水の中から水面に映る光を眺めている。
はっきり覚醒するでなく、ぼんやりとさ迷う意識を形容すると、そんな感じだ。
どこかで誰かが話しているのが聞こえるが、本当に水の中に居るかのように、会話の中身は聞き取れない。
そうこうしている内に体(意識?)がふわっと浮き上がり、ごぼりという空耳と共に目が覚めた。
辺りは既に暗かったが、燭台に火が灯されているので視界に困ることはない。
意識を取り戻すと同時にずきんとした痛みが走る。
痛みの元へとそろそろ手を伸ばすと、厚手の布が充てられて、更に晒し布か何かでぐるぐる巻きにされていた。
実に、顔の半分近くが布に占領されているような状態である。
「目が覚めたか」
意外なことに、そこに居たのは周瑜だった。
付き添っているなら二喬か呂蒙と思い込んでいただけに、意外な人物の登場に驚いてしまう。
「何も喋らなくていい。医師の話では、見た目は派手だが実質問題はなかろうということだ。一週間もすれば、腫れも痣も引くだろうと言っていた」
聞こうとも思っていなかったことだったからそれは構わないが、孫策はどこに行ってしまって自分はどうなっていたのだろう。
の目線で察したか、周瑜は苦笑を漏らす。
「……孫策は別に、お前を放り出して出て行った訳ではない。ただ、突然の騒ぎに呂蒙が駆け付けたものでな、孫策は呂蒙にお前を任せた後、自室に籠もっている」
それでは、投げ出していったのと変わらない。
またもやの事態に、はうんざりと溜息を吐いた。
息する為に胸が膨らんでもへこんでも、顔の骨が揺れて痛みが走る。
相当化け物な顔になったとものと思われた。
布がぐるぐる巻きにされているのも、案外その顔を隠す為かもしれない。
「謹慎、のつもりらしい。私が前にやっただろう、それで、自分もと思ったようだな」
籠もることに何の意味がある。
にしてみたら、まず目が覚めるまで付き添って、目が覚めたらいの一番に頭を下げて、どうしてこんなことをしてしまったのか、これからどうするつもりなのか、誠心誠意反省している旨を言葉と態度で示して欲しかった。
そんな気が回る男ではないことも重々承知していたので、怒りそのものはあまりない。
むっつりと黙り込んでいるを見かねたか、周瑜は躊躇いがちに申し出る。
「孫策から、大体の事情は聞いている。私からで良ければ話しても構わぬが」
「結構です」
きっぱりと拒絶するに、周瑜は戸惑っていた。
「……では、孫策を連れて来よう」
「それも、結構です」
意地になってしまったに、周瑜は情けなくも眉尻を下げた。
しばらく悩み、意を決したようにの牀に腰掛ける。
「その……すまぬ」
「何で周瑜殿が謝るんですか」
謝られる義理はない。
周瑜が孫策の母親ならばまだ受け容れようが、まぁ母親と言ってもおかしくない美貌ではあるし母親であっても受け容れないだろうが、と茶々を入れる。
いい加減慣れたものらしく、馬鹿馬鹿し過ぎて本気で腹を立てられない。
周瑜相手に意地を張っているのは、偏に八つ当たりというものだ。
の根性悪にも気付かない様子の周瑜は、またしばらく悩んでぼそぼそと呟いた。
「……否……その……お前は、忘れているようだが……」
そう言って、周瑜はあの日の『治療』のことを暴露し出す。
本気で夢物語と片付け掛けていたは、周瑜の思い掛けない告白に青ざめた。
酔いにかまけて忘れたことにしておいたのに、何でこの期に及んで暴露してしまうのか。
周瑜の思惑が読み取れず、顔色を変えたのをどう受け取ったか、周瑜は短く詫びを述べた。
「あれからは、その……正常に、戻っている。お前の、お陰だろう……否、否、こんなことを言いたいのではなく……」
恥じ入る周瑜の頬が染まる。
どう見ても受けだ。これは困った。
別に困ることでもないのだが、そうして茶化していないと軽く死ねそうだ。
互いに顔を赤らめて、見る者が見れば妖しい雰囲気に取られたやも知れない。
周瑜はわざとらしく咳き込むと、話を本題に戻した。
「そうではなく、その、孫策が、その、言ってしまえば悋気を起こした。それで……だな」
いま一つ明瞭とは言い難い周瑜の言葉を纏めると、要するに孫策があれ程荒れていたのは、孫策が居ない間にが他の男とよろしくやっていたのが気に入らないからだと言う。
