現状維持で精一杯。
ろくなものではありません、が。
しかし、何だね、とは一人ごちた。
いきなりこんな、色々してしまっていいものなのだろうか。
何となく処女のままで、いわれなく焦っていたのが嘘のようだ。処女が尊いとか非処女がカッコイイなどとは考えたこともないが、男関係がまったくないのには、正直自分はおかしいのではないかとどきどきしていた。
彼氏が欲しいな、と思うこともあったが、では好きな相手がいるかというと名前も浮かばない。
いや、浮かばないこともない。
趙雲だ。
にとっては、1800年も前にとっくにこの世からいなくなっている人物。
よりにもよって今、複雑な多角関係の一つの枠に趙雲がいる。趙雲だけではない。他の枠には馬超、孫策と、無双同人界でも人気のキャラ……キャラと言っては何だが……が、燦然と当てはまっているのだ。
凄いことですよ、これは。
完全に他人事に考えてしまう。まだ自覚がないのか、それともそうとでも考えないとやっていけないのか。両方かもしれない。
口の中が粘っこい。趙雲のところで水を飲ませてもらってはいるが、口の中に残った塩気と生臭さは消えていないような気がして、は口元を押さえながら諸葛亮のところに向かった。
「手間取られましたか」
諸葛亮は顔も上げずにに声を掛けてくる。
嫌味な響きは微塵もないのに、思わず首をすくめてしまう。
「す、すみません……」
が諸葛亮だったら、もうクビにしていると思う。簡単な仕事もこなせないと思われたに違いない。申し訳なさで胸がいっぱいになった。
「謝られることはありませんよ。次はこれを」
脇に置いてあった竹簡を一つ、ひょいと取り上げるとに差し出す。
「馬将軍に」
「ば」
絶句した。
つい先程、趙雲のところで鉢合わせしかけて、しかもずいぶん間の悪いところだったもので卓の下に隠れてやり過ごしたばかりなのだ。
罪悪感に今度は胸が痛くなった。
諸葛亮は、そこに行けと言う。涙が出そうだ。
仕事です。その通りです。
の頭の中で、任務遂行の四文字が点滅していた。
「わ、わ、わかりました」
どもりながらも竹簡を受け取り、がしっと両手で握り締める。
「馬将軍にそれを渡したら、本日はそのまま帰っていただいて結構です。後日、貴方の職務を定め、正式に任命いたします。それまでは、屋敷にて待機していただきますよう」
はい、よろしくお願いしますと頭を下げ、はぎくしゃくとした足取りで退室していった。
が出て行った後、諸葛亮にしては珍しく、しばらくくすくすと楽しげに笑っていた。
嫌なことほど何故か容易くやってくるものだ。
趙雲の執務室を発見するのにはだいぶ手間取ったのに、馬超の執務室は案外すぐ見つかった。口の匂いを気にしてほとんど人に尋ねもしなかったのに、だ。
丞相からの使いで、と名乗ると、衛兵はすぐに通してくれた。
馬超はすぐ仕事をサボるから、いないかもしれないという甘い期待はすぐに打ち砕かれた。
室に入ると、卓について渋々と竹簡を読む馬超の姿があった。馬岱が笑顔で出迎えてくれるが、顔が引き攣ってしまう。
「が、軍師殿の使い?」
えーと、軍師兼の丞相だから、その言い方もありなのか?
覚えることが山のようで、は軽く混乱した。宮仕えになるので、必要になる知識はきっと膨大になるに違いない。凹んでいる場合ではないのだ。
「丞相からお預かりしてまいりました」
殊更に丁寧な物言いのがおかしいのか、馬岱は笑いながら確かに賜りましたなどとおどけて見せる。何だか少し恥ずかしくなった。
にしてみると、仕事は仕事、私事は私事で公私のけじめをつけたいのだが、傍から見ると滑稽なだけかもしれない。
第一、公の最中に私を交えてしまったのはつい先程のことで、説得力が欠片もない。
馬岱が竹簡の中身を確認したのを見計らって退室しようとすると、後ろから馬超が引き留めてきた。
「……岱、構わんか」
遠慮がちに人払いを命じる馬超に、馬岱は心得顔で頷く。が心の底から行かないでくれ、と表情で訴えるのに、にっこりと微笑み返して出て行ってしまった。
げふぅ。
心の中で吐血して、二人きりの気まずい空間に青ざめる。
馬超はを気まずげに見下ろし、のほつれた髪を直そうと指を伸ばす。
の体がびょん、と後ろに飛び退った。
気まずい空気が更に重くなった。
馬超は何ともいえない顔をしてを見つめる。は、後ろめたさから馬超の顔を見られずにいた。
「……まだ、怒っているのか」
違う。
慌てて顔を上げるが、声が出せない。口を開くのがどうしても躊躇われた。ぶんぶんと首を振るが、馬超の目は険しいままだ。
「仕方ない。それだけのことをお前にした」
唇の傷はまだ痛々しげに残されている。馬超の指が伸びてくるが、はやはりかわしてしまう。
馬超の顔が更に歪み、はこの状況をどうしていいのか分からず、パニックを起こしかけていた。
「ちが、違うのあの、今日はちょっと、駄目なの」
何と説明していいのか分からない。口は駄目だと言って、それだけで馬超が納得してくれるだろうか。いや、しないだろう。
「……もういい。出て行け」
だからー!
