扉を守る護衛兵は、の姿に訝しみつつも周泰の来訪を告げた。中で待っているという。
 無礼とも取れる所作も、周泰には特別に許されている。
 と言っても、呉には元々無礼を無礼とも思わぬ気質があるから、こんなことは割と何でもない。孫策などは、実兄とは言え平気で忍び込んでくるから余計に始末が悪い。
 敢えて約定を交わすことが特別なのだと言えば、言えた。
 護衛兵達にのことを口止めすると、孫権は中に入った。
 孫権の室は、扉を開けた瞬間から暖かかった。炭でも熾してあったのかもしれない。
 扉を開けてすぐ、周泰が立っていた。生真面目に立って待っているのが如何にもこの男らしい。
 周泰はの姿を見ると、すぐに湯を用意させるといって出て行った。
 孫権すらわからない事情を周泰が察したとも思えないが、周泰にとって事情など路傍の石の如きものなのかもしれない。
「冷たいな」
 の手を孫権が両手で包む。
 遠慮して手を引っこめようとするを、孫権は軽く力を篭めていなす。
「兄上もよく、こうして下さったものだ」
 思い出語りに呟くと、は伯符が、と呟いて力を抜いた。
 が兄・孫策に対して一途に愛情を傾けているわけではないことはわかっている。
 けれど、深く信頼を寄せていることは今のことでも良くわかった。そして、他には孫策ほど信じるに値する者がないのだということもわかった。
 悔しいというものではなかったが、尻の座りの悪いような、居心地悪さが孫権を不機嫌にさせる。
 むっと唇を歪める孫権に、は申し訳なさそうにやはり手を引っ込めようとしだした。
「違う」
 何が違うのかわからぬまま、しかし乱暴にの手を引き寄せる。
 冷たい手はなかなか温まらなかった。
 孫権の体温は割と高い方だが、片っ端から熱を奪われていくような気すらする。
 こうまで冷たくなるほど、あんな場所で何をしていたというのか。
 空木の下で小さくなっていたの姿を思い出すと、まるで何かから隠れようとしていたようにも思えた。
 両手の平に挟んで、擦るように撫で摩ると、表面の方はほんのりと温かくなる。
 幾らかマシかと、孫権はの手を代わる代わる撫で摩り始めた。
 子供にしているようだ、と何となく思った。
「……何か、子供みたいですね……」
 すみませんと謝りながらぽつりと囁かれたの言葉に、孫権の心臓が小さく跳ね上がった。
 心を読まれたかと思うが、そんなことがあるわけもない。
 の頬が恥ずかしげに染まっている。
 室の暖かさに血の巡りが良くなっているだけかもしれないが、やや俯き加減のその顔は思いがけず幼くあどけなかった。
 年は幾らか上だと思っていたが、ふと見せる表情は危なっかしい程頼りなかった。
 本来であれば、この年頃の女は思慮深く慎ましい、悪い言い方をすれば老成して見えるものだったが、ことに関してその傾向を見た覚えはない。
 むしろ尚香の奔放さに近い無茶苦茶さ、それでいて何処か自分の内側に壁を作るようなよそよそしさを感じていた。
 壁と言ってもごく脆いものだ。穴がそこら辺中に開いているような、ぼろぼろの壁だ。
 覗けといわんばかりの無為な壁に、だから人は惹き付けられるのだろうか。
 悪趣味な話だ、と孫権が眉を顰めた時、周泰が戻ってきた。
 を奥の室に追いやり、それから家人を招き寄せる。湯を溜めた壷や盥、それに酒の仕度を置かせると、後は良いと追い返してしまった。
「……孫権様……」
「ああ、奥の室を使わせろ。私は構わん」
 周泰は湯浴みの仕度を孫権の奥の室、つまり寝室に整えた。
 落ち着かずにきょときょととするに、孫権は牀の上にあった夜着を投げて寄越す。
「湯を浴びたらこれに着替えておけ。その服は濡れて役に立たん」
「でも」
 何か言い募ろうとするを、孫権はばっさりと切り捨てる。
「また体を壊して牀に臥せる気か。兄上がお戻りになった時、私に何と言い訳をさせるつもりだ」
 は何事か考え込んでいる風ではあったが、結局良い思案も浮かばなかったようで、黙って頭を下げた。
 周泰を連れ隣室に戻ると、卓を囲んで酒を酌み交わす。
 微かに水が跳ねる音が聞こえてきて、孫権はわずかに頬を染めた。
