月を見ていると悲しくなるの。
 あんなに近く、その美しさを見せ付けられて。
 手を伸ばしても、届かない。



「はぁ、まぁ、それで何とかなると思っておられるならどうぞご存分に」
 一通り話を聞き終えた馬岱は、ぽい、と突き放すように言ってのけた。
「……駄目でしょうか」
 泥沼もいいところで、自分でも如何したら一番いいのかまったく分からない。想いを寄せてくれる男二人に『私の為に争わないで、よよよ』とか何とか言いながら自分の世界に戻って、美しい思い出を胸に余生を送る。ありがちと言えばありがちだが、一応丸く収まるように思える。
「……ああ、目に浮かぶようですね、我が従兄が血相変えて異世界に行く方法を求め馬を駆けさせる、必死な姿が! 周囲の、哀れみの篭った好奇の目が! 殿の……」
「分かったです、もう勘弁して下さい」
 は卓に突っ伏した。
 馬岱が持ってきてくれた取っときの茶の香りが、微かに鼻をくすぐった。
 起き上がり、茶を啜る。もうだいぶ温くなっていたが、気持ちが落ち着いたような気がした。
「……如何するのが一番いいですかね……」
「それはもう、従兄上の嫁に」
 いやだから、とが嫌そうな顔をすると、馬岱はにっこりと笑った。
「そうでしょう。結局そういうことですよ。私が、周りの人間が何と言おうと、それが殿のお気持ちに沿うものでなければ意味などないのです。殿がご自分で考えて、自分を納得させなければ」
 何なら私でも結構ですが、などと笑えないことを言い出す。
「第一、殿が帰るには最初にいた所に行かなくてはならないのでしょう? 従兄上はもとより、趙雲殿がご承知なさいますかどうか」
 が最初に『落ちた』場所は、この二人しか知らない。慣れない馬での移動だったので、自身も果たしてどこがどうだったかなど、思い出せなくなっていた。
「……でも、子龍だったら……ひょっとしたら……」
 帰してくれるかもしれない。くれないかもしれない。馬超は絶対帰してくれないだろうが、趙雲には何処か読み切れない、影のような部分がある。
 さぁ、どうでしょうね、と馬岱は浅く笑った。
「だったらいっそ、殿は従兄上と趙雲殿の共有の情人、というのは如何です? 従兄上はアレですが、趙雲殿なら案外面白がって下さるかもしれません」
 中華の倫理として、それはどうなのか。
「表立って推奨はされないとは思いますが。そういう形も、なくはないと思いますよ。大概、独占したいという男の欲が先立ちますので、なかなか難しいとは思いますが」
 どんなエロゲーですか、とこぼすと、エロゲーって何ですかと逆に問われた。説明も面倒で、適当に誤魔化した。
 遅くなったからと馬岱が室を去った。それを見送ったが、扉を揺すると、やはり鍵……かんぬきだが、が掛かっていた。
 溜息を吐きながら、鍵をかけた。

 夢を見た。
 孟起が泣いている。
 またこの子は、仕方のない。
 正義の武将でしょう、しっかりしなさい。
 よしよし、と頭を撫でる。と言っても兜だけど。
 兜の竜が、気持ち良さそうにぐるぐると鳴いた。
 竜ってぐるぐる言うんだな。猫みたい。
 感心していると、竜が首をもたげた。
 突然口付けられて、びっくりした。
 よく見ると、竜は子龍だった。
「子龍」
「何だ」
 声まで子龍にそっくりだ。やっぱり、子龍は竜だったのか。でもそんな、馬趙な設定でいいと思ってるんですか。
「いつまで寝惚けている」
 寝惚けるって、だってこれは夢なのだから、寝惚けてたって一向に構わないはずだ。夢の中でも子龍はおかしなことを……夢の……夢?
「夢じゃない?」
「夢ではない」
 は飛び起きた。目の前に趙雲が立っている。相変わらず憎たらしいほど冷静で、奇麗な顔をしている。
「え、だってどうやって……鍵は……」
「壊した」
 あっさりと言うもので、は呆然とする。
 趙雲がこんなことをするとは思えない。だが、鍵をかけたのは覚えている。確かに、壊さなければ入れないはずだ。
 趙雲は何事か考えていたが、ぽそっと『面倒だな』と呟いて、の腹を打った。
 痛みを感じるより先に、意識が消えた。

