七転八倒、怒涛の展開だったが、要するにまぁ。
――もっと上手くやれってことなんだろうなぁ。
 重い腰を摩りながらは自室に向かっていた。
 趙雲は、するだけすると執務があると言って、をほいっと放り出した。
 終わった途端に背中向けて寝る男が居るそうだが、似たようなものだろうか。
 余熱が体の奥底に残っていて、この涼しい中薄っすら汗をかいている。
 孫策のところに行こうと思っていたのだが、この状態では行かれない。それを見越して放り出されたのかもしれない。
 執拗な愛撫の手管は、あの好青年の代名詞の如き相貌からは伺えもしない。よくもまぁアレだけ空々しく振舞えるものだ。
 今のの様子を春花が見たら、きっと怒鳴りつけてくるに違いない。
 しかも、魏延を放り出してくるという非礼まで演じてしまった。魏延も、状況はわからないわ話の筋道はわからないわで、さぞ困惑しているだろう。
 だが、春花はもう帰ってしまったかもしれない。城門が閉じる頃合だったのだ。
 居てくれれば有難いのだが、時間的に無理だろうと考えつつ室に戻ると、春花が晴れがましい顔で迎えてくれた。
「え、春花、時間は……!」
 が慌てると、春花はそれを諌めてにっこりと微笑んだ。
「魏延様が、門番に話を通してくれると仰って下さって。今、連絡をしに行って下さっているのですよ。私はですから、さまがお戻りになったら門に向かえばいい手筈になっております」
 春花は魏延を恐れていたはずだが、いつの間にか打ち解けたらしい。が恐る恐る尋ねると、怖い仮面を着けているけれど、でもとてもお優しい方でしたからと笑って返してきた。
「それに、よく見ると目がとてもお優しくて」
「うんうん、そうなの。魏延殿、いい人なんだよ」
 それまでにこにこしていた春花の顔が、ふと曇る。
「……さま……やはり、孫策様のところに……?」
 核心を突かれて、も思わず口篭った。
「……う、いやあの、実は……途中で趙雲に会って……」
「趙雲様が!」
 途端、春花の顔がぱっと輝く。
 おや、と訝しく思って見ていると、春花もの視線に気がついたらしく、照れ臭そうに手で頬を包んだ。
「孫策様のところに怒鳴り込まれたのではないかと、内心はらはらしておりました……でも、それなら趙雲様がお留め下さったのですね。さすがは趙雲様、やはり頼りになられる方ですわ」
 生理が終わったら苛々も納まったのか、すっかり元の趙雲びいきに戻っている。
 いいのか悪いのか判断はつかないが、誰彼構わず噛み付くよりはよっぽどマシだと思う。
「それなら、湯浴みなさりたいでしょう。すぐに準備いたしますからね」
「え、でも帰らなくていいの」
 母親が病み上がりのはずだ。
 春花は、湯の準備を城の者に頼んだら帰ると言って足取りも軽く出て行った。
 何だか一応上手くまとまってきているようだ。
 よし、とは椅子に腰掛け頬杖を吐く。
 いい機会だから頭の中で整理して、後何をすればいいのかを考えようと思ったのだが、腰が重くだるくて何も考えられなかった。
 とりあえず、趙雲のお陰で趙雲のせいだ。プラスマイナスでどちらかと言うと、とくだらない考えに
走っていった。

 春花は湯が届くのと入れ替えに帰っていった。
 暗くなるので、兵士が一人付き添ってくれることになったという。魏延が気を利かせたらしい。
 あの魏延にそんな心配りが出来るとは、とは失礼なことを考えた。
 年若い兵士に連れられ帰っていく春花を見送り、は室に戻って帯を解いた。
 腰より少し高いくらいの高さの屏風の影に、湯を張った大きな盥と瓶、手桶が用意されている。石鹸はなかったが、それはないものねだりという奴だろう。
