雨も上がり、晴れ渡った空が目に痛いほどだった。
 朝一で街から城に戻ったは、人目を忍ぶようにして自室に滑り込んだ。
 街から城に辿り着くまで、『危ないから』とのんびり馬を歩かせる甘寧に、じゃあ昨日の行き道は何だったんだと喚いたものだ。
「ありゃ、雨に濡れちまうから急いだだけだろ」
 あっさりと返されて、は腹を立てて黙り込んだのだった。
 が借りた服は派手派手しく、呉のイメージカラーと同じ赤であっても、決して周囲に埋没することはなかった。行き摺りの兵や文官にじろじろと眺められながら、は足早に自分の室まで戻らざるを得なかった。
 結局、が着ていた文官の装束は返してもらえなかった。乾かして持って行ってやると強硬に主張され、なるべく早く帰りたかったが折れた。
 文官の装束は、諸葛亮に拝領したあの一枚きりだ。
 昼の孫堅との会食を如何するかと悩みながら、牀のある室に進んだ。
「遅かったな」
 突然声を掛けられ、思考が一気に停止する。
 趙雲が、牀の縁に腰掛けてを見ていた。緩く腕組みした手が何故だか趙雲の苛立ちを示しているような気がして、は我知らず一歩退いていた。
 その一歩が切っ掛けだった。
 趙雲は素早くの手を掴み、捩じ上げ、牀に突っ伏させる。腰の上に片膝を乗り上げ、完全に動けぬようにしてしまった。
「何処へ、行っていた?」
 殿も、孫夫人も、それは大層ご心配なさっておられたのだぞ。
 趙雲の言葉は刺々しい。だが、仕えるべき君主とその妻に心配されていたと聞き及び、の顔色はさっと青褪めた。首を捻じ曲げ、背後の趙雲に目を向ける。
「ご心配、されてた?」
 泣きそうな目に、趙雲は深く溜息を吐いた。膝を退かし、を開放する。が、そのまま牀に腰掛けさせ、手を繋いで拘束した。
 しゃがみ込むと、下から見上げるようにしてが俯いて視線を逸らすのを封じた。
「……何処に行っていたんだ」
 趙雲の目が、痛々しげに歪む。の頬はまだ僅かに腫れ上がり、口元には膏薬が張られていた。
「あ、の……あのね……孫堅様が……」
 は、おずおずと趙雲に説明を始めた。
 孫堅に、甘寧に呉の街を案内させると言われたこと、雨に打たれながらも街へ降りたこと、雨に降り込まれたこと、文官の装束は未だ預けてあること。
 乱暴されかかったことは、言えなかった。
 趙雲の指が、膏薬の上を緩くなぞっていく。
 微かな痛みと共に、腰から柔らかな悦が背筋を這い登る。
 の言葉が止み、室内に沈黙が訪れた。
「……あの、子龍……」
 何か、言ってくれないのか。
 が困惑していると、突然趙雲がの唇に自分の唇を押し付けてきた。背中から倒され、口付けされたまま衣服が剥ぎ取られていく。
 一体どうやっているものか、口付けを施したまま、がこの服を着た時よりも数倍は早く脱がせていく趙雲の手管に、は呆然とされるがままになった。
 剥き出しになった双丘の頂にある朱色の突起に、趙雲が唇を移した。甘く噛まれ、舌で嬲られては背を仰け反らせる。
「や、子龍、ちょ……」
 朝っぱらから何だ、という反抗の気持ちがある。
 けれど、不思議なことに嫌悪感はまるでなかった。
 そう言えば、今まで趙雲には散々な目に合わせられてはいるが、昨日のように体の芯から凍えるような恐怖と侮蔑と無力感を味わったことは、なかった気がする。
 胸の先から痺れるような感じがして、は喉を仰け反らせた。
 下着の中に、趙雲の無骨な手が潜り込んでくる。
 得物を扱う指は節くれ立って皮膚も厚く、ざらざらと乾いた感触がある。昨日の男とさして変わらないはずだ。
 だが、の唇から濡れた吐息と嬌声が溢れる。
 趙雲の指が緩く忍び込んできて、つぷん、と潤った音を立てた。
 濡れている。
 恥ずかしさから、の頬は瞬時に熱を含んだ。
「あ、う、子龍、あの……」
 趙雲がを見つめ、徐に指を動かし始めた。
「あっ、あっ……?」
