が目を覚ました時、辺りは真っ暗で何も見えなかった。
人の気配を感じ、そちらに目を向けると、が意識を取り戻したのに気が付いたのか、掛け布の端から出ていた手をぎゅっと握り締められた。
「……」
「……伯符?」
痛いくらいにぎゅうぎゅう握り締めてくる。手を孫策の頬に押し付けられて、濡れた感触に気付いた。
「伯符、泣いてるの?」
孫策は答えない。の指先に、手の甲に、次々に熱い水が零れ落ちてきて、はその熱さに戸惑った。
「どうしたの、伯符」
呆然とした声は掠れがちで、喉が痛い。水が欲しいと思った。そもそも何故孫策が自分の室にいるのか分からない。夜這いに来たという風でもない。
「どうしたの、伯符……何で泣いてるの」
泣かないで欲しかった。一生懸命体を起こそうとするのだが、鉛が詰まっているのではないかと思うほど重く、意志通りに動いてくれなかった。
手の甲側を頬に押し付けていたのを、内側に変えられる。手の柔らかな曲線に沿い、孫策の頬や頬骨がの手に押し付けられる。それがずれて、もっと柔らかで温かい、唇の感触があって、は孫策が自分の手に口付けているのをようやく理解した。
ぞく、と走る悦に焦って、孫策の字を呼び続ける。
しばらくして、孫策の口付けがようやく止んだ。
「……死んじまうかと思った」
ぽつり、と呟く孫策に、は吐息のような声を漏らした。
「あぁ」
記憶が蘇る。
は、広間で熱を出し、意識を失ったのだ。病み上がりの時期に責め立てられて、体を休めることもなく、悪戯に立ち尽くしていたのが良くなかったのだろう。そういえば、食事を取った覚えがほとんどない。ずっと広間の片隅に立ち、掛けられる言葉は詰り罵る声ばかりで、時折優しい言葉を掛けてくれる人がいないでもなかったけれど、意地を張って跳ね除けてしまった。
「どれくらい、眠ってた?」
真っ暗だから、夜中なのだろう。孫策がずっと見ていてくれたのだろうか。
の手が孫策の頬を撫でる。
「ごめんね、痛かった?」
孫策の目から、また涙が零れる。
痛くねぇ、けど、怖かった。
そんなことを言う。
「ずっと目ぇ覚まさなくて、もう……三日か四日は経ってんじゃねぇか……。このまま目ぇ開けねぇんじゃねぇかって、すげぇ心配で……俺……」
怖かった、と言う。
怖いものなど何一つなさそうな孫策が、が死んでしまうことに怯えていたという。
可哀想なことをしてしまった。
の目からも、涙が零れた。
「ごめんね」
孫策の頬を撫でる。
「ごめんね」
もう一度言うと、孫策はの涙を舌で吸い取った。そのまま、の牀に顎を乗せる。
「……俺さ……お前のこと、諦めようと思って、とにかく諦めなきゃなんねぇって馬に乗ってったんだ……」
あぁ、そうなのか。そうだったのか。
は胸に痛みを感じた。
「けど、よ」
孫策の両手が、の手を包み込む。
「……駄目だ……どうしても、お前のこと諦めらんね……。お前が俺に怒るの、すげぇ、何か嬉しかった……何か……変な話だけどよ……そんでお前が倒れて、熱がすげぇあって、俺、駄目だって思って……やっぱ、諦めらんねぇ、すげぇ好きだって……だから、俺……」
手が、震えている。孫策が震えているのだ。かたかたと、それは小さな、悲しい震え方だった。
「わりぃ、やっぱ……俺、お前のこと、好きだ……」
何を如何言ったらいいのか、きっと分からなかったのだろう。孫策の支離滅裂な言葉を聞いて、はそう思った。
不器用で、一途で、とことん馬鹿だ。
嫌いになど、なれるはずがない。
だからこそ距離を置こうとした。離れることで、孫策の熱を少しでも冷まそうとした。
けれど、孫策はの予想を上回る大馬鹿で、悲しいほどに不器用だった。