 趙雲は単騎で馬を走らせる。
 肩には、寝巻き姿のを担ぎ上げている。意識のないことは、背中に力なく当たる腕の揺れで分かる。
 辻の暗がりから、影が滲み出るようにして現れた。
 趙雲の副官として仕えている女だ。
 見知った顔を認めた趙雲は、駆けさせていた馬の足を止めた。
「……何故このような、愚かなことを」
 趙雲は答えない。薄く笑む様は月に照らされ、神々しいほどに美しかった。
 だが、微笑の柔らかさからは、想像もつかないほどの戦慄をもたらす。
「ご自分が、何をなさったのか……お分かりになっているのですか……」
「分かっている」
 趙雲は、言うなり再び馬を走らせた。
 分かっておられない、と女は囁く。分かっておられない。何も。何も。
 唇がわななく。悲鳴をあげてしまいそうだ。
 早く気がついて下さい。早く。
 この月が、満ちてしまう前に。

 は、寒さで目を覚ました。
 ずいぶん暖かくなったというのに、何故こんなに寒いのだろう。
 目を開けて、理由を知った。何も着ていなかったのだ。
 ぎょっとして飛び起きようとするが、起き上がれずにもんどりを打つ。手首の辺りに何かある。
 焦って見上げると、手首が縄のようなもので縛られていて、寝台の脚に繋がれているのが見えた。
 何だ、これは。
 状況が掴めず、大口開けて呆ける。
 すぐそばで、くつくつと笑う声が聞こえる。
 顔を反対側に向けると、趙雲が襟を寛げて寝台に腰掛けていた。
 慌てて体を隠そうにも、手首を戒められていては叶わない。諦め悪くじたばたと暴れるので、乳房が震えてひどく扇情的だ。
 趙雲は身を乗り出すと、の胸に舌を這わせた。
「わ」
 赤子のように乳首を吸われると、すぐに固くしこって勃ち上がる。そこを舌で転がされると、もどかしいような悦が背筋から尻に抜けていき、体が浮き上がった。
「ちょっ……子龍!」
 両手で鷲づかみにされて、持ち上げるように乳房を揉みしだかれ、趙雲の指の形に変化する肉の柔らかさに羞恥を覚える。指の腹で乳首を擦られて、声が漏れた。
 心臓の鼓動が早くなる。いけない、流されてしまう、とは唇を噛み締めた。
「子龍、ちょっ、やめてよ!」
 足は戒められていない。じたばたと暴れれば、子龍が物憂げに顔を上げた。
「何だ」
 既に息が上がってしまっている。だが、このタイミングを逃せば、流されてしまうのが目に見えていた。息を整えるのもままならないが、言わなければならない。
「……、したく、ない」
 だから、触らないで。この縄を解いて。私の話を、聞いて。
 の訴えを、趙雲はいつもの無表情で聞いていた。の切れ切れの言葉が、もう続かないと見ると、笑った。そして、言った。
「馬超には、もう抱かれたのか」
 絶句した。
 笑いながら言うことではないし、言っていいことではあるまい。
「……な、……」
「その様子では、まだなのか。馬超殿も、案外不甲斐ない。馬岱殿が、と言うべきか。私にあれだけ見得を切っておきながら、意外なことだ」
 では、私もを抱くわけにはいかぬな。
 趙雲の言葉に、はほっとして体から力を抜いた。話を聞いてくれると思ったのだ。
 だが、趙雲は頭を下げると、今度はの耳を嬲り始めた。
「し……子龍!?」
 驚き、首を捻って逃れようとするが、子龍はその僅かな動きも己の手で押さえつけてしまう。
「や、あ、子龍……!」
 耳は、弱い。音や声で責められるのが苦手なのかもしれない。濡れた舌が外耳を嬲る音や熱を帯びた掠れた声を聞くと、体の中に熱を流し込まれるようで、頭の中がぼんやりと霞がかっていく。
「相変わらず、ここが弱い」
 それを知っていて、趙雲はわざと耳元でくっくっと笑って遣す。
 耳をそのまま舌で嬲り、片手をの皮膚の上に滑らせる。
 指の沈む柔らかな肌は、女独特の甘い匂いを醸し出す。滑らかな曲線を何度も辿ると、の喉から嬌声が溢れて漏れる。
「……いやらしい声。ふしだらな体。これでは、馬超が迷うのも仕方ない、か」
 の眉がぐいっと引き上がる。
「孟起は、そんなんじゃない!」
 怒り、低く唸るを、趙雲は面白そうに覗き込む。
「そんなじゃない、か。馬超も気の毒に。これでは、奴も辛かろう」
「子龍!」
 話はこれきり。そう言いたげに趙雲は愛撫を開始した。
「……、や、も……子龍……!」
 何処に触れられても、心臓を締め上げられるような享楽が生まれる。趙雲の手管がそうさせるのか、の体が持つ生まれた時からの才なのか。
