「馬鹿」
「……いや、あのな、
「馬鹿、馬鹿っ」
「だから」
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ!」
 孫策が何か言うたび、は『馬鹿』としか返さない。
 趙雲は脇でそれを眺めながら、苦笑いしていた。
「でもよ、。体、流さねぇと気持ち悪ぃだろ?」
「誰のせいなのよ、誰の!」
 の体は、二人分の精と自身の淫液で汚れている。ほぼ一晩中二人掛かりでを責め抜いた結果、の体は内も外もどろどろにされてしまったのだ。
 孫策は、掛布に包まって出てこようとしないを宥めようと四苦八苦しているのだが、完全にへそを曲げたは頑固に抵抗を続けている。指を伸ばせば猫のように毛を逆立てるし、孫策も趙雲と張り合って好き勝手やったのが後ろめたいのか、無理には手が出せないようだ。
 責められ抜いて気を失ったが目覚めた時には、浮かされていた熱も引いてすっかり元通りになっていた。開口一番『馬鹿っ!』で始まり、以降『馬鹿』以外の単語をほとんど口にしていない。
「いや、だから俺と子龍のせい……か?」
「馬鹿っ!!」
 いい加減埒が明かないと悟った趙雲は、溜息を一つ吐くと椅子から立ち上がり二人の元に向かう。
 が包まっている掛布をあっさりと剥ぎ取ると、腰を抜かしているは呆気なく牀に転がった。
 あ、と小さく声を上げて立ち上がろうとするだったが、腰から下が微かに震えて力が入らない。腕を伸ばして隠せるだけ隠そうともがいているのが、男の目から見れば嗜虐心をそそるだけだとどうしても理解が出来ないらしい。
「お望みならもう一度、するか?」
「のっ……!?」
 動揺して言葉が出てこないに、趙雲はふっと鼻で嘲笑ってみせる。
「孫策殿が体を流せといっても嫌がるのだ、まだ足りないということだろう? 私達はもう体を清めた後だが、お前がそこまで強請るのであればやぶさかではない。相手をしてやろう」
 の顔が引き攣る。
 趙雲はお構いなしにをうつ伏せにし、力の入らない腰を力尽くで引っ張り上げた。
「う、嘘、冗談で……っ……!」
 うろたえるの声が終わらない内に、趙雲はの中に昂ぶりを埋め込んだ。の中はまだ濡れていて、趙雲が軽く腰を揺さぶるとすぐに馴染む。
 孫策が、呆れたように二人のそばに這い寄って来る。
「……おっ前、いい加減よくもつなぁ」
 何回目だ、と指折り数え始めた孫策に、趙雲は苦笑いを浮かべる。
「覚えてなどおりませんよ、数を競っていたわけではありますまいに。それより、孫策殿はよろしいのか」
 昨夜はタメ口の挙句『伯符』と呼んでいたくせに、何もなかったかのように『孫策殿』呼ばわりに
戻っている。孫策は、ふん、と鼻息を一つ吐くと、体を起こした。
「俺ぁ、これからお前のことは『子龍』って呼ぶからな」
「どうぞ、お好きに」
 孫策がまだ項垂れているものを取り出し、の口元に寄せる。
 嫌悪するようにが顔を背けると、すかさず趙雲が腰を強く打ち付ける。
 崩れ落ちそうになるのを再び引き摺り上げ、今度は宥めるように小刻みに揺らすと、短く嬌声が漏れた。
、な……してくれ」
 孫策の指がの髪を優しく梳く。は眉を顰め、上目遣いに孫策を睨みつけた。
 外はだいぶ明るくなってきていて、互いの顔が良く見える。
 揺さぶられて揺れる視界に、孫策の優しく愛おしげにを見詰める顔が映った。
「……馬鹿っ!」
 自棄になったように吐き捨て、は目を閉じて孫策のものを咥えた。

 すっかり夜が明け、は趙雲が用意した馬に乗せられて馬家への道を辿っていた。
 腰が抜けたようになって危ない為、孫策が後ろから抱きかかえるようにしている。
 むっつりと不機嫌そうに口をひん曲げているに、孫策も趙雲も苦笑いを禁じえない。
「……も、信じらんない……なんで平気でああいうことするのかなぁ……」
「文句を言う割には、ずいぶんのめりこんでいたように見受けられたが」
 すかさず言い返した趙雲に、はごはぁっ、と謎の悲鳴を上げる。
「好きではないかも知れぬが、嫌でもなかったろう?」
 趙雲が含み笑いでを見る。何とも言えず媚を呈したその表情に、の顔はみるみる赤くなった。
「こっ、この……この、生きる猥褻物陳列罪め……!」
 孫策がきょとんとしてを見下ろすが、趙雲はの扱いに関しては、孫策よりも一日の長がある。
 聞き流した。

