パーン、と高い音が響き渡る。
 自らの頬を張ったに、周瑜は目を点にした。
 赤くなった頬からじんじんと痛みが湧き出してくる。
 その痛みが、今のには有難い。
 仰天し過ぎて止まってしまった思考が、なし崩しに戻ってきた。
 少し強く叩き過ぎたようで、涙がじわりと滲んで視界がぼやけるが、とにかく何より周瑜の『問題』が最優先だった。
「……あの……つまり、異変、に気が付いたのって、いつでした?」
 の回りくどい問い掛けも、周瑜の羞恥を殺ぐことには繋がらない。
 不機嫌そうに眉を顰め、しかしその頬は艶やかに染まっている。
 恥ずかしがってる場合ではない。
 大喬に釣られるようにして、どうも小喬もその辺に興味を示し始めている。
 嫁入りは二十歳になってからの約定らしいが、実質夫婦として結ばれた仲であるからには、相手が焦れての偶々そういう状況に流れてのいうことがないとは言い切れない。
 その時、果たして周瑜が『男』でなかったとして、それが露見せずに済むかどうかは定かでない。
 否、周瑜の生真面目かつ思い詰めるような性格からして、うっかりと自ら告白してしまう可能性は高いような気がした。
 何せ、今、に告白してしまった。
 最近はともかく、あれ程忌み嫌っていたにぽろりと告白してしまうくらいなのだから、常に誠実であろうとする相手であれば尚更の筈だ。国家軍事ではなく、周瑜個人の話ともなれば特に、心許なさを感じてしまったとて致仕方ないではないか。
 何となくではあるが、夜の『強さ』を誇示する風潮があるようなこの中原で、周瑜の年をして不能となれば係る影響は尋常ではないとさえ思う。
 特に、周瑜がこの系統の相談相手を持たないと知っている以上、の不安はいやが上にも募るばかりだった。
 お互い恥ずかしがってる場合ではないと思うし、ここまで暴露したのだから最後まで話しやがれという勢いのようなものもある。
「あの……医者に掛ってるんだとでも思えませんか? 私、何と言うか、少しは知識ありますから」
 専門家のそれには遠く及ばないが、創作活動に携わる者の悲しい性というべきか、の耳年増もとい知識欲旺盛振りはそれなりではあると自負するところがある。
 趙雲に尻を犯された時も、事前の準備については多少知り置いていた。
 実践したことこそなかったが、その手の知識は豊富であり、またそれに関連した知識にも触れてきた為だ。
 ちっとも自慢出来やしないが、そうなのだった。
 無論、EDと呼ばれる症例に関しても、創作の関係上触れざるを得なかったのである。
 今にして思うと、何もわざわざ触れなくてもいいようなことに触れていたなと思うのだが、それがこうして役に立つというのなら役立てて欲しいと思うのみだ。
 だが、周瑜は黙している。
 先程までの傍若無人は酒の勢いを借りてのことで、残念ながら今はもう醒めてしまったのだろう。
 しかし、取るべき対策はない訳ではない。
 はすっくと立ち上がると、例の酒壺をずるずると引き摺ってきた。
 周瑜もまたの為そうとすることに思い当ったらしいが、困惑したように眉間に皺を寄せている。
 それが単なるポーズだと決め付け、は湯呑一杯に汲んだ酒を周瑜にずいっと差し出す。
 呑めば、誰しも口が軽くなる。
 神経が麻痺して、善悪の区別さえ曖昧になる。
 恥ずかしくて喋れないと言うなら、いいから呑めよという次第だ。
 半ば無理やり湯呑を持たせると、今度は自分の湯呑になみなみと酒を汲み、一気に飲み乾した。
 ぷはぁ、と下品に息を吐くを、周瑜が唖然として見詰めている。
 口の重い自分が呑むならばともかく、何故までもが酒を煽らなくてはならないのか判り兼ねているようだった。
「酒呑む時に、素面の奴が紛れ込んでるのってほんっとに気分悪いんですよ」
 早々に二杯目を注ぐと、颯爽と煽る。
 男らしく豪快に口元を拭うに、周瑜は気圧されるばかりだった。
「合わせて、場に酔ってくれるってんならともかくですね。お酒なんか呑めませんー、なーんて、つまんないこと言い出すような馬鹿ちん相手に、本音なんて語れる訳ないってことです」
 それは分かる。
 分かるが、いささかずれている、というのが周瑜の本音だった。
 状況が状況で言い出し難く、周瑜も仕方なく湯呑に注がれた酒に口を付ける。
