太史慈は困惑したような面持ちでを見詰めた後、何故か室の奥に目を遣った。
「どなたか、いらしているのだろうか」
が酒を呑んでいたことを、見た目か匂いで察したのだろう。女が酒を呑むことは珍しいようだったから、よもや一人酒を呑っていたとは思いも寄らないに違いない。
太史慈は愚直な男だ。
それ故に好ましくもあったし、厭わしくもあった。融通の利かない頑固さは、自分と似たようなところがある。いかんと思い込んだらいけなくなるのだ。
同族嫌悪と言う奴かもしれない。
「何か御用ですか」
問い掛けを無視すると、太史慈の目元がわずかに歪んだ。
別に誰が居てもいいじゃないか、とズレた苛立ちを持て余す。
甘えているのだろうかと、ふと考えた。
純朴な太史慈は、単純にを怒らせた自分を責めるだろう。が八つ当たりしているとは、きっと思わない。
そんな真似はしたくなかった。
「……ごめんなさい、嫌な口聞いて」
ばしばしと頬を叩き、酔って緩んでいた自制心を呼び覚ます。
「自棄酒呑んでて、ちょっと苛付いてて。ごめんなさい、今日はあんまり人と会ってたくないんで」
太史慈相手では特に駄目だろう。
昨日の今日だし、孫堅の言葉をまず間違いなく聞いていただろうし、それを黙っていたくせに問い詰めるような真似までした。
八つ当たりしても、受け入れられる理由はたんとある。けれど、そこまで堕ちたくはない。
伯符が居たら、八つ当たりし放題なのにと空恐ろしいことを考えた。孫策にはいい迷惑だろう。
黙りこんでいた太史慈は、逸らされたの顔を覗き込んだ。
「……ご相伴に預かりたいのだが」
だから。
馬鹿な人だなぁと呆れ返って、何だか泣けてきた。
酒肴の仕度は一人分しか用意されていない。
と言っても、ないのは食器だけで、酒だけはたんまり用意されているので量に不安はない。
肴はいいから酒を多めに、とお願いしたら、一抱え程もある瓶が運び込まれて唖然とした。
持って来てくれた家人いわく、残ったら明日下げてもいいし、そのまま置いておいてもいいだろうということだった。
少し考え込んだが、戴いてしまうことにした。下げてもらうのも手間だと思ったこともある。
甘寧のリクエストに応えた訳ではないが、は最近、室に酒を置くようにしていた。
寒さが厳しい折、少しでも体を温めようとすると方法も限られてくる。寝酒に茶碗一杯の酒が、最近のの日課になっていた。
歯の健康には良くないかもしれないが、体がほこほこして温かく眠れる。瓶を持って来てくれた家人も、そのことを知っていたのだろう。
太史慈もまた、小さな卓の横に置かれた瓶の大きさに唖然としていた。
少しばかり恥ずかしくなって、太史慈が使う茶碗を用意する振りをして席を離れる。
箸はさすがにないから用意しようもないが、酒を呑むだけなら茶碗を出せば済む。菓子用の楊枝があったから、箸はそれで代用してもらおうと決めた。
茶器の置かれた棚の前に立ち、二つ並んだ茶碗が目に入る。
一つは自分の、もう一つは凌統のものだ。
凌統は、未だ帰らない。
思いの外長くなっているようで、は密かに心配している。
呂蒙にそれとなく尋ねてみたことがあるが、あまり言いたくないような口振りだった。一応でも軍事に関わることだから、蜀の文官であるには聞かせたくないのかもしれない。それもそうだ。
早く帰ってこないかと思う。
それが出来ないなら、せめて怪我や病気をしていないといい。
凌統のものはそのままに、自分の茶碗と楊枝を手に引き返した。
「私が普段使ってる奴なんですけど、いいですか?」
駄目と言われても他に出すものがないのだが、太史慈は礼を言って受け取った。
瓶から柄杓で酒を汲むと、茶碗に注ぐ。
は自分の杯に酒を注ぎ足すと、二人きりの酒宴が始まった。
太史慈は口数の多い方ではないし、は人の話題に乗って話す方だ。
なので、会話らしい会話もないまま酒を呑むことになる。
嫌ではないが、太史慈がどうかは知れない。敢えて八つ当たりを受けようと申し出てくれた感があるから、が話し出すことをこそ待っているのかも知れなかった。
