武人が何故、とは思うが、二度の口付けは夢ではなかった。
「三度という数は確かに多いかも知れぬが」
「三度?」
 思わず聞き返したに、周瑜も孫権も苦い笑みを浮かべた。
 そこで初めて聞かされた『最初の口付け』の件に、は声にならない悲鳴を上げた。
「ぅえっ、じゃ、じゃあ……えぇっ!」
 何か言い募ろうとしても驚きが勝って言葉にならない。見苦しい様を見せてうろたえるに、奇妙な可笑しさが込み上げてくる。
「……そういうわけだ。なればこそ、私は今回の件は不問に処そうと思うのだが、文官殿は如何か」
「滅相もございませんっ!」
 孫権の言葉への返事としては今一つ不明瞭だが、不問に処すことに不満はないらしい。周瑜が重ねて問うと、むしろ諸手を挙げて歓待しますとまた訳がわからない返答がくる。
 こちらの頭が痛くなる、と周瑜は孫権に頷いて見せた。孫権もまた頷き返す。
「では、この件に関しては今後一切不問と処す。いいな、周泰」
「……しかし……」
「私が不問と言ったら不問だ、周泰。逆らうことは許さぬ」
 わずかに躊躇いを見せつつも、周泰は頷いた。
 満足そうに頷く孫権を盗み見しつつ、周瑜は果たして孫権が本当にその件での室に向かったのか疑問を抱いていた。
 ふと思い出す。
「……お前はいったい、何をしていたのだ」
 上掛けから覗いていた星彩の剥き出しの肩は、その下に服を纏っていないと教えていた。女二人が裸で何をしていたというのだ。
 言葉に詰まるの顔が、見る見る内に赤く染まる。
 朴念仁と罵られようが、しかし周瑜に引く気はなかった。誤魔化しを許さない周瑜の視線に、は遂に根を上げた。
「……いや、そのぉ……お、お牀入りの、教授を……」
 男三人が一斉に口を噤む。
 その件に関しては、それこそ一切不問にしなければならない話題だった。まして男が女に問い掛けていいものでもない。
 どんな風に教えているのかは、俗人ならば妻から聞き出しもしようが、居合わせた面子からしての話が本当なのか嘘なのか判断をするには心許ない。と言って、他の者に聞いて周るのもはばかられる。
「……わかった」
 御座なりにせざるを得ない。
 周瑜は渋い顔をしつつも、さっさと用事を済ませることにした。
「お前に、孫堅様からお呼び出しが掛かっている。明日の午初、孫堅様の執務室に伺うように。……迎えは出さぬ故、一人で行け」
 迎えは出さず、一人で参上する。それがどういう意味なのか、実は周瑜にも図りかねた。周瑜に伝達を頼むというのも意味ありげだ。文官なり女官なりに伝達させればいいだけなのだ。わざわざ周瑜を呼び出して頼んだ孫堅の意図が知れない。何故周瑜でなければならなかったのか。
 はぼんやりとしている。わかりましたとは言ったが、本当にわかっているのか甚だ怪しい。
「それじゃ、御用が済んだなら私はこれで……」
 そわそわと扉に向かおうとするに、椅子も勧めていなかったことに気がついて孫権は恥ずかしくなった。せめて室まで護衛を、と思うのだが、兄の乳兄弟たる周瑜に頼めた義理はなく、また、護衛兵もいない。自分で出向けばいいようなものだが、臣下がそこにいる以上臣下に申し付けるのが筋だろう。
 脇に控える周泰を、孫権は不安な思いで振り返った。

 廊下に出ると、周泰はおもむろに手を伸ばしの襟元を正した。
「……あ、すいませ……」
 さっさと直す手付きに、いやらしさは微塵も感じられない。娘の装束を直してやる父のような手付きだった。
 それが済むと、周泰はを先導して歩き出す。
 護衛ということだが、置いていくぞと言わんばかりのつれなさだった。
 気が緩んだせいか、足元が心許ないは、それでも下腹に力を篭めて周泰を追いかけた。何となれば、あと少しだという追い込みの気持ちがあった。

