先生、男なんてもう信じません。
 翌朝になって、太史慈は何一つ覚えていなかった。

 茫然自失の太史慈を蹴りだすように追い返してから、はだるい体を持て余し、まっさらな竹簡を広げて筆を弄んでいた。
 酒に弱い男ではないと思っていたが、身内で飲むとそうでもないのかもしれない。
 相手がと言うことで変な緊張もしていたろうし、煽るピッチも早かった。
 けれど、何も忘れてしまうこたぁねぇだろう。
 忘れるなら忘れるで、室に戻って潰れてから忘れてくれればいい。さんざを抱いた後、その腕に抱いたまま眠ったりするから、もうっかり眠ってしまったのだ。疲れていたし、人肌の温かさはを魔物の如く眠りの淵へ引き込んだ。
 寝汚いより、太史慈の方が目覚めはずっと早い。
 だから太史慈が目覚めた時、目の前に男に抱かれたとしか思えないが横たわっていた。
 道理だ。
 抱いた本人がすっかり忘れ去っているのでなければ、パニックを起こす理由など何もない。
 畜生。
 体のあちこちで、むずがゆいような痛みが走る。太史慈が付けた『跡』に相違ない。
 酔った気安さで、太史慈はあちこちに歯形やらキスマークやらを残してくれた。まるで検査認定許可証のように、首やら腕やら各箇所それぞれに付けられている。
 冬だったからまだしも、夏だったらえらい目に遭っているだろう。隠しようがない。
 咥えちゃったのがいけない。
 目の前に突き出されたものを、いくら勃っていたからとはいえ『ひょいぱく』するこたぁねぇ。
 口でするのが好きなのかもしれない。少なくとも、抵抗はない。
 秘裂で受け止めれば、牙を剥くような快楽に呑まれてあっという間に自我を失くす。相手が上げているだろう声も届かない程に乱れてしまう。
 口でする時は違う。
 頭の中に心臓があるかのように、鼓膜にどきどきと鼓動が響きはするものの、相手が上げる切なげな小さい喘ぎ声はちゃんと聞こえてくる。
 あの声が好きだ。
 聞いているだけで、下世話な話股間が疼く。
 子宮が疼くと言う方が適切なのかもしれないが、の場合はそんな腹の奥より男を受け入れる秘裂の方に感覚が集中する。
 あんな変な形の変な色の変な匂いがすることもある肉を、良く口に入れられると我ながら感心することもある。
 こーんな、と筆の先で宙に描き出していると、不意に、これも書いて置かないといかんかなと思い付いた。
 伊達や酔狂で竹簡を広げているのではない。
 は、『教材』作りに勤しんでいるのだった。
 設定は既に取り決めた。
 悩んでいるのは、その書き出しだった。考えている内に思考がズレて、昨夜の太史慈の記憶に移行してしまうのだ。
 昼間の内、大喬にセックスは怖くない、セックスは気持ちいいものだと何度も吹き込んだ。
 大喬ではなく自分がその気になってしまっていたとしたら、まさにミイラ取りがミイラになったというところだろう。
 おおお、笑えません先生。
 しかし、お陰で一つ分かったこともある。
 酔っていたとはいえ太史慈が漏らした言葉は、が今に至る状況を如実に説明しているような気がした。
――目の前に居るものを、他の男が触れているものを、俺だけ諦めるなど。
 馬超には否定されたが、やはり対抗心からを争っているのではないかと思う。
 ちょっといいなと思っているものを、他の誰かもいいと思っていることが分かる。俺の方が先に好きだった、俺の方がもっと好きなんだと対抗心を煽られて、引くことが出来ない位置まで飛び出してしまうのだ。
 子供の心理と変わらない。
 そんなたいしたもんでもねーぞオイ、とやさぐれて、でも、そっち方面の才は結構あるのかもしれないとぼんやり考える。
 あるからと言って嬉しい才ではない。の性格では、使いこなしようのない才だ。
 何かこう、もっと人に自慢できる才が欲しかったと切実に思う。
 勉強が出来るとか、運動神経がいいとか、幾らでもあるではないか。
 私、セックスが凄く上手いんです!
