思い掛けない出来事に、すっかり毒気を抜かれ、はひとまず自室へ戻ることにした。
 周泰とて人の子だから、無表情とは言え一通りの感情は持ち合わせているには違いない。
 けれど、露骨に羞恥を見せる周泰の様は、意外を通り越して仰天というに相応しい衝撃を伴った。
 可愛いとか萌えるとか以前の問題で、衝撃波が突き抜けた後の真空状態と言うか、頭の中が真っ白になって何も考えられなくなってしまったのだ。
 こんな状態で孫堅に会っても迷惑(あるいはネタ)を振り撒いてくるだけだろうと、やる気ゲージが萎えたのに併せて戦略的撤退を試みていた。
 自室に繋がる廊下まで辿り着くと、誰かが立ち尽くしているのが目に入る。
 衛兵の類は付けられなくなったが、が留守の際には伝言が残せるように竹簡と墨と筆が置いてある。
 それに書き記しておけば、後程の方から連絡を差し上げる旨広く伝聞してもらっている筈なので、こうして直接を待っている人は珍しかった。
 よく見れば、待っているのは大喬だ。
 先程会ったばかりなのに、何事だろうと近付いていく。
 廊下を踏み締める微かな足音(誓って微かである)に、大喬は敏く気付いて駆け寄ってくる。
「大姐!」
 泣きそうな声に泣きそうな顔をしている。
 常日頃から我慢強い大喬が、こうして感情を露にするのは珍しいことと言えた。
 本来は、胸の内に激情を秘めており、強い意志でそれを封じているらしいことは先日来の遣り取りで存じ上げてはいたのだが、そのを前にしてさえ、大喬が感情を露にするのは稀である。
「どうしたんですか」
 とにかく中へと大喬の肩を抱く。
 の指が触れた途端、大喬の肩は短く強く跳ね上がった。
 幾許かの不可解さを感じるのだが、それきりおとなしくに付き従う大喬に、すぐにその不可解さは忘れ去られた。

 大喬に椅子を勧め、ともかく座らせると、は茶の仕度に取り掛かる。
 温かいものを飲んで、少し落ち着かせようと思ったのだ。また、が仕度している間、大喬も話の糸口を探すことが出来るだろう。
 少し熱めに、濃い目に淹れた茶を携えて戻ってくると、大喬は弱々しく微笑んだ。
 何か大変なことでもあったのだろうか。
 は胸の辺りがざわざわとざわめくのを感じていた。
 まさか、孫策の身に何かあったのではないか。
 細やかな気配りを常に忘れぬ大喬のこと、の問い掛けに応じて何がしかを耳にして、そのことでショックを受けたのだとしたら、それは孫策の身に何かあったのだとしか思えない。
 小さく息を飲み、は姿勢を律して大喬の足元に膝を着く。
「……何が、あったんですか、大喬殿」
 途端、大喬の顔が青褪め強張る。
 の表情も併せて切羽詰ったものに転じた。
「大喬殿、何が、あったんです?」
「……大姐」
 大粒の涙をぽろぽろと零し始めた大喬に、はぎょっとする。
 まさか。
 血の気が引いていくような感覚に、床に着いた膝からも力が抜けていくようだった。
「私」
 聞きたいような聞きたくないような、胸が押し潰される感覚に息が詰まる。
「私、体がどうかしてしまったみたいなんです……!」
 わっと泣き伏す大喬に、は耳の後ろからきょん、というけったいな音を聞いたような気がした。
 一気に色彩を取り戻す世界に、の口中に苦い唾が湧く。
「え……と……」
 拍子抜けをしている自分に、拍子抜けしている場合かと叱咤した。
 大喬の体に何がしか異変があると言うなら、それはそれで大問題ではないか。
 とりあえず、泣き伏している大喬の肩を抱き、あやすように軽く叩く。頭の中では状況を整理する為、脳細胞に喝が入れられた。
 見たところ、大喬に変わったところはない。
 朝方伺った時と比べても、何ら異変は感じられなかった。
 そも、歩いてここまで来たなら健康上にも問題なかろうし、具合が悪ければ医師を呼ぶのが常石だろう。
 医師に、人に言えぬような体の異変となると、と考えてぴんと来るものがある。
「大喬殿、あの……女の部分のお話ですか?」
 それまで泣き伏していた大喬が、ぱっと顔を上げる。
 その表情は、の推量が外れていないことを物語っていた。
「大姐……」
 大喬の腕がに差し伸ばされ、ひしとしがみついてくる。
「私……私、どうしたら……」
「落ち着いて下さい、大喬殿。とにかく、何がどうしたかを教えて下さい。ゆっくりで構いませんから、ね?」
 しがみつくだけしがみつかせ、は卓に置いた茶を引き寄せた。
「泣くと、喉が焼けて上手く話せなくなってしまうでしょ。お茶飲みながら、ね、大喬殿」
 穏やかに話し掛けると、大喬も頷き、自分から身を離した。
 一旦大喬の側から離れ、椅子を引き摺ってきて大喬の横に並べる。
 二人横並びに腰掛け、しばらく無言でお茶を啜った。
 大喬が茶碗を置き、それに併せても茶碗を置く。
 ちらっと上目遣いにを見遣る大喬に、は取り立てて応じることもなく微かに笑みを浮かべた。
「……お、お漏らし……してしまって……」
 大喬の肩に力が篭もる。
 は聞き流すように無言を守った。
「でも、お漏らしっていうか……何だか、ぬ、ぬるぬる……していて……風邪を引いた時の鼻みたいな……き、気持ち悪くて、怖くなって……」
 は?