 引っ掻かれるような感触が、指が増やされることによって確実な挿入感に変わる。控えめだった水音は、次第にぐちゅぐちゅと大きい音に変わり、は無意識に自らの膝を上げることで、趙雲を促していた。
「……子龍……子龍、私……」
 どうしたことか、体の内側が奇妙に乾いている感じがした。趙雲を得たい、今すぐに、できれば乱雑に扱って欲しいと無性に思った。
 詰られたい、無理やり従わせて欲しい、そうされる様を想像しただけで、体が悦に鋭敏になっていく。の唇から掠れた嬌声が漏れた。
 締め上げられる指を強引に抜き取り、趙雲は薄笑みを浮かべると己の猛りを取り出し、の挿り口に押し当てた。
 とろりと濡れた先端が押し当てられる感触に、は期待から体を震わせた。
「子龍、私、何かおかしい……」
 趙雲は微笑み、の顎に口付けを落とすと、上げた腰をゆっくりと下ろし、かけた。
大姐」
 鈴の転がるような、可愛らしい声がを呼んだ。
 はぎょっと目を見開き、趙雲は少し苛立たしげに横目で扉の外を伺った。
大姐、いらっしゃいませんか。大姐?」
 趙雲は身を起こすと、に甘寧が贈った服を乱暴に被せた。
 身繕いをしつつ、無言のまま扉に手を掛けた。
「あ」
 出てくるのはてっきりだと思っていた大喬と小喬の顔が、驚愕に凍る。
 二人の顔を無表情に見下ろして、趙雲は扉を大きく開け、二人に入室を促す。
「あ、あの……」
 戸惑う二人が顔を赤くして、もじもじと見つめあう。
に御用なのでしょう、どうぞ」
 重ねて言われて、二人は俯きつつも中に入る。
 扉が閉まった音に驚き、趙雲を振り返るが、趙雲は知らぬげに室の奥へと足を運ぶ。
、大喬殿と小喬殿がお見えだ」
 奥から、何とも形容しがたい悲鳴が上がり、どたどたという物音の後、隣室に通じる壁からが顔だけを覗かせた。
 顔だけ、と言っても首を挟んで体に繋がっているものだから、剥き出しになった丸い肩と、脱いだ服で抑えていると思しき胸の肉がちらりと見えて、二人はああやっぱりと顔を赤くして俯いた。
「あ、あの、すぐ着替えますからお掛けになってお待ち下されっ!」
 顔がひょいっと引っ込むと、またどたばたと音がする。
 無表情のまま奥を見ていた趙雲に、大喬がおずおずと声を掛けた。
「あの……趙雲様は、やはり様を……」
 趙雲は、一瞬黙り込んだ。どう答えたものだと逡巡しているようでもあった。
 やがて小さく、はい、と頷きを伴い答える。
 大喬は、尚も問うた。
「それでは、様も……?」
 ふ、と目を伏せる趙雲に、大喬は不安そうな眼差しを向ける。趙雲はそのまま再び室の奥を見遣り、大喬を振り返った。
「あの女の胸の内は、私には計りかねます」
 短いが、正直な心根なのだろう。趙雲の気持ちを良く現しているように感じられた。
「……では、様が孫策様のことを……どう思ってらっしゃるか、などということも……」
 趙雲は苦笑した。
 もし、が孫策を受け入れると心に決めたのであれば、今のように趙雲を強請ることなど有り得まい。だが、では孫策のことを厭っているかと言えばそうではない。むしろ、蜀にいた時よりも心は添い始めているはずだ。
 そのように、見ている。
 が、顔を赤くしながら出てきた。の国の衣装を身に纏っていた。仕方なし、というところか。
 趙雲は、に目配せすると、二喬に拱手の礼を向け、退室しようとした。
「私たち、すぐに帰ります」
 大喬の言葉に、趙雲は困ったように微笑んだ。
「……私も、そろそろ殿の元へ戻らねばならぬ刻限となります。どうぞ、お気になさいますな」
 趙雲が去り、は顔を赤くしながら二人に椅子を勧めた。
 落ち着かぬながら、二人が腰掛けると、が顔を突っ伏した。
「大姐?」
 小喬が慌てて声を掛けると、はうにゃ、と声を漏らして顔を上げた。
「……うぅ、とんだとこをお見せしまして」
 うがー、と小さく唸っているに、二人とも感化されて頬を染めた。
