どさ、と音を立てて隣に倒れ込んだのを感じる。
 牀が微少に揺れ、揺れが静まると同時に一瞬の静けさが広がる。
「ひぁっ」
 ずさ、と敷布を擦る音がして、愛らしくも卑猥な啼き声が静寂を破る。
「やっ、孫策様、だ、め、だめぇ……!」
 敷布を握り締めて堪えているのか、の下敷きになった敷布までもが深い皺を刻むのが分かる。
 重い腕を頭の後ろに回し、目隠しを取ろうとするのだが、どれだけしっかり結んだものか結び目がどうしても解けない。
 視界を奪われたの真横で、まるでの存在を忘れたかのように大喬の痴態が続けられる。
「ひっ、んんっ……っ……!!」
 掠れた声が上がり、敷布の皺の描く溝が浅くなる。
「きゃっ!」
 一度沈黙しながらもすぐまた上がる大喬の声が、悩ましく室の空気を揺るがせる。
 何度も何度も、達しては引き戻される大喬の嬌声に、は理由も定かでない涙を滲ませた。
「あ、孫策様、あぁ、あ、孫策様ぁ……!!」
 次第に奔放に、淫らになる声に、は寒々しさを感じて鳥肌を立てる。
 決して、汗が体を冷やしているだけではない。
「あぁ、大姐、わ、私っ……真っ白にっ……あぁーっ!!」
 に呼び掛けながら、大喬は悲鳴じみた声を上げ、糸が切れたかのようにそれきり黙り込んだ。
 熱の塊が鈍重に、かつ素早くに覆い被さって来る。
 荒い息が耳元に触れ、無理やり引き起こされた。
 抱き上げられ、口付けられ、突き込まれた舌で乱雑に嬲られ、は眉間に皺を寄せる。
 風が沸き起こる。
 牀から降りて続き間に運ばれるのを、見えない視覚で察した。
「………………」
 うわ言のような呟きは、滅法熱く潤んでいる。
 髪を引っ張られる痛みに眉を顰めると、突然視界が開け、は眩しさを感じて目を閉じる。
 すぐに開けて辺りを見遣れば、感じた眩しさが嘘のように暗い室の片隅に寝かされていた。
 目の前には襟元をはだけた孫策が居り、覆い被さるようにしてをじっと見詰めている。
 熱に滾って潤んだ眼差しは欲情に曇って、口は発情した犬のように荒い息を継いでいた。
 更に目を凝らせば、隆々とした逸物がを睨むように勃ち上がっている。
 腹に付きそうな程反っくり返った得物は、細かに震え、先端から先走りの汁を滲ませていた。

 ぎゅっと抱き込まれ、痛みに眉を顰める。
 強烈に求められているのが分かった。
 拒めば殺されるかもしれないと、ぼんやり感じる。
 抱き込まれながら、足の間に押し付けられる固いものに複雑な思いに駆られた。
 孫策は、の名を呼ぶばかりでそれ以外に言葉を発しようとはしない。
 当たり前のようにの膝裏に手を入れ、大きく広げてしまう。
 挿れるのかな、と思ったが、孫策は先端を濡れた肉に押し付けてくるくらいで、それ以上侵入する様子がない。
 あれ、と瞑っていた目を開けると、孫策がをじっと見詰めていた。
 情けない、請い願うような顔をしていた。
 が目を開いたと知っても、孫策は何も喋らない。
 ただ、の目を見て、情けない顔を晒しているだけだ。
 未だに息は荒く、破裂しそうな肉の塊は暴走を堪えるかのようにがくがく揺れている。
 したくて堪らないだろうに、孫策は身を震わせてを見詰めるばかりだ。
 は、何故か赤面して、ふっと目を逸らす。

 悲しそうな小さな声が、の視線を引き戻させる。
 ますます情けなさそうに、焦ったように眉間に皺を寄せ眉尻を下げる孫策の顔に、は苦笑を禁じ得なかった。
「……したいの?」
「してぇ」
 直球で返した孫策は、の背や尻に指を這わせ、その髪に顔を埋める。
「してぇよ、……」
 子犬が母犬に乳を強請っているようだ、と何となく思った。
 汗臭いだろうに、うっとりと唇を押し付ける孫策に、は奇妙な優越感を覚えた。
「………………中に、出すなよ」
 しばらく沈黙した後、は遂に匙を投げた。
 の許しを得て、孫策はぱっと表情を明るくし、鼻息も荒く改めてに覆い被さる。
 首筋や乳に舌を這わせ、指先での体をなぞるようにしていたかと思えば、すぐに挿入を始めた。
 余程我慢していたのか、それとも別の理由でもあるのか、孫策は酷く原始的に、獣じみた声を上げる。