 は手早く装束を脱ぎ捨てると、盥の中に腰を下ろした。
 湯はやや熱めで肌が総毛だったが、それも一瞬ですぐに筋肉が解れるのを感じた。汗ですっかり冷えてしまっていたらしい。
 体が緩んだ、と思った瞬間、奥から押し出されるように落ちてくる感触を感じた。
 滑る感触に小さく身を反らすと、湯に一瞬薄く濁りが生じたのが見えた。
「……あう」
 先程中に出されたものだ。正座して少しだけ開いた足の間に指を挟み入れると、敏感な肉にぬめりが未練がましく絡み付いているのを感じた。
「…………」
 羞恥と共に火照る体に、空いた手を這わせる。
 胸乳の尖端は既に固く尖っていて、心臓にあわせて震えているかのようだった。
 他の人がどうかはわからないが、かなり過敏な方ではないかと思った。
 好き者と言われることには抵抗があったが、残滓に触れるだけで口にし辛い衝動が沸き起こる。
 どうしよう。
 したくなってしまった。
 きょろきょろと辺りを見回すが、当たり前だが人は居ない。屏風に遮られて隠れているし、誰はばかることもない自室だ。
 湯の中ではさすがに、と膝を立てると、肌に張り付くように湯が滴り落ちていく。さわさわと触られるようで、の体がふるりと震えた。
 その気になれば、何でも感じる材料になる。
 湯の感触は、がまだ現代に居た頃、趙雲と睦みあった風呂場の記憶を喚起させた。湯気が呼気と相まって熱く感じられ、は四つんばいになって秘肉に指を這わせた。
 割れた肉に指が滑り込み、未だ残っていた残滓がの指に絡んで音を立てた。
「……は……」
 声を立てるほどではない、けれど緩くも確実な悦がの体を揺らした。
 他人の手ではないので、何処か冷静に自分を省みることが出来る。
 ちょっと爪が伸びてきたなあ、とか人が見たら馬鹿みたいだろうなぁ、と思いながら、緩い果てを迎えて息を吐く。
 腰を下ろすと、ぱしゃん、と湯が跳ねた。
 感覚が鈍く緩慢になった秘部に手をやれば、やはり湯ではないぬるついたものが纏わりついた。
 とりたてて意識しないようにしてざっと洗う。ぬめりはすぐ湯に溶けて消えた。
 さすがにそれをすくって肩から掛ける気にもなれないので、瓶に残った湯を手桶ですくおうと立ち上がると、屏風の影に座り込んだ人影と目が合う。
「…………」
「…………」
 互いに一瞬無言になる。
「魏延殿……?」
 何で、ここに居るのだ。
 冷たい空気が肌を冷やし、小さくくしゃみした瞬間に我に返った。
「……っのわぁ!」
 勢い良く屈みこんだ勢いで、湯が盛大に跳ね上がった。
 魏延にもかかったのだろうか、小さく呻く声が聞こえた。
「……ゥ…………」
「わぁっ、わぁいいからちょっとこっち覗かないで下さい!」
 が喚くと、魏延はしょんぼりと肩を下げた。
「……スマヌ……」
「わぁっ、ちゃうちゃう、違いますって、怒ったんじゃなくてっ!」
 室を出て行こうとする魏延を慌てて引き止め、隣の室で待っているように告げた。
 急いで体を拭き、装束を纏う。背中の辺りにぺっとりと張り付く感触があったが、構っていられない。丁寧に拭いている余裕など、時間的にも感情的にもまったくなかった。
 うぅ、びっくりした、びっくりしたよぅ。
 半泣きになりかけるが、とりあえず魏延の待つ隣室に向かう。続きの間で扉もなかったが、は入り口の影からそっと魏延を伺った。
 手持ち無沙汰に立ちすくんでいた魏延は、が覗いているのにすぐに気がつきてこてこと近付いてくる。
 無邪気な様に、自慰しているところは見られていなかったのかもしれないと楽天的な考えが浮かぶ。
 しかし、タイミングと様子からでは、割と長いこと居たような感じだった。
