半ば混乱し、半ば憤りながらは廊下を駆け抜けた。
 とにかく、自室に。冷静に考えなければ。
 一人になりたくて、その為には自室に篭るしかない。
 その室の前に、趙雲が立っているのを見て、は嫌な顔を隠せなかった。

 趙雲は、の自室が空であるのを見て、帰ろうとしていたところだったようだ。
 タイミングが悪い、もう少し後に戻っていたら、趙雲も立ち去った後だったろうに。
 止まった足をのろのろと前に進ませた。趙雲は、何も言わずにじっとを見つめている。
 用があったのだろう、ならばさっさと言えばいい。
 扉に手をかけたままで退こうともしないので、は室に入ることも出来ず、渋々口を開いた。
「……何、子龍。何か用だった?」
 趙雲の眉がぴくりと動いた。苛立って扉にある趙雲の手を見つめていたは、不運にもそのことに気がつかなかった。
「……何処へ行っていた?」
 常の無表情な声、しかし何処か違う声にさえ、は気がつくことができなかった。
 趙雲の言葉に、先程の遣り取りがまざまざと思い浮かぶ。
―――どうか私と一緒に孫策様を支えて下さい……!
 ぎゃあ。
 は、無言の悲鳴を上げると、構っていられるかとばかりに趙雲を押し退けようとした。
「ごめん、今は誰とも話したくない。後にして」
 趙雲が退く。
 は室の扉を開け、一歩中に踏み込んだ。
 後ろから、突き飛ばされた。

 突き飛ばされ、よろめきつつも何とか転ばずに済んだ。
 何すんのよ、と文句を言おうと後ろを向いた瞬間、趙雲が飛び掛ってきた。
 噛み付くように強引に唇を合わせられて、いや、歯を立てられていたから正しく噛み付かれたのだが、は呼吸を封じられた。
 扉が開けっ放しになっているのが視界の隅に映る。
 馬鹿、馬鹿と詰るのだが、言葉は呼吸と共に封じられている。
 やっと開放されたと思ったら、今度は正面から突き飛ばされて、無様に後ろにひっくり返った。低い姿勢でいたせいか、床を滑るように転がったので音も痛みも軽くて済んだ。
 ぴしゃりと扉が閉まり、趙雲がすたすたと足早に戻ってくる。文句を言おうとした瞬間、趙雲の鋭い視線がを縫い留めた。
 怒っている。それも、無茶苦茶怒っている。
 こんな趙雲を見たことがあっただろうか。と情を交わす夜、孫策に邪魔された時とて趙雲は怒らなかった。馬超と寝たと言っても薄く微笑んでいた趙雲が、今は激怒している。
 何故、今。
 何をしてしまったんだろうと、は身を竦ませて趙雲を見上げた。
 怯えて固まってしまったの両腕を取り、床を引き摺るようにして運ぶ。が短い悲鳴を上げたが、趙雲は一切気にしなかった。
 やはり牀の上に引き摺り上げて、そのまま両手首を枕元に縫い留めると、趙雲は己の髪を纏めていた紐を勢い良く抜き取った。
 拘束される、そう思った瞬間には既に手首を紐で戒められていた。
 趙雲はに跨ったまま、枕元の横に置かれた卓、その上の黒塗りの箱に手を伸ばした。蓋を弾き上げ、中から小瓶を取り出す。
 その細口の小瓶を口に咥え、今度はの服を剥ぎにかかった。
 するつもりだ、と分かった。
 だが、何かが違う、犯すつもりなのは態度からも行動からも明らかなのに、何かが違うとの本能が訴える。
 現代の服ならいざしらず、襟を合わせて帯で締めるこの時代の服では、趙雲には何らの障害にもならない。あっと言う間に裸に剥かれ、手首の戒めで脱がせられないものはそのまま捲り上げ、牀の端から垂らすことで鎖止めのような役割を課せられた。何処かに引っかかってでもいるのか、が身を捩ってもびくともしない。
 牀は、一文官にはもったいないほど立派な物だ。要するに、広さがある上に高さがある。上掛けはお日様に当てて消毒だと思って、窓際に椅子を並べて干してある。
 の手の届く範囲に、の裸体を隠してくれるものは何もなかった。あったとしても、この手では引き寄せることも叶うまい。
 先日の優しい趙雲とはまったく違う、ただを蹂躙するだけの手管に、は声も出せずに信じられないと目を見張ることしか出来なかった。
 突然引っくり返されて、腰を持ち上げられる。乱暴に足を開かされ、膝立ちを強要される。
 全てを知られていると分かっていても、明るい日差しの中で秘部を露にさせられるのは、恥辱以外の何者でもなかった。
 どろり、と粘る冷たい感触が尾てい骨の辺りに降り注がれた。
 違和感の正体が分かった。
 体を繋ぐだけなら使う必要のない小瓶。それは趙雲びいきの春花の母が、と趙雲の仲が睦まやかになるように、と誠心誠意を込めて調合した香油だった。
 専ら、がリラックスしたい時に香りを楽しむ用として使っていたのだが、趙雲は惜しむことなく最後の一滴までの尻に落としてしまった。
 趙雲は、の背中や腿に流れ落ちる香油を丹念に指に馴染ませると、の後孔に触れた。
 びくん、と揺れるの体から、香油が滴り落ちていく。
 挿り口をまさぐっていた趙雲の指が、ゆっくりとの中に侵入してくる。
 分かっていなかったはずなのに、やっぱり、と思う気持ちがある。
 悲鳴を上げかけ、飲み込んだ。上掛けを干すのに窓を開けてある。普段は人気のない中庭に通じているだけだが、誰かが通りすがらないとも限らない。趙雲と自分の、いや趙雲の為し様を人に見せるわけにはいかない。
 は、敷布を噛んで声を耐えた。小さな掠れる呻き声はどうしても抑えられない。けれど、出来る限りは耐えなければ、とは更に歯を食いしばる。
 趙雲の指が二本、三本と増える。きつかった後孔が徐々に緩み、水に濡れたような音が大きくなった。
 けれど、膣で迎え入れるのとは違い、体は一向に昂ぶらない。痛みが先行し、涙で鼻の奥がつんとする。
 指が抜かれ、ねとりと濡れた何かが押し付けられた。
 這入ってくる、と目を閉じた瞬間、趙雲の肉棒がの後孔に押し込まれた。

