生きていれば、誘惑されることなど何度もあろう。
正しい選択と上手な切り抜け方を知っていれば、人生などちょろいものだ。
あくまで、最善の方法を知っていれば、の話だが。
様子を見ながら、そっと起き上がる。
趙雲は規則正しい寝息をたてて、静かに眠っている。
起こさないように細心の注意を払いながら、布団を出て、襖を開ける。古い建物のせいか、一瞬桟がぎしりと音を立て、の心臓が飛び跳ねる。
恐る恐る背後を振り返るが、趙雲に起きた気配はない。
ほっと一息ついて、襖の隙間から抜け出すように部屋を出た。
襖を閉めるかどうか考えて、結局そのままにした。これ以上音が立っては困る。
忍び足で廊下に出ると、やはりみしりと床板が鳴る。後ろを振り返り振り返り、そっとトイレに入る。
戸を閉め、鍵を掛けると、やっと安堵した。
パジャマのズボンを下着ごと下げると、しっとりと濡れた感触が腿を擦った。
「うわぁ……」
ペーパーを取って拭うと、べったりと透明な粘液がついた。恥ずかしくて、さっさと流してしまう。
溜息をつきながら下着を脱ぎ捨てると、そのままズボンを穿き直した。濡れてしまった下着をどうしようかと考えて、先に始末しておいた方が良かろうと決めた。
トイレを出て辺りを伺いながら、風呂場に滑り込む。
洗い場にしゃがんで、さっと洗うと、水気を絞って立ち上がる。後は、洗濯物の籠の中に隠しておけばいい。脱衣所に上がると、趙雲が立っていた。
「………」
「………」
は驚愕の余り、趙雲はいつも通りの無言だ。
目が点になる。いったい、いつの間に起きたのだろう。
「……い」
「が起きた時には起きていた。起きて欲しくなさそうだったからな、とりあえず様子を見ていたのだが……何をしているんだ」
趙雲は、の言いたいことを先回りして答えた。
も慌てて取り繕う。
「あ、あの、起こしたら悪いかな、と思って……」
洗濯籠の中に、今ゆすいだばかりの下着を突っ込んで隠す。しぼったままの形だし、趙雲に気付かれる可能性はないと思われた。
だが、趙雲を甘く見てはいけなかった。寝床に戻ろうとするの体を抱きとめると、ズボンの中にするりと手を差し込んでくる。
「ぎゃ」
何もつけていない尻を撫でられ、が短い悲鳴を上げる。
趙雲はすぐにパジャマから手を抜いたが、その手をそのままの顎にかけ上向かせる。
「何故、下着を着けていない?」
ん? と顔を近付けられる。の顔が熱くなった。ふわり、と趙雲の髪から体臭が香る。
これだよ!
は叫びたかったが、何と説明していいか分からない。下着をつけていないせいか、腿の奥に滑りを感じた。じわじわと肌を侵食する感触が気持ち悪かった。
話は少し遡る。
同じ布団で趙雲に抱きかかえられて、は眠れずにいた。
風呂に入ったはずの趙雲から、ほのかに体臭が匂う。嫌な匂いと言うのではなかったが、他人に抱きかかえられていると言う現実が、背中を向けてでさえ突きつけられる。もっとも、趙雲の手がの腰に回っているので、その重みだけでも充分に実感できた。
少しずらせば、の恥丘に触れる位置だ。
背中からは趙雲の鼓動が聞こえる。
近い。近過ぎる。
そう言えば、あんなことを二回もしておきながら、一つの布団に寝るのは今夜が初めてなのだ。
意識し始めると、妄想が加速する。風呂場で、趙雲に抱かれながら湯に浸かっていたことを思い出した。
素肌が濡れて、感覚を鋭敏にする。尻の割れ目に沿って、趙雲の昂ぶったものが押し当てられていた。見たわけでもないのに、あの形を頭に描き出すほど、肌が覚えている。
足の間がむずむずする。
擦り合わせると、何だか濡れた感触がしたような気がする。
いかんいかん、下らない妄想している場合じゃない。明日も仕事なのだ。