 馬家に着くと、既に来ていた春花が母屋の玄関口で待っていた。
「お帰りなさいませ、さま……趙将軍、孫策様もお久しゅうございます」
 久し振りと言っていいかわからなかったが、確かにここしばらく春花と顔を合わせていなかった。
 にこりと微笑みかけると、春花もまたにこりと微笑み返した。
「まさか、悪さされてませんよね?」
 いきなりずばりと切り込んでくる春花に、一瞬趙雲と孫策の顔が固まる。
 二人のわずかな変化には気付かなかったのか、春花は畳み込むように微笑みかける。
「劉備様に『一身是肝』と評された趙雲様が、世の文人方から『小覇王』と賞される孫策様が、まさかおみ足が不自由なさまを好き勝手に翻弄なされる、などと愚劣かつ卑怯極まりない真似をなさったりは、天地神明に掛けていたしませんよね?」
 これは、見抜かれている。
 趙雲も孫策も、背中に冷や汗が浮いているのを実感していた。
 なまじ春花が幼い少女であるだけ、その笑顔がひたすらにこにこと無邪気であればあるだけ、その目に見えるような怒気の黒さは二人の名将の肝を脅かす。
「……あー、えと、春花……」
 見るに見かねたか、が口を挟もうとする。
さまはお疲れでしょう、趙雲様と孫策様に伺いますからいいんですのよ」
 暗に『黙ってろ』とぴしゃりと命じられ、は口を閉じた。
 春花はにこにこと笑うのみだ。
 いっそ詰ってくれた方が言い訳もしやすいが、春花がそれを見越した上で黙っているのは自明の理だ。
 どうしたもんだ。
 は冷たく重い空気をどう晴らそうかと策を探すが、何も思い浮かびそうになかった。
 こんな時こそ、諸葛亮の神算が己に備わっていればと希う。
 それにしてもろくなことに使おうとしていない。
「……あの、ここでは何ですから、どうぞ中へ」
 困り果てた三人に、助け舟を出してくれたのは馬岱の側仕えの者だった。
 春花が舌打ちせんばかりに顔を険しく顰めたのを、はしっかり見てしまった。
 やべぇ、春花には逆らわないようにしよう。
 改めて肝に銘じるだったが、恐らく趙雲と孫策も同じように思ったのだろう。
「いや、私はこのまま城に向かわねばならぬ故」
「あ、俺も。劉備と約束があってよ」
 嘘こけ、てめぇら。
 が二人を睨めつけるが、二人とも素知らぬ振りだ。
 春花の鋭い視線がに注がれる。
 生け贄に捧げられる村娘の気持ちを心底理解した。

 足を怪我しているから正座こそ免れたが、春花と二人きりになった瞬間、盛大に雷を落とされた。
 身を縮こまらせて、大魔神の怒りを必死にやり過ごしていたは、これまた盛大な溜息に釣られて顔を上げた。
「……さま、私とて、何も好んでこのようにがみがみと申し上げているわけではありませんよ」
 そうなのか。
 表情から何か悟ったのか、春花がきろりとを睨めつける。は思わず首を竦めた。
「あのですね、さま。こんな状態で、ややこが生まれでもしたらどうなさいます。殿方というものは、例え真実そうであったとしても、己が子かと疑ってかかる猜疑心の強い生き物なのですよ。そうなったら、いったいどうなさるおつもりなのですか」
 ややこ。稚児。子供。
 考えたこともないといえば嘘になるが、それでもここまで何の気配もなかったので、まともに考えたことがなかった。そも、自分が産めるものなのかという疑問すら湧く。
 口にしたことすらある精が、自分の中で赤ん坊に転じるのがどうにも納得し難かった。
 黙りこくるを見て、春花はそっと手を取り己の手を重ねた。
「……よろしいですか、さま。殿方というものは、熱を持っている間はそれはもう熱心に女を口説くものでございます。ですが、一旦冷めてしまわれると、いったい今までの執心はなんだったのかと呆れ返るほどあっさりと去られるものですよ。それをよく、よぉく肝に銘じて下さいませね」
 無意味に妄信して傷つく前に、自衛する。それは、極当然の考えと言って良かったのかも知れない。
 けれど、は何故か胸の奥を切り裂かれるような痛みを覚えた。
 愛されても、信じてはいけない。
 深く納得すると同時に、とてつもなく寂しい気持ちになった。
 見る見るうちに表情を曇らせたに、今度は春花が慌て始めた。
「それは、でも確かに、最初の言葉通り一生愛して下さる殿方も居られますよ。でも、そんな殿方は極々少数、砂の中のほんの一握りに過ぎません。ですから、ちゃんと見極めて、さまを大切になさる方をお選びいただきたいのです。その日まで、どうか御身を大切になさっていただきたい……春花は、それだけでございます。他意はございません、信じて下さいませ」
 春花の言うことはいちいちもっともで、だが、だからこその気は晴れない。
 いつかは、趙雲も孫策も、皆、を振り返りもしない日が来るのだろうか。
 そうして気がついた。
 以前は、確かに自分もそう考えていたはずだった、と。
 人の気持ちなんて当てにならない、いつかは必ず心変わりするものだから……いつから、妄信してしまったのだろう。
 ああ、駄目だなぁ……まだ、一年も経ってないのに。
「……うん、気をつける。ごめんね、春花」
 まだ心配そうにを見詰める春花に、茶が飲みたいと強請ると、春花は風のように室を飛び出していった。
 そのあまりに必死な後姿に、つい笑ってしまった。
 くすくすと笑って、不意に笑みが掻き消える。
「……好きになっちゃ、駄目、か……」
 呟きを聞いてくれる者は、なかった。

