結局はなかなか話を切り出せず、痺れを切らした凌統に孫権が代わって説明をした。
孫権がを想っていたこと、孫策の手前黙っていたこと、今宵、その想いを告げる為にの室を訊ね不甲斐なく逃げ出したこと、つい先程室に戻って二人で話をしていたことを話す。
既にを抱いた件、が複数の男に抱かれている件等はさすがに伏せたが、それでも凌統を驚愕させるに十分な内容だった。
唖然とした顔を隠さず孫権に向ける凌統に、それまで途切れず言葉を募っていた孫権も羞恥を覚えて俯く。
「……だっ……つったって、孫策様はどうするんです」
「……兄上には、既に告白してお許しをいただいた。そうだとするなら全力を尽くせと……言われている」
あまりに孫策らしい言い様に、疑問を挟む余地はなかった。
「じゃあ、その為に周泰殿に命じて居留守使われてたってんですか」
刺々しい言葉に、孫権は目を見開く。
「居留守? そんなことを命じた覚えはないぞ。どういうことだ」
舌打ちして扉の外を睨めつける凌統だったが、大きく深呼吸して意識を切り替えた。
孫権に向き直ると、今度は凌統から説明を始める。
が様子のおかしい孫権を追って飛び出していったことは、護衛兵から即座に知らされた。
相手が相手故に内密にすることを言い含め、一人を連絡役に残しを探しに飛び回る。
まさかとは思うが、刃傷沙汰にでもなれば事は重大と、凌統は必死になって探し回った。
兎にも角にもとまずは孫権の室を訪ねたが、居合わせた護衛兵に尋ねたところ孫権は戻っていなかった。
執務室に向かうと、ちょうど周泰が執務室から出てきたところで、孫権の所在を尋ねたところ知らないとのことだ。
事情をざっと説明し、安否を気遣っている旨説明しても、周泰の顔色に変化はない。元々表情も声音も読めぬ男だからと、その時は気にならなかった。
ただ、か孫権を見かけたら必ず自分か連絡役に残した兵に伝えてくれるようにと頼んだが、何故か周泰は快い回答はせず、それだけが凌統の気にかかった。
しばらく探し回ってみたものの、生憎月も出ていない空模様で、灯りを持ってうろつきまわるのは目立ちすぎて躊躇われる。一応庭を回ってもみたが、人の気配はなく、痕跡を辿ろうにも灯りなしでは覚束ない。
連絡役の兵の元に戻ってみても、未だ何の報ももたらされてはいなかった。
念の為と再度孫権の室を訪ねてみれば、そこに護衛兵の姿はなく、何故か周泰が立っている。
戻っていたかと安堵する反面、何故頼みごとを反故にしたかと腹も立った。
周泰に孫権への面会を求めると、周泰は戻っていないの一点張りで凌統の入室をひたすら拒む。
空室を守る馬鹿が居るかと更に腹が立ちつつも、ならばを見たかと問えば、居るはずがないと答えが返ってきた。
見たかと問うて、居ないと返る。
これはおかしいと、凌統が入室を強行しようとしたのを周泰に阻まれた。
いい加減にしろ。
凌統が怒鳴る声に合わせ、周泰は何と暁を構えた。
是が非でも通らせないという周泰の態度に、凌統も遂に堪えきれずに波濤を構え、先程の騒ぎとなったのだ。
「そりゃあ、忠義のお人だって言うのは俺も重々承知してますよ。けど、今回ばかりは行き過ぎってもんでしょう」
凌統は、の安否をのみ気に掛けていたのだ。
孫権が既に落ち着いていて、と二人きりで話し合いたいというなら、それならそれで構うことではない。事実凌統はそう主張したのだし、取り合わなかったのは周泰の方だ。
何だってまあ、と凌統は不貞腐れたが、孫権とは顔を見合わせた。
凌統の乱入がなければ、恐らく外に周泰が居ることも忘れて抱き合っていただろう。
周泰は、何の事情の説明もなくそれと察したというのだろうか。
薄ら寒いような気がした。
孫権などは、自分の後始末を今度こそ自らの手でと勢い込んで周泰を置いてきただけに、手の平で遊ばれるような不快感をわずかではあったが感じていた。
「で、お話はもうお済みですか」
互いの疑問も晴れたからには、とばかりに、凌統が切り出してきた。
外に詰め掛けた兵達も、周泰に説明を受けて引き返したようだ。もっとも、周泰の口の重さに辟易しての間違いかもしれないが。
さておき、凌統としてはさっさとを室に送ってしまって、この一件に幕引きしてしまいたかった。
ふっと目を見合わせると孫権に、凌統は胸騒ぎを覚える。
凌統は単に孫権がに告白したのだとしか受け止めていない。しかし、実際のところはが孫権を受け入れる寸前だったのだ。後朝の別れの空気が、二人の間を離れがたいものにしていた。
「服を」
この格好では迂闊に外に出られまい、と孫権は続けた。
の服のことだから、この場合は凌統が取りに行かなければならないのは自明の理だ。
凌統は自分が取りに行かされることよりも、今この場を離れることに何となく抵抗を感じた。
広い屋敷とは言え、行って帰るのにさして時間は取らないだろう。だのに、何故か今この場を離れてはならぬと胸の内で警鐘が鳴っている。
「……虎皮をお借りできれば、問題はないと思いますよ。何せ、このヒトは寒がりと来てる」
胸元さえ覆ってしまえば、他に異変は見受けられない。自然な申し出と言えた。
「……では、せめて、私の夜着を着ていくといい」
こちらだ、と孫権が奥に向かう。
が付き従い、当たり前だが凌統は取り残される。
付いていきたい衝動に駆られるが、それもおかしなことなので凌統は膝に拳を置いて耐えた。
何だ?