と同じように距離を置こうとすれば五日間の失踪をしなければならず、諦めたと意気込んで帰ってくれば、の病如きで途端に決心をぐずぐずに鈍らせてしまう。
「ごめんね」
が呟く。目から、勝手に涙が溢れた。
「……別にもう、痛くねぇから……」
そうではない。
「傷つけて、ごめんね。選べなくて、ごめん……私……分かってなくて……」
どうしたらいいか、分からなくて。
孫策は口元を歪めて、の手に縋りついた。
「……伯符。泣いてるの?」
泣かないでほしかった。
「……泣いてねぇ……」
くぐもった声がする。
「……泣いてねぇけど、お前のこと、抱き締めたい……」
支離滅裂だ。
が無言でいると、孫策がの被っていた掛け布を引き剥がす。冷たい空気に鳥肌が立ったが、すぐに孫策の腕がを抱き上げ、巻き締めるように絡みついた。
首筋に孫策の息が柔らかく触れ、太い腕が背中から肩、腰にと巻きついてを抱き締める。力を入れて抱きしめてくるので苦しいはずなのだが、は苦しいとは思わず、こみ上げるような幸福感に包まれていた。
やっぱり好きだ、耳元で孫策が嘯く。
がおずおずと孫策の背に手を回すと、孫策は驚いたように目を見張り、次いで涙で目を潤ませた。
室の外に気配を感じたのは、その時だ。
広間には、呉の各将や軍師達が左右に分かれ、物々しく鎮座している。
天子の閲覧の間もさるやと言うばかりの重厚な造りの広間は、が蜀に来て最初に通された広間と通じるものがある。最も、規模から言っても装飾の豪勢さから言っても、少しばかり呉の方に利がありそうだ。
中央の奥に細かい細工を為された椅子が置かれており、呉の主たる孫堅が、少しだるそうにして腰掛けている。
が意識を取り戻したと聞き及び、呼び出しの使者を立てたのはもうかなり前だ。呉の将達は孫堅の召集に素早く応じて来たので、尚更待つ時間が長く感じられるのかもしれない。
とは言え、病床のを引き摺り出すのだから、多少の時間は置いてやらねばなるまい。湯浴みこそ無理だろうが、髪を梳き身なりを整えるのにも時間がかかるだろうし、枕元で張り付いている孫策を宥めるのにも時間がかかるはずだ。
早くに会いたい、という欲求と、それを敢えて抑えることに、孫堅は久方振りの他愛ない昂揚を楽しんでいた。
ようやく廊下から顔を出した使者が、の到着を告げる。
長かった、けれど思ったよりは短かった待ち時間の終わりに合わせ、孫堅の目の色はゆっくりと戦人のそれに変わった。
何を如何するつもりなのか。
周瑜は一人、背中に流れる冷たい汗の感触に居心地の悪さを感じながら、孫堅の顔をじっと見上げた。
孫策を傷つけるのではないか、でなければ二人が相争うことになるのではないか。何が起きるのか、まったく分からない。
いざという時は、私があの女を斬り、自ら果てるしかないかもしれない。
我ながらろくでもないと眉を顰めながら、周瑜は遥か蜀の地で癪に障る笑みを浮かべているだろう諸葛亮の顔を思い出していた。
が姿を現した。孫策も一緒だ。
正確には、孫策がを横抱きにして現れた。の足には痛々しく白い布が巻かれている。孫権が怒りに任せてを引き倒した時に、足首をおかしな風に捻ってしまったのだ。
文官独自の衣、その長い裾の間からちらちらと見える白に、孫権は言いようもない罪悪感を覚える。
「策。を下ろせ」
孫堅が重々しく告げると、孫策は予想通り逆らった。
「やだね」
武将達の反応は様々だ。甘寧などはあからさまに喜んでいるし、凌統は渋茶でも飲み干したかのような形相だ。
が孫策の耳元で何か囁き、孫策がむっと眉を顰めた。