 冬のせいか、空気は冷たく凝っていたがその分月は明るく澄んでいた。雲が早いので、空の上の方は風が強いのだろう。星も瞬いて見えた。
 が足を止めたのが気に食わなかったわけでもないだろうが、先んじていた周泰は戻ってくると、今度はの手を取り歩き始めた。
 急に変化した歩幅に、は足をもつれさせる。目を顰めたのを、周泰は密かに見届けていた。
 近道なのか、廊下に備え付けられた階段を降りて庭へと向かう。木々が黒くざわめいていたが、周泰が居る心強さもあってかに不安はなかった。
 池に出た。
 前に落ちた池と良く似ている。話に出た、がうろついていた池と言うのも此処かもしれない。
 周泰の足が止まる。
 突然の両手首を捉え、上に引き摺り上げた。抵抗する間もない。
 ほぼ宙吊りにされた状態で、足に力が篭る。痛みが走った。周泰は後ろに回りこんでいる為、表情すら伺えない。
 ここに来てさえ、は戸惑うばかりで恐怖は感じていなかった。周泰が酷いことをするはずがない、と思い込みがあるのかもしれない。
 周泰の指が下腹に回り、裾を割って侵入してきたのを見て、が感じたのは現実味のない驚愕だけだ。
 ショーツの線を辿り、片手で器用に引き摺り下ろす。と、無骨な指が恥丘に生じた割れ目へと潜り込んでくる。体が跳ね上がった。
 指は動じることもなく、そのまま奥へと進み、そこに埋め込まれているものに突き当たった。
 振動が響き、は声を殺す。涙が浮いた。
 の膣には、張形が埋め込まれていた。端を僅か3〜4cm残して埋め込まれたそれは、が着替えの時に抜こうとして抜けず、仕方なくその上からショーツを穿いて耐えてきた代物だった。
 慌てていたし、星彩が見ていたのも羞恥を煽った。使い慣れない器具は快楽というより痛みを伴っていたということもあり、急ぎ引き抜くことは叶わなかったのだ。
「あっ、うっ……」
 周泰の指が張形を引っ張っている。凄い力で締め上げている自分に気付いてはいるものの、抜かせまいとして力を入れているわけではない。無意識に力が入り、勝手に張形に絡み付いてしまうのだ。
 痛みで体に力が篭るを横目で見つつ、周泰は指に力を篭めた。ほとんど濡れていないからか、指は滑りこそしないが張形もなかなか抜けない。慎重に、ゆっくりと引き抜いていくと、張形に刻まれた緩い瘤が一つ、吐き出されるように現れた。
 周泰の指に、その窪みに溜まっていたと思しき愛液が滴り落ちる。指を伝い手の平をも濡らす量に、周泰の目がほんの少しだが揺らいだ。
 ちょうど蓋をされていたようになっていたらしく、噴き出した愛液が潤滑油になり、最初の抵抗が嘘のようにずるずると抜け落ちてくる。は懸命に声を殺すが、体が痙攣するのまでは留めようがない。溜まっていた涙が頬を伝った。
 もう抜ける、という段になって、何故か周泰の指が止まった。
「……?」
 荒い息を吐きつつ、周泰を振り返ろうとが首に力を篭めた瞬間、張形がわずかに奥へと滑り込んだ。
「は、あっ……!」
 瞬間上がった艶やかな声に、は思わず唇を噛む。
 ようやく張形が抜かれ、切れた糸のように崩れ落ちるの体を周泰は易々と支えた。その手に、びしょびしょに濡れた張形がある。
 恥ずかしくて、また涙が浮かんできた。
 と、周泰は何の断りもなく張形を池に投げ捨てる。
「あ」
 ぼちゃん、と重い音を一つ立てたきり、張形はすぐに暗い水面に呑まれていった。
 は呆然と池の波紋を見詰める。周泰もまた、と同じように波紋を見詰めた。
「……もう……するな……」
 何をだろう。
 わからないながらも頷くと、周泰はを抱えたまま腰を降ろした。
「……落ち着くまで…休め……」
 周泰は温情からそう言ってくれたのかも知れないが、は眉を顰めた。
 厚い胸も、無骨な指も、煽りに煽られたの熱には酷く甘美なものに思えて仕方ない。いっそ室に戻って星彩を貪った方がまだましとさえ思えた。
 浅ましい。
 何時から気が付かれていたのだろうと考えると、恥ずかしさの余り吐き気を覚える。周泰の顔を見ることもはばかられた。
 足が震える。自然に膝が擦り合わせられていた。
 恥の上塗りだ、体が悦を貪ろうと泣き叫んでいるのが知れた。
「…………」
 背後の周泰が、突然の体を強く抱き締めてきた。抱き締める、というよりは抱き込むに近い。肩口に顔を埋め、荒い呼吸は獣のそれと変わらない。
 尻の下に硬いものを感じた。
 周泰が。そんなまさか。
 肩口に擦り付けるように鼻が押し当てられる。痛みがあった。孫策に噛まれた痕があるのだ。
「……は、あっ、あぁっ、んっ……!」
 ぞくぞくした感触が、一気に全身を駆け巡った。
 ひくひくと尻が痙攣している。すぐに力が抜け落ちた。
 そんな、まさか。
 ただ抱き込まれただけ、にも関わらず、自分が達してしまったことには慄然としていた。

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