「……んっと」
何から話したらいいのだろう。
いざ話そうとすると、言葉が見つからなかった。時間と酒ばかりが目減りしていく。
そんな風に持て余していると、太史慈が茶碗を置き、懐から何か取り出した。
「これを」
酒肴の盛り合わせられた皿の脇に、細い簪があった。銀地に細かな彫金が施され、室の灯りにさえきらきらと輝いている。
「俺が、渡したかったものだ」
は、太史慈と簪を見比べた。
何を渡すつもりなのかと思っていたが、まさか簪とは思わなかった。無骨な男とあまりに不釣合いな細い美しい簪に、は何を言っていいか分からない。
「え……と……」
果たして、もらっていいものだろうか。
太史慈が持っていても仕方ないには違いないが、これをもらうに相応しいひとは他に居るような気がする。
「渡して、けりを付けようと思ってここに来た」
いつまでも簪を見詰めたままで手も出そうとしないに、太史慈は静かに語り掛ける。
「受け取って欲しい」
そうか、とは納得したような心持ちになった。
過去の恋だと決めて掛かっていたのはの方だけで、太史慈はに未だ心を寄せてくれていたのかもしれない。あるいは、簪が手元にあることで、いつまでも感情の清算をできずにいたのかもしれない。
どちらにせよ、この簪をが受け取ることで、太史慈の気持ちに整理が付くのだ。
ならば、受け取ることにやぶさかでない。
「有難う、ございま」
摘み上げた簪が、指先から落ちた。
太史慈の手がの手を鷲掴みに掴み、そのせいで簪を取り落としてしまったのだ。
「へ」
間抜けた疑問の声が唇から漏れる。
太史慈は、沈痛な面持ちで重苦しげな息を吐き出した。
「いかん」
「へ」
転瞬、の体は宙に浮き、風に攫われるように牀へと移動していた。
止める間もない筈だったが、耳元には太史慈が『いかん』と呟く声が何度も吹き込まれた。
何が『いかん』のか。
受け取って欲しいと言ったのは太史慈だ。何がどうして『いかん』のか、には分かりかねる。
牀に寝そべった自分の上に、太史慈が覆い被さるようにしている。昨日と違うのは、太史慈が膝を立ててくれているので、は太史慈の重みに潰されずに済んでいるということだけだった。
それ以外は何もかもが昨夜の再現で、は自分が酔っ払って埒もない夢でも見ているのかとさえ思った。
「大殿のお気持ちが、分かったような気がする」
孫堅の気持ち。
何の話でどう繋がっているのだろう。
太史慈の手が、の襟元を一気に暴く。寛げられた胸乳の朱が、の意識を急速に覚醒させた。
「え。ちょ。ちょっ……」
呆けている場合ではない、太史慈がを牀に運んだのは、を犯そうというただそれだけの話だ。
当たり前の筈なのに、もがきもせずに易々と運ばれてしまった自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。
圧し掛かられている訳ではないから、体を抜こうと思えば抜ける。
肘と膝を使い逃れようとしただったが、それより早く太史慈の唇がの胸乳の先端を捉えた。
ぞわり、と鳥肌が立つ。
嫌悪ではなく、快楽を感じてだ。
口に含んだ先端を、太史慈の舌がちろちろと舐め上げる。
あっという間に固くしこる乳首から全身に回る悦を、敢え無く享受してしまう。
「だ……駄目、って……」
太史慈に向けてと言うよりは、自分に向けて言っているようなものだ。
流されるだろうと大喬に言われていて、本当に流されては面目が立たない。
必死に起き上がろうともがくが、太史慈は気にした様子もなくの胸乳に張り付いていた。
「殿。……」
不意に目を合わせてきた太史慈が、の名を呼び捨てにする。
図々しい、厚かましいと思い込もうとするのだが、呼び捨てにすることに深い意味を感じ、突き放せなくなってしまった。
「貴女が……お前が、欲しい」
脳幹に直接叩き込むような声に、の体はびくびくと跳ね上がった。