手の平に嫌な汗が浮く。
孫権が戻ってきて、凌統はほんの少しだけ気を緩むのを感じた。
しばらくしてが夜着を下に着こんで戻り、凌統は拱手の礼を取って孫権の元を辞した。
虎皮の端を胸元で合わせてほてほてと歩くに、何とはなしに違和感を感じる。
何処が、とは言えない。
強いて挙げるなら、いつもよりずいぶん無口だということだろうか。
しかし、何事もなかったとは言え服を引き裂かれたのだ。女人の端くれであるも、多少は衝撃を受けたに違いないと敢えて自分に言い聞かせた。
「……どうかした?」
逆にが問い掛けてくる。
世話ない、と凌統は自嘲した。
「いや、孫権様も物好きだなと思ってさ」
「……そう……だね……」
会話が途切れてしまう。
凌統はやや焦りを感じて、声を上調子に整えた。何やってんだ俺、と思いつつも、何故かそうせざるを得なかった。
「その服、どうするんだい。直すにしても、跡隠すの大変だろ。何なら俺の伝手に当たってやろうか」
繕い物の上手な職人に心当たりがあると言うと、の顔が輝いた。
「ホント?」
「……まぁ、あんまり期待されても困るけどね。一応、当たるだけ当たってやろうか」
が話に乗ってきたことに安堵する。も、緊張が解れ始めたのか表情から強張りが消えた。
「直せると嬉しいんだけど。文官になって初めていただいた装束だから」
また街に下りなければならない、いっそもう一度許可をもらって一緒に出かけようか、などと他愛のない話が続いた。
「……ごめんね、公績。探すの、大変だったでしょ」
気が緩むと、はどうしても詫びなければいけない気持ちになった。凌統と周泰が争ったことも心苦しい。普段の凌統であったなら無用の諍いを避けて器用に場を取り繕うだろうと思うと、申し訳なさに拍車が掛かる。
「いいって」
短く切り上げ、凌統はの頭を軽く叩いた。痛いと文句を言いつつも、は無邪気な笑みを零す。
やっと普段どおりに戻ったに、凌統も肩の力を抜いた。
「公績、私のお兄ちゃんみたい」
「何だそりゃ。あんたのが、年は上じゃなかったっけね?」
どちらにせよ、こんな手間のかかる姉妹は要らないと言って笑いかけると、も怒る振りをしながら笑った。
居心地のいい関係が戻った、とほっとしながら凌統は軽口を続ける。
やはり、自分はこの位置でいいと思った。
凌統はを室に送り届けると、自室に戻っていった。
頭を下げるに、護衛兵達は気にしないで欲しい旨快く述べ、疲れたろうからゆっくり休むようにと言ってを室に押し込んだ。
優しい人達の優しい扱いに、一人きりになってからも温かな気持ちに包まれる。
着替えようと肩から掛けた虎皮を外し、そっとその強い毛を撫で上げた。
――孫権様も、物好きだなと思ってさ
凌統の声が蘇る。
本当に、そうだ。
椅子の背に虎皮を掛け、破れた装束を丁寧に畳むと、孫権の夜着を脱ぎそれも畳む。
炭を熾してくれているせいか、室の空気はほんのりと暖かい。
早く寝しまおうと夜着を纏うの耳に、微かな物音が響いた。
怯んだ。
物音は庭に面した窓の方から聞こえる。
空耳かもしれない。開けぬまま、そのままにしてしまえばいい。
けれど、は吸い寄せられるように窓の前に立った。
空耳だろう。
ならば。
開けても、支障はないではないか。
指先が震えるのを自覚しながら、は装飾の施された窓枠に掛けられた、小さな閂を外した。
板ガラスのない時代だから、閉めたままでは外を見ることは適わない。
開けるまで、そこに何があるかわからないのだ。
怖いな、とは震えた。開けてしまったら、もうそこで終わりなのだ。
そしては開けてしまった。窓の外には闇が広がっている。何もない。
空耳だった。
ほっとしたような、肩透かしをされたような複雑な気持ちがした。
「退け」
心臓が跳ね上がった。よろけるように後退ると、が居た場所に身軽く飛び込んできた者が居る。
孫権だった。
素早く窓を閉めると、閂を掛けてしまう。室の中が、外の闇とは違う闇に沈んだ。
立ち尽くすに、孫権は何事もなかったように口付けを落とす。
「……後で行くと言ったろう」
困ったように笑う孫権に、は気圧されたように頷いた。
夜着を借り受ける為に奥の室に進んだは、凌統の視界から消えた瞬間孫権の腕に捕らえられ、素早く口付けられたのだ。耳元に『後で行く』と囁かれたのを、は夢の出来事のように思っていた。
本当に来るとは思わなかった。
思わなかったろうか?
