決着はついたのに、わだかまりが消えない。
 燻った火が、胸に点ったままでいる。



 自分は薄情だ。
 日が経つにつれ、仕事を覚えるにつれ、孫策のことは徐々に思い出さなくなってきた。
 孫策がやって来てしまうのではないかとはらはらしていたが、気配もない。
 あんな態度をとっておいて、来るかも知れないと思っていた自分の図々しさに、寝床でクロールする勢いだ。
 かっこいいかっこ悪さだった。笑顔がたまらなく可愛くて、男っぽくて、強引過ぎるのが玉に瑕だが、根は優しくて、その不器用さが愛しかった。
 傷ついただろうな、と思うと、孫策のいる城に向けて土下座したくなる。時々ホントにした。
 大喬と幸せに生きてくれ。
 長生きして、呉の人たちと仲良く楽しい毎日を送って欲しい、本気でそう願った。
 寝床の中で、こうして孫策のことを思い出しているのには理由がある。
 あれから20日余り。明日には、孫策たちは呉に帰る。城では最後の宴が盛大に行われているはずだ。
 見送りには行こう。大勢の中に紛れていれば、孫策には分かるまい。
 もう、さ。ホントに、誰か一人だけだったら、こんな迷わないのにさ。
 孫策だけがを好いていてくれれば、否、孫策だけが自分を好きだと分かっている状態だったら、大喬がいても孫策の所に行ってしまっていたかもしれない。
 一度でも『行く』と言ってしまえば、孫策のことだから担ぎ上げてでも連れて行ったに違いない。
 人のせいにしちゃいけませんぜ、アニキ。
 決められないのは自分が悪い。逃げてはいけない。
 とにかく、明日は見送りに行こう。もう寝なくちゃ。
 寝返りを打ったと、目が合った人物がいた。
「……よぅ」
 よぅ、でなく。
「何、してんの」
 信じられなかった。
 明り取りの窓から上半身を突っ込んでいるのは、紛れもなく孫策だった。
「……いや、ちっと驚かしてやろうかと思って、よ」
 失敗失敗、と笑いながら、中に滑り込んでくる。その笑みがぎこちない。
 は身を起こすと、まじまじと孫策を見つめた。
「……どうして、来たの」
 責めるような口調になってしまう。孫策が、鼻の頭をかいた。
「明日で、俺、帰るからよ」
 それは知っている。
「最後に、ちょっとだけ、お前の顔、見ておきたかった」
 もう、寝てると思ったんだけどな、と苦く笑う孫策に、は呆然とした。
 孫策は自分と同じことを考えていた。
 最後に一目だけ。
 たったそれだけのことに、どうしてこうも感激してしまうんだろう。
 はのろのろと牀から居り、孫策の元へ歩み寄った。
 開いた足の間に立つようにすると、孫策の顔を見上げる。眼差しが近い。
「私も、ね、私も、明日、最後に見送ろうって……思ってたんだよ」
 孫策の顔が、優しく、嬉しそうに笑った。
「そっか。じゃあ、俺達、同じだな」
 も、自分の顔が自然に微笑むのが分かった。
「同じだね」
 二人で笑いながら口付けて、自然に抱き合った。
「……あったかいね」
「うん、あったかいな」
 孫策の腕が、ひょいとの体を抱え上げた。子供が親に高い高いをされるような格好だ。
「重くない?」
「重い」
 にっと笑う孫策をが軽く睨むと、孫策はちら、と舌を見せて笑った。
「嘘嘘、重くねぇって」
 くるりと半回転すると、牀に腰を下ろし、膝の上にを乗せた。
 そのまま、ぎゅっと抱き締める。
 押し潰された乳房に孫策が鼻を埋めるような形になって、はくすぐったさに目を細めた。
「……どうしても、呉には来ねぇのか?」
 孫策にしては歯切れの悪い言葉に、はこれが儀礼的な確認なのだと感じた。しばらく孫策の髪を撫でていたが、小さく、『うん』と答えた。
「そっか」
 孫策の声も、やはり小さかった。
「……そっか」
 再びの胸元に顔を埋める。の背に回った孫策の腕に、ぐっと力が篭った。
「連れて行きてぇ」
 孫策は、の体に自分の顔を押し付ける。声がくぐもって、の体を震わせるようだった。
「連れて行きてぇ、けど、駄目なんだよな」
 自分の胸に縋りつくように顔を埋める孫策を、はぎゅっと抱き締めた。
「ごめん」
 謝るな、と孫策は顔を上げ、の体を倒した。
