奥まできた、と思った瞬間、熱く迸るものを感じては固く目を閉じる。
 頬骨の辺りが攣って痛みを訴えたが、堪えるしかない。
 ぞくぞくとした感覚が背骨の下の方から真ん中辺りまで這い上がったが、脳天に突き抜けるようないつもの快楽までには程遠かった。
「……悪ぃ……我慢、できなかった……」
 荒い息を吐く孫策は、腰を微かに痙攣させながら呟く。
 放出の余韻に浸っているのか、上気した顔は、強張りながらもどこか恍惚として見える。
 浮いた汗が輪郭に沿って滴り落ち、酷く扇情的だった。
「うっ」
 小さく呻いた孫策の顎が上がる。
 揺らめく腰を突き出すような形になり、の内を抉った。
 熱くなり掛けたところを先に達かれた恰好だったので、ほんのわずかな刺激も強烈な悦楽を醸し出す。
「……ぁ……、な、何……?」
「そりゃ、こっちの台詞だぜ……ンな急に、締めてくんなよ」
 言うなりまた短く呻く。
「し、締めてなんかないから」
「どっちでもいいって」
 唐突にを突き出す孫策に、制止の声を掛ける暇もない。
「……っあー、凄ぇ……気持ちいー……」
 囁く声は、上擦ってかすれ、嘘偽りない真情を吐露しているように見える。
 そんなに気持ちいいんだ、と思うと、妙に口が渇き、代わりに体の奥にじんわりと染み出すものを感じる。
「うぁ、凄っ……締まる……!」
 がくんと崩れ落ちる孫策に、の顔は真っ赤に染まる。
 意図的に締めたのを自覚したので、いやらしいことをしていると今更ながらに恥ずかしくなった。
「ん、ん……だ……駄目だ、やっぱ、持たねぇ……!」
 孫策の泣き言と同時に、熱く滑るものを感じる。
 痙攣するように揺れる孫策の体が、の中を細かに揺す振って中途半端に煽り立てた。
 こうも置き去りにされるのは珍しい。いつもであれば、が根を上げるのが先だ。
 お国柄なのか、男が先に達することを妙に屈辱と感じる風がある。
 女を満足させてナンボの感覚は、正直言えば有難いような気もするが、そこまで無理をしなくてもいいと言うのがとしての本音だ。
 訓練でとはいえ女断ちしていた孫策が、誰でもなくを求めてくるのはある意味誇らしくもあった。
 達けないことより、達かせているという事実が嬉しいようにも思う。
 二度達して尚、孫策のものは硬度を保っている。
 物足りなそうなのは、表情からも窺えた。
「……あんまり、中に出さないでよ」
 それでも一応、きちんとしておかなければならないこともある。
 確実な避妊をしていない以上、出来得る限り確率は下げておきたいと言うのがの主張だ。
「何で」
 それを蹴飛ばしにかかるのが、孫策の主張になる。
 孫策は、を孕ませたがっている。自分の子を産んでくれたらいいと、どうも本気で考えているようだった。
「だって、こんな状態で子供出来たって、困るでしょ」
「困りゃしねぇよ」
 訳が分からぬといった風情の孫策に、は溜息を吐きたくなった。
 本日の喧嘩の、そもそもの原因を思い出す。
「困るでしょうよ。あんたねぇ、私が今どういう状況に居て、あんたがどういう主張かましてるとこなのか、忘れちゃったの?」
 きつい口調で詰るように問い詰めるが、孫策は素で首を傾げて見せた。
 駄目だ、この男。
 挿入したままという珍妙な状態ではあるが、ここははっきりさせておくべきとは腹を据えた。
「……締めんなって……」
 締めたのではなく腹に力を入れただけだ。
 結果的には同じだが、は根本が異なる点にこだわり、孫策は結果が同じことにこだわる。
 こだわる点が異なれば、力押しで孫策が勝る。
 どうにかしなくちゃと思いつつ、快楽に浸る孫策の声につい聞き惚れて、流された。

「気持ち良く、ねぇ?」
 三度目にはやや長く掛かったが、その分孫策はだいぶ満足したようで、の様子を窺える程度に落ち着いていた。
 気持ち良くない訳ではないが、顔の痛みが気になって集中できずにいる。
 溺れ掛けても突き刺すように痛みが走り、を正気に引き戻してしまうのだ。
 顔に巻かれた包帯を差しながら説明すると、孫策はやたらとしょぼくれて肩を落とす。
「……悪ぃ」
 手加減したつもりだったが、勢いで思い切り引っ叩いてしまったかもしれないと何度も頭を下げる。
 他人事のように聞こえなくもないが、恐らく反射的に叩き返したのだろうと思われるので、敢えても指摘しない。
 牀に上がる前に一度話したことでもあるし、しつこく繰り返すのはとしてもうんざりだった。
 そして、はたと思い出す。
「後で、呂蒙殿にも謝っておきなよ」
 いい態度だったとは、口が裂けても言えまい。
 孫策も、あー、と投げ遣りに呟いたものの、唇を尖らせてではあるが了承した。
 すっかりいつもの孫策に戻ったことには一応安堵し、そして更に思い出す。
「何であんなに怒ってたの」
 軽く説教じみた話し合いは済ませたが、そもそもの原因が未だ不明だ。
 溜まった鬱憤を早速晴らそうとのところにやって来て、偶々留守だったのを逆上して騒ぎにしたというのでは、あまりに短気に過ぎる。
 そうであるなら、あの程度の説教で済ませてなるまいと思った。
 孫策はぼりぼりと後ろ頭を掻くと、不貞腐れたように否定した。
 どんな目で見ているのかと、逆にに不満げだ。
「だって。……じゃあ、どんな理由よ」