 根元まで挿れて、慣らすことなくすぐに腰を揺らす。にも関わらず、は必死に声を押し殺している。快楽とはほど遠い激痛に苦しんでいるだろうことは、強張った体に浮いた汗で分かる。
 何故、耐える。
 趙雲は、痛みの原因が己にあると自覚した上で眉を顰めた。
 あれは呉に向かう船上での約束だった。何かあったら、必ず自分を頼るのだと言い含めたにも関わらず、は一人で悩み苦しみ、暴走して身を削っていく。
 自分との約束は、そんなに軽いものなのか。そんなに自分は頼みにならないか。
 趙雲の中に嵐がある。
 分かった、と頷いたくせに、何故、如何して。
 憤りのままにを傷つけ、暗い悦びに身を震わせている。
 痛いはずだ。苦しいはずだ。
 何故、声を上げない。声を上げるのも嫌になるほど憎まれてしまったのだろうか。だから、頼ってこないのだろうか。
 職務につく己を気遣ってのことと無理に思い込んでいる内に、知らずの心は遠くなっていってしまったのかもしれない。
 が自分から強請ったあの日、孫策が姿を消したあの日、よくよく考えればあの日は何もかもがおかしかった。が自ら強請るのを、何故おかしいと思えなかったのだろう。気付いてくれと訴えていたのかもしれない、なのに己は気付かず、が求めてくれる事実にのみ有頂天になって、ただの体を犯した。
 何時の間にか憎まれていたのだろうか。あの日が最後の警告だったのではないだろうか。
 痛いはずだ、何故、声を立てない。
 腰を強く突き入れると、の喉奥からくぐもった悲鳴が漏れる。けれどその声量は極小さなもので、趙雲の耳にすら微かにしか聞こえない。
 暴力だ、傷つけられてると分かっているだろう。
 なら、怒るはずだ。それとも、もうにとってはどうでもいい人間に成り下がったとでも言いたいのだろうか。は、本当に大事に思う人間にしか怒らない。それ以外の人間には、怒る価値すら見出さない。
 自分はもう、には不要の人間に成り下がってしまったのだろうか。

 張り詰めていた趙雲の肉が、力を失って縮こまっていく。
 押し込まれた痛みが僅かに異質な変化を遂げるのに、は気がついた。
 趙雲が身を引き、その動きに伴って後孔から音を立てて異物が抜け落ちる。
 痛みが消えたわけではないが、腹にあった強張った緊張はなくなった。は敷布から歯を外し、うずく歯茎に眉を顰めた。
 呼吸はまだ落ち着かなかったけれど、腰はまだ痛みを訴えていたけれど、身を起こして背後の趙雲を伺う。
 趙雲は、己のものを仕舞いこみ、牀から降りようとに背を向けた。
「子龍」
 の声も届いていないかのように、趙雲はそのまま扉に向かう。
 声が出ていないか、敷布を噛んでいた為に口内が痺れて小さいのだとは思った。
「子龍!」
 大きな声で呼んだつもりだが、趙雲は振り返らない。まだ声が出ていないのかとは焦った。
「しりゅ」
 牀から身を乗り出した瞬間、それまで鎖止め代わりとしてを支えていた着物が、あっさりと外れてしまった。勢いのままずるりと滑って顔から落ちる。
 一文官にはもったいないほど立派な牀で、高さがあることは先に触れた。その高い牀から、は物の見事に滑り落ちたのだ。体を支えようにも、両手は趙雲の髪紐で戒められている。絡まって、却って顔面を突き出す形になった。
 どしゃっと悲惨な音がして、鼻の辺りが瞬時に熱くなる。
 うずくまって鼻を押さえると、ぬるっと熱い感触があった。鼻血が出たらしい。
 じんじんと熱い痛みに涙が浮く。両手で押さえて、そうだ子龍はと無理やり薄目を開くと、手を差し伸べかけた趙雲が呆然としての前に立っていた。
「子龍」
 指の間から鼻血がだらだら垂れている。それでもは、趙雲がやっと気付いてくれたことが嬉しくて、顔をほころばせた。

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