無理やり寝ようと、目を瞑る。と、規則正しい趙雲の呼吸が、耳や首筋を刺激する。
ひぃ。
泣きたくなってきた。
絶対濡れてしまっている。趙雲に気がつかれない内に何とかしなくては。
はゆっくりと、趙雲の手を外しに掛かった。
趙雲の手が、パジャマの上からの胸を包む。ブラはつけていない。パジャマを通して擦られる先端は、既に固く勃ち上がっていた。指の先で転がされる。
「ん……や……」
ぞくぞくして、背を反らしてしまう。余計に趙雲の手に押し付ける形になって、はその矛盾に身悶えた。
趙雲の手が、再びウェストのゴムを越えて滑り込んでくる。今度は遠慮なく尻の割れ目をすべって濡れた秘部に触れてくる。
「ぐしょぐしょだな」
言うな。
上目遣いに睨みつけるが、趙雲が指を軽く滑らせただけで腰砕けになる。
「……後ろでなくとも、良いのだろう?」
崩れ落ちそうなを支えながら、趙雲はひそと囁いた。
「……だめに決まってるでしょ」
息は弾ませているが、は陥落しなかった。
「どうして」
あからさまに不満げな趙雲の声に、は逆に力を取り戻した。
「コンドームなんか、ないよ」
「……こ……?」
初めて聞く言葉に、趙雲は眉を寄せる。その表情が、ますますを冷静にした。
「避妊具。子供できたら、困る」
趙雲ががっくりと項垂れる。趙雲曰くの『はしたない言葉』に引っかかったのだろう。前は普通に怒っていたが、最近は諦めがついたようで、が『はしたない言葉』を口にするたび萎えているらしい。にとっては勿怪の幸いだ。
「……中に、出さないようにすれば……」
趙雲が儚い抵抗を試みるが、は容赦なく一蹴した。
「我慢汁でも、子供はできます。だめだめ、だめったらだめ」
が、と一音発して、趙雲は頭を抱えた。相当ダメージを与えたと思われる。
、WIN!
胸の内で密かに勝利判定を下し、は己の勝利に酔った。
「……じゃ、そういうことで」
が笑顔で趙雲の体を押し退けようとした瞬間、がす、と手を掴まれる。
んぁ、と趙雲を見上げると、むっとしたような顔をしている。この表情の時の趙雲はヤバい。短い付き合いながら、にも分かってきたことだった。
「子供ができなければ、問題はないのだな?」
嫌な予感を覚えて、は身を捻る。トイレに逃げ込もうとしたのだが、ひょいと抱え上げられてしまい、を抱えたまま趙雲は廊下に出た。
「わー、待った待った! 何処に行くつもり!?」
肩に抱え上げられ、まるで荷物扱いだ。狭い廊下の壁に、あちこちぶつかる。
「暴れるな、あざになるぞ」
落ち着き払った趙雲の声に、は泣きたくなった。どうやら、逆転の一打が決まってしまったらしい。
こうなると、趙雲は引くまい。それでも、諦めきれないが抵抗する。
「ふ、布団が汚れたらどうすんのよ〜」
「が出かけている間に洗っておく」
気にするな、とまで言われて、はぐうの音もでない。
情けないが、もうこうなったら覚悟を決めるしかないだろう。
「子龍、分かったから、ちょっと降ろして」
歩みが止まる。
「……せめて、奇麗にしてくるから、待ってて。それぐらい、いいでしょ」
風呂場ならまだ流してしまえばいい。布団で粗相など、考えたくもなかった。
の意図が伝わったのか、趙雲は黙ってを降ろした。
自分の足で床に立つと、は無言のまま再び廊下の奥に消えた。足取りがふらついているのは、気のせいではなかろう。
の後姿をしばらく見送っていた趙雲は、ふと思い出したように辺りを見回した。
確かこの辺に、と暗い部屋の片隅を漁る。お目当てのものは、意外にすぐ見つかった。
知識だけはあったのだが、実際に自分で試してみることになろうとは思わなかった。
は下だけ脱ぎ捨て、シャワーを流した。
