牀に座らせ、水差しの水で手巾を湿らせて、に手渡す。鼻を押さえていたが手を出し受け取るのだが、その手が赤く染まっているのを趙雲は苦い思いで見つめた。
 助けるのが間に合わなかったというのに、は趙雲の姿を見てにっこりと笑った。『子龍』と呼ぶ声が喜び弾んでいるのに、趙雲は戸惑っていた。
 鼻血でみっともなく汚れた顔を見せ付けられたというのに、惚れた弱みのせいか、想いは冷める気配すら見せない。却って、可哀想なことをしてしまったと切なくなった。
 恋を病という輩がいるが、成る程、こうなってみると真実を突いている。
 肩に上着を掛けただけの姿だったので、胸乳も柔らかな腹もほとんど隠されておらず、麻張りの窓に遮られた柔らかな午後の日差しに薄っすらと照らされていた。
 鼻血が止まったと見るや、は指や手の平に着いて乾いてしまった血を丹念に拭い始めた。趙雲が見ていると、首を傾げてくる。どうしたの、と問うている。聞きたいのは趙雲の方だ。どうして頼ってこない、どうして話そうとしない、どうして……声を上げなかったのか。
「……あの、別に、嫌じゃないんだよ……でも、そっちでしたいなら、ちょっと先にさ、何か言ってよ」
 が突然そんなことを言い出した。何のことだか趙雲にはさっぱり分からない。
 黙って見つめていると、が頬を朱に染めた。
「……え、違っ……た……?」
 口篭りながら、尻でしたがっているのかと思ったのだと言われ、趙雲はがっくりと項垂れた。
 あんまり痛がるからやる気をなくしたのかと思ったから、と言い募られても、逆に力が抜けるだけだ。思いつめていたこちらが馬鹿をみる思いである。
 こっちの方の男は、尻でしたがるって書いてあったんだもーん、と喚かれ、趙雲はの頭を軽くはたいた。突きこんだ時には声を立てまいとしていたくせに、とんでもないことを実に大きな声で喚き出す。
「……子龍、呆れちゃったの」
 無言になって宙を虚ろに見る趙雲を、は心配そうに覗き込む。
 趙雲は、苦笑を浮かべながらもに向き直った。目が、涼やかな色を浮かべている。いつもの趙雲だ、とはほっとした。
「無論、呆れてはいる。、お前何をしたのだ」
 ここに来て、ようやく趙雲は己に課せられた職務を果たすことができた。
 話は少し前に遡る。
 魯粛らと会談していた劉備の元に、孫堅から『も元気になったようなので、今宵辺りまた呼んで貰いたい』と依頼の使者が出向いてきた。
 馬良の顔が引き攣る。
 には、蜀が借り受けた敷地外には出ないように、またあまりうろうろしないように命じている。だのに、使者の話では、が廊下を元気良く駆けていくのを見たということだった。
 それでは言い訳も出来ない。とりあえず用向きは承ったので、の様子を見て連れて行く旨のみ返事して使者を帰し、趙雲に詳細を確認するよう命が下ったというわけだ。
 孫堅が見たのは、大喬と太史慈の私闘を止められる者を探して駆けずり回るの姿だったのだろう。目に留めながら声も掛けてこないとは、なかなかいい神経だとは思うが、面倒ごとには首を突っ込まない主義かもしれない(実際はどうか知らないが)。
 は、ふと思い出したように口をひん曲げ、趙雲の背中をばしんと叩いた。
「……なんだ」
 痛みはないが、腹を立てた風なに、趙雲は面倒そうに目を向ける。
「子龍がいないからいけないんじゃん、すっごい探したのに!」
 続けざまにべしべしと叩いてくるのを捕まえて、顔を近付ける。の顔が赤く染まり、目が落ち着かなげにきょときょとと揺れる。
「……だから、だからね!」
 ああもう、と呻きながら、は大喬との一件……太史慈と話をして、大喬と出会い、訳の分からぬまま私闘が始まり、慌てて趙雲を探したが見つからず、仕方なく呉の武将を探して駆けずり回り、周瑜と出会ったが埒が明かず、騒ぎを聞きつけて顔を出した孫策を引き摺って駆け戻り、ようやく事態を収拾させたと思ったら大喬のとんでもない決意と願いを聞かされて、仰天して逃げ帰ってきた、と、すべてを事細かにぶちまけた。
 身振り手振りの混じった熱心な説明を聞き終えても、趙雲の反応は冷ややかだった。
「お前が悪い」
 太史慈にそんな悪戯をするからいけないのだ。大喬でなくとも、もし誰かに見られていたらと考えるとぞっとする。見られたのが大喬で、むしろまだ良かったのだ。
 は不貞腐れたが、趙雲は憤った後の間抜けた気だるさに、安堵と共にどっと疲れを感じていた。
 本当に、一人を相手にするより、あの長坂の兵の群れの中を、ただ一騎で駆け抜けた時の方がまだ楽だ。
 がまた覗き込んで来ているのに気がついて、趙雲は頬杖をついたままを見遣った。甘い香りが鼻につく。の後孔に摺りこんだ香油の香りだろう。