の内心の声は、絶叫に近かった。
馬超は、の肩を掴むと外に連れ出そうとする。はあらん限りの力を持って抗うが、所詮基礎体力が違う。
駄目だ、もう言うしかない。
「わ、分かった、白状する、白状するから!」
だから、そんな泣きそうな顔をしないでくれ、という言葉だけは、ギリギリで飲み込んだ。
の言葉は最初まったく要領を得ず、馬超は危うく本当にを追い出しかけたが、が自棄になって言葉を選ばなくなったので、馬超は赤裸々な告白に赤面を余儀なくされた。
「お、お前、なぁ!」
何と言ったものか、馬超は口元を押さえて絶句した。
まさかあの場にが潜んでいようとは、夢にも思っていなかった。しかも、濡れ場と言って差し支えないところだったとは。
馬超は激しい頭痛を覚えていた。
はと言えば、ようやく話が通じて安堵したものの、露骨な言葉を用いて説明したことに身の置き所のない恥ずかしさを覚え、不貞腐れている。
「「趙雲が」」
と二人同時に声に出し、間の悪さに再び二人でがっくりと項垂れる。
「……趙雲がそんな真似をするとはな」
「……するんだよ、奴はそういうことをするんだよ」
馬超がかつて『趙雲はお堅い奴』というようなことを言っていたが、には何でそんな間違った評価が趙雲についたのかすら理解できない。
会った当初からおざなりだったし、多少猫を被りかけた時もあったが、面倒になったのかすぐにやめてしまった。
奴の猫は相当大物ですぜアニキ。
何処のアニキに呼びかけているのか分からないが、は思わず心の中で呟いた。
馬超が、何か物言いたげにこちらを見ているのに気がつき、は首を傾げて何だと問いかけた。
顔を赤らめ、口の中でもごもごと呟くのに焦れて、更に促すと、馬超はの耳元に唇を寄せてきた。
「俺にも、しろ」
の体がぴしっと音を立てて固まる。
「……何ですと?」
思わず問い返すと、馬超は赤面しつつ、口を尖がらせた。
「趙雲ばかりが良い目をみているではないか。俺にも、しろ」
そういう問題なんだろうか。
確かに、趙雲自身がに向けて三角関係ならぬ二股を認めるような発言をしたり、口淫を馬超に『してやれ』と勧めてきたりと無茶苦茶なのだが、何も馬超まで趙雲に毒されなくてもいいのではないだろうか。
「……いや、あのさ、まだ、明るいし……執務室ですよ、神聖な仕事場ですよ?」
言っていて、自身が虚しくなった。やった人間が何を言っているのか。馬超も軽蔑したようにを見下ろしている。
「……俺が相手では、気に入らんのか」
趙雲に出来て、俺には出来ぬと言うのか、と詰め寄られ、は頭を抱えた。
何かが間違っているのだが、言葉に直せない。
見上げた馬超の顔が真っ赤で、口は何かを耐えるように真一文字に引き結んでいる。
やめようよー……。
そんな顔されたら、困るのだ。何でまた、そんな優柔不断を煽るような真似するのか。
「待つって、言ってくれたじゃん……」
「待ってやっている間に、お前は何をしていた」
触れるのを我慢することは出来ない、他の男が触れていると言うならなおさら。
その理屈は間違っていると思う。
だが、どう間違っているのか説明の仕方が分からない。言葉にならない。
あう、とかうが、とか言いながら頭を抱えるの額に、馬超はそっと唇を寄せる。
「……嫌、か?」
嫌じゃないから困ってるんだって!