流されちゃいけないと思いつつ、こんな声を出すのは反則だと涙が浮く。体がカッと熱くなった。
「お前を、諦めるなど出来ん。目の前に居るものを、他の男が触れているものを、俺だけ諦めるなど……俺には出来ん。、すまん。だが、俺は……俺は」
半ば起き上がった姿勢のの前に、太史慈の勃起した肉が曝け出された。
隆々と頭をもたげるそれは、の目と鼻の先で熱く脈動している。
あまりに唐突で、は瞬きも忘れてその肉に魅入った。
これが、太史慈の。
酒が入っていたからと言い訳する気はない。
けれど、この時の自分は本気で馬鹿だったと、は後悔にのた打ち回ることになる。
「うっ……」
突然与えられた快楽に、太史慈は眉間に皺を寄せた。
自分のものを、が咥えている。
目を擦りたくなるような光景に、しかし神経に直接響く悦楽は、それが嘘でないことを証していた。
ぬるぬるとした舌が、カリに纏わり付くのが分かる。
悪戯に鈴口を突付かれれば、思わず声が出た。
腰が引けるのを、は身を乗り出して追ってくる。
唇が、舌が、指が太史慈を煽り立てることにのみ懸命に蠢いていた。
「……っ……、……!」
無理矢理引き剥がせば、の目が陶然としている。誰かと間違っているのかと不安に駆られた。
「俺が誰だか、分かっているのか」
愚かしい問いだ。
だが、は恍惚とした面持ちながらはっきりと答えた。
「……太史慈殿……」
唇に、唾液とも先走りとも付かぬ艶やかな潤いが満ちている。
その唇が、妖しげに揺らめいた。
「……子義」
太史慈の脊髄に、走り抜ける衝撃があった。
「……って、呼んだ方が、いいんですか」
字で呼ぶことは、にとってほとんど意味はないだろう。字で呼んでくれと請われるから、そう呼ぶだけだ。
しかしの言葉は、太史慈の頭の中でまったく違う発想を招く。
即ち、を抱く男のみが、に字で呼ばれる権利を得るのだ。
そしてそれは恐らく間違っていない。
太史慈は、考えるより早く頷いていた。
深く、強く、今更なかったことにしてくれるなと言わんばかりの勢いで頷いた。
「子義」
太史慈の字を呟いたは、ふと黙り込み、落ち付かなげに身動ぎしだした。
「……あ、いや、え……ちょ、ちょっと待って、下さい……?」
酔いが醒めたのだ。
はっとして、太史慈はを取り押さえた。
「いかん」
「え、いや、だから……ちょ、ちょっと待って……」
太史慈殿。
の声で、字以外で呼び直される。
ぞっとした。
「違う」
「え、だから。ちょ、太史慈殿、ごめんなさい、私、酔っ払ってるみたいで」
「違う」
字だ。
字で呼んでくれなければ、嘘だ。
力尽くでの足を押さえ込み、閉じようとする膝を割る。太史慈にとっては何のこともない、苦にもならない作業だった。
先端を宛がえば、滑りに包まれる。もまた、既に太史慈を感じ受け入れていることが知れた。
ほっとした。例え体だけだとしても、受け入れられる事実に変わりはない。
下着の隙間から押し込むようにして挿入すると、熱く濡れた襞が太史慈の肉を包み込む。
「……っ……!!」
絶句するような快楽に焼かれ、太史慈は思わず仰け反った。
「や……だ、駄目、太史慈殿……!」
の拒絶の声は、言葉面ばかりで内容を伴ってない。熱い吐息が弾み、声にならない嬌声が滲んでいる。
それでも、に否定されることは恐ろしかった。
「…………」
取るものも取り敢えず、すべてを納めてからの顔を覗き込む。
頬を染め、汗に塗れたの姿は卑猥で可愛らしく、愛おしかった。
「字を、呼んで欲しい」
他の男達を受け入れたように、自分も受け入れて欲しい。
沈黙を守っていたは、太史慈が腰を揺らめかせた途端高く啼いた。
「も……」
腹を立てたように目を閉ざしたは、しかし足を太史慈の腰に絡めて寄越した。
「子義」
かすれた声で小さく、しかし確かに太史慈の字を呼ぶ。
太史慈の口元に笑みが浮かび、(の体)が待ち望んでいるだろう悦楽を起こすべく腰を振った。
押さえずとも開いたままになったの膝が、太史慈の動きに合わせてがくがくと揺れていた。