人気のない廊下を、一人歩いていく。
 すれ違う者もなく、闇に浮かび上がる廊下を灯りもなく進むのは困難だ。
 誰かに見咎められたら、道が分からなくなったら。
 いつでも引き返すつもりで歩いているのに、誰と会う訳でもないし手探りの廊下でも行く先を誤ったと思うことは一度もなかった。
 人払いでもされているのだろうか。
 何の為に?
 自問自答の結果は、一つより他思い浮かばない。
 嫌だと感じないのが嫌だった。

 孫堅の執務室の前に立ち、声掛ける。
 すぐに中から応えがあった。
 扉を開け、滑り込むように中に入るとそっと閉める。
 振り返った先に、執務の大きな机に腰掛けた孫堅が座していた。
「遅かったな」
 その言葉で確信した。やはり孫堅は、が来るのを待っていたのだ。
 しかし、どうしたらいいのだろうか。
 孫堅と交渉するのは初めてではない。
 しかし、二度目にして尚、の手札は一枚きりしかない。以前の交渉の際、その手札も知られてしまっているとあっては、交渉の持ち込み様もなかった。
 察しているのか、孫堅の顔は余裕に満ちていた。
「来い、
 差し出される手を、怯みながら見つめる。
 この手を取ったら、合意と言うことになる。
 取らなければどうなるか。
 ぞっとするような光景に、は唇を噛み締めた。
 おずおずと手を重ねると、その手は意外にも暖かだった。

 の手を取り、室の奥の奥に進む。
 厚い布で隔てられた室の中は、ほんのりと暖かかった。
 室の中に入った途端、孫堅はの腕を引き、緩く抱き締めた。
 顔が近付いてくる。
 が目を閉じると、唇に慣れた感触が触れた。但し、顔にちくちくと刺さる無精髭の感触は、これまで以上に大きな存在感を感じさせる。
「……緊張しているようだな」
 体が強張っていることを揶揄されて、は誤魔化しようがなくこくりと頷いた。
 正直な様に、孫堅は笑みを誘われる。
 孫堅が今一度口付けを落とそうとした時、の手が孫堅を押し留めた。
「さ、先に約束して下さい、伯符や周泰殿に罰を与えないって」
 途端に呆れたような顔をする孫堅に、の頬は羞恥に染まる。
 やり方がまずいということは分かっている。
 だが、どうしても確認せずには居られなかった。
 互いに気遣って事を隠蔽しようとした結果、と周泰だけでなく、孫策、孫権、周瑜、甘寧、呂蒙と、呉の名立たる武将を相当数巻き込む結果になってしまった。
 と周泰はともかく、他の者への処罰に関しては孫堅の胸の内一つだ。嘘を付いたという事実は、当事者たる将を除けば報告を受けた孫堅一人きりだろうことは、先程の会合でそれとなく知れる。でなければ、文官なりが同席していて然るべき話だろう。
 人払いをしていたから、あの場には当事者だけが呼ばれていた。
 そして、孫堅はこう言った。
――俺も、『表立っての』擁護は叶わぬ。
 ならば、表に立たなければ為しようはあるということだろう。
 少なくともはそう取ったし、賭けのつもりで再度訪れた孫堅の執務室には、夜更けにも関わらず孫堅が待っていた。
 払うものを払えば、孫堅はの悪いようには動くまい。
 が何を払うつもりなのか、孫堅は先刻承知だろうし、それで良いと了承したからこの室に誘ったのだろう。
 けれど、口約束でも約束が欲しかった。
「交渉の術が、なっておらぬな」
「す、すいません……」
 興を削いだことは孫堅の表情で分かる。分かるがしかし、今更取り消せるものでもない。
 孫堅の手がの頬を撫で、唇に触れる。
「舐めろ」
 露骨な言葉に、の体が小さく跳ねる。
 数瞬の間を空け、は躊躇いつつも唇を開き孫堅の指をちろりと舐めた。
 孫堅は動かない。
 続けろという意志と受け取って、はそのまま孫堅の指を舐め続けた。
 最初は舌で触れるだけの動きが、小さくぴちゃぴちゃと音を立て初め、次第に大きく舌を差し出して舐めるように変化する。