 振り払うように勢い良く酒を煽る孫権を、周泰は黙したままじっと見詰めていた。

 湯から上がったは、借り受けた夜着の上に自分の装束を肩に掛けて現れた。
 あまり人前で披露する姿でもないのだが、はあまり気にした風もない。
 そういう育ちなのだろうと思ったし、ざっくばらんな呉ではそう大騒ぎするようなことでもない。
 招き入れて、空いている杯に酒を注ぐ。
「呑め。温まる」
 孫権の言葉に、もおとなしく従い杯に口を付ける。
 それはいいのだが、周泰はが杯に口を付ける端から継ぎ足し、それを乾す暇すら与えない。
 何かおかしいとが周泰を見遣るが、周泰はいつもと変わらぬ無表情を守るのみだ。
 周泰も呑んでいるから、も断り辛い。
 冷えるだけ冷えた後、湯で温まった体は酷く酒が回りやすい。
 手持ち無沙汰から酒に口を付けない訳にもいかず、また呑まなくても周泰が酒壷を傾けてくるから呑まざるを得ない。
 すぐに朦朧としだした意識を何とか保たねばと自重しようとするのだが、一口口を付けただけでも溢れかえるほど酒を注がれてしまう。
 何だろう、と非難も篭めて周泰を見上げるが、周泰はの目を見返すことすらしない。なみなみと注がれた酒を一気に煽られてしまうと、お代わりの杯を満たさざるを得なくなる。
 満たせば返杯となり……と、延々と続くループから逃れられなくなっていった。
 そんな二人を他所に、酔いが回ってきた孫権は勢いのまま杯を重ねていく。
 ほとんど会話もなく、黙々と酒を呑み続ける酒宴が続いた。

 孫権が酒壷を逆さに振る。酒が出てこない。雫が一二滴、ぽと、と情けない音を立てて落ちてきただけだった。
 飲み干してしまったとやっと気が付き、周泰はと振り返るが既に姿はなかった。
 いつの間に、と孫権はぼんやりと考える。
 そう言えば、先程何やら言いつつ席を立って行った。小用かと思い込んでいたが、退室の礼を述べていたのかもしれない。
 追加を強請ろうかと思ったのだが、夜もだいぶ更けた頃だ。切り上げ時かとふと見遣れば、そこに眠りこけたの姿があった。
 酔いにかまけてすっかり忘れていたのだ。
 忘れようとしていたのかもしれない。
 こうしてと呑むのは初めてのことだった。気にすれば、を室に戻さねばならなくなっただろう。
 戻りたくないと言っていた。
 ならば、今宵一日くらい戻らずとも良いだろう。
 酔いの回った頭で軽く考え、一人頷いた。
 このままでは風邪を引く、と抱き上げると、酒の匂いに混じって微かに甘い匂いが香る。
 女独特の脂の甘さだ。
 抱き上げた腕に、柔らかな体がしんなりともたれかかってくる。
 湿った感触は、肩から掛けた装束のせいだろう。
 濡れていると言ったのに、と腹が立った。
 牀に運ぶと、の体から装束を剥ぎ取る。
 湿り気を帯びた夜着に冷気が忍び込むのか、は孫権に背を向け小さく丸まった。
 夜着一枚のの体の線が、背を丸めることによって露になる。
 不意に孫策の言葉が蘇った。
―――俺が居ない間に、抱いとけ。
 ごくり、と生唾を飲み込んだ。
 抱けと言われて、今これ以上の機はあるまい。
 だが、は酔っている。
 酔って意識のない女を、抱くわけにはいかない。
 孫権は、熱く昂ぶり始めた熱を吐き出すかのように深く深く息を吐いた。
 上掛けを被せてやろうと手を伸ばすと、の肩に腕が当たった。
 その腕を、眠っているはずのが捕らえる。
 はっとして見下ろすが、の目は閉じられたままだ。
 無意識に腕を捕らえただけなのだろうか。
 抱き込むように体を押し付けてくるに、何をしようもなくされるがままになった。
 手の甲に、の胸乳が押し当てられる。
 他の何とも比べようがない柔らかな弾力に、孫権は体温が上がっていくのを感じた。いかん、と慌てふためく頭とは切り離されてしまったかのように、腕はに抱き込まれるままになっていた。
 引き抜かなければと意識して手に力を篭めると、の吐息が艶かしい色を帯びる。先端の、敏感な部分に触れてしまったらしい。
 ぷっくりと膨れた感触が、夜着を通して孫権の皮膚を刺激する。
「……う」
 限界だった。
 ただでさえ酔いが自制心が乏しくしているのに、更にその牙城を揺るがす条件が揃い過ぎていた。