程なくして適温になったのを確認して、は溜息をついた。
できるかな。
自信はなかったが、趙雲がうっかり寝てくれるとは考えられなかった。覚悟を決めるしかなかろう。
まず、自分の愛液で汚れてしまった足を流す。
それから、徐々にシャワーを上に向け、息を飲みながら肛門に当てる。熱いくらいの温い湯に、一瞬背筋に寒気が走る。
指と湯で、緊張した肛門の周りを解す。意外にすぐ緩み始めたのは、これまでに趙雲を受け入れていた経験からかもしれない。
お湯の温度を下げる。
息を飲む。シャワーを尻にあて、指で広げた。お湯が入り込む感触にすぐシャワーを外し、トイレに駆け込む。
うぅ、こんなことするのか……ゲイの人は大変だ……。
情けなくなりながらも、にはどこか緊張感がない。知識が先行し過ぎて、自分がやっていることが笑えてしまうのかもしれない。
二三度繰り返し、お湯で暖を取りながら時間を置いて、最期の確認を済ます。
たぶん奇麗になった、と確信が持てないながらも段取りを済ませ、パジャマを着るか着ないか悩む。どうせ汚れてしまっているし、下着はない。は裸にバスタオルを巻きつけ、部屋に戻った。
襖を開けると、趙雲は腰に布団を掛けて待っていた。
趙雲もまた、既に服を脱ぎ捨てていた。裸の背中に、心臓が止まりそうになる。
「」
呼ばれて、金縛りが解ける。
襖を閉め、おずおずと布団に潜り込むと、趙雲が少し笑った気がする。暗いのでよく分からなかった。
顔が近い。
が思わず顔を背けると、趙雲の手が伸びてきて引き戻してしまった。
「」
「ひゃい」
上擦った声に、趙雲が笑う。ああ、やはり笑っていたのか、と、は不思議な気持ちになった。
「目を瞑って」
言いなりに目を瞑る。唇に、何か柔らかいものが触れる。怖くて目が開けられない。
感触が離れ、横に寝かされては初めて目を開ける。
何が起こったのかと唇に触れ、困ったように趙雲を見上げるに、趙雲は何か面白そうなものを見るように覗き込む。
「」
耳に触れ、すべるように眦、頬、首筋を辿る趙雲に、はなされるがままになっていた。ただ、息だけが徐々に熱くなる。冷えたはずの肌が、内側から温もっていく感じだ。
「ん、ぁ……子龍……」
字を呼べば、趙雲が抱きしめてくる。熱が皮膚越しに伝わって、体の中の熱と溶け合う。
趙雲の手が皮膚を這い回るだけで、ぞくぞくと快感が走り、体が震える。
「子龍……も……いいから……」
体が痺れたようになって、呂律もよく回らない。趙雲の指が恥丘を滑り、襞を掻き分ける。
「あ、ん……!」
思わず漏れた声が高く、は慌てて口元を押さえた。
「ここでは、どうしてもだめなのか?」
言いながら指を緩やかに動かしてくる。押さえているのに、恥ずかしいほど声が漏れた。
「あ、ぁ、だ……ぁ、め……!」
堪えきれなくなって、は自分の指を噛んだ。
趙雲は呆れたように深い息を吐くと、が噛んでいるところを舐め上げた。ねっとりとした感触に、の歯が外れる。趙雲はそのままの指を舐め続けた。
「だめ……だ、め……って……」
頑なに拒絶するに、趙雲はついに折れた。
「……わかった」
指への愛撫が止み、はほっとしたように溜息をついた。
力の入らない体を起こし、背中を向けようとして引き戻される。
趙雲の指が肛門に触れる。の体がびくんと撥ねた。反応の良さに、趙雲の笑みは深くなる。
不意に趙雲が愛撫の手を止め、枕元から瓶を取り出した。
「……何?」
目を遣ると、今日届いたばかりのローションだった。
が使うのか、と目で訊くと、使う、と頷いて返される。
半ばギャグだと自棄になりながら、封を開ける。と、ローションが勝手に口から溢れてしまい、手から胸からどろどろになってしまった。