 それでも動かない孫堅に、は差し出された指を口に含んで吸い上げてみせる。
 時折甘く噛み、吐き出しては指の根まで丹念に舌を這わせ、また口に含んで吸い上げる。
 性技を思わせる舌使いを、孫堅はじっと見ていた。
 閉じていたの目が開き、上目遣いに孫堅を見上げる。
 視線が絡み、転瞬は孫堅に唇を奪われていた。
 舌が差し込まれ、強く絡み取られる。
 音を立てて吸い上げられ、乱暴に口内を弄られると、の体は痺れたように言うことを聞かなくなっていった。
 だが、孫堅から解放された時、気付けば爪先立って孫堅に縋り付いている。
 にやりと笑う孫堅の頬も、激しい口付けで上気している。
 沸き立つような男の色気が、の神経を熱く焼き焦がす。
 の腕が孫堅の首に回り、自ら唇を重ねる。
 孫堅の目が一瞬見開かれたが、すぐにの舌を受け入れ再度絡めあう。
 胸を押し付けるように孫堅にもたれかかれば、孫堅はを抱き留めその腰に手を回す。
 女特有のなだらかな線をなぞる孫堅の指に、の肌が一々反応を返した。
 尻臀を強く掴むと、の体が大きく跳ねる。腰を突き出し、立ったまま挿入を強請るように揺れた。
「ここが、弱いか」
「そ、じゃない、ですけど……っ……!」
 今、の体は孫堅の何もかもに過敏に反応してしまっている。孫堅の腕に抱かれただけで、下着までぐっしょりと濡れているのが分かる程だ。
「ひ、や……あっ、あぁ、んっ……!」
 両の手で尻臀を揉みしだかれ、ぎゅっと鷲掴みにされるだけで体がびくびくと跳ね上がる。
 の顔を面白げに見下ろしている孫堅に、しかしもう睨め付ける気力もなかった。
 秘奥が痙攣したようにひくついているのが分かる。
「ん、ん……そ、孫堅様……!」
「何だ」
 切羽詰ったに、孫堅が冷静に返す。
 の目が泣きそうに歪んだ。実際、目尻には涙が浮かんでさえいる。
「孫堅、様」
「何だ?」
 優しげな目は、嗜虐の色を濃く映していた。が言うまで、決して応じまい。
「……っ……あ、の……く、下さい……」
 それだけ言うのが精一杯だった。顔が赤く焼けていくのが分かる。
「何をだ」
 しかし孫堅は優しくを促すのみだ。まだ足りないと言っている。
 が目で縋るも、孫堅の笑みはただひたすら優しく無慈悲だった。
 孫堅の鎧に付いている前垂れが邪魔して、触れて示すことも出来ない。
 はわなわなと身を震わせて、恥辱と理性の間に激しく揺れた。
「何が欲しい、
 言ってみろ、と耳元で囁かれ、挙句耳朶に口付けられる。
 陥落は早かった。
「……っ、そ……孫堅様の……お、おち……ん、ちん……」
 途切れ途切れの小さな声ではあったが、孫堅は確かに聞いた。
 聞いて尚、問う。
「何が、欲しい?」
 は口を噤んでしまった。
 言った、と一旦安堵したものが、聞こえなかったという孫堅の言葉に否定され、なかったことにされた。もう言えないという羞恥と、けれど急きたてるような性欲に挟まれて身動きが取れなくなる。
 孫堅の指がの着ている裾長の装束をたくし上げる。
 晒される肌に外気が触れ、鳥肌立った。
 内腿の下部から垂直に撫で上げられる。下着越しに滲んでいた愛液を掬われたかのようで、は背を大きくしならせた。
 下着の際から潜り込んだ指が、愛液の流れを辿るように沈み込んでくる。
 腰が引けるのを乱暴に取り押さえられ、孫堅の指が押し込まれてきた。
「……っ……」
 息を飲む。
 爪先立って上へと逃れようとするが、孫堅の指はそれに合わせて動くのみで、すぐに何処にも逃れようがなくなった。爪先立ちになることで却って安定感を失い、孫堅の指を強く締め付けてしまう。
「指一本で、これか」
 感想に過ぎない孫堅の呟きに、は顔を赤らめて目を背ける。
 意図して締めているのではないだけにやるせなかった。
「……策は、これで落ちたとして。周泰は、何故お前に落ちた?」