逡巡した後、広間の真ん中にそっとを下ろした。けれど孫策は、膝をつくの横に護衛のように張り付いた。
「……お呼びいただいた、と」
の声は掠れている。病を得て、先程まで意識が戻らなかったのだから、当然といえば当然だ。髪も艶を失くし、肌も色を失くしている。風が吹いても倒れてしまいそうな姿だ。
孫堅は座を降り、の元に歩み寄った。
膝を折り、の顔を見つめる。やつれてはいたが、背筋を伸ばし、顔を上げている。
だが、何処かおかしい。
違和感の原因が掴めず、孫堅は小さく首を傾げた。
立ち上がると、真天狼剣を杖のようにして手を置き、を見下ろした。
「……先日のお前の言、忘れてはいないな?」
は静かに、はい、と答えた。
「他国の一文官の身でありながらあのような讒言、許されるものではない。分かっているだろう」
は、やはり静かにはい、と答えた。
孫策が何事か言い募ろうとするのを目で制し、孫堅は再び口を開いた。
「……しかし、我ら孫呉と蜀は、めでたき縁を結んだばかり。同盟を為し、共に曹魏に立ち向かっていこうと約定を交わしたばかりだ。……お前も病を得、騒ぎに巻き込まれて心取り乱していたのだろう。惑乱故の讒言と、ここで認めて訂正するなら」
「取り消しません」
孫堅の声を遮り、が静かに答えた。一瞬で辺りが騒然とし、殺気に満ちた。
「」
孫策の戸惑った声が、を責めるように響く。何故、取り消すとさえ言ってしまえば、罪を許されるというのに。けれどは首を横に振り、孫策の言葉をも振り切った。
「言葉は悪かったかもしれません、でも、別に取り乱したとか、そんなんじゃないですから。私は本当にそう思ったし、どうして他の人が誰も怒らないのか、今だって不思議です。分からないです」
の口から溜息が漏れ、呉の将達の殺気が増す。孫策は、額に汗が滲むのを感じた。
「私、ちゃんと覚えてます……間違っているなら首を落とせって言いました。私が間違っているなら、そうして下さい。私、絶対取り消しませんから」
孫堅が、じっとを見つめる。
唇はきつく噛み締められている。だが、膝に置かれた拳は、哀れなほどがたがたと震えている。
「……死ぬのが怖くはないのか」
の唇が、言葉を為すために解かれる。解くと同時に、朱を取り戻した柔らかな肉がやはり震え始めた。
「……怖い、です、でも、でも……」
言葉が途切れ、唇が再び噛み締められる。最早震えは止められなくなっており、噛み締めてでさえカチカチと小さな音が聞こえてくる。
孫堅は、真天狼剣を音もなく鞘から抜き取った。
「親父!」
孫策の叫び声に、がびくりと跳ね上がる。戸惑う様に、孫堅は『違和感』の正体をようやく覚った。抜き身の真天狼剣を、すっとの頬に当てる。
途端、の体がびくんと撥ねて、必死に支えていたらしい体が崩れ落ちる。おろおろと視線が彷徨うが、何処にも焦点は合っていない。
「目が、見えんのか」
ざわ、と一同が騒然となる。孫策はの元に駆け寄り、体を支え起こした。
の顔に、気まずげな感情が露になる。
「……熱を出すと、こういう風になることもあるって、聞いたことあります……でも、全然見えないわけじゃなくて、ちょっとずつ見えてきてますから」
にとっては、見えなくて良かったのだ。見えていたら、怖くてきっとすぐに言葉を翻していただろう。そんなことになれば、あまりに情けなくて、もう自信なんて持てなくなるに違いない。
蜀の外交を担う仕事なのだ。諸葛亮が期待していると姜維が言っていた。応えたいと思う。期待通りの人間でありたいと思う。
結局、見栄っ張りなだけかもしれない。それでも、その見得を張り通したいと願う自分がいる。
孫堅が剣を納め、再びの前に膝を着く。柔和な顔に戻っていた。