ならば、何故窓を開けたのだろう。
「わた、私、でも、伯符と」
兄である孫策の字は、孫権に対しての最後の切り札のように思えた。
「わかっている」
孫権はの唇を食むように軽く噛み、その首筋に顔を埋めた。
「だが、今ここに居るのは私だ。私の字を呼べ」
そうではなくて。
「違……だから、私、伯符と、伯」
無理矢理に言葉を封じられ、逃げ道を塞がれる。
「私の字だ。私の字を言ってみろ」
どうして孫権を孫策と間違えたのか、もう判然としない。酔っていたとは言え、寝惚けていたとは言え、何故この腕に抱かれたことを忘れたのかもわからない。
忘れたならば、忘れられたのならば忘れたままにしておけば良かったのではないだろうか。
そうまでして禁忌を犯そうとする孫権の執念が怖くなった。
体が逃げようとして後ろに下がるのを、孫権は素早く察して引き寄せる。抗いようもない強い力に、の恐怖は膨れ上がっていく。
美しいと見惚れた目の色は、紫を濃くしての奥を見透かすようだ。
孫権は片手で易々とを戒め、その股間に空いた手を回す。
滑り込んできた指が乱暴にの中をまさぐり、は痛みに眉を顰めた。
しかし、痛みは感じても、孫権の指が突き動かされるたびに湧き上がる水音は幻聴ではない。怖い、恐ろしいと感じていながら、の体は意識とは真逆の反応を見せていた。
「言え」
孫権の囁きは有無を言わせぬ頑なさでを責める。
唇を噛み締め、最後の砦を死守しようと抗う。孫権の字を言わなければ、それさえ言わなければ孫権は踏み止まってくれると思えた。
「言ってくれ」
命令が懇願に代わり、を揺らす。
ダメだ、とこの場に来て尚、は拒絶した。まだ踏み止まれる、と体に力を篭めた。
孫権は焦れたようにの耳を食み、その耳朶を舌でなぞった。
艶めいた声が、掠れた吐息に混ざりこむ。
「……兄上は、お許し下さったのだぞ。お前を抱けと、私に命じられた」
そうだ。……そうだった。
がくん、と膝が折れ、一気に限界を迎えた。もう、堪えきれない。
孫権の腕に縋ったは、泣き出しそうな声で囁いた。
「仲謀」
柔らかな笑みを浮かべてを抱き締める孫権に、は打って変わったように遮二無二しがみつく。
腰が揺らめき、孫権の昂ぶりを煽った。
「淫乱め」
孫権は優しくを抱き上げ、その体を牀に運んだ。
「声は、潜めよ。護衛の兵に聞かれかねぬ。ここは、私の室ではないのだからな」
身分の高さから孫権の室は広く、頑丈な作りは外敵のみならず声が外に漏れることを防いでくれる。の室もそれなりには広かったが、比べるまでもない。
聞いているのかいないのか、は頷くばかりでただ孫権にしがみつく。足は開いて、既に孫権を受け入れるべく体勢を整えていた。
これでは男なしでは居られまい。辛かったろうと、孫権は前置きするのも焦らすのも止めた。
勃ち上がったものを濡れた肉に押し当て、小さく行くぞ、とだけ声掛ける。
が頷き、唇を噛み締めた。
ずぶずぶと音を立てて沈んでいく昂ぶりに、の眉がきつい弧を描く。苦しそうに見えて、孫権は半ばで動きを止めた。
「……きついか」
は首をふるふると振った。眦に涙が浮いている。蠕動する膣壁が、埋め込まれた孫権の肉を細やかに刺激した。
「もっと、きつく」
たどたどしい声は、言葉の淫らさを煽る。
無言のまま、残りの肉を一気に押し込めると、は口元を押さえて悲鳴を耐えた。
目元が赤く染まり、欲情に蕩ける眼を淫猥に彩る。
「お前の、望むままにしてやろう」
だから、字を。
私の字を、呼んでくれ。
「仲謀」
は孫権の望みに応えて孫権の字を囁いた。
「仲謀、お願い」
我慢できない、と必死に訴えるに、孫権は最中にも関わらず優しく微笑んだ。
「……お前が淫乱で、私には幸いだ」
嫌悪したかのようには目を閉じてしまった。
孫権はの足を抱きかかえ、柔らかくきつく締め付ける肉を激しく抉る。上がる声は小さいながらも、業火のように熱かった。
「……仲謀……仲謀……」
うなされるように孫権の字を呼び続けるを腕に巻き締め、貪った。