自分はずるい。
 は自分をいつもそう評する。
 あり得ない程の『モテ期』を迎えて最初の方こそニヤニヤする顔を押さえていたが、はたと相手の気持ちを考えてみたら自分は何と酷い奴なのだと思い悩むようになった。
 趙雲、馬超のみであったらまだしも、孫策、姜維、孫権周泰と、告白されただけでも相当な人数に膨れ上がっている。
 更に情けないことに、体を繋いだ数はそれよりも尚多い。
 情熱大陸の人達は、下の欲求に大変素直でいらっしゃる。
 嫌がるべき立場ながら、がいわゆる『昇天』をしなかった時はほとんどない。敏感というだけでは済まされない淫売な性質をは持っていた。
 相手の男の肌が触れれば、毛穴が全開になる勢いで鳥肌立つ。
 それは、嫌だからではなくて気持ちが良過ぎてそうなってしまうのだ。ひたと密着させるだけで神経が粟立ち、体は男を受け入れようと疼き出す。
 アホかと思う。
 処女を捨ててから体が慣れきった今日に至るまで、複数の男の肌に触れ続けていた。入れ替わり立ち替わりで抱かれるようになって、酷い時には複数相手に抱かれたこともある。
 けれど、その時でさえ達った。
 気持ち良過ぎてぼろぼろ泣いて、何を口走ったかも定かでない程熱くなったものだ。
 この先、どうなってしまうんだろうか。
 時折考え込むものの、不安を覚える間もなく意識を散らす。
 考えても仕方がなかったし、今やるべき仕事が山積みだった。
 いつ片してもいい仕事と言うのは、ある意味やってもやっても限がない上目途も立たない。
 主婦の仕事が正にそれだと聞いたこともあるが、は一人暮らしの極めて気ままな生活を送ってきたので、掃除に関しては汚くなければそれでいい、食事を作るのが面倒になれば出前か外食、レトルト食品と、至って実感が湧かない有様だった。
 今もそれは変わらない。
 文明の発達に著しい差が生じていてそれで済むのは、呉の家人達がの面倒を細々と見ていてくれるからに他ならない。
 有難い話ではあるが、それ故自覚が湧かないのかもしれないとは呑気に構えていた。
 自身のことなど追及して考えるのは、だから余裕があってこそのことかもしれない。特に現在、は病床に臥せっており、ろくでもない考えを廻らすにはうってつけだった。
 こんな時にこそ誰か来てくれないものかと期待するも、生憎誰が来る気配もない。
 当帰……文無も、今日は来ないようだ。
 住み込みで働く訳ではないから、移動に骨の折れる城勤めには早々来られないに違いない。
 上掛けの中に指を滑り込ませ、確認する。
 汗と湿気で蒸れた下着の中に、ごわついた強い毛の感触はない。
 昨日の今日では未だ生えてくることもないのか、失われた恥毛に不思議な心持ちを覚えた。
 昔はこうだったんだよなぁ、等と感触を確かめていると、指先が敏感な部分を掠めた。
「ん」
 掠れた声が漏れ、は慌てて辺りを伺う。
 世話を焼かれることに慣れていないと理解してもらえているのか、の室に家人達が留まることはまずない。
 牀の側に置かれた台の上に、綺麗な模様が刻み込まれた鈴が置かれていて、御用の際にはこちらを鳴らして下さいませと申し付けられている。
 映画やテレビの海外もので出てくるような、何だかおハイソな匂いのする代物だった。
 ちょっと試してみたいような、しかし用もないのに呼び出すのも躊躇われて、結局はこの鈴には触れても居ない。
 呼ばない限りは大丈夫だろう、と、指ですっと撫で付ける。
 ぞくぞくした感触からは他人に与えられる強烈さは感じられなかったが、代わりに気楽にしたいように感じられた。
 汗の湿りに誘われてか、隠す恥毛がないからか、の指先はすぐに滑りを含んだ水気に濡れる。
 指を差し込む元気はないが、さわさわと触れるだけでも十分気持ち良かった。
「ん、ん……ん……」
 ぴんと突き出した小さな肉芽を見つけ、念入りに転がしてやる。
 くにくにと撫で回せば、じわじわと込み上げる熱が体を火照らせ潤いを促す。