それでも自分を受け容れてくれたのならばまだしも、きっぱりはっきり拒否されて、頭に血が上ってしまったのだそうだ。
室に籠った孫策に事情を聞きに行った周瑜に対し、話の流れでが誰と寝ていたかを問い詰められる羽目になった。
また、周囲の醜聞をべらべら喋るより、自ら泥を被った方がマシと思ったかどうだか、周瑜は言い訳がましくに『治療』を受けたことを白状してしまったらしい。
無論、これには自身の恥(タラシの噂は本当に噂で、周瑜に未だ女性経験がないこと)をも暴露してのことだから、一概には責められない。
ともかく、自分はそうだったのだから、例え誰が何を言おうと、それはのみが悪い訳でもないかもしれない、と、かなりの遠回しに擁護をしてくれたらしかった。
小さな親切大きなお世話と言うが、この場合も当てはまるのかもしれない。
孫策が悋気を起こしたと言うが、それはも疾っくに理解している。
が問い正したいのは、自分で抱かせてやれだの犯らせてやれだの言っといて、何で今頃盛大に焼き餅焼かれなければならないのか、という一点だった。
おかしな関係だとは常々考えて、時には酒浸りになる程悩んでいる。
むしろ乗り乗りで複雑な関係を後押ししてきた孫策が、どの面下げてと詰りたくなる。
確かに、呂蒙の細やかな気遣いと優しさに浮付いていたこともあって、孫策だけが悪いとは決して言えないかもしれない。
それでも、外から帰ったばかりで埃に塗れているのにやろうとするとか、溜まっちゃったんで発散します的な発言をするとか、とてもその気になれないようなことをしてしまくられては、どうにもよろしく考えられないではないか。
は深々と溜息を吐いた。
頬骨の辺りがじくりと痛む。
要は、もう少しこっちを気遣ってくれよというだけの話だ。
尻軽なのは分かっているだろうに、ちょっとした手管ですぐ陥落するのも分かっていように、そちらのやる気ばかりをごり押しされたら、こちらもうかうかその気になんてなれないだろう。
――何でああ不器用なんだろう。
自分のことは棚に上げて、はぶちぶちと不平を漏らした。
「……孫策のことは、怒ってないのだな?」
「怒ってますよ」
何言ってんですかと睨め付けると、周瑜は軽く肩をすくめた。
「……そうではなく……その、憎んでいるとか、そこまでには至っていないのだろう?」
それが出来たら苦労はしない。
これ程激しくやり合って、暴力まで振るわれて、それで嫌いになれないのが孫策のずるいところなのだ。
「でも、いい加減そろそろ私死にますよ」
ぎょっとする周瑜の顔を見て、わずかながらも気が晴れる。
八つ当たりされる周瑜には気の毒だが、八つ当たりされるに十分な災いの種を振り撒いているのだから、先払いと思って黙って八つ当たられていただきたい。
なけなしの道徳心が疼いたが、見て見ぬ振りをした。
時には、ストレスを発散させる機に預からなくては、やっていけない。
孫策を呼んでくれるという周瑜の申し出を有難く受けた。
あるいは、にいたぶられていることに気が付いて逃げ出したのかもしれない。
それならそれで構わない。
周瑜に八つ当たっていても、事の解決には及ばない。
待っている間に、は眠りに落ちていた。
目を覚ますと、辺りは薄暗かった。
月明かりだけが差す室の中で、の傍らに立つ人影が黒く浮き上がっている。
が眠っていたので、灯りを消してくれたのだろう。
「伯符」
声掛けると、ん、と小さく返事がある。
「ごめんなさいは?」
間髪入れずに続けると、ややもして『ん』とだけ返事があった。
またしばらくして、『悪ぃ』と呟いたのが聞こえた。
「うん、私もごめんね」
が返すと、沈黙が落ちる。
もぞもぞと置き上がると、孫策がさっと手を貸してくれた。
顔が近くなって、何とか表情が見える。
孫策は、ばつの悪そうな、少しむくれた顔をしていた。
「……何で、お前が謝んだよ」
「ん? だって、先に手ぇ出したの私だし? 喧嘩両成敗って、知らない?」
努めて何でもない風に装うと、孫策の眉間に皺が寄る。
「だってよ……お前、もういい加減死にそうだって言ってたって、周瑜が」