「何故、我が孫呉の為に命を賭ける。お前は、蜀の文官だろう」
の顔が、きょとんと呆ける。
え、え、と繰り返して、口元に指を当てて赤面した。
「……いや、あんまり……誰の為とか……考えてなく……って……」
そうか、蜀の外交とか、全然関係ないなとは身が縮まる思いだった。
怒らなくてはいけない、そう思ったから怒った。それが一番近い。
「俺の為だよな、」
孫策が、何処か誇らしげに言う。
「呉が俺の国だから、俺がいつか治める国だから、俺がそれに相応しい男になるように、だよな?」
優しげな、愛しい者を見る目で孫策はを見つめた。
やっぱり諦めらんねぇ、俺にも、俺の天下にも、お前は絶対必要だ。
「違います」
だが、はむっとして否定する。視力はほとんど回復していない、だから孫策の愛しげな目はには見えておらず、ただ優越感に満ちた声だけがが知り得るものだった。それがの持って生まれた反抗心に火を点ける。
「……ちょ、待てお前、じゃあ何で」
孫策にも、持って生まれた火の気質がある。の即座の否定に、カチンと来るものがあった。
「蜀との大事な同盟国の相手のことだからでしょうよ! 別に孫策……様でなくっても、私はちゃんと言いますよ、あったり前でしょう」
「あ、お前、さっきは伯符って呼んでたくせに、何だよそれ!」
「! ……呼んでません、呼ぶわけないでしょう同盟国の大事なお世継ぎに向かって!」
「呼んだ! 絶対、呼んだ!」
「呼ーびーまーせーん!」
「……そこら辺にしておけ」
孫堅の声に、ははっと我に返る。
呉の将達は一人残らず毒気を抜かれて、呆然と二人の口喧嘩(口論と呼ぶにはあまりにおこがましいとは、周瑜の言だったが)を見守っていた。
一部、甘寧などは笑いのツボを突かれ、呼吸困難でひぃひぃ言っていたりしたが、それは例外中の例外だ。
「あ、う、す、すいません……」
は項垂れて落ち込むのだが、孫策は却って満面の笑みを浮かべている。我が意を得たり、というところだ。恐らく、ずっとこうしてとじゃれ合うのが孫策の念願だったのだろう。
目が見えないというのに、ちっとも悲壮感がない。少しずつ見えてきているというのが効を奏しているのだろうか。
飽きない娘だ。
孫堅の目に、深い情と欲の色が浮かぶ。
欲しい。
その目を間近に見た孫策が、はっとしてを抱え上げる。急に体が宙に浮く感覚に、が驚き悲鳴を上げた。
「話はもう終わりだろ。はまだ完璧に戻ったわけじゃねぇんだ。もう、連れてくぜ」
どう贔屓目に見ても、親を見る目ではない。男として、敵を見る目だ。孫堅は、息子の厳しい色を浮かべる目に、しかし嬉しそうに笑った。
「終わってはいない。だが、お前の言うとおりだな。」
呼びかけられ、声のする方に慌てて顔を向ける。降りようともがくのだが、孫策の手は決して緩まず、を離そうとはしなかった。
「今は、体を厭え。処罰はいずれ決める……」
「処罰なんか、させねぇ」
孫策が孫堅の言葉を遮り、はっきりと宣言する。
「これは俺との問題だ。だから、いくら親父でも何も言わさねぇ、誰にも文句は言わせねぇ」
がじたばたと暴れ、孫策の口を塞ごうとするのだが、孫策は逆にの口を塞いだ。両手は塞がっていたので、口で。
の動きがぴたりと止まる。驚きの余り、固まってしまったようだ。
周囲も同時にぴきりと固まる。
孫策の口が離れても、は意識を何処かに飛ばしてしまったまま白く固まっていた。
「こいつは、俺の女だ」
言うなり、さっと身を翻して広間を出て行ってしまう。