 今誰か入ってきたらまずいなぁ、と大した危機感もなく考える。
 相手によっては牀に上がり込んでくるかもしれない。そうしたらすぐに挿れられる程度には濡れている。
 挿れる時、面白いことに皆が皆少しずつ表情が違っている。
 最中に余裕などまったくないと思っていたが、こうして記憶に残っているからには、ちゃっかり観察していたということだろうか。
 趙雲は事務的と言っていい程無表情に、馬超は焦って余裕なく、孫策は大体嬉しげに笑みを浮かべていたように思う。
 他はどうだったと思い返そうとした時、背筋にぞくっと一際大きな衝動が走って、は目を閉じた。
 緩く達して、指を引き抜く。
 汗を拭くように置いておいた手巾を取って、水差しの水を使って手を拭う。
 後で自分で洗おうと上掛けの下に押し込んで横たわると、ちょうど来客が現れた。
「……大姐、大丈夫?」
 自ら扉を開け、そっと覗きこむようにしているのは小喬だった。
 熱を出したと言ってももうかなり引いていたし、どちらかと言えば達したばかりの倦怠感が占める割合が大きい。今さっきの悪戯を見抜かれたかと、少しばかり焦った。
 そんな筈はないと自分に言い聞かせ、は小喬を手招く。
「お一人ですか」
 常に傍らに居る大喬の姿がないことに気付き、は何気なく訊ねる。
「うん、お姉ちゃん、何か精が付く食べ物探してくるって、どっか行っちゃった」
 二人で行けば良かろうにと考えたに、小喬はすぐにその答えをくれた。
「でね、あたしはその間、大姐の看病をすることにしたの。大姐、知らない人とかだと結構遠慮するでしょ。だから、寂しくないようにって」
 付き合いが長くなってきたせいか、小喬もだいぶの性格を見抜くようになってきたようだ。長く側に付き纏うのはよろしくないしと、家人と役割分担することにしたのだと言う。
 小喬は、のところに来て御用伺いをする。家人はそれを受け、準備する。
 家人を使いたがらないには、このやり方がよろしかろうということで収まった。
「用があったら、さすがにお願いしますよ」
 元を辿れば自分のせいとは言え、そこまで気遣ってもらわなくてもと思う。
 しかし小喬は顔を顰めた。
「だって、朝から一回も鈴鳴らないって言ってたよ」
「あー……」
 確かに、鳴らしていない。
 だが、ただ寝ているだけなのだから頼むようなことなどほとんどないのだ。食事は頼まずとも持って来てくれるし、その度に水差しも添えられている。
 起きられない程具合が悪い訳でもないから、トイレは一人で行って済ましていた。
 の説明にも小喬は不満顔だ。
「だからね、大姐。冷たいお水が欲しいから変えてとか、汗掻いたから着替えたいとか、そういうのもないの?」
「あー……」
 どうかな、と考え込むと、小喬の頬が蛙のように膨れた。
 つん、と指で突付くとぷしゅっと音を立ててへこむ。
「大姐っ!!」
 腹が立ったのか、小喬の顔が真っ赤になる。
 笑いながら謝って、着替えるついでに体を拭きたいと申し出ると、途端に小喬の機嫌は直った。
「じゃあ、あたしが拭いて上げるね!」
 お湯をもらってくると駆け出すのを見送って、は牀から置き出した。着替えを取り出そうと思ったのだが、起き上がるとくらくらする。
 買い物するなら小喬、看護するなら大喬の方がイメージなのだが、どういう遣り取りがあったのだろう。
 ともかく、苦労して牀を抜け出すと行李を開けて着替えを探す。
「大姐!」
 背後から声が掛かり、振り返ると小喬が戻って来たところだった。
「駄目でしょー、起きてたらぁ!」
 お姉さんぶった口調に、の口元が自然に綻ぶ。
 小喬は、を急き立てて牀に戻すと、今度は行李の前に座って甲斐甲斐しく着替えの仕度を始めた。
「大姐、今度、何とかっていうひとが来てくれることになったって、本当?」
 牀の脇まで戻ってくると、の着替えを膝に乗せて口を開く。
 文無のことかと頷き、流行や作法など、一人ではなかなか覚えられないものを教えてもらうことを打ち明けた。