「え」
 うろたえて、孫策の腕を抑えると逆に孫策が身を乗り出してきた。
「この間の続き」
 見下ろす孫策の目が熱く潤んでいる。足の間に入られてしまっていて、もう膝を閉じることも出来ない。
「う、いや、だって」
 最後だから、というのは理屈では分かる。だが、最後だからこそ辛くなってしまうのではないだろうか。このまま綺麗に別れた方がいいように思えた。
「やだ」
 やだでなく。
「お前の、泣いた顔と痛そうな顔しか、見てねーもん俺。気持ちよくなってる顔、見てぇ」
 直接的な言葉に、の顔が真っ赤になる。開いた股間に、孫策が腰を押し付けてくる。硬くて熱いものがぐいぐいと押し付けられて、孫策が昂ぶっているのがよく分かった。
「……辛いって言うなら、辛くったってかまわねぇ。俺、お前のこと、ずっと好きだ」
 だからどうせ、辛いんだからいい。
「そんなの、屁理屈だよ」
「屁でもクソでもいーって」
 よく分からないことを言って、の目元に口付けてくる。じんわりと温かくなって、温い悦が全身に広がった。
「勃ってる」
 乳房に這わされた手が、固くなった乳首を布越しに擦る。ぞくぞくとして、腰が痺れるような気がした。
「……駄目って言っても、する気でしょう」
 おう、と言ってにっこり笑う。緊迫感のない笑みに、はがっくりと項垂れた。
「選択権、ないじゃん」
「あるぜ」
 お前が本気で嫌がれば、やめてやる。だから、俺が嫌いだったら、本気で嫌がって見せな。
 孫策の目が細くなり、を切なげに見つめる。
 嫌いだったら、初めからこんなうろうろしてない。
 正直に認めるのが悔しくなって、孫策の鼻をぐいっと押して、豚っ鼻にしてやった。
「あにすんだよ」
 孫策の手がの指を捉えて、布団の横に押し退ける。不機嫌に睨みつけてくる。
「……恥ずかしい顔ー」
 茶化すと、お前なぁ、と呆れられた。
「恥ずかしい顔見ちゃったから、孫策も見ていいよ」
 遠回しすぎかな、と思った。案の定、孫策はきょとんとしていたが、数瞬後には頬を染めて、どもりながら頷いた。
 唇が触れて、離れた瞬間に熱い吐息が漏れる。
「やべぇ、すぐいっちまうかも……」
 上気した顔と、潤んだ目がの間近にある。欲情している顔だ。
 孫策のこの顔、やばいくらい好きかも。
「……口で、したげようか」
 さらりと漏れた言葉に、孫策は考えるように視線を惑わせた。
「ん、いや、やっぱ中に挿れたい」
 なるべく我慢すっから、と言われたが、何を我慢するのかには分からない。男も痛いのか、などと考えてしまった。
 孫策に尋ねると、ぽかんとしての顔を見つめる。
「……お前、ホントに慣れてるのか、慣れてないのか、どっちだよ」
 無知と責められているようで、は顔を赤くして不貞腐れた。
「ホント、お前面白ぇ。すげぇ可愛い」
 げらげら笑われて、はますます顔を赤くした。孫策が耳に口を寄せる。
「……お前が、ちゃんと気持ちよくなるように、俺が我慢すんだろ……?」
 ただでさえ弱い耳に、そんな卑猥な声で卑猥な言葉を囁かれて、の背筋から尻の上辺りまで寒気に似た感覚が突き抜けた。
「……や、も……」
 ん? と孫策の指がの秘部を探る。肉の割れ目からするりと指が滑り込んで、軽く押し広げただけでどっと愛液が溢れる。
「すげぇ、もうこんなかよ」
 驚いた顔が、瞬時に優越感めいた笑みに変わる。
「……我慢しなくても、いいかもな」
 ぬめりで濡れた指を舌で拭うと、が眉を顰めて押し退ける。
「やだ、そんなことしないでよ、汚いよ」
「汚なかねぇよ」
 お前だって、俺の、口でしたじゃねぇか、と突っ込まれ、 は口篭る。
「うー……自分でするのはいいけど、されるのはヤダ」
 なんだそりゃ、と呆れたような顔を見せ、笑った。
「分かった、恥ずかしくてヤなんだろ?」
 な、と突っ込まれて、は赤面して横を向いた。孫策は喉を震わせて笑う。
「可っ愛いなぁ、お前……ホントに可愛いぜ」
 可愛い可愛いと連呼され、は孫策の髭を摘んで引っ張った。
「いてっ……何だよ」
「うぅるさぁいのー」
 不貞腐れたをどう思ったのか、孫策はにっこりと笑うと、悪ぃ悪ぃと再度被さってきた。