それはそうだろう。
の体力で孫策の腕力に抗える訳がない。
下手すれば死ぬことは、誇大妄想でも何でもない、単なる事実だ。
頭では分かっているだろうに、それでもうっかり手を上げてしまう孫策に、いい加減に学習能力がないと叱ってやりたかった。
「こんな調子じゃ、いつ死んでもおかしかないでしょって話。それは、喧嘩そのものとは、別問題」
孫策は、無言でを抱き締めた。
体温の高さがじんわりと伝わり、心地よくさえある。
「……伯符、私、体綺麗にしたい」
結局湯浴みが叶わなかった。
落ち着くと、体の埃っぽさが気になって仕方がない。
「じゃ、言い付けて……」
立ち上がろうとした孫策を引き止める。
「お湯じゃなくていいから。向こうにタオ……手拭いあるから、水差しの水で濡らして、絞って」
言われるままに手拭いを濡らして絞り、戻ってきた孫策は絶句した。
牀に居たは、おもむろに着ていた装束を脱いでいる。
露になった乳房が、誘うように揺れた。
いきなりのことで立ちすくんでしまった孫策に、は背を向ける。
「拭いて」
何ら動揺することもなく命じて寄越され、孫策は反抗することなく、ふらふらと牀に上がる。
剥き出しにされた首筋に、濡らした手拭いを押し当てて、自分の手が震えているとそこでようやく気が付いた。
別にの裸を見るのは初めてではない。
幾ら溜まっているからと言って、これ程動揺するいわれはない筈だった。
――ああ、違ぇな、これは。
緩い眩暈を覚えて、孫策は顔を顰めた。
興奮し過ぎて、頭に血が上っているのだ。
の背を撫で付けるように手拭いを滑らせる。
牀の上には押し潰された尻があり、深い溝が影を成している。
つっと指を滑らせると、手厳しい静止の声が掛かった。
「まだ。ちゃんと、綺麗にしてくれてから」
の声も震えている。
寒いからかもしれないが、もきっと熱くなって逆上せているのだと確信した。
言われるがままに肩から鎖骨へと手拭いを滑らせる。
胸の双丘に触れると、の体はより大きく跳ね上がる。
ゆっくりと、円を描くように拭く。
空いた手は、同じく空いている乳房を揉みしだいた。
「……まだ」
ぺち、と軽く叩かれるが、声が震えているせいか腹も立たない。
固く勃ち上がった乳首のしこりに、気を取られていたこともある。
背中から拭いているから、腹の方を拭こうとするとの背に寄り掛かることになる。
腰を擦り付けるようにすると、わずかに見えるの輪郭が赤く染まっていくのが見えた。
全身が細かに震えて、朱を帯びていく。
新鮮な感覚に、孫策は生唾を飲んだ。
「……口、は、しないからね。触っても駄目」
下腹から腿へと手拭いを滑らせる。
「あんまり、ちゃんと綺麗にしてないから、舐めたりすんのも、駄目」
膝を拭おうとすると、体を押し付けることになる。
押されて、の体も斜めに傾ぐ。
「とりあえず……だからね。打ったとこ痛いし、でも……でしょ……?」
もうが何を言いたいのか分からず、分かろうとするのも面倒で、孫策は頷き、おぅ、と応えた。
を完全に横倒しにして、指先を滑らせる。
秘裂に潜り込ませるまでもなく、の腿からじっとりと湿っていた。
「スゲェ」
感嘆する孫策を、は恥ずかしげに睨み付けた。
「ちゃんと……無理やりじゃなくてしてくれたら、私だって、嫌じゃないんだから。……もう、いい加減に覚えてよ」
膝を大きく寛げられ、は固く目を閉じる。
打ち付けた所がじんじんと痛んだが、それ以上にじくじくと疼く所が孫策を求めて止まない。
「今は、嫌じゃねぇ?」
熱く昂ったものを濡れた入口にぴたりと押し付けておきながら、孫策はそんなことを訊ねてくる。
ひくひくと引き攣る肉襞に泣きそうになりながら、は孫策の頬をつねり上げた。
「……いひゃひゃ、ねへ?」
それでもしつこく訊ねる孫策に、は自棄になったように唸った。
「嫌じゃ、ないから、早く……!」
勝手に腰が揺れる。
限界だった。
孫策の切っ先がの秘裂を軽く抉ると、ぞくぞくとした感覚が背筋を伝って走り、は思わず甘い声を上げる。
「ん、俺も、嫌じゃねぇ」
負けず嫌いにも程がある。
にやつく孫策を睨もうとしたのだが、その瞬間に最奥まで押し込まれ、叶わなかった。