「私も酔っ払い、貴方も酔っ払い、だったら、多少は口が滑ったりすることもあるだろうし、お互いに酔っぱらってるんだもの、そんな時の話、一々真に受けてちゃいらんないでしょって、そーいうことで、ね、一つ!」
 早くも酔っ払っているようなの口振りは、恐らくわざとそうしているのだと思われる。
 馬鹿ではあるが、邪気はない。
 それがに対する大まかな見解であり、細かな差異はあれど間違ってはいないと踏んでいる。
 軽々しく信を置くのは愚か者の為すことだが、あの孫策をして開けっ広げな愛情を傾けさせる相手でもある。
 ならば、信じても良いかもしれない。
 周瑜は、覚悟を決めるかのように固く目を閉じ、一気に酒を呑み乾した。
 一瞬で杯を乾す豪快さに、が意味もなく手を叩く。
 ふ、と軽く溜息を吐くと、足を崩し楽な姿勢を取った。
「……言っておくが、お前に取ってもあまり愉快な話ではないぞ」
「そんなの、別に」
 大丈夫だと言いながら酒を飲み続けるの目が、わずかに潤んでいるように見える。
 無茶な呑み方をして、本当に酒が回ってきたのだろう。
 今のが酔いやすい状態にあることも、周瑜は先刻承知していた。
 ここ最近のに関する話であれば、周瑜はそれなり詳細を抑えている。それこそ、が知らぬの話に至るまで、正に周瑜の管轄下に置かれていると言っても過言ではない。
 それ故に、周瑜が関わり合いたくないと思う事柄……例えば、孫策や孫堅の心の闇の部分に関する騒動にまで……巻き込まれる羽目になるのだが、最近ではまったくの部外者にされるよりはまだましかと思えるようになっていた。
 けれど、昨晩のアレに関してはあまりに酷過ぎると、周瑜の心情的には甚く苦い。
「昨晩、お前を見た」
 これで分かるだろう、否、分かってもらわねば困る。
 内心の予想通り、は訳が分らんといった態で周瑜を見ている。
 問い掛けようとしてか、開き掛けた口が、突然ぱっと噤まれる。
 見る見る内に赤くなる顔に、珍しくも詳細を述べる前に思い当ったかと感心した。
 至って冷静に悶絶して倒れ伏すを見下ろす周瑜の頬も、実は釣られて赤くなっている。
「あ、え、あの、太史慈殿……?」
 意味不明な問い掛けも、当の周瑜には問題なく通じていた。
 こくりと頷くと、の口から理解し難いうめき声が洩れる。
 こうして恥ずかしがってくれるのならば、周瑜にとってもまだ救いがあると言えよう。
 昨夜、遅くなったとは言え頼まれごとでもあるしとの室を訪れたのがそもそもの間違いだった。
 太史慈が訪ねていると見張りの兵から報告は受けていたにも関わらず、周瑜は何の気なしに流してそのまま廊下を進んでしまったのだ。
 取り込んでいるなら引き返せば良いなどと気楽に考えていたのだが、まさか、戸を大開きにして事に及んでいようとは思わない。
 慌てて気配を殺すが、そこから先に進むことも引き返すことも出来なくなって、仄明かりに浮かび上がる淫らがましい姿と声に胸が潰れそうな衝撃を受けた。
 並の男であれば興奮するような状況なのだろうが、周瑜はただただ驚愕して阿呆のように見つめ続けることしか出来なかった。
 挙句、扉を閉めに出て来た太史慈は、周瑜が居ることなど先刻承知だったと言わんばかりにニヤリと笑って見せたのだった。
 あの太史慈が、あのように挑発めいた笑みを周瑜に向けること自体、青天の霹靂に値する。
 客将としての立場を順守し、決して無意味に突出することのなかった太史慈が、己が我欲を剥き出しにして見せた。
 それも、たかだか女一人の為だ。
 周瑜の困惑は激しく、深く、自室に引き返してもどうにも落ち着きようがない。
 の姿は淫猥に熱を呼び覚ましたが、それに応えるべき肉は何の兆しも見せようとはしなかった。
 恥を忍んで手淫を施してもみたが、項垂れたままの肉はぴくりともしなかったのだ。
 重く密な何物かが周瑜の喉と気を塞ぎ、苛立ちに一晩眠れぬ夜を過ごした。
 本当は、今宵も来るつもりはなかった。このような状態でに見えることを周瑜は恐れていた。
 何をし出すか分からない。
 憤りに任せてを傷付けたことがある周瑜だからこそ、その弱さも脆さも誰より知り尽くしていた。
 酒を呑んで眠ってしまおうと、無茶な煽り方をしてみたものの、酔いは回れど眠りは訪れず、芯から滾るような熱さに押されての室に足を向けてしまった。
 何をしてしまうか分からない、分からないと分かっているから大丈夫だと、酔いの回った頭は埒もない判断を下し、の室に乗り込ませてしまったのだった。
