一日がかりで行われた予選が終わり、最後に明日からの決勝に進む選手の発表が行われた。
 関羽、張飛、黄忠、馬超、趙雲の五虎将軍は危なげなく勝ち残っていた。
 ホウ統、魏延もすんなりと残っている。
 関平、星彩、姜維等、次代の蜀を担う若者も勝ち進んだ。
 更に孫策、尚香、馬岱も決勝に進んでいる。
 これに馬良、馬謖、王平を加えた総計16名にて優勝を争うことになった。
 誰もが納得しうる決勝の面子であり、名前が挙がる度にどっと歓声が沸いた。
 トトカルチョでもやったら儲かりそうだ。
 再び台の上に乗せられたは、そんなことを考えていた。
 後で諸葛亮に進言してみようか。
「では、殿、決勝に進む勇猛な戦士達に一言掛けてもらえますかな」
 突然麋竺に振られ、びっくりして顔を上げる。
 の前に一列に並んだ将達が、恭しくに向き直る。張飛はにやにや笑っていたが、関羽などは重々しく一礼して寄越すので腰が抜けそうだ。
「え、あ、あの……頑張って下さい……」
 へこり、と頭を下げると、居合わせた兵士達から失笑が漏れ聞こえてくる。
 こんなことなら前もって『一言いただきます』と声掛けてくれればいいのに。
 はアドリブ好きな麋竺に恨みがましい目を向けた。
 笑って誤魔化した麋竺は、決勝の組み手は明朝発表になること等を皆に告げると、散会を申し渡した。
 前列に立っていた決勝進出者達は、あっという間に取り巻きに囲まれた。
 声援を送られていたり、檄を飛ばされていたりと様々だが、選手は皆勝利を固く誓っていた。
 手持ちの兵がいない孫策でさえ、今日試合った者達とその仲間と思しき男達に囲まれている。応援するとでも言われているのだろうか、孫策の顔が明るく輝いていた。
 がぼーっと梯子を待っていると、台の端ににゅっと手が伸びてきた。
 何だと思って見ていると、片手でぴょいっと身軽く登ってきたのは魏延だった。

 下ろしてやろうと言うのか、手を差し出してくる。
 が魏延の手を取ると、魏延はやはり片手での体を抱き上げ、選手達が居るのとは反対側に飛び降りた。
 人が混んでいるから当たり前なのだが、それを見ていた者が居たらしい。
「あっ、花嫁泥棒だ!」
 も魏延も、へ、と言うように顔を見合わせた。
 台の影からひょっこり覗き込むと、『ホラ』と言って指差される。
 花嫁とは自分のことか。ならば、泥棒とは。
「魏延殿っ!!」
 一番そばにいたらしい姜維が、真っ赤な顔で怒鳴った。
「気がお早くはありませんか、決勝は明日からなのですよ!」
 気が早いのはむしろ姜維だろう。誤解も甚だしい。
「いやちょっと姜維……」
 誤解を解こうと手を掲げて制しようとすると、人垣を突き破るようにして飛び出してきた者がいる。
! 魏延殿、これは何としたことか!」
 お前が何なんだ。
 声をひっくり返して憤る馬超に、は頭が痛くなってきた。
 もういいや。
「魏延殿、このまま連れてって下さい」
「なっ、!?」
 困惑したようにと馬超を見比べる魏延だったが、すぐにを抱え直してとっとこ走り出した。
「あっ、魏延殿!?」
「待て、待たぬか魏延殿!」
 不意を突かれた姜維と馬超も慌てて後を追いかけ始めた。
 野次馬も連れ立って後を追いかけ囃し立てる。
「……なぁにやってんだ、あいつらぁ」
 張飛に呆れられるようでは終わりだろうと周囲の者はこっそり考えていたが、無論口に出したものではない。
「若い者はいいのう」
 黄忠は少しずれた感想を述べた。
 関羽はほろ苦い笑みを漏らすのみで、自慢の髭を撫で回している。
 ホウ統も肩をわずかに揺らして笑っているようだ。笑みを装うことはあっても、こんな風に心から
笑っている風なホウ統は珍しい。
 関平は星彩と決勝に残れたことを祝いあい、明日からの決勝でも勝ち進もうと誓っていた。むしろ、星彩が関平を激励しているようだ。星彩がこんな遊びの勝ち負けにむきになるのも珍しい。