 ん、とが首を傾げる。
「尻にしたい」
 の体がぐらりと揺れ、前のめりに倒れて牀から落ちかける。
 今度はさっと助け起こして、牀に乗せた。
 横たわったの眼前に、しな垂れていたはずの趙雲の肉棒が、天を仰いで反り返っているのが見えた。
 かっと顔が熱くなる。
 わ、わ、と小声で呻くに顔を近づけて、唇が触れる寸前で止める。
「したい」
 の目が、焦りと動揺で潤み、きょときょとと揺れる。の攻略など、趙雲にとっては朝飯前なのだ。特に今回は、『先に言えば許す』と自身が墓穴を掘ってくれているので、趙雲は有難く感謝してを埋めにかかる。
 勝手にしろ、と嘯かれ、顔を背けられる。手で顔を覆い隠しているが、隠しきれていない部分は
真っ赤に染まっている。苛めてくれと挑発されているようなものだ。
 趙雲がから身を離す。趙雲の熱が消え、体に冷たい空気が触れる感触に、が恐る恐る目を開けると、趙雲が窓を閉めているのが見えた。
 戻ってきて、何事もなかったようにに覆い被さると、耳元で囁いた。
「これで、少しは声をたてても構うまい」
 の顔が再び真っ赤に染まり、体が熱くなる。
 また熱が出たら子龍のせいだ、と小声で喚くに、趙雲は久方振りに心からの笑顔を向けた。
「……馬鹿、ずるい!」
 何がずるいのかは分からないが、の反応の一つ一つが趙雲の心を軽くした。
 戯れに指を忍び込ませた足の間が、既にしっとりと濡れている。
「後ろに挿れはするが、」
 中指を折り曲げ突き込むと、の眉がぴくっと撥ねる。
「……こちらも、ちゃんと可愛がってやろう」
 何処のセクハラ親父だ、とが喚く。けれど、すぐに後孔に先端を押し当てられ、体をすくませた。
「力を抜け」
 耳元で囁くと、の睫が恥ずかしげに震えた。
 趙雲の手で、熱で、が昂ぶっている。
 嬉しさと快楽と独占欲と優越感がないまぜになって、趙雲は艶やかに笑った。
「……私以外に、ここを犯した者はいないだろう?」
 いるわけない、とが吠える。同時に先端をめり込ませると、の体がびくびくと撥ねた。抵抗は意外に少ない。一度挿れて、慣らされたのが良かったのだろう。
 指を奥に突き込むと、強張った腸とその原因たる肉の圧迫を感じるような気がした。
「……っ……、ひ、ん……っ……」
 小さな声だが、底に悦を含んでいるのを確認し、趙雲は悦びを新たにした。が、全身から受け入れてくれているのが分かる。

 囁きかける。

 何度も繰り返し、耳元から直接心に囁きかけるようにを呼ぶ。
「……んあっ、しりゅ……!」
 荒い呼吸と途切れ途切れの嬌声に交じり、の口から趙雲の字が零れ始めた。

「子龍…子、龍…!」
 身をくねらせて強烈な悦から逃れようとするを捕らえて、趙雲は登り詰める為に腰を強く打ちつけた。
 は声を殺す為に敷布を噛み、更にその上から手で覆う。
 字も、嬌声も途切れてしまったけれど、戦慄く皮膚と蠕動する腸、指を咥えこむ膣の動きが趙雲を欲して止まない。

 後孔から引き攣るような動きを繰り返す肉棒を引き摺り出し、代わりに指の突きこみを激しくする。
 の体が痙攣し、突然きゅっと体が収縮した。
 趙雲の猛りが開放され、の脇腹から胸にかけて、白濁した熱い精が飛び散った。
 の体に飛沫が飛び散るたび、の体は魚のように跳ねて、くぐもってはいるが甘い声が迸る。残滓を名残惜しく垂らす先端を、の尻にぬるりと押し当てると、の体が小さく縮こまった。
 膣から指を抜き取ると、指の股までぐっしょりと濡れそぼち、透明な雫がとろりと手首に流れ落ちた。当たり前のように舌で舐め取る趙雲を、が顔を真っ赤にして見ている。抗議したいような顔をしているが、唇が激しく震えて、熱く息を弾ませるしかできない。
 閉じてはいたが、膝を曲げているので趙雲からはの陰部がまる見えになっている。濡れて透明な雫を滲ませているのも、陰核が赤く充血しているのもすべてはっきり見えた。香油のせいか甘い香りが漂って、誘われるように陰茎が勢いを取り戻す。
 趙雲は湧き上がる欲を持て余した。の体は限界だろう。苦しめるのは、趙雲の本意ではな
かった。
 思い出したように趙雲はに寄り添い、顔を覗き込む。
「達ったか?」
 の顔が赤くなり、趙雲の顔を押し退けようとする。その手を取って、暴れられないように戒めてしまうと、嫌がらせのように顔をぐいぐいと近付けた。
 は何故か、趙雲が顔を近づけると嫌がる。嫌悪しているわけでもなさそうだが、顔を真っ赤にしてそむけてしまう。趙雲はその嫌がるの顔を、実は気に入っている。いつもはここまでしないのだが、今日は何故だかふざけてみたくなった。
「……も、馬鹿、子龍なんか嫌い、嫌いだーっ!」
 ひー、と喚くの目元を、趙雲は気にもせずぺろりと舐め上げる。少ししょっぱかった。
 嫌い、と言われるほど愛されている感覚に囚われる。
 その感覚が不思議で、可笑しくて、趙雲は笑いながらを抱き締めた。

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