「……ホントにもう……知らないよ……」
それは馬超に対してではなく、自分に向けられた言葉だったのかもしれない。
壁に背を預けた馬超の足の間に、は膝をついた。
両の手でそっと触れると、それだけで馬超の体が撥ねる。指で側面を撫ぜるだけで、馬超の喉から痛みを堪えるような呻き声が上がった。
張り詰めた皮膚は、既に限界に近いようにも見える。先端から滲み出る雫を舐め取ると、塩辛さが舌に痺れを与えた。丁寧に舐め取ると、後から後から雫が溢れて、舌ではおっつかなくなった。
口に含むと、馬超の体が前のめりになって、の口中深くに挿入する形になった。
息苦しくてむせそうになるが、我慢して舌を絡める。
馬超の呻き声が肉棒から直接響く。それが何よりいやらしく思えて、は生唾を飲み込んだ。口の動きが馬超を煽るのか、呻き声が熱く昂ぶった。
男の嬌声なんてぞっとしない、と思っていたが、こうして聞いていると何と艶やかで淫猥なのだろう。
もっと聞きたい。
それだけの為に、熱心に舌を使い、唇で吸い上げる。
「ん、くっ……ふ、うぅ……」
馬超の掠れ声で、煽られる。
いやらしいのかもしれない。いやらしいんだろう。別にそれならそれで構わない。
貞操という言葉が嘘臭くしか思えなくなった。体の熱に引き摺られて、理性がなくなっていく。
駄目だ、と思いながら、何故駄目なのかと考えてしまう。
馬超の声が思考を遮り、掻き乱す。
「……もう……」
いいよ、と頷く。
「駄目だ、、離せ」
やだ。
出していい、だから、早く、と舐め上げる。
唇をすぼめて吸い上げると、馬超が一際高く呻いた。
「…………!」
体中が震えて、寒気が止まらない。熱くてたまらないのに、不思議だった。
口の中いっぱいに馬超の精が溢れ、溢れた精が唇の端から零れそうになる。は必死に飲み下した。
馬超は熱く息を弾ませてその場に崩れた。と目線が同じになり、には馬超の赤く染まった頬や耳が、汗で濡れて艶やかに光っているのがよく見えた。
いやらしい顔だ。
ぞくぞくした。馬超を陵辱しているような気分になる。
思わず馬超の首筋に抱きついた。馬超の息が耳に触れ、熱が煽られる。
馬超は、気だるくの背中に腕を回し抱き寄せた。
「……お前は……」
呆れたような口振りに、軽蔑されたのかと恐る恐る馬超を振り仰いだ。だが、予想に反して馬超は笑っていた。
「すべて吸い取られるかと思ったぞ」
「う、あの……ごめん……」
申し訳なくなって、謝ってしまう。馬超が声を上げて笑う。
「お前は、馬鹿だな」
最近、やたらめったら馬鹿呼ばわりされる気がする。謝ったというのに、そんなら下手に出るのではなかったと腹が立つ。
「抱いていいか」
馬超の言葉に、一瞬耳を疑う。
「何ですと?」
「どうせ、お前もその気になっているのだろう。破瓜は済ませたのだから、構うまい」
はかってアンタ、何を言い出すのか。
うわうわと呟きながら後退りするの体を、馬超は抱え上げた。
「え、ちょ、待って! 待ってって!」
さすがに本番はまずい、と必死に馬超を諌めるのだが、馬超は何を言っているのか分からんと軽くあしらった。
「や、やだ、ちょっと、うわぁん、馬岱殿ー!」
「殿、お呼びになりましたか」
馬超がぎょっとして身を引くと同時に、馬岱が扉を細く開け、するりと室に入り込んできた。
卓の上に乗せられ、足を広げさせられているも、まさか本当に馬岱が現れるとは思っていなかった。呆然として馬岱を凝視する。
「た、岱!」
「何ですか、従兄上」
焦りまくる二人を他所に、馬岱は至極冷静だ。
「はい、早く仕舞って下さい従兄上。仮にもここは、神聖な執務室なのですよ」
はひたすら『ごめんなさい、すいません』を繰り返して馬岱を拝みまくり、馬超はむっと膨れて股間のものを下帯に仕舞った。
つくづくシリアスにはなりきれない。は熱くなった頬を押さえて、己の性分を呪った。