 胸を張って言えることではない。お天道様の下でそんなことを言い放とうものなら、白い目のオンパレードになるだろう。
 気温は低いが、時期柄良く晴れている。
 天気に反して暗く沈みこむ感情が、書き出しの一文を邪魔しているような気がしてならなかった。
 初心な女の子の気を引くような、爽やかな書き出しでなくてはなるまい。
 半端に詳しく書き出すのも、世の主に中年男性が電車の座席で人目を避けて読むような文章でもまずいのだ。
「うーん……」
 の得手は漫画だ。
 小説は書いたことがないものの、漫画は小説を絵に直したものだというから、やってみれば何とかなるのではないかと思った。
 掻い摘んで説明すれば、要は大喬向けにHowToセックスの本を作ろうと思い立ったのだ。
 大喬向けである以上、露骨な描写よりも小説風に『流れ』を書いた方が良い。本当に何も知らないようだから、場の雰囲気からロマンチックに浸れるように書いた方が迂闊に仕込んだセックス不信感も拭えるだろう。
 書くものが書くものなので、も自分の頭の中を乙女仕様にしようと悪戦苦闘していた。
 それを、昨夜の太史慈との生々しい記憶が邪魔をする。
 が相手をしてきたのが皆武将のせいか、体力膂力に不自由がない。
 一度で済んだ試しがなく、二度三度と繰り返し求められる。が拒否しても関係ないと言わんばかりに、抵抗する力がないのをその気と取って、好き放題に犯されるのだ。
 そらぁ、気持ちが良くないとは言わねぇ。
 声は大きいらしいし、さぞ気持ち良さそうに見えるのだろう。
 けれど、の体力は極々低い。体力自慢の精力持て余している男に好き放題されて平気で居られる程、頑健な体ではないのだ。
 当帰は、『お母さん』は相手に一晩何度までと決めておくといいと言っていた。そういうのが当たり前のお国柄なのだと。
 けど、お母さん。私、そんなの当たり前にしたくないよ。
 相手に一晩何度までと決めるのは容易いかもしれない。だがそれは、が相手に抱かれることを了承した証でもある。
 ポーズだけになっていると分かっていても、は複数の男相手に抱かれることを良しとしていない。認めるなど有り得なかった。
 だから、じゃあ咥えなきゃいいんだっつの。
 言い方は悪いが、勿体無がりなのだ。あの武将が自分と、と思うと惜しくなってくる。
 たぶん、そんなところだ。
 淡白そうな太史慈だったが、昨夜は執拗にの肌を貪っていた。厚ぼったい唇が肌に吸い付く度に微かな痛みが湧き上がり、割って見える白い歯と艶かしい舌がに強く弱く悦をもたらす。
 嫌だと拒んでも秘裂を舌でくまなく愛撫され、一度ならず意識が飛びかけた。
 結構、粘着質な愛撫をするタイプだったのだ。
 いつの間にかぼーっとして、記憶に釣られて体も火照ってくる。
 い、いかんいかん。
 大喬の教材作りがまったく進まない。
 本来なら、空き時間があれば尚香へ届ける物語の執筆に宛てなければならないのだ。
 呉の文官武官と面会することや、呂蒙に勉強を習うその予習復習、文官達の集いに顔も出さねばならないし、はそこそこ忙しい身分になってきた。余暇はそれ程ない。冬は日照時間が短いから、尚のことしゃかりきに働かねばならない。
 第一きっと、産んでいいって言ったことも忘れている。
 子供が出来るから中はやめてくれと懇願したに、太史慈は産めばいいと言い切った。
 産んでくれたらいい、お前の子なら、俺は一生大切にしよう。
 そう言って容赦なくの中へと射精した太史慈を、しかしは憎めないでいる。赤ん坊を作る為の行為とは、未だはっきり理解できていないせいかもしれない。
 虎に申し訳ない。
 そんな言葉も、上滑りした。
 先生、男なんてもう信じません。
 早く凌統が帰ってきて、何やってんだあんた、と叱ってくれないかと思った。

 何とか限のいいところまで書き終えて、は見直し作業に入った。
 鉛筆のように書き直しが効かないから、ところどころが墨で打ち消したり誤字脱字で溢れている。一度書き直すしか手がないだろう。
 手間が掛かるが、小説を書き慣れていない自分にはその方がいいかもしれないと慰めた。書き慣れれば、もう少しすんなり書くことも出来るだろう。
 次は、補足や訂正がもっときちんと入れられるように、行間を少し空けて書こうかと考えていた時だった。
 昨夜に引き続き、またもの名前を呼ぶ者が居る。
 面倒なのを我慢して応対に立てば、太史慈だった。
 呆れて物が言えない。
 扉を開ければ、昨夜に輪を掛けて申し訳なさそうな太史慈の姿があった。背中を丸め、眉尻が情けない程下がってる。
