得たいと望むならば、まず立ち上がらなくてはなるまい。
行動を起こさず、美味しい獲物にありつこうというのがそもそもの間違いだ。
いざ、試練の時。イエス、と、貴方は言えるだろうか。
趙雲との同棲生活が戻ってきた。
としても、色々思い至らないことがあったと反省している。
何と言っても趙雲は男なのだから、女の自分には思いも寄らぬ苦労があるのかもしれない。
趙雲があまりに聡く、の言葉をすぐに理解してくれるので気がつかなかったが、色々と細かいところでずれているところがあるに違いない。
趙雲に慣れさせるばかりでなく、自分でも歩み寄らねば。
と言って、その細かいところを察するのがまた、なかなか難しいのだが。
とりあえず、は気合を入れて本屋に向かった。
食事を済ませた。風呂にも入った。
後は寝るだけ、という段になっても、はまだ趙雲に渡せていなかった。
せっかく買ったのだし、自分で読むという本でもない。
覚悟を決めて、コタツに入ってテレビを見ている趙雲の横を通り過ぎる。
「子龍、これあげる」
何気なくコタツの天板に紙袋を置いて、そのまま歯を磨きに去る。
よし、よくやった自分。
そんなことを考えながら洗面台に向かう。
気に入るかどうかは分からなかったが、趙雲の趣味など測りようもない。二三冊、適当に良さそうなところを買ってみたのだが、の『良さそう』が趙雲の『良さそう』にヒットするかは自信がなかった。
歯を磨いて、口元を拭いていると、鏡に趙雲が映った。
相変わらず無表情だ。
「」
呼びかけられ振り返ると、趙雲の手にはが買い与えた本があった。
「何だ、これは」
何だと言われても、何と言っていいのか。
「えーと……ビニ本とか、エロ本とか言う本ですが、何か」
「私にどうしろと言うんだ」
どうしろと言われても、ナニしろと言うしかないのだが、どう言ったものだ。
仕方なく、はなるべくいやらしくない、それでいて分かりやすい言葉を頭の中から探り当てた。
「えー……自慰?」
すぱーん、といい音が響く。
趙雲が手にした本での頭を叩いたのだ。
無表情だった顔に、険がこもる。
「女が、はしたないことを言うな」
音以上の衝撃に、は声もない。痛みに涙が滲んだが、好意を無碍にされてとしても収まりがつかない。
「はしたないって、私は私なりに気を使ってるんだから! ちょっとは有難いと思っておいて下さい!?」
「必要ない」
険のこもった目つきで見下ろされると、それだけで威圧がものすごい。
思わず黙り込むと、沈黙が落ちた。
「……わかった、ごめん。でも、それは子龍の部屋に置いておいてよ」
言外に『使うことになるかもしれないでしょ』と匂わせながら、は話はこれで終わりだというように軽く万歳をしてみせた。
空いた脇を、趙雲が片腕でひょいと抱え上げる。
力持ちだな、とずれた感想がよぎったが、趙雲が洗面台と繋がる風呂場の戸を開けるに及んで、血の気が引く。
何をする気だ、と叫ぼうとして、冷たい水が勢い良く振り被ってきた。
「冷たっ……」
自然に体が逃げ出そうとするのを、趙雲が体ごと押さえつけて許さない。
水はお湯に変わったが、濡れた服が肌にまとわりついて気持ちが悪い。
「な、何……」
間近で見る趙雲の目は、何だかぎらぎらとして見えて、怖い。昔、動物園で見たライオンや虎を思い起こさせた。
「必要ないだろう」
趙雲の手が、シャツの裾から潜り込んできて、ようやくは趙雲の言わんとしていることが分かった。
「や、やだ」
声が震えているのが自分でも分かる。趙雲に鼻先でふ、と笑われて、顔が熱くなった。
趙雲がの耳を食む。途端、びくりと体が痙攣して力が抜けてしまった。
先日よりも更に過度な反応を見せるに、趙雲は驚きの色を隠せない。それでも、暴れなくなったの耳を舐め上げる。
「やぁ……」
鼓膜に直接響くような濡れた舌の音に、はかすれた悲鳴を漏らす。