しばらくして、遠くから『馬鹿――――――っ!!』という金切り声が聞こえてきたが、声量の程から言ってどの辺まで行ってしまってからのものなのかも分からない。何せ孫策は足が速いのだ。
だが、その声で皆が金縛りから解放され、ざわざわとざわめき出す。
大喬が肩を落とすのを、小喬は掛ける言葉を見出せず、ただ隣から心配そうに見つめていた。
孫堅は自らの座に戻ると、軽く手を掲げて静粛を求める。
統率された将達は、絶大な信頼を寄せる君主の指示に従い、ぴたりと口を噤んだ。
「さて……。皆に頼みがある。俺は、あの娘を是非とも我が孫呉に迎え入れたい」
音もなく衝撃が広間を覆い、包み込む。
周瑜が険しく眉を顰め、孫堅を見上げた。孫堅は悪戯っぽく周瑜に微笑みかける。
お前が策を出さぬからいかんのだ。
周瑜には、孫堅の言葉が声に出さぬでも聞こえていた。孫堅は、本気だったのだ。本気で、あの女を得たいと望んでいたのだ。
「あの娘の蜀への忠義、紛れもなく本物だろう。その忠義を我が孫呉へ鞍替えさせるというのは、並大抵のことではあるまい。だが、あの娘の激情はわが孫呉にとって得難いものであり、また我が孫呉にこそ相応しいと俺は思う。そこで、だ」
厳しかった顔つきが、突然にやりと緩む。何か面白い悪巧みを思いついたガキ大将のような面持ちだ。
「誰でもいい、あの娘を口説き落とせ」
瞬間、広間がしんと静まり返る。
転瞬、広間がどっと大騒ぎになった。
孫権は呆然と父を見つめ、周泰は密かに溜息を吐いた。周瑜は堂々と深い溜息を吐く。陸遜は
困ったように隣の呂蒙を振り煽ぎ、呂蒙は酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせていた。大喬は目を丸くし、小喬は金切り声を発し、甘寧は馬鹿笑いして凌統に睨まれていた。黄蓋は困惑し、唸り声を上げ、太史慈は思わず馬鹿な、と口走って腰を浮かせ、はっと気がつき恥ずかしげに腰を降ろした。
居並ぶ将も官も皆似たり寄ったりの反応で、とにかく驚くか呆れるかのどちらかなのだった。
孫堅は一人、涼しい顔で己の配下を見下ろしている。
成程、と陸遜は一人ごちた。
のような頑なな娘を、ただ得たいと願ってもそれは土台無理な話なのだ。だが、嫁として孫呉に迎え入れるとなれば話は別だ。如何な諸葛亮とは言え文句は言えまい。激情の気質故に、方法は未だ定かでなくとも、何とか口説き落とせれば頑なな心も和らぐに相違ない。情が深い娘だというのは、孫策の話だけでも容易く察することができたし、他の将と幾らか言葉を交わしているのを見てきて、根は純朴で真面目な、優しい娘だと分かっている。
正しきを正しいと言い、間違いを間違いと言える清廉の士は、例え孫呉と言えども少ないのだ。まして、国を違えた者が、他国のことに命を賭けるなどと、愚行も甚だしい、けれど賞賛すべき行動を取れるのは、皆無と言って良いだろう。孫堅が欲しがるのも無理はない。
の、諸葛亮をも魅了する知は、陸遜にとってみても喉から手が出るほど欲しい宝だ。
あの方が孫呉にいらしてくれれば、私でもお話を伺うことができるかもしれない。得られるならば得なければ。得る努力を必要とするならば、何も惜しむものではない。
陸遜のように素直に孫堅の言葉を受け取った者は少ないが、反論しようという気概のある者はこの場にはいなかった。
何となれば、孫策の失踪時にに当り散らしたという後ろめたさがあったからに他ならない。周瑜に至っては、孫堅の思惑を潰す機会をわざわざ自ら逸したという己の間抜けさに腹を立てており、一言もない。
「頼むぞ」
にっこりと笑って、孫堅は場を締め括った。
それから、無論、俺も力を尽くそう、と思い出したように付け加えた。