 そこまで聞き及んだの表情の変化に、大喬はおたついて目を伏せる。
「大喬殿、それ、いつです? 何してた時?」
 唐突に質問を仕掛けるに、大喬は戸惑いつつも思い出すように眉を顰めた。
「あ、あの……たぶん、大姐に書いていただいたお話を書き写している時……だったかと……。何だか、変な感じがして……お手洗いに行ってみたら、足の間が濡れてて……何だか変な、ぬるぬるしたものがたくさん付いてて……!」
 ぞっと身震いして肩を抱く大喬に対し、は眉間に皺を寄せた。
「や、やっぱり変な病気なんでしょうか……!」
 悲痛に叫び上げる大喬に、は眉間の皺を指先で伸ばしつつ、大きく頭を振った。
 大喬の顔が青褪めていく。
「……いや、いや。違います、逆です逆」
「ぎゃ、逆?」
「それが自然なんです。生理現象です。そうなって、むしろ当たり前で、だいじょぶ。無問題」
 の言葉に、大喬は一瞬虚を突かれ、転瞬身を乗り出してに食って掛かる。
「え、だ、だって、お漏らし、で、あんな……え、平気、って、え?」
 大喬を宥めるように、今度は多少おざなりに肩を叩くと、はうーむと唸り声を上げた。
「何て言ったら分かりやすいかなぁ……あの、だからね、私が書いたお話を読んだ大喬殿の体が、お牀入りの時と勘違いしちゃったって言うかな。とにかく、勘違いしてそういう準備を始めちゃったんですよ。お漏らしとかでなく」
「……お牀入りと……?」
 予想通り訳が分からずきょとんとしてしまった大喬に、は唸り声を繰り返す。
「うー、あの、大喬殿。男のが出っ張ってて女のが窪んでて、で、その出っ張りを窪んでるとこに差し込む……っていうのは、分かります?」
 こく、と頷いた大喬に、は少しだけ安堵した。
 そこから教えなければならないのでは、掛かる労苦に段違いの差が生じる。
 はええと、と考え込むと、すぐさま大喬の手を取った。
「大喬殿、手で筒作って下さい、筒」
「は、はい……?」
 訳が分からないながらも、大喬は指を丸めて筒を模す。は指を一本立て、大喬に確認するように見せた。
「いいですか。大喬殿の手が女のもの。私の指が、男のものです。分かりますね?」
 大喬がこく、と頷くのを確認し、は大喬の模す筒の中に指を入れた。
「男のものが、こうやって入って来る訳ですけど……男のものって、こんな小さくないんですよ、普通」
 一本だった指を三本に増やすと、再び挿入させる。
 さすがに三本挿入するには隙間が小さく、大喬は無意識に指を緩めた。
「今、緩めましたよね」
「はい……」
 緩めてはまずかったろうかと慌てて輪を縮めると、当たり前だがの指を締め付けることになる。
 また指を緩めると、はふるふると首を振った。
「大喬殿。言ったでしょう、大喬殿の手は、今、女のものなんですよ」
 目を見張る大喬に、は苦笑を浮かべ、大喬の手を上から包んだ。
「女のものは、こういう風にすぐ緩めるとか出来ませんから。むしろ、入ってきたものにびっくりして、これ以上入らせないように力が入ってしまうものなんですよ」
 が力を篭めると、大喬の手も押されて力を篭める形になる。
 握りこんだの指が、微かにみちっと音を立てた。
「え、でも」
「あー、うん、慣れれば多少は緩みますけど……何ていうかな、その頃にはもう自分で締めるようになるっていうか、ここら辺は後ででいいや後でで」
 何故か頬を赤らめるに、大喬は小首を傾げる。
 しかし、後で教えてくれるならと、敢えて差し出口を挟まなかった。
「で、本題に入りますけど……男のものが入ってきて、女のものがこうして締め付ける訳ですよね。でも、それだけじゃ足りないから、男のものはこう、前後に動く訳ですよ」
「足りない?」
 指を動かし掛けただったが、堪らず口を挟んだ大喬の問いに、うぅんと首を捻った。
「えーと……つまりですね、男のものって、普通はこう、擦ったりしないと気持ち良くならない訳ですよ。気持ち良くなって、それがどんどん強くなって、極まったら射精……赤ん坊の種を吐き出すので」
「精ですね」
 やっと自分の分かる話が出て、大喬は嬉しそうに微笑んだ。
 しかしは、何故か顔を赤らめて苦笑いしている。
 何か間違ったろうかとうろたえる大喬に、は遅れ馳せながら『合っている』と告げた。