「どうした」
 馬超がいつも通りやって来たが、は扉の前に立ち、それを拒んだ。
 訳がわからぬと言った風な馬超に、笑みを向ける。
「……悪いから……」
「俺がいつ、面倒だと言った。お前を押さえつけていればいいことだろう、眠っていても容易いことだ」
 困ったなぁ、とは小首を傾げた。
「……じゃあ、今日だけでいいから。今日は、一人でゆっくり寝たい」
「駄目だ、またにしろ」
 言うなり馬超はぐいと扉をこじ開け、よろけたをも器用に抱きとめ、そのまま牀に向かう。
 横抱きに抱かれる形で、馬超の肩に手を回すこともできず、無言のままでは運ばれた。
 牀にを降ろすと、馬超はの体をしっかりと抱き込み目を閉じた。
 は馬超の為すがままに腕に抱かれ、目を閉じることも出来ずに己の内の不安定な闇を持て余した。
「泣きたければ、泣け」
 不意に馬超が口を開き、は驚いて馬超を見上げる。
「何があったか知らん、だが、泣きたければ泣け、言いたいことがあるのなら言ってみろ。でなければ、俺はなんともしようがない」
 俺は、それほど察しのいい男ではないからな、と馬超は不貞腐れた声で続けた。
「……察しつけたから、今ここにいるんでしょう」
 が言い返すと、馬超は、馬鹿、とを詰った。
「あんな今にも泣きそうな顔をしておいて、何を言っている。察しをつけるも何もない」
 馬超は、の顔を肩口に押し付け、ただ強く抱き締めた。
 顔を見ないようにしてくれている。泣いてもいいようにしてくれている。
 馬超の気遣いに、本当に泣き出したくなってきた。
「……もし……もしもの話だよ? ……もし、私に赤ちゃんできたら、どうする?」
 弾かれるように馬超が飛び起きた。
「俺の、子か!?」
「もしもっつってんでしょうがっ!!」
 殺意すら抱いては馬超を怒鳴りつけた。釣られて飛び起きた腰に痛みが走り、思わず押さえると、馬超が慌てて手を差し伸べてくる。
「大丈夫か、産婆を呼ぶか!」
「違うっつってんだろーがっ!!」
 仮に身篭っていたとしても、今すぐ生まれるわけがない。それとも、腹に子供一人くらい入っているように見えるとでも言うのだろうか。
 ホントに一遍死なさないと駄目なんじゃないか、こいつ。
 唸り声を上げて馬超を威嚇するに、馬超はようやく落ち着きを取り戻し、照れ隠しに咳払いした。
「……なんだ、その、兆しでもあったか」
「いや、そういうんじゃないけど……でも、さ……」
 今、に子供が出来たとして、父親が誰か確かめる術はない。
 一夫多妻制が良くて反対が駄目な理由は、まさにその一点にあるという話も聞いたことがある。
 父親が誰かわからなくて、どうして子供が安心できようか……ということらしい。
「俺の子だ」
 突然、馬超がきっぱり言い切った。
「……人の話、聞いてるのかね」
「勿論、聞いているぞ。俺の子だ」
 だから、とが疲れたように口を開こうとした時、馬超はおもむろにきちんと正座し、に向き直った。
 気圧されて、押し黙ったも座り直す。ただ、怪我している足は少し崩させてもらった。
「例え、誰の種だろうが関係ない。お前の腹から生まれるなら、俺の子だ。俺の子として育てる」
「……孟起、さぁ……」
 何か言ってやろうと思うのだが、胸がいっぱいになって何も言えなくなった。
 他の誰でもない、お前こそが大切なのだとこれほど雄弁に伝えてくる言葉は、恐らく多くないだろう。嘘でも偽りでも、胸に染みた。
「俺だけではない、趙雲も、孫策も……きっと、お前を愛する男は俺と同じことを言うぞ。安心しろ。無駄な心配などするな、するだけ無為だ」
 余計なことを付け加える。
 こんな時に敵に塩を送ってどうするのだ、と馬岱なら頭を抱えるに違いない。
 けれど、あまりにも馬超らしいまっすぐな言葉に、は思わず馬超の首に飛びついてしまった。嬉しくて、愛しくなって、そうするしかなかった。
 予想外の突飛な行動に、馬超は虚を突かれてひっくり返る。
 を抱いたまま牀から落ちた馬超が、それでもを庇って自分が下敷きになったのもまた、彼らしいと言えばらしいと言えた。

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