「……大喬」
この場で聞いてはならぬ人の名に、も一気に覚醒した。
ぱっと目を開けると、綺麗に開けた視界のただ中に、確かに大喬が立っている。
夢なら、夢であって欲しかった。
しかし、視界に映る大喬は、二人の視線を受けるや否や勢い良く駆け去って行ってしまう。
「や、べ、大喬……」
孫策は慌てて脱ぎ捨てた装束を拾い上げ、着込みながらも大喬の後を追う。
臥したままのは、状況に付いていけずただ孫策の醜態を見詰めるばかりだ。
隣の間に抜けようとした孫策の足が、ぴたっと止まる。
心苦しそうな孫策の表情を見た時、は思わず『行け』と顎をしゃくっていた。
「……悪ぃ」
脱兎の如く駆け出した孫策の足音が、遠くなっていく。
泣きたいような、泣きたくないような、複雑な感情に囚われては体を起こした。
孫策の放ったものが、早くも体の奥から滑り出してくる。
然していつもと変わりない現象、の筈だった。
「…………!?」
唐突としか言いようがない。
体の奥が、熱く、耐え難い衝動に疼いた。
強いて言えば、痒い。
短く呻いてしまう程、強烈、峻烈だった。
「あ、う!?」
腹の上から掻いても到底追い付かない。
は、恥を忘れて指を突き込んだ。
届かない。
わずかに痒みが引くのが、逆に更に奥の最も掻き上げたい痒みを増幅させる。
「や……!」
ぼろぼろ涙を流して指を押し込むが、どうしても届かない。
泣いてどうにかなるなら幾らでも泣く。
だが、痒みは引かない。
辛い。切ない。苦しい。
不意に閃いて、牀から転がり落ちるように降りる。
行李を片っ端から引っ繰り返し、泣きながら目当てのものを探し当てた。
かつて、錦帆賊から好意として与えられた『張形』は、改めて見ても歪に硬く、大きかった。
こんなものが挿るとは思えない。
思えないが、これを挿れるより他に救いの道が見出せなかった。
痛みもさることながら、痒みが与える苦痛の激しさは如何ともし難い。
痛みの与える辛苦が気絶を許さぬのなら、痒みの与える辛苦は狂気を誘うのだ。
引き攣りながら、張形を秘裂に押し当てる。
冷たい。
情けなさもあいまって、は洟を啜り上げた。
押し込もうとすると、ぐり、と硬い痛みが響き、とても収まりそうにない。
けれど、痒みに全身に汗が浮く。
死んでしまう、と思った。
力任せに押し込めば、疼痛が走る。
入る訳がない。
だが、入らなければこの痒みからは逃れられまい。
一切の余裕がなかった。
は追い詰められ、遮二無二張形を押し込もうと足掻く。
痒い、死んじゃう、痛い、死んじゃう、痒い……。
繰り返し繰り返し明滅する単語に、本当に気が狂いそうだ。
張形は先端半ばで引っ掛かり、どうしても入らない。
ヒステリックに叫び掛けたの肩を、誰かが押さえた。
はっと我に返り振り返るの目に、最も有り得ぬ人の姿が映る。
周瑜だった。
何故居る。
がまず考えたのは、そんなことだった。
しかし、すぐさま激しい痒みが蘇り、を責め立てる。
まさか周瑜の前で張形を捩じ込む訳にも行かず、はきつく唇を噛み締めた。
それでも、痒い。辛い。
ぼろぼろと涙の粒を零すに、周瑜は困惑したままぽつりと呟いた。
「わ、私で……どうにか、出来るだろうか」
ぎょっと目を剥くに、周瑜は一度目を逸らす。
「……否……私……男が、どうにかしなければならぬのだ、な……?」
自信なさげに、の肩を押す。
は、周瑜が何を言っているのか分からず、そも何故ここに居るのか理解が出来ず、口をぱくぱくさせるばかりだ。
痒みに急き立てられるようにして牀を降りたから、の身を隠すものは何一つない。
剥き出しの背中に冷たい床が押し付けられ、鳥肌が立つ。
体に力を入れた途端、痒みが蘇って唇を噛んだ。
周瑜はの苦痛に気が付かないのか、何やら下を向いている。
ひた、と腿の際に当たった感触に、はぎくりと肩を跳ね上げた。
首だけ持ち上げたの目に、下着を下ろし露になった周瑜のものが飛び込んでくる。
隆々と反り上がった逸物を見た瞬間、の理性は粉微塵に吹き飛んだ。