 大喬が聞き辛そうに、しかしどうしても我慢が出来ないのだというように口を開いた。
「あの、大姐は、様は趙雲様と…その、なさって、いらっしゃるのですか……?」
 顔を真っ赤にして、目は潤んでさえいる。
 は、大喬の視線から逃れるように顔を逸らすと、小声で『えぇ、まぁ』と返事した。
「あの……あの、では……」
 孫策様とは、とこれまた小さい声で呟く大喬に、小喬は焦って制止にかかる。
 普段とは逆の二人の趣に、も苦笑いしつつ姿勢を正した。
「……この際だから、正直にね、お話してしまいましょうね」
 二人も、に習って姿勢を正し、ついでに生唾を飲み込んで前屈姿勢を取った。
 双子といっていいほど似通った二人の仕草に、は緊張が解れるのを感じた。
「私、今、子龍……趙雲と孫策様の他にも、求婚……多分ですけどね、されてます」
 ええ、と大きな驚きの声が響き、大喬は慌てて自分の口を押さえ、非礼を詫びた。
 小喬は、ぽかんと大口を開けたまま、の顔をまじまじと見つめた。
「ど、どの人と結婚するか、決めてないのっ?」
 決められないんですね、これが、とは苦笑いした。
「えー、そんな……そんな、だって、一番好きな人と結婚すればいいだけの話じゃないの?」
 小喬の言葉は飾り気ない。
 誰だってそう思うだろう。当たり前の話だ。
 その時、口を押さえたままだった大喬が、ぽろりと呟いた。
「……孫策様が、三人いると思えばいいんですね?」
「ハァ?」
 すかさず小喬が呆れた声を上げたが、は言い得て妙だと頷いた。
 三人孫策がいる。一人を選べと言われて、ではいったいどの孫策を選べばいいのだろう。
 説明すると、小喬はまだ首を傾げていたが、周瑜に例えてやると納得したようだった。
「……そんなの、選べないよぉ……周瑜様が三人いても、みんな周瑜様なんでしょ? そしたら、全員大好きだもん……」
 その上で、全員が小喬に『自分こそが周瑜だから、自分を選べ』と迫ってくるのだ。
 小喬も、うわぁ、と呻くなり顔を突っ伏した。
「そっか、大姐は大変なんだね……」
 納得してくれたのは有難いが、どう収拾をつけていいかは分かるまい。
 大喬は、困ったように微笑み、それでも、と付け足した。
「私は、様が私のお姉さまとして、一緒に孫策様を支えて下さったら……と思います……勝手かもしれませんけど」
 その孫策がまた、頓狂なことを言い出しているのを大喬は知らないのだろう。
 色々、知らないところで何かがあるのだ。もう少し敏い人間だったら良かったのかもしれない。
 求められると断りきれない。体が淫猥だから、と思っていたが、どうもそうではないのかもしれない。体が淫猥で、男だったらどんな男でもいいというなら、昨日の男達にも体を開いていてもおかしくはない。あの、真っ黒な絶望感は初めて味わう恐怖だった。強姦紛いのことなら、馬鹿な話だが何度も経験している。相手を知っている、という差があるからなのかとも思ったが、違っていて欲しいという願望みたいなものもある。
 何に付け、あんな思いは二度と御免だ。
 体をぶるり、と身震いさせると、小喬が心配気に顔を覗き込んで来た。
「顔、真っ青だよ大姐……」
 大丈夫、と笑うと、小喬はほっと安堵の笑みを返してきた。
 複数の男と契っている、淫乱だと罵られても文句は言えない。
 けれど、小喬も大喬も、の行為を見逃してくれている。許してくれている。
 優しくて可愛い、いい子達だと思った。
「……何か、お話しましょうか」
 昨日、お話できませんでしたもんね、と申し出ると、二人は顔を輝かせて頷いた。
 こんなことしか、できないから。
 ありったけの有難うの気持ちを篭めて、はとつとつと語り始めた。

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