 言っていることが分からない。
 思わず目を向けると、孫堅はそれを待ち受けていたかのようにの目を覗き込んだ。
「お前に魅了された男は多いぞ。俺を含めてな。何がそれ程我らを魅了する?」
 問われてもに応えられる筈がない。の方こそ、それを知りたいと望んできたのだ。
 沈黙が落ちた。
 不意を突き、孫堅の指がの中を擦り上げる。
「ひぁっ……」
 意識が逸れていただけに、不意打ちはの熱を強く煽った。
 指一本のこと、きつくはないがそれだけに自在にの中を蹂躙する。
 素早く突かれて、は立て続けに短い嬌声を上げる。
 ますます強くなる締め付けに、孫堅は笑みを浮かべてに囁きかけた。
「すまなかったな、気を逸らして。詫びの代わりに、お前の好いところを好きなだけしてやろう。何処がいい」
「あ、あぁ、や、嫌っ……!」
 腰が浮き上がり、愛液はしとどに溢れる。
 それでも、が得たい刺激には程遠い。
「嫌、か。では、何がいい」
 孫堅が再度誘う。
 激しい指の動きが止まり、しかし咥え込んだまま、は荒い息を継いでいた。
 言えない。
 もう、言えない。
 孫堅の肩口に顔を埋めてしまったに、孫堅は苦笑を漏らした。
 やり過ぎたと感じつつ、しかし自らを諌めることも出来ない。
 声がいい。
 泣く声も啼く声も、高過ぎず低過ぎず孫堅の耳に心地良い。わざとらしくない、本当に与えられる悦に溺れているのだと知れる嬌声は、男の自負心を最高にくすぐった。
 もっと泣かせ、啼かせたくなる。
 孫堅は、の内から惜しみつつ指を抜いた。
 強く締めていた栓が抜け落ちるような音がして、の足ががくがくと揺れる。
 を持たれかけさせたままで、孫堅は鎧の金具を外し始めた。
 最初はぼんやりしていたも、それと気付いてわずかに孫堅から離れた。
 鎧と上衣を脱ぎ捨てると、孫堅は長椅子に腰掛けた。
 足を開き、股間で猛る肉をに見せ付ける。
「言えぬのなら、行動で示せ」
 自ら挿れてみせろと言っている。
 すぐに覚ったが、は自信なさげに孫堅の肉を見つめるしか出来なかった。
 したことがない。
 趙雲に一度、やれと言われてやろうとしたことはあったが、結局いつも通り趙雲に挿入してもらって終わった。上に乗せられても、動くことも出来なかったのだ。
「したことが、ないか」
 見抜かれてしまい、は逡巡した。
 少しの間悩んでいたが、孫堅を習って身に纏った装束を脱ぎ捨てる。孫堅とは逆に、上衣を一枚残し、後は下着も含めすべて脱ぎ去った。
 孫堅の足の上を跨ぎ、静かに腰を下ろす。
 昂ぶりを固定する為に触れると、熱く滾っているのが分かった。
 思わず見入る。
「……食い千切りそうな目をしているな」
 孫堅の揶揄に顔が焼ける。
 文句を言おうと顔を上げた途端、口付けられて何も言えなくなった。
 不満顔を浮かべながら、再度孫堅の昂ぶりに触れる。濡れた肉にその先端が当たり、ぞっと鳥肌立つ程心地良い。
 膣口を探る為に孫堅の昂ぶりを自らの指でずらす。
 先端が微かに襞をなぞるだけで、へたり込みたくなる程気持ち良かった。
 ここ、という位置を見出し、息を詰めて腰を落とすが上手くいかない。
「ん……?」
 二度三度と試してみるが、やはり亀頭が滑って挿ってくれなかった。
 恥ずかしさも忘れ、孫堅のものを凝視する。
 孫堅には、そんなの様が、子供が師に学んできた言葉を暗誦しようとして思い出せず、途方に暮れて悩んでいるようにしか見えない。
 あまりに幼い困惑に、濡れ場の最中にも関わらずくつくつと笑い出してしまった。
 が顔を赤くして睨め付けるが、怒りのないの目には険と言うものがまるでない。
 万事におけるこの落差が、と言う女の最大の魅力なのやも知れない、と孫堅は思った。

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