 そこに尚香が現れ、星彩と諍いだした。間に挟まれた関平には気の毒だが、本人達は密かに楽しそうだ。
 馬岱は従兄を追いかけようともせず、声を掛けた麋竺や馬良、馬謖と決勝への抱負で盛り上がっている。
 王平が諸葛亮に何事か声がけられているのを見て、趙雲の目がわずかに細められた。
「何か、面白いことでもあったのかよ」
 脇から孫策が歩いてくるのを見て、趙雲は周囲に溶け込みひっそり周囲を伺っていたのを止めた。
「いえ、別に」
「別にってこたぁねぇだろ、戦場に居る時みてぇな面してたぞ」
 顔は笑っているから、傍から見ていれば談笑しているように見えるだろう。声音が聞こえる者が居たら、その声の寒々しさに肝を冷やしたに違いない。
「……ただ、何となく感じるものがあっただけのことです」
「だから、それは何なんだよ」
 言えよと執拗に縋られ、趙雲は苦笑した。
「人の、悪口になるやもしれませんので」
「いいじゃねぇか、悪口結構、聞かせてもらおうか」
 趙雲は苦笑した。孫策が根拠のない他人の悪口を聞きたがるようには思えなかった。実際そういう人だろう。
「お前が言うならな」
 孫策は趙雲にのみ聞こえる小さな声で囁いた。
「そりゃ、『何か』あるって思えるからな」
「……ご信頼賜り……」
 よせよせ、と孫策は顔を顰めた。
「俺もな、ちっと、諸葛亮の奴が何か考えているような気がして仕方ねぇんだよ。あいつは、を呉に送りたがってたはずだ。いくら不意打ちっつったって、こうまですんなり事を運ばせるとは思えねぇ」
 趙雲は、諸葛亮の名を出したわけではない。
 黙っていたのだが、孫策はお見通しだと言うようににやりと笑った。
「……俺だって、一応呉の跡継ぎ名乗ってるからな。ヤバイ空気があったら、気付きもすらぁ」
 どちらかというと野生の勘と言うべきだろう。
 趙雲の不安も正に諸葛亮が原因だった。
 あまりにもすんなり事が進み過ぎる。諸葛亮ともあろう者が、人の言いなりに成り過ぎではないか。何かあるのではないかと疑ってしまうのだ。
 蜀の為の謀であれば、この身を道化に踊らされても文句はない。だが、事はの進退に関わることだ。迂闊に手も出せないし、と言って考えても思い至らない。困惑ばかりが色濃くなって、それなのにさっぱりとしたの相貌が気に障って仕方ない。こんな大会が行われることに、憤りや不満の欠片もないの能天気さに腹が立つ。
 我ながらろくでもない女に惚れてしまったと、趙雲は溜息を吐いた。
「ま、何だ、後で宴があるんだろ。その時にでもちっと話詰めようぜ。一人で考えているよりゃ、吐き出す分だけまだナンボかマシってもんだろ」
 そうだろうか。
 趙雲は厭わしげに口を引き結ぶが、孫策はじゃあ後でなと肩を軽く叩いて行ってしまった。
 視線に気付いて振り返ると、諸葛亮がこちらを見ていた。
 すぐさま視線を逸らしたのが、『貴方達を見ていましたよ』と知らしめている。嫌な気分になり、趙雲は人前にも関わらず眉を顰めた。

 決勝への鋭気を養おうという名目で宴が開かれた。
 宴の間には、決勝に進む16人が呼び集められて、更にそれを取り囲む高官達で賑々しかった。
 前哨戦だと張飛が口火を切り、酒飲み大会が始まった。とにかく呑んで呑んで、一番呑んだ者が勝ちと言ういたってシンプルな戦いだ。別に賞品が出るわけではなく、単に張飛に捕まったら逃げられないというだけの話である。
「……お、星彩、お前はいいんだぞ」
「父上、私は戦う前に逃げるのは嫌いです」
 娘が座に紛れているのを見て、張飛が慌て始める。星彩は落ち着いたものだ。
 関平は関羽に尻を叩かれるようにして座に着いていたから、そんな星彩がうらやましくて仕方ない。酒はあまり得意でなかった。
 全員ではなかったが、張飛が浴びるほど呑みたいだけの話だったからすぐに始まった。
 がやってきて一気飲みの音頭を取り始めたから、座は更に盛り上がる。
「張飛殿! 将軍の、ちょっといいとこ見てみたい!」