 どちらとも判別がつかなくて、嬉しそうにの前に立つ魏延を複雑な心境に駆られながら見詰める。
 きょとん、として首を傾げる魏延に、見られていても何をしていたのかわからなかったかもしれない、きっとそうだと無理矢理納得して椅子を勧める。
 春花が用意しておいてくれた鉄瓶の湯は未だ温かく、茶を淹れる苦労もない。
 よしよし、寒い中厨房に行かないでいいぞ、髪を洗わないでいたからすぐに出られて良かったなどと、はなるべくポジティブな思考に走ることにした。
 お茶を二人分淹れ、魏延と自分の前に置く。
「……えぇと、で、何でしたっけ」
 用はなんだとは尋ね辛い。遠まわしに催促すると、魏延は茶碗を両手で掲げて啜りこんだ。子供のようで、は思わず可愛いな、と微笑んだ。
 30をとっくに超えた男に『可愛い』はナニか、と赤面して座り直す。魏延はの様子に首を傾げるだけだ。
「……えぇと……」
 自ら話の腰を折ったもので、どう切り出したものかと悩んでいると、お茶を飲み干した魏延がずいずいと茶碗を押し出してくる。
「……おかわり?」
 ウガ、と頷く。
 姿形からして一応人間なのだが、どうにも犬か何かを髣髴とさせる。大型の長毛種っぽいと思った。
 わふ。
 こっそりとではあったが、何となく鳴き真似をしてしまった。余計にイメージぴったりに思えてしまった。
「春花、送ッタ」
 背後から魏延が声を掛けてくる。
 振り返ると、卓上に腕をだらりと伸ばし、足をぶらぶらとさせている。いつもは窮屈そうに四肢を縮こまらせているイメージだったので、珍しい。だいぶリラックスしているらしく、不思議なリズムの鼻歌めいたものまで聞こえてきた。
「春花、我ニ手ヲ振ッタ。ニ、ヨロシク、言ッテタ。我、伝エニ来タ」
 それでわざわざ来たのか。
 お茶のおかわりを淹れてやると、魏延はやはりごくごくと一気に飲み干した。
、歌」
 そう言えばそういう話でこの室に移動したのに、うっかりが癇癪起こしてお流れになってしまっていたのだった。
 しかし。
「……う、あの、申し訳ない。明日にしちゃ、マズイですか」
 疲れてもいたし、能天気に歌うには何と言うか気まずかった。
 魏延は大してごねもせず、何時という約定だけして立ち上がった。
「我、帰ル。、マタ、明日」
 口元がにっこりと笑っている。仮面で表情は見えなくとも、心から笑っているのがよくわかった。
「はい、また明日。ごめんなさい、せっかく来てもらったのに」
 が扉まで見送りに立つと、突然魏延がくるりと振り向いて、の頭をぽんぽんと叩いた。
 何だ、と思って見上げていると、魏延はまたにっこりと笑い、の額に軽く唇を押し付けた。
 ほわ。
 あまりのことにおかしな声が漏れた。
 魏延はすぐにから離れると、また頭をぽんぽんと叩いた。
「……、恥ズカシク、ナイ。我、平気。、綺麗、ダッタ。、婿、取ル。一人デナイ。モウ、シナイ」
 大丈夫、大丈夫と繰り返し、魏延は去って行った。
 扉が閉まっても、は固まったままで魏延の片言の言葉を反芻していた。
 恥ずかしくない。綺麗だった。婿を取る。一人で……しない。
――み、見られ……!?
 ごはぁ。
 血反吐を吐く代わりにその場で崩れ落ちた。
 魏延は慰めのつもりで言ってくれたのかもしれないが、世の中には知らないで済ませた方がいいことだってわんさかあるのだ。平気だった、綺麗だったなどと言うくらいなら、沈黙してオカズの材料にされた方がマシだ。本当はマシじゃないがマシだ。
 顔が熱くなり過ぎて、涙が滲んできた。
 うわぁん。
 泣くに泣けない状態で、は床に小さく縮こまっていた。

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