、凄ぇ、気持ちいい」
 涙交じりに呟く孫策に、半ば呆れていたような心持ちにさせられる。
 気持ちいいと呟きながら腰を振り出した孫策を、は腕を絡めて引き寄せた。
 残り半分、そんな孫策を可愛くて堪らんと思ってしまった自分に呆れていた。

 膿んだ一夜が明けて、は自室で目を覚ました。
 借り受けた夜着は精液まみれだったし、その状態で脱いだ服を着て寝るのもはばかられる。
 神経が昂って目が冴えている内に、と、脱ぎ捨てた服を羽織るだけ羽織って、隠れるようにして自室に引き上げて来た。
 新たな夜着を借り受けようにも、大喬は失神したまま目を覚まさないし、そんな大喬を起こすのもはばかられる。
 孫策は室まで送ってくれたのだが、大喬が目覚めた時に二人揃って居ないのでは話にならんということで、が叩き返した。
 閉ざした扉の向こうから、『有難うな』と聞こえたような気もしたが、聞き間違いだと思うことにした。
 ごめん、よりはよっぽどマシだが、それでも何とはなしに嫌だったのだ。
 室に戻ってから、汚れた夜着を脱ぎ捨て、自前の夜着に着替えた。
 肌がべたつくような気がするのは変わらないが、そのまま寝るよりは数段いい。
 昂っていた割にはすぐ深い眠りに落ち、やや寝坊した感はあるものの、何とか一人で起きられた。
「御目覚めでございますか」
 続き間に足を踏み入れた途端、外から声が掛かる。
「孫策様のお言い付けで、湯をお持ちいたしました。入室の許可を賜りたく」
 はっとして、二の腕の辺りを匂ってみる。
 アレな匂いがしたらどうしようかと思ったのだが、よく考えれば、朝から湯浴みの支度となればバレバレもいいところだ。
 恥ずかしさに顔を赤らめながら、閂を外す。
 年の行った女中を頭に、甕を担いだ男とたらいを捧げ持つ女二人が入って来て、てきぱきと湯浴みの仕度を整えた。
 それが終わると、またぞろ一礼して出て行く。
 無用の詮索はしないように躾けられているのだろうが、こちとらお見通しと態度で示されているようでもあり、どうにも落ち着かないのは変わらない。
 朝の冷たい空気に、盛大に上がる湯気がを招く。
 自室で遠慮するものでもないから、さっさと服を脱ぎ捨てて湯に足を踏み入れる。
 湯の熱さにばっと鳥肌が立つが、時間が経てば溶けるように慣れてくる。
 ゆるゆると腰を落とし、一通り慣れたところでほっと息を吐いた。
 静かな室の中に、湯の跳ねる音が響き渡る。
 朝の清冽な空気は、昨夜の膿んだ記憶を夢か幻のように遠ざけた。
 けれど、決して夢でも幻でもない。
 また新たに一段階、戻るに戻れぬ深淵を降ったのだと思うと、どうにも滅入る。
 大喬が恥じらって居たのも最初の話で、目の前での突然の展開に、一気に熱に浮かされたようになっていた。
 から予備知識を与えられていたこともあって、自分を押さえられなかったのだろう。
 こうした形で迎えた『夜』は初めてで、だからこそ何とも言えない気持ちに陥った。
 どんな顔をして会ったらいいのか、見当も付かない。
 何気なく伸びをすると、腰の上辺りにたらいの縁がこつんとぶつかる。
 今以上の贅沢は言えたものではないが、肩まで湯船に浸かっていた暮らしが懐かしい。
 温泉に入ったことはあるけれど、と思い返して、ふと、然程衝撃を受けて居ないのは、星彩とのことがあったからかもしれないと思い当たる。
 の記憶が確かなら、大喬は達する寸前の唇を(かなり激しく)奪っていた筈だ。
 目隠ししていたから定かではないが、あれは、たぶんそうだったろう。
 経験を踏まえての慣れと塞がれた視界が、を大胆にしたことは否めない。
 だからと言ってそれでいいとも思わないのだが、実質問題、現在のに出来ることなど、後悔及び反省しかなかった。
 昨夜のことをなかったことに出来ない以上、は如何にするべきか。
 とりあえず、二人の顔をまともに見ることは出来なさそうだし、今まで通りに振舞えるとも思えない。
 黙然として掬った湯を肩に掛け続けていると、立てられた衝立の向こうで、重い何かが派手に転がる音が響き渡る。