ぴくぴくと撥ねる肌が、徐々に火照ってくる。
ブラを押し上げ、直接膨らみを揉みしだく趙雲の手に、は腰を捻る。
耳から首へ舌を滑らせると、堪えきれないように呻き声が上がる。鎖骨から下に舌を這わせるが、濡れたシャツがの肌を守るように張り付き、邪魔になった。
趙雲の手がシャツの裾を捲り上げ、胸元を露にすると、今度は乳房に吸い付いた。
「ぁ、うん……ん……し、子龍……赤ちゃん、みたいだよ……」
また暴れ始めたの手首を取り、頭上のタイルに押し当てる。シャワーの当たらないタイルは未だに冷たく、体温が吸い取られて痺れたように力が入らなくなってしまった。
「ならば、は母親か」
冷たく笑いながら、趙雲が揶揄する。
「赤子に乳を吸われて乱れるとは、淫乱な母親もあったものだな」
それきり趙雲は顔を上げることもなく、の胸に舌を這わせたり、時には軽く歯を立てたりする。
はで、内心『こんなことする赤ん坊がいるか』と趙雲を罵倒しているのだが、口を開けばみっともない喘ぎ声が溢れてしまいそうで、唇を噛むしかなかった。
趙雲のために、と恥を忍んで買った本に当てられてしまったのかもしれない。表紙の写真や煽り文句も相当にきわどく、自身も物を描いて人に見せているくらいだから、想像力もそれなり以上にはある。
エロ本見ただけで興奮したなんて、私は中学生かーっ!
自分に叱咤しても後の祭りである。
趙雲にいいようにされて、抵抗できないでいるのが悔しい。
いい同居人であろうとするのに、どうして趙雲には自分の気持ちが伝わらないのか。
下に穿いたジーパンはきつめで、お湯でぴったりと足に張り付いている。
さすがの趙雲もジーパンの脱がせ方が今ひとつ分からないようで、ボタンに指をかけ四苦八苦している。
逃げ出すなら今かもしれない。趙雲に悟られないよう、機を見計らう。
「」
不意に、趙雲が顔を上げて、目が合う。驚いて、体が固まってしまった。
「外してくれ」
当たり前のようにのジーパンを指差す。
何を言ってるんだ、こいつは。
呆気に取られて目を丸くするを他所に、趙雲はがジーパンを脱ぎやすいようにと、わざわざ体を浮かせる。
あほか、この男は。
強姦しようとしている女に、脱がせ方が分からないから脱いでくれと頼む男がいるだろうか。いや、目の前にいるわけだが。
趙雲は、極真面目な顔での動きを待っている。まるで、が脱がないなどとは微塵も思っていない素振りだ。
「え……と……」
シャワーは、趙雲の服もずぶ濡れにしている。を跨いで膝立ちでいる為、の目線のそばに趙雲の猛りが濡れた布越しに浮き上がって見えた。
「えー……」
パジャマ代わりに使っているフリースの布地が、思ったよりも薄いらしい。猛っている一物の線を隠すことなく、逆に強調してしまっている。
「あー……」
どうしたらいいのだろうか。
は半泣きになって趙雲を見上げた。
趙雲が、今更気がついたというように、壁に押し当てていたの手首を解放した。
さぁどうぞと言わんばかりに、趙雲は膝立ちのままを見下ろしている。
の手は自由を取り戻したが、さてでは何をどうしたらと半端に宙に浮いている。
しばらく黙っていた趙雲が、おもむろにのジーパンに手を伸ばす。
「わ、わ、だめ」
慌てて取り押さえるが、を見る趙雲の目に不満がありありと浮かんでいるのが見て取れて、は泣き出したくなるような情けない気持ちになった。
「う、うぅ……」
おずおずと、の指がボタンに手が掛かる。指が震えているのでなかなか外せない。
趙雲がじっと見つめているのが見なくても分かる。
「ねぇ、痛いのやなんだけど」
濃密になる空気に耐え切れなくなって、突然が泣き言を言い出す。
半ば呆れたような趙雲に、身を縮こまらせながらも言葉を続ける。
「だって、また会社休むことになったら困るよ……月にそんな、何回もじゃ、さぁ……」