気が付くと、は周瑜に飛び付いていた。
「早く!」
もたついていた周瑜は、の叫びに驚き身を竦めたが、は構わず周瑜の切っ先を掴み、自らに導いた。
「ここ……! お願い、お願いだから、早く……!」
腰を突き出すようにすると、愚図愚図に溶けた肉は簡単に周瑜の先端を呑み込もうとする。
周瑜の喉がひく、と引き攣り、に導かれるまま腰を進めて行った。
「……う、……」
漏れ出た声はに届かない。
まだるっこしくはあっても、確実にの痒みの元に近付いている。
脳天を突き抜ける爽快感は、まさに天にも昇る心持ちだ。
「あ、あ……!」
周瑜のものが根まで埋まると、耐え難かった痒みは一度収まり掛けた。
だが、周瑜のものが動かないと見るや、まるで侮るかのように再び猛烈な勢いを携え沸き上がってくる。
「や……動いて、早く、お願い!」
戸惑って強張る周瑜に、は強硬手段に出た。
繋がったまま周瑜を押し倒し、跨るようにして上に腰掛ける。
女を知らぬ筈の周瑜に、騎乗位を強要していた。
倒すや否や、は腰を大きく揺らす。
痒みが吹き飛び、言いようのない快感に涙が溢れた。
揺すれば揺するだけ痒みが消失し、痛快なまでの快楽が生じる。
周瑜の秀麗な眉が歪んだ。
は一人、身勝手に腰を振る。
痒みが掻き消される快楽は、並大抵のものではなかった。
そのうえ姦淫の快楽まで乗じ、孫策によって引き摺り出された欲情は、最早止める手立てを失う程に膨れ上がり暴走していた。
狂ったようなの様に呆然としていた周瑜は、それで冷静になることが出来た。
を見上げ、『諸注意』を思い出しながら観察する。
多大な快楽に酔い痴れているのか、目元は赤く染まり眼は茫洋として焦点を結ばずに居る。だらしなく開いた唇は笑みの形に歪み、嬌声と共に滴り落ちる唾液に濡れ、てらてらと光っていた。
淫らだ。
この女に呑まれた男達が、一様に夢中になることを思い出す。
汚らわしいと思うも、の中に納めた肉から伝わる快楽が、周瑜を離そうとしない。
の激しい動きに紛れ、わずかながらひとりでに揺らめいている己の体に気が付き、驚愕した。
――何だ、これは……!
知らぬ間に絡み付いたものに囚われ、操られる感覚に、周瑜は今更ながら恐怖を覚える。
周瑜の手がに向けて伸ばされた。
押し退けようとしたものかは、判然としない。
だが、周瑜の手はの胸乳を掴み、柔らかいその肉を揉む形になった。
「あ、は……!」
の中がきゅっと締まり、周瑜の肉を締め上げる。
ぞくぞくと背中を走る悦は、以前に『治療』された時と同じような類の、だが数十倍にも当たるだろう歓喜を沸き起こす。
周瑜の手は、いつの間にか両方ともの胸乳に回って居た。
不自然な体勢にの動きは鈍り、不服に思う周瑜はそのままを組み敷いてしまう。
が横になると、何もかもが周瑜の自由になった。
抑え込む重みがなくなり、周瑜は自ら腰を振る。
自分で動いた方が、好きに動ける分快楽も大きい。
も自身の尻を揺らめかせ、不規則な悦を引き立たせる。
調子に乗って強く押し込めても、は喘ぐばかりで悲鳴も上げない。
却って心地良さそうに見え、周瑜は己の推測に自信を持った。
腰を打ち付けるように振ると、の尻肉が打ち据えられて高い音を立てる。
加虐の快楽がむくむくと沸き上がり、周瑜は知らず上唇を舐め上げていた。
足首を掴み、大きく足を開く。
腰を持ち上げるようにすると、挿入部分をよりはっきりと見ることが出来た。
白い肌が裂け、赤く充血した肉が覗いている。
柘榴のようだ。
周瑜の肉が埋まる度、周辺の肉を巻き込んで秘裂の赤が見えなくなる。
抜き出すと、舐めしゃぶられ濡れた肉が吐き出されるようにも見えた。
口と聞いたが、言い得て妙だ。
飢えた獣に飯を与えるが如く、周瑜は趣深く注視しながら肉を埋め、また抜く。
抉るように動かすと、の喉が引き攣れる。
細かに揺すると、嬌声も細かに震えた。
という女のすべてを支配している気になる。
意のままに動かせる、だが未知の地を征く軍略に通じたものを感じ、周瑜は甚く感心した。