 小喬はしばしぶすくれていたが、やがて諦めたように溜息を吐いた。
「あたしの好きな服とかじゃ、大姐には子供っぽ過ぎるもんね」
 が教えてと言うなら幾らでも教えるつもりはあったそうなのだが、小喬の好みは確かに幼い、可愛らしいものが多い。それは大喬も同じことで、だから仕方ないと話し合ったばかりだという。
「……じゃあ、一緒に選んでもらうとか」
 が誘うと、小喬の目がぱっと輝いた。
「本当? いいの?」
「勿論、いいですよ。その方が私も有難いし」
 何しろ自分一人ではさっぱりなのは、先日来からはっきりしている。第三者が居て、見たまま意見を言ってくれた方が参考になる。
 ふと、小喬の目が不思議そうに見開かれる。
「でも大姐、急に一体どうしちゃったの?」
 急にと言えば急にだが、でもないと言えばそうでもない。
 顔を赤らめてうろたえつつ、黙っているにも気が引けて、はぽつぽつと言葉を紡いだ。
 綺麗になりたい。
 要約すればこれだけのことだが、そこに至るまでの道程は険しく長かった。
 好いてくれる男達の艶やかな武に恥ずかしくないよう、せめてそこそこ綺麗になりたいと打ち明けるのは、当帰をのぞけば小喬が初めてだったかもしれない。
 小喬はの手をぐっと握り締めた。
「……分かる、それ。あたしも」
 更に顔を赤らめるに、小喬はやたら気負い込んで話し始める。
「あたしも、あたしもね、大姐。周瑜様に似合うような素敵な大人の女になりたいの。周瑜様は、焦らなくていい、お前はそのままでいいって言ってくれるけど、だって周瑜様ったら美周朗なんだもん、あたしだってもっと大人になりたいって思っちゃうもん」
 男の身ながら美しいと褒め称えられる周瑜が夫なのだ。小喬とて多少は焦る。
 にとっては十分可愛い、愛らしい少女だ。
 だが、確かに周瑜の隣にとなれば、本人の気持ちは如何ほどのものか想像するに難くない。
 そうか、と納得していると、思索に耽っていた小喬が不意にくりっとを振り返る。
 その頬がぽっと赤らみ、は首を傾げた。
「……あの、あのね、大姐。良くなってからでいいから、あの」
 言いにくそうにごにょごにょと口をすぼめていた小喬は、それでも堪えきれずに口を開く。
「あのお話、あたしも読んだ。良くなったら、続き書いて欲しいの」
 恥ずかしそうなのは、内容のせいだろう。
「あたしね、どうしたらいいかとか、まだ全然知らなくて。だから、周瑜様に子供だなんて、呆れられたくないの。だから、だからね、大姐」
 良くなったらでいいからと言い募る小喬がとても可愛らしい。子供ならではの見栄っ張りに、しかしは嫌味なものは感じなかった。
 周瑜を相手に精一杯背伸びして、かつ好かれるように努力する様は如何にも小喬らしく快い。
「じゃあ、頑張ってなるべく早く書きますからね」
「ホント!?」
 小喬が立ち上がった拍子に着替えが滑り落ち、同時に外から声が掛かる。
 湯を満たした桶を手に、幾人かの家人が恭しく入って来た。
「……後で、机と墨をこの室に用意してもらえませんか。疲れたらすぐ牀に入れるようにしたいんで」
 が頼むと、家人はおやっと驚いた顔を見せ、すぐさま満面の笑みを浮かべて承諾した。
「竹簡をお使いですか。予備は足りて居りましょうか。筆は、傷んでいたりなさいませんか」
 敷物を敷いて楽に腰掛けられるようにしましょうかとか墨が足らなくなったら大変だから磨って置こうかとか、室の中はいきなり賑やかになった。
 小喬は、それは後ででいいから早く湯の仕度をするよう家人に命じ、それが終わると今度は後は自分がするのだと行って退室させてしまった。
「えへへ、大姐。あたしが背中拭いてあげる!」
 懐こく擦り寄ってくる小喬を可愛く思いながら、上掛けの隅に隠した愛液塗れの手巾が見つからぬようにと、は密かに念じていた。

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