が茫然自失の態でタクシーを降りると、ドアは即座に閉まり、薄情な程に素早くその場を去って行った。
生温かい排気ガスを頭から浴びて、は正気に返る。
自分が呆けてどうする、と、辺りを見回すと、成程それらしき看板がちらほらと目に入る。
いわゆるラブホテル街という奴なのだろう。
とはいえ、人通りがない訳でもなかった。
これが、カップルばかりと思いきやそうでもない。
買物袋を下げた子連れの中年女性や丸めた新聞片手の熟年男性など、ラブホ目当てとは到底思えない通行人がちらほら見受けられる。
下ろしてもらった場所が位置的にラブホ街の入り口近くに当たる為、必然的にそれらの人達の目に触れてしまうことになる。
向こうは気にも留めてないのかもしれないが、当事者たるにしてみれば、我関せずでは切り捨てられない問題だった。
けれども、陸遜の不調を考えればそうも言っていられない。
いられないのだが、肝心要の足が動かない。
思い切って飛び込んでしまえばいい、タイミングを見計らって、それにはまず陸遜の手を引いて、と、ここでは陸遜を振り返った。
ふっと体が宙に浮く。
――おぉ!?
は自分が手荷物状態で抱えられていることに気が付いた。
また、そのせいで通行人の視線が集まったことにも気が付いてしまった。
急激に顔が赤くなる。
同じ入るにしても、全国で五指に入るかもしれない注目度でラブホ入りを果たすことになってしまったのだから、赤面くらいは仕方がない。
――ぐ、具合が悪いんじゃなかったのか!?
先程まで、立つのもやっとだった陸遜に抱え上げられている矛盾が、を混乱に陥れる。
入り口を隠すように設えられた壁の陰に入ると、何故かそこで降ろされた。
「ちょ」
反射的に文句を垂れ流そうとする口が、力尽くで塞がれる。
壁に後頭部を打ち付ける勢いで口付けられて、もがく腕ごと抱きすくめられてしまう。
耳に、雑踏のざわめきが響いた。
壁一枚向こうに、見知らぬ誰かがいる。
隔離されている訳ではない、少し視線を傾げるだけで、達が何をしているのか分かってしまうだろう位置だった。
「り……」
唇がわずかに離れた隙に、何とか止めようと抗うも、またすぐに塞がれて叶わない。
舌を取られ、互いの熱が溶け合う感覚に身震いする。
人前で受ける蹂躙は、予期せぬ悦楽を伴ってを責め立てた。
息が上がる。
体から力が抜ける。
ずり下がる体を支えようと、束の間、陸遜の体がわずかに離れた。
その隙を逃す訳にはいかない。
は、自ら陸遜にしがみ付くことで、唇の自由を取り戻す。
「待っ……、待って、待って待って、お願い……!」
声は上擦り、擦れていた。
だが、耳元で囁いたのが功を奏したのか、陸遜の動きが止まる。
気付けば、陸遜の息も上がっており、掴まった肩が忙しなく揺れているのが分かった。
「中、中に、入って、ね?」
陸遜の注意を入口へと促せば、無言のままを引きずって向かう。
何が何だか、訳が分からない。
今の陸遜があまりに凶暴で、逆らってはいけない雰囲気を醸し出していた。
ラブホテルの扉を難なく潜り抜けると、照明を落としたロビーにパネルが設置されている。
部屋の内装を写した写真が付いており、どうやらここで好きな部屋を選択する方式らしい。
選んでいる余裕はなかった。
記載された部屋の利用料を見て、そこに示されている金額だけで決定する。
吐き出されたカードを受け取ると、廊下の案内に従って進んだ。
記された階数からして、エレベーターに乗らなければならないようだ。
ボタンを押して箱の到着を待つ間、中から人が出てきたらどうしようと不安に駆られるも、空いた扉の中は無人だった。
陸遜に手を引かれて乗り込むと、すぐに覆い被さられそうになる。
どこかに設置されているだろう監視カメラへの恐怖で、は必死に抵抗した。
「まだだってば……!」
不服気に眉を顰める陸遜だったが、そんな不貞腐れた顔も綺麗だと思う。
傍から見れば不釣り合いこの上なかろう。
如何にも襲い掛かられそうな方が、如何にも襲い掛かりそうな方に一生懸命盛っている図というのは、周りから見てどうなのだろうか。
ろくでもない思考に耽るのは、一種の現実逃避と言えるかもしれない。
小気味よい音で目的階への到着が知らされると、エレベーターの扉が開く。
窓にカーテンが引かれた廊下は人気がなく、やはり照明が落とされていて、妙に非現実的だ。
ドアが幾つか並んでおり、それぞれの扉の上部に小さな灯りが備え付けられている。
その中で、一つだけ点滅しているものがあった。
取った部屋を探しながら進むと、その点滅している灯りの部屋が、該当の部屋らしい。
誘導灯だったのだと、は初めて気が付いた。
恐る恐る陸遜を振り返ると、鋭い視線に無言の圧力を感じる。
ドアを開けると、文字通り押し出されて中に入る羽目になった。
転げる前に、背中越しに抱き寄せられる。
首を捩じられるようにして、無理矢理唇を奪われた。
歯を立てられて顔が歪む。
こじ開けられた歯列に陸遜の歯が当たり、鈍い音とくぐもった痛みに呻き声が漏れた。
入口でのものなど比較にならない、乱雑で激しい口付けが繰り返される。