 口付けるくらいなら。
 誘惑に崩れかかる孫権の理性が、甘美な譲歩に屈服した。
 酒臭い吐息に甘やかな雰囲気など望むべくもないが、逆に凄まじく現実味を帯びた低俗さを醸して孫権を煽り立てる。
 唇は予想したよりも遥かに柔らかく熱く、孫権は甘さすら感じていた。
 の目は閉じたまま、代わりに唇が微かに開いた。
 差し出される舌に驚き目を見張る孫権だったが、ゆるゆると蠢く舌の感触にすぐに夢中になった。
 絡め、吸い上げ、また絡める。
 脳の芯が痺れるような感覚に陥る。呼吸がままならなくなり、心臓の鼓動に併せて激しく昂ぶっていった。
 唇が離れ、は深く溜息を吐いた。
「……伯符……」
 兄の字を呼ばれ、孫権の顔がさっと青褪める。
 次いで零れた言葉に、しかし孫権の理性は我に返ることもなく粉々に吹き飛ばされた。
「して……」
 勘違いしている、とわかっていても、焦げ付くような衝動を耐えることはできなかった。
 摺り寄せられる膝の動きが何を意味しているのか、弾む息が何を意味しているのか手に取るようにわかったからだ。
 目を開けさえすれば、人違いだとわかるはずだ。目を開けぬから、わからないのだ。
 頑なに閉ざされたままの瞼に己の正当性を押し付け、それでもわずかな恐怖から孫権はを背中から抱き締めた。
「……んっ……」
 股間に滾るものが、の尻に押し付けられる。その感触に身動ぎするの顔を、孫権は覗き見るように伺う。
 目を開ければ、気付くはずだ。しかし目が開く様子はない。
 は、わざと目を開けないのではないかと思えてきた。孫権に抱かれたくて、それで人違いをした振りをしているのではないかと思った。
 都合のいい勝手な予想は、孫権を大胆にさせた。
 襟先から指を忍ばせると、胸の辺りを覆う布がある。それを潜るように進むと、柔らかな胸乳の頂に辿り着いた。指先で摘み上げ、転がすように擦る。
 の体が魚のように跳ねた。しかし、目が開く様子はない。
 やはり、わざとなのか。
 苛立ちに似た感情が湧き上がり、孫権はの胸乳を責めたまま、弱いと聞かされていた耳に舌を這わせた。
「ひぁっ」
 がくがくと震える体を押さえつけるようにして耳朶を食む。
 甘い声が立て続けに零れ、胸乳を責める孫権の手を握り締めている。
 目は、開かない。
 の足が開き、背後に居る孫策の足に絡みつく。
 催促をするかの如き動きに、孫権は乱暴に夜着の裾をめくり上げた。
 指で触れると、腿の際から既に濡れている。
 触れやすいようにとでも言うのか、腰が浮き、は牀の敷布に顔を埋めてしまった。
 火照った柔肉をなぞるたび、の体は痙攣し淫らな声が上がる。
 秘裂を指で広げると、とろりと薄く粘る雫が孫権の指を濡らした。
 待ち焦がれている。
 孫権は己の肉を引き摺り出すと、先端を宛がった。
 の腰が期待するように上がり、尻を押し付けてくる。
 押し込めると、のくぐもった歓声が敷布を通して室の空気を震わせる。
 悦んでいる、と思った瞬間、孫権の肉が強く締め付けられた。
 あ、と声を立てる間もない。
 弾けた精が、の中に注ぎ込まれていく。
 脈動にすら感じるのか、の声はあくまで艶やかだった。
 よもやこれ程とは思わなかった。
 我ながら情けない早漏振りに男の矜持を傷つけられ、孫権は渋面を作る。
「……あ」
 小さく声を上げ、が体をすくめる。
 膣に埋め込まれた孫権の肉が、締め付け続けるに反応して再び剛直を取り戻そうとしていた。
 完全に屹立する前に、孫権は律動を始める。
 揺すぶられ、湧き上がる悦には啜り泣きながら敷布にしがみついて耐えた。
「やぁっ!」
 の努力を無駄にするように、孫権の指が秘裂を割り秘められた肉芽を擦り突く。
「そこ、だめ、だめ、だめぇ……っ……」
 激しく痙攣し、崩れかかるを孫権は埋め込んだ肉と腕とで支えた。
 失態を穴埋めしようと言わんばかりに責めは執拗に続き、は敷布を噛んで耐える。
 しかし、その眼が開くことは最後までなかった。

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