 鍛えられた肉の重みが、の骨を軋ませた。息苦しくなるのに、心地よくて孫策の体を抱き締めた。皮膚がみっちりと触れ合って、失禁するのではないかと思うほど気持ちよかった。
「挿れさして」
 孫策の熱い息が耳に触れる。
 腕を緩めると、孫策が半身を起こして己のものに手を添える。
「……うー……見ないでよ……」
「見ねぇと、挿れられねぇよ」
 孫策に見られていると思うと、恥ずかしくて体が熱くなる。それが悦を煽るのだから不思議だ。
 ず、という音と共に何かが体の中に侵入してくる。
「……ん、あっ……」
 やはり、びりびりと痛みが走る。耐えられないほどではないが、眉が顰められる。
「痛ぇ?」
 孫策の動きが止まる。手で腿や脇腹を撫でている。痛みを引かせようと言う心遣いだろうか。
「ん、平気……だと思う……ゆっくり、して」
 強請っているような気がして、は顔を手で覆った。恥ずかしくてたまらない。
 体の中のものが、また少しずるりと入り込んでくる。顔を覆っていた手が外されて、孫策の顔が間近に見えた。
「顔、見せろよ。見てぇ」
 ずず、と少しずつ侵入が続く。
 痛みに眉が顰められる。痛い顔は、見たくないのではなかったのか。
 孫策の頬に汗が伝う。悦か痛みか分からないが、顰められていた眉が不意に緩んで、笑った。
「すげぇ、気持ち良さそう、な」
 そんな顔をしているのか。
 驚いて目を開けた瞬間、体を突き抜ける衝撃が走り、 は背を弓なりに反らした。
 奥、というのが何処か分からないが、体の中に壁か何かがあって、突き当たったように感じた。奥と言うなら、これが奥だろう。じん、と痺れて引き攣れるようだった。
「入っ、た」
 切れ切れの言葉に、は頷いた。
「動いて、いいか?」
 再度頷く。
 途端、視界が激しくがくがくと揺れる。
「あ、あぁ、あっ……!?」
 目の中で火花が飛び散る。黒い暗闇に包まれているはずの視界が、真っ白に染まる。
 体が勝手に跳ね上がり、腕がばね仕掛けのように伸びた。
「あ、あ、だめ、だめ……!」
 気が触れてしまう。
 浮き上がるような感覚の中、体に埋め込まれた楔が強烈な存在感を訴えた。
、キツ……」
 孫策の声が上擦り、喉を反らせて快楽を堪えている。
 の中は容赦なく孫策の楔に絡みつき、纏わりついて最果てへと誘う。
「ち……だ、駄目か……もたねぇ、……!」
 孫策の腰が激しく振れ、の中を抉る。
 苦痛とも恐怖ともつかないような密かな悲鳴が、孫策の肩の肉を通して骨に響いた。
 構っていられないほどの悦が、孫策を焼き、またを焼いた。
「……う、ぁ……」
 低く呻いた孫策は、堪えていたものをすべて開放した。



「……中で、出した……」
 ぐすぐすとぐずって、は何回目になるか分からない言葉を繰り返した。
 孫策は、歯形のついた肩口を、眉を顰めながら……しかし誇らしげに撫でていた指を止め、の頭をがしがしと撫でた。
「つって、お前が食いついて放さなかったんだからしょーがねぇじゃねぇか」
 は寝転んだまま、横目で孫策を睨むと、うつ伏せになって孫策の目を避けた。
 耳まで赤くなっているのは隠しようがなく、孫策はこみ上げる愉悦を抑えられずに声を上げて笑い、の背中に飛びついた。
「や、もう、ほっといて」
 半泣きになっているが、それが嫌悪でなく羞恥からなるものだと孫策は知っている。
「マジ、お前って可愛いよなぁ」
 死んでしまえ、などと酷いことを言われても、孫策は笑っていた。
「お前の腰が抜けてなきゃ、もっかい犯れるのにな」
 死ね、今すぐ死んでしまえとが唸る。
「さっさと呉に帰れぇ」
 ぐったりとした態で言っても、あまり迫力はない。
「明日な」
「今、帰れ、今!」
 しっしっ、と虫を掃うような手を捕まえて、口に含んで舐め上げる。
 常のにはない、可愛らしい嬌声が漏れる。
 耐えられるだろうか。
 孫策は湧き上がる悦を耐えながら、逸らしたの顔の輪郭線を、じっと見つめた。

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