太史慈の膝から下ろされ、椅子に腰掛けさせられる。
 けれど、達したばかりの体には力が入らず、ぐんにゃりとだらしなくずり落ちて止まった。
 嫌だと思いはするけれど、膝から下が笑ってしまって力が入らない。
 立ち上がった太史慈は、軽く装束を調えて扉を閉める。中から閂を掛けている辺り、未だ居座る気らしい。
 振り返った太史慈は、微かに声を上げて笑った。
「……本当に、顔に出易い方だな、貴女は」
 躊躇いもなく抱き上げられて、奥に運ばれる。揶揄されたと思うと腹立たしいが、太史慈に抗う術に持ち合わせがない。
 牀に下ろされ、濡らした手巾で飛び散った残滓を拭われる。自分でやれると無言で手を伸ばすも、受け入れられなかった。
「貴女は、自身の性質を厭って居られるようだが」
 矢庭に口を開いた太史慈は、が常に気に病んでいることをすっぱりと切り出した。
「貴女がそうであることは、貴女にとっても何よりのことだ」
 何が言いたいのか読み取れない。
 複雑な面持ちで居るに対し、太史慈はあくまで自分の考えだがと前置きして更に言葉を綴った。
「貴女がそうして俺を……男を受け入れてくれることで、俺達は自分の矜持を守ることが出来る。少なくとも俺は、貴女が溺れてくれることで貴女が俺を厭っていないと信じ込むことが出来るからな」
 が太史慈を嫌っていないことは確かだ。
 こんな関係になってさえ、太史慈を嫌っては居ない。
 しかし、だからと言って太史慈を選ぼうとは考えてないし、歓迎しようという意思表示は欠片も見せていない。
 太史慈から諦めてくれればと、そんな卑怯なことも考えてない訳ではなかった。
 求められるから許すという関係が、の矜持を辛うじて守っているのだ。
 太史慈が礼を言ういわれなどないと、密かに恥じ入る。
「もし、貴女が俺を受け入れて下さらなかったとしたら」
 殺してしまっていたかもしれない、と太史慈は呟く。
 口調の軽さとは裏腹に重い言葉に、は横たえていた体を起こし掛けた。
 太史慈は苦笑いして、謝罪を付け加える。
「……だが、貴女の育った国のことはいざ知らず、この国ではそんなことは珍しくない。女一人を争って血を流すなどと言うことは、な」
 がいつも自分の尻軽さを気に病んでいることは察している。それを気に病むなと言っても、無理な話だろう。
 ただ、気に病み過ぎる必要は一切ないと思う。
 事実、が一人の男に操を立てていないことで、それぞれの関係が今まで通りに均衡を保てているのが現状だ。
「そんな」
 馬鹿馬鹿しい話があってもいいのかと、は鼻で笑い飛ばしたくなる。
 しかし、太史慈の顔は極々真面目なものだった。
「女一人を共有するなど、この中原ではあまり例のない話ではある。だが、実際そうなのだから仕方がない」
 太史慈自身を例えに挙げれば、今夜は単にに珍しい酒を呑ませてやろうとやって来ただけだ。
 そのつもりで来て、周瑜と間違われたことに苛立ち、頼まれごとをされたという周瑜に焼いて、思い掛けないところで知識の一端を披露されて焦り、誘い水の如き問い掛けに体を熱くした。
 それでも、最後まで致すつもりはなかった。
 半ば罰と、些細な嫌がらせのつもりで触れたには、思い掛けない『手入れ』を施されており、それで太史慈の勢いは止められなくなった。
 自身の未熟はさておき、人の心は容易く揺れる。
 突然湧き上がる激情を何とか押さえ込めるのは、が未だ誰にも縛られて居らず、それ故に自分を受け入れてくれるという理由が大きい。
 が淫乱であればこそを延命させてきた可能性が高いのだと、納得させられずとも教えておかねばならなかった。
「……よく、分かりません」
 案の定渋い顔をして俯くに、太史慈は根気良く語り掛ける。
「貴女が厭われるのは、では何の為なのか」
「何のって」
 当たり前だろうと言い返そうとして、その先の言葉が見出せなかった。
 の言葉を攫うように、太史慈は静かに言葉を紡ぐ。
「儒の、常識の枠になぞらえるならば、貴女は誹られなければならない立場だ。確かに。だが、もし常識のままに誰か一人の物となったとして、そこで争いが起きれば、貴女は今以上に悩み苦しむのではないだろうか」
 自分の為に誰かが傷付き、最悪は死ぬ。
 ぞっとした。
 青褪めるを宥めるように、太史慈はその髪を撫でる。
「……だからと言って、出会ってしまったものをなかったことには出来ぬ。貴女が居なくなれば、そこでまた争いが起きるは必定。それは、ご理解いただきたい」
 の考えを先回りする太史慈に、は苦い笑みを噛み締めた。
 事の起こりは趙雲と出会ってしまったことにあった。何も手助けせず、放り出してしまえばよかったのかもしれない。
 けれど、は趙雲と出会い、そして家に招きいれた。
 そのことを後悔しては居ないし、するつもりもない。
 今まで選んできた選択のすべてが間違っていたとしても、それをなかったことには出来ないのだ。
 後悔するのは仕方がなくても、だからと言って今からすべて否定することも出来ない。
 前に進むしかない、と、大まかだが太史慈はそう言いたいのだろう。
 その為に、が置かれた状況を太史慈なりに分析してくれている。
 が拒むことで、何がしかの争いや諍いがあったのは事実だ。
 とは言え、それらはどうにかこうにか収めてきたことでもある。