飛び掛けた意識が引き戻されたのは、胸を鷲掴みにする指のせいだった。
為すがままだった体に力が入り、不埒な手を何とかしようともがく。
だが、もがいてももがいても、状況はまったく変わらない。
服の上から為される愛撫に、の体は敏感に反応してしまう。
固くなった先端に気付かれてしまうのではないかと思うと、気が気ではない。
その緊張が、却って奇妙な興奮を生んでいるのだが、にそれを覚る余裕はなかった。
いつの間にか唇は解放されて、頭を押さえ付けていた手も胸へと回っている。
「ちょ……陸遜……!」
柔い肉を堪能するかのように躍る指に翻弄される。
止めようと回した手は力なく、陸遜の手の甲に添えるだけの形になっていた。
「だっ……駄目って、駄目!」
矢庭に裾をまくり上げられ、は声を荒げた。
陸遜がの制止を聞き届ける道理もなく、すぐに大きくたくし上げられる。
胸の谷間から指を掛けられると、ブラは他愛もなく浮いた。
「や……」
尖った乳首が、指の腹で転がされる。
鋭い快感が迸り、目尻に涙が滲んだ。
「触って下さい」
ずっと口を噤んでいた陸遜が、ようやく声を発した。
息が上がったその声は、酷く切なげで甘い。
「ここ、触って下さい、……」
導かれた先にあったのは、熱く凝った肉だった。
知らぬ間に剥き出しにされていたそれは、既に先走りの露に濡れており、の手を汚す。
どうしていいか分からなかった。
実際にどうすればいいか、具体的な方法はあちらの世界で嫌と言う程叩き込まれている。例えこちらの世界での経験はなくとも、記憶に刻み付けられている以上、対応は幾らでも出来る筈だった。
だが、相手は陸遜で、ここは初めて入るラブホテルの一室で、この時点での許容量を遥かに凌駕してしまっていた。
半泣きで狼狽えているに、陸遜は苦笑いを浮かべる。
「……嫌、ですか? 触るのも、嫌?」
思わず己の手を見たは、瞬時に後悔して顔を上げた。
陸遜のそこを、思い切り直視してしまったのだ。
顔が熱くなる。
「う……」
見ないでいようと思うのに、目はそちらに引き寄せられていく。
生々しくも艶やかな肉は、奇体そのものであるのに、何故か目が離せない。
震える指を、肉の形に添わせてゆっくり動かす。
陸遜の喉が小さく鳴った。
包み込む柔らかさで触れた肉は、ぬるぬると滑りひたすらに熱い。
おずおず指を動かしていると、陸遜の腕がを抱き締めた。
耳に吐息が触れる。
熱く湿った吐息が、それだけで堪らない。
は、固く目を閉じた。
裸の胸が陸遜の服で擦られる。
背中に回った手がなだらかに下へ落ち、の尻臀を撫でた。
息が上がる。
どこもかしこも拘束されていて、自由になるのは陸遜自身を包む右手だけだ。
束縛された憂さを晴らすかのように、は突然大胆に、右手を激しく動かす。
濡れた手が更に濡れて、手の動きを助けてくれた。
「……気持ち、いい?」
訳の分からぬ問い掛けが、口を衝いて出る。
「……はい……、とても……」
馬鹿正直に答える陸遜に、は不可思議な優越感を覚えた。
道徳や倫理など尽く馬鹿らしく、この際まったく価値のないものに思える。
もっと陸遜を追い詰めたい、追い詰めて気持ち良くして、滅茶苦茶にしてしまいたいと、それしか考えられなくなっていった。
「こうしたかった? 私に、こうされたかった?」
18禁ゲーム的な台詞が、ぼろぼろと溢れ出してくる。
「んっ……いえ……っ……」
否定の言葉がに冷静を取り戻させそうになる。
その前に、背後に回った陸遜の指がの秘裂をするりと撫でた。
体が反り返り、手に力が籠る。
「……出来れば、ここに挿れたい……でも、そこまでは望みますまい」
陸遜の指が的確に、また悪戯に掻き乱すと、の体は震え、ねだるように腰を揺らす。
挿れたいと言うのなら、挿れてくれて構わないのにと本気で思った。
けれども、それを口に出す勇気はなく、ただ右手を止めずにいるしか出来ない。
しばらく、互いに漏らす微かな嬌声だけが続く。
果てしないと思われた時間は、それでも終わりを告げようとしていた。
「もう、我慢が出来ません」
すみませんと小声で詫びて、陸遜はの手に自身の手を重ねた。
強く押さえ付けられた手の中で、硬く凝った肉が激しく踊る。
手淫を施しているのはだが、自分が犯されているような感覚に囚われ、思わず声が漏れる。
「……気持ちいいのですか?」
恥ずかしくて堪らない。
されているのは陸遜で、ではないのに、より溺れているのは紛れもなくの方だった。
異常だと分かっているのに、神経を焼くような快楽は、急速に増していく。
「……いい?」
促されて、遂に耐えられなくなった。
陸遜の肩に顔を埋め、咽び泣く。
泣きながら、叫ぶ。
「……っ、いい、気持ち、いい……!」
陸遜は満面の笑みを浮かべ、片手でを抱き締める。
もう片方の手は、の手を包み己を追い詰めていた。
ようやく果てて飛び散った精液が、と陸遜の指の間から零れ、噴き出す。
どろりとした粘液が手の甲を伝い、互いの服を濡らしていくのが分かった。
しゃくり上げて泣くの髪に顔を寄せて、陸遜はそっと目を閉じた。