 の追及に、孫策は如何にも言いたくなさそうに口をへの字に曲げる。
 曲げたところでが引く訳もないのだが、心の準備でもしているのかあーだのうーだのとぶつぶつ呻き続けた。
「……だーからー……何つーか、その……お前が、呂蒙と寝たのかと思って」
「寝てないっつーの」
 間髪入れずに噛み付いてくるに、孫策はうるさげに頷いた。
「わーかってるって。……つーか、その……俺は、ヤなんだよ」
「何が」
 余程言うのが嫌なのか、孫策はそこでまた口を閉ざしてしまった。
 しかし、としてもここまで聞いて引き下がるつもりは毛頭ない。この機会に洗いざらい吐き出してもらおうと身構える。
 ただで殴らせたのでは癪過ぎる。
 孫策はの決意を見て取ったのか、うー、と唸ってぼそりと呟く。
 聞こえない。
 え、と小さく訊き返すと、本当に自棄になったのか一声吠えて膝を叩いた。
「……だから! お前が他の男と寝んの、俺はヤなんだよ! 悪ぃか!」
 ぽかん。
 本当に、そんな音が聞こえてきそうな沈黙が落ちた。
 肌に痛い感じではなく、心の底から呆れ返って言葉が出ない沈黙だ。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」
 思わず大声を出してしまい、顔全体に痛みが走る。
 痛む個所を押さえ、目を顰めてしまうのだが、それでもの口は止まらない。
「何言ってんの? 孫権殿とか太史慈殿とか、寝てやってくれとか犯らせてやってくれとか言ってたの、誰? 子龍とか孟起とか、一緒になってやったの誰よ?」
 そこまで馬鹿だったか、と呆れ返る。
 が、孫策も負けじと声を荒げて反論してきた。
「だっ……権とか、太史慈とかはお前、お前が嫌だったら俺だって無理言わねぇよ! それに、子龍とかの時はお前、俺だけ我慢すんのヤだったからよ……」
「……言ってる意味、分かんないんだけど……」
 前半のが嫌だったら云々はまだしも(それでもどうかとは思うが)、趙雲や馬超と三人でしたのは孫策の『趣味』にしか思えない。
 本気と繰り返されてもイマイチ信用ならないのは、あの時の記憶も多分に影響していたのだろう。
 孫策の言う通りに本気でを好きとして、ならばあんな真似が出来るとは思わない。
「だから、言ったじゃねぇか、俺は……その、お前に触ってたいんだよ」
 顔を真っ赤にする孫策に、は釣られて顔を赤く染める。
 言っただろうか。
 聞いた覚えはなかったが、追及するのも自分に情がないようで躊躇われる。
 微妙な空気が漂うのを、誤魔化すように孫策の告白は続いた。
「だから……俺は、他の奴よりお前に触ってたいし、他の奴よりお前と一緒に居たいし。だから、俺が居ない間にお前が他の奴と何かしてんのは、むかつくんだよ!」
 支離滅裂とはこのことだろう。
 だが、懸命に言葉を探す孫策を見ている内に、は何となく理解した。
「……要するに……伯符、私の一番になりたい訳?」
 誰と寝ても我慢する、けれどそれはあくまで孫策の知り得る範囲でのみ許され、認められる。出来ることならその場に居合わせ、誰かと共有であってもに触れていたい。が誰に肌を許そうと、が一番に想うのは孫策でなければいけない。
 馬鹿げた話だ。
 まさか、有り得ないと自ら半信半疑のの言葉を受けて、孫策はしばしの間考え込み、ややもしてこくんと頷いた。
 馬鹿だったようだ。
「……かも、しんね。権とか、太史慈のこと、お前にはあー言ったけど、でも、それで俺としないっつったら、俺、マジでキレるかもしれねーし……つか、キレたし……だいたい、何であんなに嫌がったんだよ」
 あれさえなければ、とでも言いたげな孫策に、はカチンとくるものがある。
「ずっと馬車乗ってて汗掻いたし昨夜はお風呂入れなかったし、とにかく体汚なかったからヤだったの! 面倒掛けちゃった呂蒙殿、あんな風に追い出したのもヤだったし! それに、何か性欲処理みたいに言われるのが何が何でもヤだったの!」
 逆上してがなり立てるに、孫策は何とか口を挟もうとして失敗していた。
 途切れず流れる口上を言い切ったのを受けて、数瞬の間が空く。
「……って、俺がお前に性欲処理とかする訳ないだろ! 俺は、お前『が』抱きたかったんだ!」
 だからこそ、いの一番に駆け付けたのだ。いい加減に分かれと怒鳴り付けてくる。
 は、孫策のこういうところが死ぬ程卑怯だと思う。
 怒りたくても、怒れないではないか。
 恥じていいのか呆れていいのか、も混乱していた。
 とにかく、孫策という男はの物差しでは測ろうにも測れないということだけは分かる。
 見た目程には単純ではないのだ。
 否、案外逆に単純過ぎてどう測っていいのか分からないのかもしれない。
 呑み込み難いものを敢えて呑み込もうとあがくの思索を、素っとぼけた孫策の声が掻き乱した。
「そういやお前、どうしたんだよ。何で何も生えてねぇ」
 遅ぇよ。
 舌打ちしそうになるも、孫策が即座に足の間に顔を突っ込んでくるのでその暇もない。慌てて押さえるも、やはり力で孫策に敵う筈がなかった。
「つるっつるじゃねぇか。何だ、コレ。どうした」
「さっ、触るな、広げるなっ!」
 馬鹿、と詰ることだけが、の精一杯の抵抗だった。

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