「……うん、何か恥ずかしくなってきたな……まぁ、あの、ともかく、こう擦るわけですよ」
 握り締められた指が突然大きく動き出し、大喬は軽い痛みに眉を顰めた。
 指を前後に動かされることにより、大喬の手のひらの皮も擦られ摩擦の熱を生んだのだ。
「痛いでしょう?」
 大喬が頷くと、は大喬の手を広げさせた。
 擦られて、赤くなっている。
 見れば、の指も赤くなっているようだ。
「これが、大喬殿がお漏らしって言ったぬるぬるの役割です」
 の言葉は、未だ大喬には理解し難い。無言で見上げると、は心得たように話を続けた。
「男のものが入って来る時に入りやすいように、擦られても痛くならないように、女のものがぬるぬるしたのを出すんです。それがないと、二人とも痛くて入りませんよ」
 やっと得心が行って、大喬は大きく頷いた。
「え、でも、どうして……私、別にお牀入りの準備なんて」
「だから、私が書いたお話が問題になるんですって」
 が書いた話は、まだ二人が服を脱ぐところまでしか掛かれてないが、それでも前戯に連なる場面には違いない。
 読むことで体が反応し、大喬自身が牀入りするような心持ちになったのだ。
 そう説明すると、大喬はいぶかしげに小首を傾げる。
「……読んでて、何かこう、もやもやした気持ちになりませんでしたか?」
「い、いえ、別に、私は……」
 もじもじと言い募る大喬に、はしかし糾弾の手を緩めなかった。
「大喬殿」
 大きくはないが、ぴしりと律する声の響きに、大喬は肩をすくめる。
「……あの……す、少しだけ……孫策様と、こういう風にするのかしらって、考えました……」
 大喬の告白に、は満足げにうむうむと頷く。
「恥ずかしいこっちゃないんですからね。伯符と大喬殿は、夫婦なんですから。私も教えて差し上げますけども、いざ本番になって分かんないことがあったら、それこそ伯符に任せりゃいいんですから」
 かっと顔を赤らめる大喬は、首筋まで真っ赤にしている。
「あ」
「え?」
 大喬がもじもじし始める。
 何事かとが見ていると、大喬はの手を引き奥の間へと向かった。
「大喬殿?」
「……あの……大姐、私また……」
 大喬は室の奥、寝室の隅にまでを引っ張っていくと、囁くような声で耳打ちした。
「お話は、よく分かりました。ですけど……本当にそうか、心配なんです」
 だから、見て下さい。
「え」
 が言葉の意味を吟味する間もない。
 大喬は、裳をたくし上げると、の前で勢い良く下着を下ろしてしまった。
 透き通るような白い肌に、淡い繁みが申し訳程度に茂っており、ふっくらと膨らんだ秘部の肉が透けて見えている。
 開いた足の腿の奥に、濡れた跡がてらてらと艶めいた光を放っていた。
「……どうですか、大姐。私、本当におかしくないですか」
 おかしくなりそうなのは、こちらだ。
 その手の趣味はない筈なのに、少女めいた細い腿に伝う愛液の淫らな色が、そのあまりに大きい落差をしてを誘惑する。
 私が男だったら犯してるぞ!
 だけど、男でないから犯さないのがお約束だ!!
 必死に脳裏で叫び上げ、理性を持ってケダモノの衝動を押さえ込む。
「大姐?」
 あどけなく訊ねてくる大喬に、は、はふぅ、と大きく息を吐く。
「エロい」
「え?」
 聞き取れなかったのだろう、大喬の眉尻が不安げに下がる。
「いや、色っぽいとか、そういう意味の言葉です。大丈夫、おかしくないです。目の毒なので仕舞って下さい」
 不思議そうにを見ながら、大喬は一応言われた通りに下着を上げる。
 一安心するも、心臓の方はまだばくばくとがなり立てていた。
 やけに嬉しそうに笑っている大喬に、そんなに心配だったのかと目を遣ると、不意にの肘の辺りに飛び付いて来た。
「色っぽいなんて言って下さったの、大姐が初めてです!」
 頬を染め、にこにこ笑っている大喬の様は、確かに色っぽいというよりは可愛いだろう。
 まぁ、パンツ下ろして股間見せられたのは私ぐらいだろうしな。
 それとも、いつもこんな風に見せ合ったりするのだろうか。
 中原の底知れなさに、は妙な類の疲れを感じていた。

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