この快楽は、体だけのものではない。
征服という、男として捨て難い欲求をも満たしてくれる。
の漏らす嬌声は、周瑜を確実に煽る。
煽られて動けば、もまた煽られるかのようだ。
二人で紡ぐ楽曲のように、互いが互いを引き上げ、劇的に狂おしく興じ行く。
性を交えるとは、こういうことなのか。
男と女の違いとその違うべき理由を、周瑜は深く理解したようなつもりになった。
楽曲の終わりが近い。
惜しむ気持ちもあるが、終わりがなければ楽曲とは言い難い。
最終に向けて律動は激しく、速いものに変わる。
の足が周瑜の腰に絡み付き、強く抑え込むと同時に周瑜は己の『音』を大きく解き放った。
が正気に戻る。
猛烈な痒みから解放されたくて暴走した分、いざ痒みが消え失せた時、平静に戻るのも早かったのかもしれない。
しがみついている相手が誰か、理解はしている。
だが、それを認めるとの何かが壊れそうだった。
とんでもないことをした。
あまりにとんでもなさ過ぎて、現実を見詰めるのが酷く困難だ。
さらさらと流れる長髪が、孫策のものである筈がない。
この呉に、こんな髪質の男は早々居なかった。
だから、がしがみ付いているのは間違いなくあの人である筈だ。
だが、認めたくない。
中で出させてしまった。
せめて外に出していたら、とも考えるが、それも結局現実逃避の一環に過ぎない。
中だろうが外だろうが、やってしまった事実に変わりはないのだ。
を支えていた手が、緩々と外れる。
全身に力の入らないは、呆気なく転がり、『その人』と間近に対面せざるを得なかった。
周瑜は、どこかぎこちなく、恥ずかしげに頬を染めている。
の体が強張る。
未だ繋がったままでいた秘部から、ぬちぬちと周瑜の肉が引き摺り出されていく。
濡れた膣壁には、周瑜の放ったものが満ちている。
潤滑には不足はまったくない筈なのに、周瑜の肉はの中で引っ掛かりながら、擦れながらで引き抜かれた。
「……ふっ……」
ようやく抜けた肉がぶるりと震え、先端から残滓の精を吐き出している。
の膣孔からも、糸を引くように精液が滴り落ちた。
二人同時に深く息を吐く。
合わせたような溜息に、やはり同時に苦笑が漏れた。
は、がくがくと震える膝を制して、無理やり立ち上がる。
手を貸そうとする周瑜を無視して、一人壁伝いに牀へ向かう。
脱ぎ捨てた服を拾い集めると、簡単に身繕いを済ませた。
周瑜もそれに倣う。
清めもしない肉がべた付いたが、文句も言えない。元より、下着を下ろしただけだから、着替えに手間取るものでもなかった。
周瑜の身繕いが済んだのを確認すると、は周瑜に自分の寝床へ帰るよう促した。
思いも寄らない言葉だった。
別に、朝まで睦言を交わそうと言うつもりはない。
ただ、情事を終えた後の身としては、あっさりし過ぎている気がした。
困惑する周瑜に対し、はぴしりと言い捨てる。
「……今日のコレは、勉強です。私が、周瑜殿に行った、個別授業です。これで、もう、大体のところは分かりましたよ、ね。だから、これは、これで、終わり。特別授業だから、他の人に言ったら、駄目です。いいですね」
一つ一つ、噛んで含むように切って話すに、周瑜の困惑は晴れない。
けれど、が自分自身に言い聞かせているようにも見えて、敢えて反論しようとは思えなかった。
扉に向かう周瑜の後を、距離を置いてが着いて来る。
閂を掛ける為だと分かって居ても、何故かしんみりしたものを感じた。
体を繋ぐことで、情が沸くのかもしれない。
孫策と違い、周瑜にとっての愛するひとは、誓って小喬一人だ。
それでも、狂おしい声、切なげな表情は、周瑜の中に色鮮やかに焼き付けられている。
扉から廊下に出る寸前、周瑜は半身を返してに向き直った。
「礼を言う」
短い言葉だったが、かつてない程優しい、穏やかな声だった。
が驚き、口を開く前に、周瑜は自ら扉を閉めた。
夜の冷気は未だ身を切るようだ。
しかし、周瑜の胸の内はほんのりと温かく、小春日の日差しのように静かだった。