「わ、何」
慌てて起き上がる。ローションは胸を伝って、腹や腿にも落ちていく。蓋を押し込んで何とかローションの洪水を止めたが、の体はローション塗れだ。
「うわぁ……ちょ、ちょっと流してくる……」
起き上がろうとするを趙雲が押し留めた。が巻いていたバスタオルを拾い上げ、布団に敷く。
「これでいいだろう?」
趙雲はの体に零れたローションを手に擦り付ける。ぬるっとした感触が、気持ち悪いようないいような、よく分からなくては趙雲のしたいように任せた。
趙雲の手が尻に回る。肛門の襞を柔らかく撫で回し、指先をぐっと押し込む。
「……ふっ……」
が息を吐くと、体から力が抜ける。趙雲の指がくぷんと沈んだ。中を奇麗にした時に緩めたせいか、ローションの効力なのか判断はつかないが、痛みはほとんど感じなかった。
「……ん、う……あん……」
趙雲の指が二本に増え、の中を細かに揺すり上げる。それでも痛みはなく、じわっと広がる悦に、の声が艶を増した。
指が引き抜かれ、は趙雲を受け入れるべく体勢を変えようとした。だが、趙雲は無言での動きを押し留める。
何だと思って趙雲を見上げると、膝を抱えて持ち上げられた。
「わぁ、何、何!?」
慌てて股間を手で隠す。趙雲にはすべて丸見えになる位置だ。恥ずかしくてたまらない。
「このままでいい」
趙雲の昂ぶりが押し当てられる。緩まった肛門は、趙雲を難なく飲み込む。それどころか、歓待するように吸い付いてくる内壁に、趙雲も堪えきれずに呻いた。
「……ぅ、く、……!」
すべてを収めて一息つく趙雲だったが、の中が突然趙雲を締め上げる。
は、潤んだ目で趙雲を見上げると、にっこりと微笑んだ。
やってくれる、と趙雲もまた微笑みで返し、吸い付く内壁を引き剥がすような勢いで腰を打ちつけ始めた。
「……っ、ちょっ……や、あ、あ!」
震える声、だが趙雲は腰を緩めようとはしない。それどころか、の腰を高く持ち上げ、そのまま楔を打ち込んでいく。
内臓をもろに圧迫され、は悲鳴を上げる。コールタールに沈むような息苦しさの中にも、神経を焼くような悦が忍んでいる。
趙雲が腰を突きこむたび、ぐちゃぐちゃと音が鳴り響く。卑猥な音に煽られて、は激しく首を振った。
「あ、あぁ、あ、も、子龍……も、う……!」
視界が明滅して、何も見えなくなる。知らぬ間には自分の体を強く抱きしめていた。だが、体の内で弾けようとしている何かは、到底留められそうにない。
がくがくと痙攣するの体を、趙雲がさらに抱え込む。
半ば意識を失いつつ嬌声を上げるの中に、趙雲は昂ぶりを叩き付けた。
翌朝。
ヒスを起こしつつ身支度に奔走するを、趙雲は半裸のままぼんやり見ていた。早くに起き出していたようだが、趙雲が中に出した精液の処理に手間取ったらしい。時折、趙雲に向けて『服を着ろ』だの『あんたのせいだ』だのと罵倒が飛ぶ。面倒なので聞き流した。
それにしても、一度だけだったとは言え、あれだけ思う様犯したというのにけろっとして走り回っている。丈夫な女だと思った。
「あーもっ、時間ない! 子龍、朝と昼は適当に食べてよね!」
趙雲の思惑など知らず、半乾きの髪を気にしつつ、ブーツに足を突っ込みながらは吠える。
「そん代わり、夜は子龍の好きなのにしたげるから! 何がいい!?」
「こんどーむ」
覚えたての言葉を口にすると、は『コンドームは食えねぇよ、ど阿呆!』と罵声を残して出て行った。
当たり前のようにはしたない言葉を口にすると思えば、恥ずかしがったり、開き直ったり、本当には忙しない。
最初に会えたのがで良かった。
見ていて飽きない同居人との出会いに、改めて趙雲は己の幸運に感謝した。
そして、いつか来る別れを予感していた。