 歌うように囃し立て、それ一気、とやり始めた。負けず嫌いの黄忠が張飛の隣だったことも災いした。
「次は、儂の出番じゃあ! 殿、音頭をよろしく頼むぞ!」
「サー、イエッサー! 黄忠殿行きますよっ! 漢升殿の、イケてる呑み口見てみたい!」
 さぁ皆さんご一緒に、と振るもので、場の全員が一気一気の斉唱である。
 呑める口の人間には、真に気分がいい。好きな酒を煽って褒められるのだから、当然だ。呑み終わった時の歓声の凄まじさは、酒の酔いとはまた別の格別さだ。
「お姉さま、楽しそう……」
 嬉しそうな星彩に、尚香が相槌を打つ。
 は宴の間の隅に駆け出し、隠れるように居たホウ統と魏延を引っ張り出してきた。
「選手追加ですー」
「おう、呑め呑め!」
 酒量はそれほどでもないのに、既にご機嫌な張飛が二人を招き入れる。
 杯が渡されると同時に酒が満たされ、が更に煽り立てる。
「盛り上がってまいりましたぁっ! 皆様お手元の杯をお掲げ下さい、目出度く同時に乾杯と参りま
しょう! 皆様の、ステキな生き様見てみたい! かんぱーい!」
 自ら先頭切ってぐわっと飲み干す。
 慌てて口をつけた関平が出遅れ、罰としてもう一杯呑むことになる。一気に飲み干す素早さに、今度は皆も納得して拍手が起こった。関平も顔を赤らめつつそれに応え、場が盛り上がる。
 はぷらりと座を抜け、他の文官や武将達にお酌をしてまわった。
「……お上手ですね、殿」
「ん? 何が?」
 人が切れたのを見計らって姜維がやってきた。
 は姜維の杯にも酒を満たしてやる。
「先程の。関平殿の杯に、仕掛けをなさったでしょう」
 杯を少し傾けて周囲から見えないようにさせ、量を加減したのだ。
「ああ、でも、あれでも酒弱い人には辛いと思うし、みんなわかってて盛り上がったんだと思うよ」
 下戸だから呑まないじゃ、場も盛り下がるったらないだろう。無理強いはよくないが、多少はお付き合いするのが宴のマナーというものだ。
 お互いに譲り譲られ。心地よい宴は、円滑な人間関係を生む。
「そこんとこがわかってない職場だったからなぁ、昔は。今は、ホント楽しい」
 それなら良かった、と姜維は笑った。
「……少しだけ、よろしいですか」
 姜維の思い詰めたような顔に、はどきっとした。
 また、何か辛い思いをさせているのだろうか。呉での、苦悩に身を焦がす姜維の顔を思い返し、は胸を痛めた。
 そっと宴の間を抜け出し、姜維の背を追いかけて庭に出た。
 月も雲に隠れがちな、肌寒い夜だった。酔いもすぐに醒めていってしまう。
「寒いですか」
 姜維がを抱き寄せた。
 だいぶ呑んでいるのか、姜維は暖かかった。吐息も酒臭い。
 自棄酒ではないかと心配して顔を上げると、姜維が切なげな目で覗きこんできた。
「伯約」
 唇が重なり、焼けた熱い舌が絡みつく。酒のせいか、柔らかい口内が焦げ付くような感覚に陥った。
 何度も侵食を許し、呼吸が苦しくなってきた頃、やっと姜維が離れた。
 足元がふらついてもたれかかると、姜維は大切そうに腕の中に巻き締めた。
「……それで……?」
「はい?」
 話があるのではなかったのか。
 抱きしめられたまま問い掛けると、姜維は頬を染めた。
「……いえ、あの、殿に……口付けたくなっただけです……」
 姜維の言葉に呆気に取られる。キス上戸なのだろうか。
 が問いただすと、姜維は顔を真っ赤にして否定した。
「違います、殿にだけですっ! この姜伯約、誓って口付けたいのは殿だけですっ!!」
「わ、わかった、わかったってば」
 猫のようにふーっ、と毛を逆立てている姜維が可愛らしい。くすくす笑っていると、姜維がの頬に手を添え、顔を上向かせる。
「もう一度、よろしいですか」
 うん、と頷き唇を重ねた。
 もう一度、が何度か続いた。

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