「力を抜かないからだ」
の最後の切り札も、あっさりと一蹴される。
趙雲の手が再度ボタンにかかる。
既に外れかかっていたのか、今度はあっさりと外される。
「うわわ……」
慌ててウェストの部分を掴むが、押さえつけられていたせいか力が入らない。趙雲の手に弾かれてしまった。
最後の希望をジッパーに託すも、何の抵抗もなくすらりと左右に分かれて降りてしまった。
濡れたジーパンは下着を巻き込んで、ずるずると引き摺り下ろされる。膝まで下ろせば事は足りるとばかりに、趙雲がのしかかってきた。
趙雲の指が襞を掻き分けると、中からどろりと蜜が溢れ出して来た。そのまま擦りつけるように刺激してやると、の喉から引き連れたような声が漏れる。
の体をひっくり返し、尻を掲げさせると、趙雲は蜜でぬめる指をの肛門に当てた。
「やっ、やだっ!」
先日の痛みを思い出して、は何とかして逃げようとするのだが、膝に絡んだジーパンが拘束具の代わりになって身動きが取れない。
「力を抜け、抜かないと同じことの繰り返しになるぞ」
趙雲は、の尻を平手で軽く打った。
ぞっとして、は縮こまる。激痛よりもまず、趙雲の手を自分の汚物で汚した記憶がまざまざと思い出された。
「……もう少し、力を抜け」
「……む、無理だよ、無理……!」
趙雲は溜息をつくと、の肛門の周りにするすると指を這わせ始めた。撫でさすり、突付くように刺激すると、の尻が震える。時折、気まぐれを起こしたように趙雲が指の先を潜り込ませると、の背筋にぞくんと走るものがある。
「え、あ……」
自分もその気になってきているのか、と思うと眩暈がした。
趙雲の指が忍び込んでくる。
「いった……!」
この間ほどではないが、やはり痛い気がする。その時、目の端にちらりと映ったものがある。
想像して、一瞬自分にツッコミを入れそうになる。こんな時なのに、まだ余裕のある己が頼もしくもあり、情けなくもあった。
「し、子龍、子龍!」
趙雲がうるさそうに顔を上げると、が複雑そうな顔をして見上げている。
「……何だ」
「……どうしても、するの」
今更、と無言で伝えてくる趙雲に、はヤケクソ気味で壜を手に取り、突き出す。
趙雲にも風呂場の片隅に置いてあった記憶があるが、触ったこともない壜だ。手に取って眺めてみるが、表面に書いてある字と思しきものは、趙雲には読めなかった。
「……何だコレは」
「……まぁ、アレです。あのー……ローション……つか、香油みたいなもんです」
こんなことに使っていいかは分からなかったが、要は気合だよ! とは間違った方向に気合を入れる。
趙雲がそうしたいというなら、が引くしかないのは学習済みなのだ。
もう喧嘩はしたくない。だから、せめて体への負担だけは軽くしたい。仕事があるのだ。
「香油……」
の気合と反対に、趙雲はがっくりと項垂れた。
「……え、あれ、子龍?」
何の衝撃もないことにが訝しくなって振り向くと、胡坐をかいて項垂れる趙雲が目に入る。
頭痛を堪えるように濡れた髪をかき上げる趙雲の顔には、まるで『やる気をなくしました』と書いてあるようだ。
「あ、あれ……し、しな……い?」
掲げていた尻もさっそく下ろして、引き攣った笑みを浮かべてみせるの言葉尻は、どこか隠し切れない喜びが満ちていた。
しないで済むならそれに越したことはない。
ところが、そんなの思惑がまた趙雲の癇に障る。
「いや、する」
俄然やる気を起こして、趙雲は再び立ち上がった。背後から抱きかかえて首筋に口付けをする趙雲に、は慌てに慌てる。
一度緩んでしまった決意は、そう容易くは戻ってはこない。
「やだ、やだって、ちょっと待ってってば、子龍っ!」
趙雲は一度決めたことをそう簡単に諦める人ではない。何につけても、だ。
劉備への仕官しかり、長坂の戦いしかり、そして今。
は、それこそ嫌と言うほど身を持って知ることになった。