 趙雲の指が、の秘部を抉じ開ける。どっと溢れるように蜜が零れ、敷布まで濡らした。
「う、やだ、やだ……」
 の顔が歪む。羞恥からか、怒りからなのか分からない。
 分からない。
 趙雲が、馬超が、自分のことすら分からない。なのに、如何するのが一番いいかなんて、分かるはずがないのだ。
「子龍……!」
 涙で曇る視界の中で趙雲を探せば、優しげに微笑んでの頭を撫でてくれる。
 こんな時に、何故優しく出来るんだろう。
 憎い、と責め立ててくれるなら分かる。愛しい、と縋ってくれるなら理解もしよう。
 趙雲は、どちらでもない。だから、分からない。
 の膝を割り、趙雲の昂ぶりがへその向こうに見える。
 挿れるつもりだろうか。まさか。
 の濡れた秘部に趙雲の昂ぶりが当てられる。
 にゅ、と表面を擦り付けるように趙雲の昂ぶりが動く。
 趙雲はの膝を閉じさせ、そのまま腰を揺すった。
「え……」
 挿れてはいない。の秘部に昂ぶりを当ててはいるが、ただ擦り付けているだけだ。
「ちょ……」
 向かい合っているので、趙雲の顔がよく見える。微笑んでいる。
「や、やだ……こんなの、やだよ、子龍……!」
 趙雲は答えない。
 の肌に擦り付けられる昂ぶりが、ますます硬度を増し、先走りの緩く粘る液がの腹に零れ散った。
 くちゅくちゅと水音が響き、趙雲は控えめに声を漏らすと、の腹の上で達した。
 趙雲は、薄く濁る精を手の平での腹に擦り付ける。
「ちょっと、も……子龍!」
 精が肌に塗りこまれ、窓明かりから差す月の光にぬらぬらと照り輝く。
 濡れた感触が更にの欲情を煽った。趙雲の指が腹の上を滑るだけで、思わず喘いで泣きそうになってしまう。
「子龍……お願いだから……」
 乳首に爪を立てられて、思わず息を飲む。趙雲が笑った。
「今、を飼っているのは、私だろう?」
 突然、何を言い出すのか。は熱で潤む目を、趙雲に向けた。
「飼っているものが、他所の家の人間に懐いているのを見るのは、なるほど楽しくないものだな」
 趙雲の指がの唇をなぞる。濡れた感触と、生臭いような匂いがただ嫌悪感をかきたてる。
「舐めろ」
 唇を押し分けて入ってくる指に、歯を立ててやろうか、と思ったが、趙雲に直に目を覗き込まれて、不承不承舌先で舐め上げた。
 何を言っても無駄だ、と察したのだ。
 苦く、生臭い匂いに吐きそうになる。
「いい子だ」
 趙雲が、今度はの胸を跨いで項垂れた肉棒を押し当ててくる。
 ぎょっとして顔を背けようとするが、引き戻されて先端を唇に押し込まれた。
 濡れたものが冷たく冷えていて、指よりも強烈な精の匂いが鼻につく。
「や……」
 拒否の言葉が口をついた瞬間、の口の中に亀頭が突き込まれる。
 吐き出そうともがくが、趙雲の手が許してくれない。
「ん、んん、んーっ!!」
 舌が踊り、結果、趙雲の亀頭を刺激することになる。趙雲の声が熱く濡れた。
 肉棒に力が蘇り、質量を増しての口中を圧迫する。趙雲の手が外れると、の唇から勢い良く猛りが飛び出してくる。唇の端から唾液が溢れ、顎の線にかけて滴る。
「……子龍……」
 息が上がり、体が震える。蜜が溢れて爛れてしまったように熱い。
 強請ってしまいたくなる。恥も外聞もなく、貫いて欲しい、と縋りつきたくなる。
 趙雲が笑う。
「そんな目をしても駄目だ。飼っているものの躾は、飼い主の責だからな」
 言うなり、趙雲は自らの猛りをの目前で扱き上げ、射精する。白い飛沫がの胸元から顎の下にかけて飛び散り、の体の曲線をなぞりながら糸を引くように敷布へと落ちた。

 趙雲がに覆い被さってくる。己の精で体が汚れるのにも、気にした様子がない。
 趙雲の胸との胸が濡れて、互いの皮膚が触れるだけで体が熱くなる。
 の眦から、涙が零れた。もじもじと足を摩り合わせ、微かに湧き上がる悦で飢えを凌ぐ。
 その様子を伏せた体の感覚で見つめながら、趙雲は少し考え込み、の背に回した手をするりと滑らせた。
「あっ」
 濡れた襞をゆっくりと撫でる他人の指に、は唇を噛み締めた。
 背中を丸め、は身をくねらせる。趙雲の指から逃れるような、それでいて挟み込んで逃がさないようにするようなの足の動きに趙雲は苦笑する。
「……いやらしい体だ」
 耳元に吹き込むと、肩がびくんと撥ねて、奥からどっと蜜が溢れてくる。
 少しでもが楽しめるようにと、趙雲は指を躍らせた。

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