 すわ何事かと腰を浮かしたは、すぐに衝立の上から覗き込んでいる顔に気が付いた。
 慌てて湯の中に座り込み、体の要所要所を隠したが、到底隠しきれるものでもない。
 にやついた顔を晒して覗いていたのは孫策だった。
 というか、奴以外にこんな真似をする男は早々居ない。
 閂がきちんと掛かって居なかったらしいのは察したが、力任せに飛び込みさえしなければまず外れはしなかったろう。
 何より、室に入る際には声掛けするのが当たり前だ。
 それらの点でも、こんな真似を仕出かすのは孫策以外に居ないと言えた。
「何よ」
 眉間に皺を寄せて威嚇するのだが、そんなものが通用する男でもない。
 何事もなくにこにこ笑い、調子に乗って身を乗り出したのか、危うく衝立ごと倒れ掛けた。
 ぎょっとするも、の上に倒れ込んでくる前に降りられたらしく、倒れ掛けた衝立も寸前で取り押さえる。
 さすがにマズイと思ったか、衝立を直しながらも浮かぶ笑みは苦笑いに変わっていた。
「大喬がよ、朝飯一緒にってよ」
 極々自然に誘ってくる孫策に、そんな伝言を託してしまう大喬に、眩暈のようなものを感じる。
 の倫理とは、どうにもし難い差異が在り過ぎた。
「いいだろ?」
 悪いとすら思ってない孫策の表情に、無性に苛立ちを感じてしまう。
 何が腹立たしいと言って、顔もまともに見られない、今まで通りに振舞えなくなるとうじうじしていたにも関わらず、それをあっさり吹き飛ばす孫策の自己本位な気質に、うっかり巻き込まれているのが腹立たしい。
「……良くない」
 むっつりと唇を尖らせて拒絶すると、孫策は目を丸くして慌てふためく。
「な、何でだよ! 昨日、良くなかったのか? 俺、ちゃんとお前のことイかしてやっただろ!?」
 そういう問題ではないので、の機嫌は更に斜めに傾いでいく。
「あんたのが、よっぽど楽しんでたでしょーが」
 我ながら股の緩い発言だと落ち込むが、孫策はそんなの様子にも気付けないようだ。
「なっ……そ、そりゃあ、俺も結構楽しんでたかもしんねーけどよ……だってよ、お前と大喬一遍に抱けるなんてよ、まさか俺、だから」
 よもやの本音的中に、孫策はますます慌てふためきはますますがっくりと肩を落とす。
「足りなかったか!? だってお前、いい加減疲れたからもう嫌とか何とかつってただろ!? お、俺は別に、後一・二回なら余裕でヤれたんだぜ!?」
 話がまったくずれて来て、の疲労は次第に醗酵して強い怒気へと転ずる。
「……いい加減、黙れっ!!」
 手に触れたものを思い切り投げ付けると、孫策は器用にひょいとかわす。
 けれど、別の誰かの小さな悲鳴が上がり、二人は示し合せたようにその方向へと目を向けた。
 が、生憎は衝立に視界を塞がれ、その人物が誰かを確認するには至らない。
 至らない、のだが。
「久し振りに戻って来てみれば、何です、こりゃあ」
 懐かしくも耳に慣れた声に、の心臓は大きく跳ね上がる。
 ひょいっと気安く衝立から顔を出したのは、遠征に赴いていた筈の凌統だった。
 薄い笑みを浮かべた馴染みの顔が、みるみる引き攣る。
「あ」
 自らの置かれた環境にようやく気付いたは、狭いたらいの中に慌てて体を伏せた。
「ふっ……服着るから、出てて!」
 凌統は慌てて顔を引っ込め、勢いかばたばたと駆け出していく。
「あんたもっ!!」
 一人緊張感なく立ち尽くしていた孫策に、はたらいの湯を掬ってぶちまける。
 思った以上の被害を被った孫策は、文句を垂れながらも凌統の後を追って行った。
 凌統が、帰って来た。
 嬉しい筈だが、蓋でもされたかのようだった。
 久し振りの再会で、まさか裸を見られてしまうとは思わなかったから仕方ない。
 分厚いガラスの容器に嬉しい気持ちがぎゅうぎゅう詰めになっていて、何とか膨らもうと暴れているような感じだ。
 二律背反の感情に、はとりあえず湯を叩いて八つ当たりした。

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