「……何の御用ですか」
 嫌味ったらしく尋ねると、太史慈は口をもごもごと蠢かした。
「用がないなら、帰って下さい」
 明日は文官達の会合に出なくてはならない。その為に勉学は続けていたが、一度きりのものでなし、付け焼刃の一夜漬けでは何の役にも立たないと分かっている。
 とは言え、一応孫権に借り受けた竹簡をもう一度さらっておこうと思っても居たから、太史慈と無為な時間を潰すつもりはなかった。
「……昨夜のことを、詫びたい」
「詫び、ですか」
 それで気が済むのなら、そうすればいい。意地悪な気持ちが頭をもたげる。
 だが、頭を深々と下げる太史慈を見ていると、そんな自分が酷く惨めに思えた。
「……いいです、私も悪かったんだし。その、変なことしちゃって」
 変なこと、と問い返されるも、説明できるものでもない。
 いっそ本当に頭の隅まで淫乱だったら、こんな嫌な思いはしなかったかもしれないのにと思う。
 頬が赤くなるのをいぶかしまれるが、昨夜の今日なのだから大体のところは察してくれればいい。太史慈のこんなところは好ましくもあったが、今のには少しばかり恨めしかった。
「とにかく、もういいです。もう怒ってないし、大体私が悪いんだから、もういいです」
 逸らした目線に潜り込むように、太史慈が顔を合わせてきた。
 うっと怯んだが仰け反るのに併せ、太史慈は室の中へと一歩を踏み込んだ。
「ちょ、ちょっと太史慈殿?」
 太史慈が室に入ってくる理由はない筈だ。詫びて、もそれを受け入れた。それで済む話の筈だ。
「酒に酔い、己のしたことを忘れてしまうなど、不甲斐ないと思う」
 そうですねー。
 の頭の中で、スタジオ観覧者達が声を揃えて叫んだ。
 あわあわと打ち消しに掛かると、太史慈はその長身を屈めてに頬を寄せる。避けたくとも、の顔はしっかりと固定されてしまっていた。
「たっ、太史慈殿」
 の声は、すぐに太史慈の口中に飲まれてしまった。
 厚ぼったい唇に食まれ、肌の上を細かな悦楽が走り抜けていく。
 キスの上手い下手などよく分からないが、太史慈は上手い方なのではないかと思う。押し付けられている感覚もなく、無理やりという感じもない。暴れるを宥めるように、離れぬまま手繰るように唇が蠢いていた。
 先入観を裏切る手管に、の息はひたすら無駄に上がった。
 腰砕けに落ちかける頃、ようやく解放してもらったものの、体に力が入らない。ぐったりしているのをそのまま横抱きにして室の奥へと運ばれる。
「俺は、是が非でも思い出したいのだ。どうか許して欲しい」
 許すも何も、がほとんど抵抗しないのをいいことに既に胸乳も露にしてしまっている。点々と残された紅い跡に、太史慈は眩しそうに目を細めた。
「……だ、だ、駄目です、だって、もし子供……」
 ようよう口が聞けるようになって、は慌てて抵抗を試みる。
 だが、太史慈は一瞬だけ驚いた顔を見せたものの、すぐに男臭い笑みを浮かべた。
「産んでくれたらいい」
 貴女の子なら、俺は生涯愛しもう。
 目を見張るに、太史慈は穏やかに微笑み、唇を寄せる。
 本当に覚えていないのだろうか。
 覚えていないにせよ、太史慈は偽りを口にするような男ではなかった。そのことにもっと早く気が付いていれば、もう少しマシな応対が出来て、そうしたらこんなことにはならなかったかも知れない。
「あっ……あ、あ……」
 濡れた秘裂は容易く太史慈を迎え入れ、火に焼かれるような悦がを苛んでしまう。
 凌統が居たらと考えても、実際のところ傍に居ない人のせいにするのは、卑怯極まりないだろう。
「あ、や……や、ぁ……あっ……」
 揺さ振られ、意識が飛び掛ける。
 我を失う前に言わなければならないことが、あった。
「い、一度、だけ……に……」
 太史慈がふと体の動きを止めたが、はもう口を動かすのも億劫になっていた。荒い息のみを継ぐを見下ろし、太史慈は苦笑を漏らした。
「……分かった、そうしよう」
 動きを再開させた途端、の反応は格段に鋭敏になり、太史慈を咥え込んだ膣壁も、熱くきつく太史慈を責める。眉根を寄せて堪えるが、こうも責められては長くはもたない。
 一度抜き取り、代わりにの秘裂に舌を宛がう。
「ひゃっ……あっ、や、駄目っ、駄目ぇっ!」
 よがるの体が陸に打ち上げられた魚のように跳ねる。声の艶やかさに魅了されるまま、太史慈は舌を蠢かせた。
 一度は一度。約束は違えない。
 太史慈はとの約束どおり、自らは一度きり、の中へと放った。

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