 今更悔んだところで取り返しは付かない。
 開き直る訳ではないが、今以上に煮詰まって、予想もつかないとんでもないことをしてしまうよりは遥かに良かった、などと思って自身を甘やかしてしまう。
 が許してくれたから(と言うよりはあまりの出来事に理解出来なかったようだが)良かったようなものの、これで悲鳴の一つも上げられ、見張りの兵に救いを求められでもしたら自分はどうしていただろうと考えると、ぞっとする。
 ともかく、これがすべてと吐き出し終えると、幾分さっぱりしたような心持になった。
 は、周瑜の告白を聞いているのかいないのか、ずっと倒れ伏したままだった。
 顔も伏せたきりでその表情は見えないが、耳まで赤くなっているのは隠しようもない。
 頭を抱えている辺り、真っ当には聞いて居らずとも内容の要約程度は理解したのだと思われた。
 しばらく無言が続き、ややもしてはもそもそと起き出した。
 かと思えば、手を付いて深々と頭を下げる。
 すいません、と、か細い声が聞こえてきたが、周瑜自身これがのせいであるかも判断の付けようがなく、詫びられても困るというのが実感だった。
 はもたもた顔を上げ、何とも言い難いと真っ赤な顔で露に表している。
 周瑜も恥ずかしいという気持ちがあるが、の方がより恥じ入ってしまっているので多少は気楽な心持ちで居られた。
 は湯呑で直に酒を注ぐと、再び一気に飲み乾す。
 無茶な呑み方を、と案じてすぐ、自分が人を案じる程度には冷静を取り戻したことに気付いた。
「……さっき……」
 無言を守っていたが口を開き、周瑜は一度湯呑を置いた。
「さっき、も、ダメでした……?」
 問い掛けの意味を察し、周瑜はこくりと頷いた。
 事実であるから、この期に及んで隠し立てしようとも思わない。
 は何事か考え込み、またも湯呑に注いだ酒を煽る。
 と、四つ足でもそもそ周瑜の前に移動してくると、突然その股座に顔を突っ込んだ。
 ぎょっとして動きを止める周瑜をいいことに、は鼻先や舌を使って弄っている。
 何をしているのだと問おうとした周瑜の口からは、まったく別の問い掛けが為されていた。
「孫策にも、しているのか」
 何故そんなことを問い掛けたのか周瑜にも分からない。
 頭の中が一気に混乱し、強張った四肢はぴくりとも動かなくなった。
「……ひて、まふ」
 ん、とすぼめた唇が、布地越しに周瑜の肉を食む。
 器用に周瑜を暴く指先が、周瑜の分身を引き摺り出した。
 直接触れる舌先が、周瑜の肉に沿ってちろちろと蠢いている。
 目の前で起きている出来事がどうしても現実のものとは思えず、周瑜はただ目を見開いて為されるがまま、目の前の光景を見ているしかなかった。
 反応のない肉を、は大胆に口中へと収める。
 口の中で舌と頬肉に扱かれて、濡れた肉がじゅぷじゅぷと卑猥な音を立てていた。
 物を食らう口で己の肉を扱かれるなど、周瑜の想定を遠く超えている。
 何が何だか分からないというのが正直なところで、それらの奉仕がもたらされる快楽を味わう余裕などない。
 項垂れたままの肉を、はじっと見つめている。
 何を思ったか指を咥えて舐め上げると、唾液に塗れさせて口中から引き抜いた。
 その指が、つっと周瑜の後孔に回される。
 濡れた指が敏感な個所を這う感覚に、周瑜は思わず腰を浮かせた。
「や、やめ……何を……!」
 ようやく出た声は酷く掠れて、弱々しいものでしかない。
 亀頭や竿を舐めていた舌が、双玉を超えてするすると後孔に近付いてくる。
 濡れた熱い感触は、熱を持ったなめくじが這い回っているようしか思えず、その妄想とあいまって周瑜の背筋に強い悪寒を走らせた。
「止め……止めろ、と言って……!」
 の指先がつぷんと後孔に沈む。
 強烈な衝撃に、周瑜は息を飲んだ。
 同時に、体の芯から迸る感触に目が眩む。
「……あ……」
 ぱたぱたと音がして、が顔を上げる。
 そのこめかみから頬に掛け、たらたらと滴り落ちる滴を見て呆然とした。
 周瑜の肉は、びくびくと痙攣しながら未だ白濁の液を吹き零している。
 治った。
 安堵すべきところであるにも関わらず、周瑜とは互いの目を見ることもできず気まずい空気に包まれるのだった。

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