 下手をすれば取り返しがつかない事態に陥っていたかもしれない、しれないが、今現在その『取り返しが付かない事態』には陥っていない。
 や周りの人間達が、試行錯誤しつつも何とか納めてきたからだ。
 あまり気に病むなと言うのは、そういうことを示しているのかもしれない。
「それに、貴女は許す機を見るのが酷く上手い」
 初めて言われる事柄に、は目を丸くする。
「貴女一人を押さえ込むことぐらい、俺には容易い。……他の将達も、恐らくはそうだろう。貴女の抵抗など物の数ではないし……本当に嫌なら、舌を噛むしかなかろうな」
 さらっと恐ろしいことを言う。
 舌を噛む、と口で言うのは容易いが、それがどれだけ恐ろしいことか、の舌が無意識の内に上顎へべったり張り付いていることでも知れる。
「噛んだところで、収まるものでもなし」
 収まらないのか。
 の感情を顔色で読んだか、太史慈はひっそりと笑った。
「俺であれば、たぶんそのまま貴女を抱くな。口から血泡を吹いてのた打ち回る貴女を、そうまでして受け入れられないかと激昂して、怒りに任せて抱くだろう」
 太史慈は目を暗く俯かせて淡々と告白する。
 おとなしやかな将としての印象が強い太史慈が、こんな風に考えていたとは思いも寄らなかった。
 あまりに激しい感情に、は息を飲んでしまう。
「……俺は、割合早くから将として立っていたからな。こうした感情は飲み込むべき代物だ。生半に表に出すものではない」
 普段は押さえ込んでいるからこそ、その激情は尚激しいのだろうか。
 ふと、太史慈が孫呉に降る際、孫策と一騎打ちした件を思い出す。
 自分の矜持だけを考えての一騎打ちだったのではなかったのではないだろうか。
 全滅させられることも珍しくない戦いにおいて、自軍の兵を一人でも救わんとして城壁を潜って行ったのではないかと、何となく感じた。
 千を降らなかっただろう命を双肩に乗せ戦う、その誇り高さを考えれば、太史慈という人となりを少し理解できるように思う。
 自分一人の為に戦うよりも、他者の命を背負って戦う方が、その激情の質は純度を増して更に激しく狂おしい。
 また、それだからこそ女一人を巡って争える情熱を、太史慈達が本当に持っているのだろうとも実感できた。
 情熱大陸の人達は、本当に情熱の人なのだ。
 現代では笑い話にすらならないだろう下らない争いを、当然のものとして真剣に戦ってしまう情熱を持ち合わせている。
 その情熱の矛先が自分に向けられているということだけは、未だどうにも信じ難いが、とにかくそういうことなのだろう。
「……私が、もし、誰か一人を選んだらどうするんです」
「選んで欲しくはない」
 即答だった。
「でも、もし」
 執拗に問いを重ねれば、太史慈は苦いものを飲み込んだような顔を見せる。
「……もし、そのようなことになれば…………否、その時、考えよう」
 太史慈は軽く首を振って答えを打ち払った。
 ひょっとしたら、孫策と争うことを考えたのかもしれない。
 酷いことをしてしまったと、後悔した。
「すみません」
 牀の上に座り直して謝罪すると、太史慈は張り詰めていた気を緩めるように笑みを浮かべた。
 指が伸びて、例の場所に触れるか触れないかの位置で止まる。
「これは、どうなされたのか」
 言わずには済まさない気迫が目に篭もっている。
 は内心閉口しつつ、太史慈の勢いに負けて渋々口を割った。
 少しは身だしなみに気を配ろうと当帰を雇い入れ、まず手を付けられたのがここだった。
 痛み止めにと塗り込んだ薬のせいか、あれから柔い毛がひょろひょろ生えたものの、すぐに抜け落ちてしまうようだ。現代に持ち込められればいい儲けになりそうだが、何にしても取らぬ狸の皮算用に過ぎない。
 どんな素性の人なのかと問われ、事の流れ的にその当帰と喧嘩中だと白状し、二喬の名前を出しこそしなかったもののその喧嘩の理由もぼそぼそと口にした。
「それで、あのようなことを訊ねられたのか」
 呆れたような太史慈の口振りに、は有耶無耶に頷いた。
 本当は、周瑜の告白のせいで気になったとは言い難いが、大まかに見れば同じようなものだ。
「ひんっ」
 太史慈の指がの恥丘をぐっと押し込み、は布越しに秘裂を割られる感覚に悲鳴を上げた。
 その声に気を良くしたものか、太史慈の指が裾を絡げて潜り込んでくる。
「ちょ、ちょ、だ、駄目、何」
 ふっくらと膨らんだ柔い肉をふにふにと揉みしだかれ、は小さく悲鳴を上げる。
「……見せてやれば良かろう」
「何、を」
 太史慈の顔は、すっかり悪戯めいたそれに転じている。先程までの苦い顔付きが、嘘のようだ。
「貴女のその顔を、見せてやれば良かろう。目合いが夢中になって溺れられるものであると、何よりの証となる」
「そ、んな」
 いつの間にか太史慈の体に押さえ付けられ、逃れられない体勢になっている。
 先刻言われた通り、が何とかして逃れようとしても、太史慈はびくともしなかった。
 それとも、逃れようとしている振りで、実際はまったくそんなつもりじゃないんじゃなかろうか。
 我ながら判断が付かず、は無意識に唇を開いて舌先を噛もうとする。
 すぐさま太史慈の指が潜り込んできて、の『自決』を阻んでしまった。

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